第123話 学園祭⑫
空き教室にて半泣き状態の有希を椅子に座らせ、さっき買ったチュロスと飲み物を与えたら、モキュモキュと小動物の様に食べている、可愛い。
俺はハンカチに水分を含ませ涙の跡を拭いてやる。
あー、ほっぺにちゅっちゅしたい〜。
でも学校内だからバレたら怖いのでしないけど。
代わりに頭をナデナデする。
目を細めて撫でられている有希を見ながら、話し掛ける。
「落ち着いたか?」
「お兄ちゃん…怖かった…。」
「そうだな。」
「…真由ちゃんが抱き付いた理由が解った。
でも、浮気はダメなんだからね…?」
「俺にはこんなに可愛い彼女がいるのに、浮気なんかするワケないよ。」
俺が有希の頭を撫で続けていると、有希は気持ち良さそうにしている。
「落ち着いたら、ちょっと校内をブラつきたいんだけど、いいか?」
「うん、いいよ。何処か行きたい所あるの?」
「ちょっと上の階から下まで学校内を見て回りたいんだ、取り敢えず3階に行こう。」
俺達は校舎と別棟を繋ぐ連絡通路の3階部分を歩いていた。
3階の連絡通路には屋根は無く開放感があり、秋晴れの青空が広がっている。
連絡通路の手すりに寄り掛かって談笑している複数のグループの生徒達、内容は判らないがチラシを配っている生徒、通行している生徒が多数いる。
俺は通路の真ん中まで行くと手すりに手を掛けてスマホの時間を確認する。
時間は午後2時0分キッカリ。
「今日も晴れて良かったな。」
と俺は有希に話し掛ける。
「そうだねー。」
有希が手すりに手を掛け空を見ながら返事をしていると、通行中の生徒の1人が、有希から少し離れた通路の端にボストンバッグを置いてファスナーを開ける。
すると、中には大きめのスピーカーが入っていて突然大音量で音楽が流れ始める。
周辺で談笑していた複数の生徒、チラシを配っている生徒、通行中の生徒達全てが突然有希の付近に集まり、有希を中心に踊り出した。
有希は突然の事にビックリしてアチコチを見回しオロオロしている。
中にはいつの間に来たのかニ上ひかりの姿があり、他の生徒達と一緒の振り付けでダンスをしている。
そう、ひかりのクラスの出し物は『フラッシュモブ』だ。
恐らくひかりは有希をダンスで驚かそうとクラスメイト全員を巻き込んで前々から準備をしていたハズだ、本当にひかりはバイタリティが高い。
俺はパンフレットを見た時にその事に気付き、ひかりと連絡を取り合って有希を指定された時間と場所に連れて来ただけ。
ココは人通りが少ないからプライベート空間の様になっている。
本当に素晴らしい企画だよ、青春してる、羨ましい…。
俺も高校時代にイジメなんて受けてなければクラスの出し物とか参加して楽しく過ごせただろうな…。
有希はひかりに気付いている様で、ダンスに目が釘付けだ。
生徒達が有希を中心に複数の円を作って片膝を付いてしゃがみ込む。
おっ、ラストだな、俺も同じポーズとセリフを言う様に言われている。
生徒達全員と俺が有希に両手を広げて、
「大好き!!!!!!!!」
と叫ぶ。
それから全員が何事も無かった様にバラバラに散らばって行く…と思いきや、1人の生徒が有希に近付き、
「有希先輩…私達、頑張りました。
最後に握手していただいてもいいですか…?」
と言った途端に複数の生徒が駆け寄って来て、
「ちょ、ちょっと、三々五々解散するって約束でしょ?
これじゃ格好が付かないじゃない!
あっ、私も握手してください。」
「あっ、ズルい!
私も!私も!」
「あっ、殿、有希先輩とツーショットの写真撮ってもらえませんか?
後で何か奢りますから。」
「私も!私も!」
「いつの間に俺って食いしん坊キャラになってるの?
