第5話常識

「?」


 少女は俺の自傷に近い睨みにおどける様子も見せず、またもや疑問に思った様に首を横に傾けた。


 なんなんだ…なんなんだよこれは。

 いきなり家が吹っ飛んで、和葉が死んで…そしたらやけにデリカシーのない少女が登場して…。


「なんなんだよ…」


 俺はポツリと、今の感情を声に出す。

 もう、やめて欲しい。

 妹を無くして満身創痍なのに、これ以上何も考えたくない。

 すると少女は、そんな俺の思いもつゆ知らず、やっと動く気にでもなったのか、それとも飽きたのかーー半壊状態の屋根の上から、まるで飛ぶようにフワッと降りてきた。


 …㌧…


 屋根の上から飛ぶように降りた少女は、まるで……まるで、静かな水面に1滴の水滴が落ちる様に、まるで白く大きい鳥の羽が水溜まりに落ちる様に、静かに着地した。

 その瞬間は、最愛の妹が死んでしまっているのにすごくデリカシーが無いが…すごく綺麗だと思った。

 それは俺の目線が、その少女に釘付けになるほどに。


「そんなに見られると照れるな〜」


 すると少女は、本当にそんな事は思っていない様な口ぶりで、恥ずかしがる姿すら見せずこちらに、聞いているだけで落ち着く様な足音を立てながらよってくる。


「…」


 俺はただただ、だんだんと近くに寄ってくる少女を見つめる。

 ーー妹の腕を抱きしめながら。


「ねぇ、今更だけどさ」


 すると少女は、イタズラっぽく、子供の様な笑みを浮かべながら。

 またもや小さく幼い顎に手を当てて、


「なんで君は生きてるの?」


 そう、意味の分からないことを聞いてきた。


「は?」


 俺は当然の如く、語尾を疑問符にして応える。


「いやだから、なんで君は生きてるのかなーって」


 少女はそう言って、今度は首だけでなく、上半身全てを使って疑問を表現してくる。


 なんで生きてるのかって…。


「そんなの…」


 俺は尚も、斜めに構える少女の顔から目線を外さずに。


「当たり前だろ…」


 そう、当たり前と【当たり前】の事を言った。


 そうだ、それが普通だ。

 確かに、和葉は意味の分からない衝撃と破裂に巻き込まれて死んでしまった。

 でもそれはーーそれが普通じゃないだけで、普通は生きているのが当たり前なのだ。


 こんな無惨な死に方も、普通じゃない。


 俺はそう思うと無意識的に、されど意識的に、妹の腕を抱く力が強くなる。

 そんな事を考えるだけで涙が溢れてくる俺は、弱いのだろうか。

 ふと、そんな考えが浮かんだ。

 いくら、いくら熟考しても頭に浮かぶのは、何故和葉が死なないと行けなかったのか、そんな事ばかり。

 俺の最初にして最後の希望、それを何故、失わないと行けないのか…。


 そんな事をおもっていると少女はしゃがみこみ、俺の顔に自分の顔を、互いの吐息が感じられる距離まで詰めて。


「残念」


 と、言った。


「え…?」


 俺はまたもや意味が分からず、呆けた様に声を出す。


 残念?残念って…


「どういう…」


 意味?と、もはや互いの鼻先が着いているーー目前にいる少女に問うた。

 すると少女は、まさにゼロ距離で見つめ合っている事になんの恥じらいさえも抱かない様に、その場にスッと立ち上がり、


「付いてきて」


 そう、鈴の音の様な凛々しい声で一言。

 そのまま少女は、降り積もっている瓦礫の山を足場に、先程まで居た屋根の上に再び登った。

 そして上に行った少女は、俺の方に顔半分振り向き、顎でクイッと【外】を示す。


 見てみろって事か…?


 俺は先程までーーいや、今も止まる気配がない涙と鼻水によってより濃く顔に付いた砂埃もそのままに、自分でも何故か分からないが、少女の意思に従い、瓦礫の山をのぼり、屋根の上に登った。

 俺は半壊状態の屋根に、四つん這いで腰を引きながら…高いところが平気なのか、それともこんな高さはこの少女にとっては危険という物に当たらないのか───俺は、仁王立ちしまっすぐ外側を見ている少女の横に座った。

 そして俺も、少女と同じく視線を足元から外に向けると………そこには。


「────ッ?!」


 今は11月というのに、辺り一面、薄い氷に覆われた町ーーいや、世界。

 見えているだけでもほとんどの建物という建物が半壊、または全壊状態で…。


 そして何より…人が、居なかった。


 いや、居なかったという表現は少し違う。

 そんな状況を、強いて言い換えるのなら、これが正解であろう。


 それはーーー生きた人間が、居なかった。


 人間だけではない。

 ペットの犬や猫、果てはアリや鳥などの物まで、全身にやけどの様なアザをつけ、死んでいた。


「なんだよ…これ…」


 俺は感嘆の声を上げる。


「これが今の世界。残念だけど、もうこの世界では貴方の常識は通用しない」


 少女は冷酷に、しかし目を背けたくなるような事実にも必死に抗うように、しっかりとした声色でそう告げた。

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