第56話 雨のち泥棒②

 河合主任は四角ビルの屋上の小雨に濡れた路面に着地時、足を滑らせ転倒し、背中を路面にしたたかに打ち付けた。

 その時、

 

 『ドチャッ』


という鈍い音が夜の闇に響き渡った。

 河合主任は動かなかった。

 小雨の降る中、仰向けに寝転んだまま、全く動かない。

 そこに男が近寄ろうとしたので、俺は河合主任の身の危険を感じ、男に


 「動くな!!」


と制止すると同時に、暗闇で何も見えず、ただ大きく口を開けているビルの谷間を、勇気を持って飛び越えた。


 俺は何とか無事に隣の四角ビルの屋上に飛び移り、


 「建造物侵入の現行犯人として逮捕する。」


と男に告げて手錠を掛けると、男は


 「もう逃げねえよ、俺は前科のある人間だ、後は署に行って話す。」


と、ふてぶてしい態度だった。

 

 俺は河合主任に駆け寄り助け起こそうとしたが、河合主任は苦悶の表情を浮かべ、


 「悪いな、動けない、腰をやっちまった様だ。」


と言ったので、俺は今いる四角ビルの屋上から下に降りられないか出入口の確認をしたが、ドアは鍵が掛かっており、ビルの管理者にも連絡がつかないため、三角ビルの非常階段に戻るしかここを脱出する方法は無かった。

 容疑者の男も、だから逃げられなかったんだろう。

 

 この状況を応援で駆け付けた佐藤係長に報告すると、同じく応援で駆け付けた同僚に、


 「レスキュー要請!」


と下命をした。

 

 小雨の降りつける夜の闇の中、けたたましいサイレンの音が響き渡った後、タンカに横たわった河合主任、逮捕された容疑者の男、俺の順に消防レスキューが架けたハシゴを渡り、容疑者の男は南畑主任他2名がパトカー3号に乗せて警察署へ搬送した。

 

 警察病院に運ばれる長谷川主任の拳銃を俺が預かった後、容疑者を追って署へ向かおうとしたところ、四角ビルの周辺を検索していた同僚から、


 「おい遠山、コレを持って行ってくれ、容疑者の遺留品だと思う。

 ビルの裏路地にあった物だ、恐らく我々を見た容疑者が見つかるとマズい物をビルの屋上から投げ捨てたんじゃないか?」


と言いながら俺に大きな青いスポーツバッグを手渡して来たのでファスナーを開け覗いてみると、中には60センチメートルくらいのバール2本、ドライバーセット、軍手、懐中電灯、刃渡り40センチメートルくらいある特大の鞘付きコンバットナイフが入っていた。

 

 俺はこれを見た瞬間、もしこれで刺されていたらと思い、背筋が寒くなった。


 菅野は俺が路面に置いたバッグの中を覗き込み、中からコンバットナイフを見つけると、


 「あわわわわわ…」


と言いながら、素手でナイフを触っていた。


 ………。


 「おい、素手!

 それ証拠品だぞ、素手で触るな!

 …アチャー、そんな事もまだ教えてないド素人だったな…

 俺のせいだ、怒鳴ってスマン。」


と謝ると、菅野は


 「先輩…さっきカタコトの日本語しか喋れなかったポンコツな先輩が…しゅごいっ……。」


とかポーッとしながら言っていた。

 オマエこそポンコツで本当に失礼なヤツだよ!

 …もうコイツ本署に連れて行かずに現場に放置して行こうかな…。


 尚、河合主任は腰の骨を折る全治6か月の重傷であると警察病院から連絡があり、そのまま入院された。


 明るくなってから実況見分をするためカメラを持って佐藤係長と現場である三角ビルの非常階段7階付近へ行った時、7階とはどのくらい高いのだろうかと何気なくビルの谷間を覗いて見た。


 …とにかく、高い。

 三角ビルと四角ビルの谷間は、昨日の夜に見た時よりとても広く感じられ、覗き込むと吸い込まれて落ちてしまいそうな恐怖感が沸き上がって来た。

 

 もしあの時足が滑ったり、何かが足に引っ掛かりビルから転落していたらと思うと、足が竦んで暫くの間その場から動く事が出来なかった。

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