第6話生きている理由

「う……」


 嘘、だろ……。


 そんな一言さえも、目の前の光景を目にした俺は

 口に出せなかった。


「もう一度言うよ」


 少女は尚も、壊滅した町を冷ややかな目で見つめながら、俺に問う。


「なんで君は、生きてるの?」


 それは至極単純で、簡単な質問。

 もっと言えば答えは先程言ったはずで、それ以上の答え何てものは無いのだろう。

 でも…そんな事を言う彼女の横顔には、もはや和葉の面影はなかった。


「俺は…俺は…」


 この世界に、もう俺達しか生き残って居ないという信じ難い事実をーーしかし背けたくなるも、目の前の世界が否が応でも肯定してくる。


「なんで…生きてるんだ……」


 俺は独り言の様に、もう触れることさえ許されない誰かに助けを求める様に、そう呟いた。

 …もう、分からなかった。

 本当に何もかもが、分からなかったんだ。


「…そっか…本当に知らないんだ」


 すると少女は、先程までの冷酷な口調とは打って変わって、何処か安心したような口調でそう言葉を漏らす。

 そして何故か、俺の頭にポンと手を置いて。


「なら、私達は仲間だね。これからよろしく」


 そう言って、俺の頭を優しく撫でたのだった。

 俺が俯き気味だった顔を上げた時に見えた彼女の笑顔には、心做しか和葉の面影が戻っている様に思えた。


「よし!」


 パンッ


 ふと少女は、この場に溜まった重い空気を払うように行き良いよく手を叩く。

 少女自身もこの重苦しい空気は苦手だったらしく、手を叩いた後に満面の笑みを浮かべる。

 そして少女は、少し…ほんの少しだけ真顔になり、今度は俺の瞳に映る自身の顔を射抜く様に見つめる。

 …そして。


「辛いけど、生きていくしかないんだ。死んで行った人達の為にも」



 そう言ってまたもや【外】に視線を移した少女の横顔は、気のせいか…泣いているように見えた。

 しかし少女のそんな顔もつかの間、次に振り返った時にはもう悲しそうな面影は消えていて、変わりに────だからと、少女は続ける。


「私と仲間になってよ」


 次の瞬間に出たその言葉は、一生俺の脳裏に刻まれていた。



 ーーあれから1週間後


 ザクザク…


 俺は今、町がーー自分達の住んでいた町がよく見渡せる、自宅近くの丘に来ていた。

 季節はまだ冬と言うには程遠いにも関わらず、地面には霜が降り、それを踏む度ザクザクと楽しげな音が聞こえていた。


「…」


 俺は目的地付近ーー丘の山頂で足を止め、持っていた造花をしゃがみながら置く。


「ここは眺めが良いね」


 ふと俺の3歩後ろを歩いていた風牙ふうかは、丘の下に広がる町を見てそう言う。


「そうだな…。和葉が生きてる時に、連れて来てやれば良かった」


「…後悔してる?」


「……まぁな」


 でもーーと、俺は続ける。


「後悔なんてするなって言うんだろ?どうせ」


 そう俺が透かした様に言うと、


「後悔なんてするぐらいなら、次に向けて頑張った方が良いって話しだよ」


 風牙は俺の言葉を少し訂正しながらも、大体は同じ内容の事を口にするのだった。

 まぁでも、確かに。

 後悔なんて物には、意味が無いのかもしれない。

 1週間前の俺の様に、いくら泣きじゃくって謝っても、その声はもう、和葉には一生届かない事のように。


 後悔なんて物には…


「でも…」


 しかし意外な事に否定の言葉を出したのは、俺ではなく風牙の方であった。


「後悔なんて物には意味が無い。でも…しちゃいけない訳じゃない。」


「っ?」


 どういう事だ?と、俺は風牙に向けて顔を傾ける。

 …矛盾している。

 しても意味が無いと言ったのは風牙なのに、なんでそんな事を…?


