第131話 懺悔①

 今回会う事になった場所は神奈川県内のとある駅の近くにある喫茶店であり、今日は平日で集合時間は午前10時である。

 俺は普段平日休みだし、有希は既に大学に合格しているので卒業出来る出席日数が確保されていれば多少休んでも問題は無い。

 

 有希も俺も今日は現地集合現地解散の予定だが、有希の精神状態により、帰りは家まで送る必要もあるかと思って、俺は車で来ている。


 少し早めに店に着いたが、俺は桃子さんの姿を見た事が無いので、店の前で有希を待っていた。


 キッカリ10時に喫茶店前に有希が到着したのだが、大分緊張している様だ。


 「有希…大丈夫か?」


 「うん、お兄ちゃん、今日はよろしくお願いします。」


 「よし、じゃあ入ろうか。

 俺はお母さんの顔を知らないから、お母さんが先に店内に居た場合は席まで案内してくれ。」


と言って、俺は有希と腕を組みながら一緒に店に入る。

 


 有希がこぢんまりした店内を見渡すと、4人掛けのテーブル席に独りで座っていた中年女性を見た瞬間、金縛りにあった様に固まってしまった。


 俺もその女性をよく見ると、年齢は40代くらい、中肉で少し茶色のショートボブ、フード付きのベージュコート、黒のタートルネック、紺色Gパンを穿いた美しい女性がコーヒーを飲んでいる。

 なるほど、やはり親子だな…有希とよく似ている。

 

 向こうもコチラに気付いたのか立ち上がって出迎えるが、俺が居たせいか、有希に負い目があるせいか、若干引きつった笑顔になっている。


 有希も真顔で、どうしたらいいか分からないといった感じだ。

 ここは俺が間に入った方がいいだろう。

 

 「初めまして、私は有希さんの婚約者の遠山真之と申します。

 有希さんのお母様でいらっしゃいますか?」


 それを聞いた途端、桃子さんはかなり驚いた様子で有希と俺を交互に見た。


 「えっ…えぇ、私が有希の母の、西村桃子です。

 …結婚して、今は名字が替わってますけどね…。」


 有希はピクッと俺と組んでいた手を震わす。

 動揺した有希を気遣いながらも、俺は普段滅多に渡さない官用名刺を桃子さんに渡した。

 警察官の名刺は悪用される恐れがあるので一般人には殆ど渡さない。


 取り敢えず2人に座る様に促す。

 店員さんが注文を取りに来たので、俺と有希はそれぞれホットコーヒーを頼む。

 店員さんが立ち去った後、桃子さんが話を切り出した。


 「…有希、久しぶりね…色々と積もる話もあるけれど、先ずは謝罪を…。

 あの日、有希を独り遺して私だけ逃げ出した事…本当にごめんなさい…。

 今更言い訳にしかならないけど、あの時私は有希のお父さん…貴史たかしさんに暴力を振るわれていて、精神的な病になっていたの…。 

 病院にもちゃんと通ってたけど、良くはならなかった…。

 有希を守りながら、終わることの無い暴力の毎日…

 ある時、本当に嫌気がさして、全てを捨てて逃げ出したいと思ってしまったの…。

 そして着の身着のまま…財布だけを持って、買い物をしに行くと言い残して私はあの家を飛び出した。

 有希を置いて…。」


 「……今でも憶えてる…。

 『ビールを買って来るね。』って言ってお母さんは出て行ったっきり、家に帰って来なかった…。」


 有希は俯いたまま、桃子さんと目を合わせようとはしない。

 桃子さんは辛そうな表情で話を続けた。

 

 「本当に…本当にごめんなさい…。

 あの後、先ずは友人の小鳥遊さんを頼って行ったの。

 実家に真っ直ぐ帰ったら、夫が…貴史さんが迎えに来て、また暴力を振るわれてしまうと思って…。

 暫くの間、小鳥遊さんの家にかくまってもらった後、夫に見付からない様に様子を見ながら実家の母…有希のお婆ちゃんの所に行ったんだけど、『有希を置いて来たお前を許す事は出来ない!』って言われて追い出されたわ。

 その時にやっと我に返って…。

 その後また小鳥遊さんを頼って家に住まわせてもらって、有希をどうにか助け出そうと思ったんだけど、その時には既に有希は児童相談所に保護されてて、最終的には私の母…有希のお婆ちゃんに預けられる事になった…。

 それはそうよね、一度有希を見捨てた私には信用が無いし、勘当されて住む家も自分では用意出来ない立場で有希を育てる事も出来ない…。

 その後、仕事を見つけて一所懸命働いて、小鳥遊さんの家を出て、独り暮らしも出来る様になって…

 そんな時に職場で出逢った真面目な人と付き合う事になって、あれよあれよという間に結婚して…

 そして双子の男の子が生まれたの。

 貴女の弟。」


 「知らない!弟なんて、知らないからっ!」


 有希は感情をあらわにし、叫んだ。

 そこに丁度店員さんがコーヒーを運んで来ていて、オロオロとしている。

 

 「スミマセンね、コーヒー置いてってください。

 有希も一旦落ち着こう。」


 幸い周りには客がいない、追い出される事は無いだろう、多分…。

 店員さんが立ち去った後、今度は有希が語り始める。


 「私はお婆ちゃんに預けられた後、私が悪い子だからお母さんが迎えに来ないんだと思って一生懸命勉強して、良い子になったら、いつかお母さんが迎えに来てくれると思って待ってたたんだけど…

 お母さんは迎えに来なかった…。

 お婆ちゃんが、お前が悪いんじゃないんだよ、って言ってくれて、私をここまで育ててくれた。

 それから高校で理不尽な理由でイジメられて…精神的にも肉体的にも追い込まれて、自殺を考えて大涌谷に行ったら、そこで自殺を止めてくれた人に出逢ったの…それが真之さん。

 真之さんは私のイジメの話を真剣に聞いてくれて、私のために泣いてくれて…

 そして学校にまでお婆ちゃんと一緒に来てくれて、イジメを握り潰そうとした先生方と闘ってくれた。

 真之さんは学校に私の居場所を与えてくれた後、私に見返りも求めずに立ち去って、その後も自分からは私に連絡をして来なかった。

 私は、なんて素敵な人と出逢えたんだろうと思ったの。

 そして、生きることを諦めようとしていた私は、今後は決して諦めないと心に誓ったの。

 だから今は、お婆ちゃんと真之さんが私の全て。

 お母さんが私を置いて行った事を今は許せないし、もう会いたくないかな…。

 お母さんは新しい家庭で幸せに暮せばいい。」


 そう言った後、有希が席を立って外に出ようとしたので、俺は一旦引き留めた。


 

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