何もいらないよ、やってやるから並べ並べ、有希がいいならな。」
有希はポカンとしていたが、ハッと我に返り、
「うん、モチロンいいよ。」
「「「「「キャーッ!!!!!」」」」」
黄色い悲鳴と共に、解散せずに様子を伺っていた複数の生徒が更に並び出した。
最後にひかりが近付いて来て、
「有希先輩、殿、すみません。
解散する約束だったんですが、皆有希先輩の事が大好きで…
この機会にどうしても握手して欲しかったんでしょうね。
まぁ皆頑張ってくれたんで、ご褒美って事でカンベンしてやってください。
あっ、有希先輩、ボクはハグを所望します。」
「ハイ、有希は御触り禁止でーす。
ハグは許しませんー。」
「ちょっ、殿、何でボクだけダメなんですか!?
ズルいですよ〜!ズルいー!
せめて先っちょだけでも…!」
ひかりが俺に抱き付いて懇願する。
「えーい、抱き付くな、抱き付くのは有希じゃないのか!?
それにオマエは先っちょ大好きだな、オマエの言う先っちょって何の事だよ、言ってみろ!」
「えっ…ちょっとココでは言えません…ポッ…。」
「えぇーっ…オマエの先っちょってマジ何なの…スゲェ気になる…。」
「…ちょっと2人共、離れて…!
それになんでお兄ちゃんは殿なの?」
有希は俺とひかりを引き剥がしながら質問する。
「アレ…知らなかった?
有希の事はファンクラブ内では昔から姫って呼ばれてたらしいよ?
んで、俺は殿。」
「…あぁ、そういえばお兄ちゃんが体育祭の時に撮ってくれた動画に、『姫』って喋ってる声が入ってたね、あれはひかりちゃんだったんだ。」
「姫ー!」
ひかりは有希に抱き付いて胸に顔をうずめてグリグリしていた。
それにビックリした握手待ちのクラスメイト達が、
「会長、ズルい!ひとりだけドサクサに紛れていい思いして!
私達もハグしたい!」
「そうだそうだ!」
「姫ー、やっと姫と呼べますー、姫ー!」
ひかりは周りを完全に無視して有希の胸をグリグリと堪能し続けている、顔が完全にエロいオッサンやないかーい!
「あっ…ひかりちゃ…やめ…」
有希は赤くなってアタフタしている。
俺はひかりの首根っこを掴み、有希から遠ざける。
「ハイ、ひかりのターン終了!
本日はもう有希に接近禁止!」
「何でですか、ボクまだ、握手とか写真撮れてないですよ!?
どうして?」
とまた俺に抱き付いて来る。
「えーい、鬱陶しい!
オマエが明らかに他の子より良い思いしているからに決まってるだろうが!」
「離ーれーてー!」
有希がまた俺とひかりを引き剥がしている。
段々、混沌と化して来た。
結局ひかりのせいで握手会がハグ会にグレードアップしてしまった。
有希は1人ずつ並んでいる生徒と順番にハグをしている、何だコレ。
俺は若干引き気味にその様子を生温かく見守りながら音信不通の婆さんに連絡を取ったら、既に家に帰ったらしい。
折角来たのに孫の姿も見ないとは…やはり気になるな…。
有希はこの後友達に一緒に回ろうと誘われたそうなので、俺は先に帰る事になった。
友達がちゃんと出来たみたいで、良かったな。
俺は片山家に、しこたま買わされ…買った食べ物を持って帰って婆さんに食べてもらおうかと思い、渡した時に疑問をぶつけてみた。
「…婆さん、言いたくなければ言わなくていい、誰だって言いたく無い事はある。
今日わざわざ学園祭に行ったのに、有希に会ってないよな…
何か問題が発生したのか?」
「…有希にはまだ黙っておいてくれんか、あの子はまだ受験勉強の真っ最中じゃから大学が決まるまでは惑わせたくはない。
…桃子というのはな、あの子の母親、ワシの娘じゃ。
実はな、理事長は桃子の同級生で友人でのう…
その縁でワシは時々理事長から桃子の近況を聞いておる。
…これ以上は有希の大学受験が終わったら、また改めて有希と一緒の時に話そう。
それまではこの話はあの子の前では、せんでくれ。」
「…解った。
何か力になれる事があれば言ってくれ。
俺からはもうこの話はしないから。」
「お主は本当に…イイ奴じゃのう…
今後とも有希を頼むぞ。」
「承知した。」
この後、有希が帰って来るまでは片山家に居ようかと思ったが、学園祭の片付け等で有希の帰りが遅くなるそうなので、俺は有希に会わずに自宅に帰った。
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