「人間矛盾ばっかだよ、嘘ついたり、見て見ぬふりしたり、思い通りに行かなかったらめんどくさいの一言で片付けたり…」


 風牙はまるで実体験の様に語る。


「だから別に、しても意味が無い事は、しちゃいけない訳じゃない。むしろそんな事の方が世の中多い」


 と、もう既になくなってしまった町をーー世界を眺めながら風牙は言った。


「…そうか」


「そっ」


 すると風牙は、この状況を狙ったかのように、すかさず俺の懐に潜り込み、上目遣いを使ってくる。

 そして。


「だからさ、私と仲間にーー」


「ならない」


「むぅ…手強い…」


 風牙はそう言って、いじけた様にかわいい顔を膨らませる。


「そんな目をされてもダメだ」


 俺はそう言って、正論を告げる。

 そう、それは今和葉のお墓参りに来ている1週間ほど前の事。


 ーー


「私と仲間になってよ」


 そう言って少女は、俺に右手を差し出した。


「え…?」


 俺はまたもや、呆けた様に声を出す。

 すると少女は、2度も言うのは恥ずかしいのか、俺に。


「いやだから、こんな化け物がはびこる世界でしかも食料も無しに1人では生きていけないから手を貸してって言ってるんだけど?」


 早口でそう告げた。


「は?えっ、化け物?何を言ってるんだ?」


「化け物?そんな事言ってないよ」


 いや言っただろ。


 そんな事は置いておいてと少女は言って、「とにかくっ!」と、ぜる様な声を出しながら話を戻す。


「私と貴方、なぜ生きてる?それは特別だから。でも特別だからと言って無敵じゃない。だから手を組もうって話、オーケー?」


 少女はそう言って、またもや小首をこくんと傾げた。

 オーケーと言われても、何もオーケーでは無いのだが。

 そんな事を思いながらも、俺は少女の手をとり、起き上がる。


「これはオーケーって事でいいのかな?」


「いや全然」


「むぅ…」


 即答する俺に、少女は逃がすまいと俺の握った手に力を込めて来る。

 痛い痛い、なんて握力してやがる。


「逃がさない」


「いっ、痛っ!わ、分かったら、話ぐらいは聞くから!離して!」


 なんて奴だ。

 まさか骨が見えてる右手を思い切り握ってくるなんて。

 俺は少々不機嫌になりながらも、やっと解放された右手を左手で庇う。



「仲間になる気になった?」


「仲間になる気が失せた」


「むぅ…」


 なんて女だ。

 俺は顔を可愛く膨らませながらも、そこら辺で拾った釘と金槌をもってのそのそとよってくる少女に多少引く。

 マジでなんて女だ。


「ふぅ…それで、君が欲しいのは説明だったよね?」


 少女は脱線していた話を戻すように、持っていた金槌と釘をポイと捨て、手をパンパンと払いながら俺に言う。


「あぁ…」


「分かった。じゃあ、まずはこの世界について話そうか。少し難しい話になるけど」


 そう言って少女が話した内容は、あまりに過酷で残酷で、理不尽な話。

 聞いているだけでも怒りが湧いてくるようだった。

 ー

「まず、地球には重力がある。そしてその重力によって、私達は生かされている。私達が生きる為に必要な空気、それに水などの物は、重力が無いといずれなくなってしまう。」


 ここまではいいかな?と、少女は俺に聞いて来る。

 そして俺が、「あぁ」と答えると、再度少女の説明が始まった。


「そしてそれを嫌うのは、私達人間だけでは無くーーポータブルも同じ。」


「ポータブル?」


「そう、地球の核に古くから住むーー怪物」


「そんな映画の様な…」


 俺は到底信じられない事を告げられるも、もはやこんな状態よりも信じられない事など無いと思い、素直に少女の話を聞く。


「事実だよ。実際、この重力異常はあいつらによって引き起こされた。こうなる前に来た地震は、あいつらの世界ーー地球の核と地球の表面が、ゲートによって繋がった事による揺れ」


 あぁ、そう言えば地震的な物もあったなと、俺は頭の中で確認する。


「…そしてそこから、あいつらがでてきた」


 あいつら───少女がそう表するのは、恐らくポータブルという怪物の事であろう。


 少女はそう言って、唇を強く噛む。

 口調からも、少女がポータブルを嫌っているという事が手に取るように分かった。

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