第13話:ゴーストリアの三因子07
『では人の命とは何でしょう?』
「?」
スマホの画面を見つめて首を傾げる零那。画面越しに淡々とスマホを操作している三代の仕草が思い起こされた。
『生きてるって事じゃね?』
この頭の悪いコメントは二葉だ。学業の成績は悪くないが、それが哲学への理解に繋がらないのも事実。
『では死ぬということはどういう事でしょう?』
「…………」
ぼんやりと零那は考える。
『意識を失う?』
『正解の一つではありますね』
どこか柳に風なコメントだった。こと哲学に関して三代に妥協は無い。
『けれどもそうすると次なる命題が出てきます』
『なんだろ?』
『植物状態の患者は死んでいるんですか?』
『あー……』
呟かざる能わず。事実その通りだ。
『じゃあビブリオにとって死ぬって事は?』
『酸化反応の停止』
ごく端的に表現してのける。
『酸化反応?』
二葉が尋ねる。
『中学の理科で習いますが?』
『?』
『火が燃えるのは?』
『酸化反応』
『火が熱いのは?』
『酸化反応』
『では小生が体温を維持する恒温動物である証は?』
「だな」
ラインではなく口で呟く。
「酸化反応に相違ない」
その通りなのだから。
『そも呼吸は何を取り込む手段でしょう?』
『酸素ですね』
自然の摂理だ。
『けれども酸素だけを取り入れても意味はありません。炎が酸化反応で燃え上がるには燃料が必要となります。生命反応にてコレが何を指すかは言うまでもありませんが……』
食事。経口による燃料の摂取。
『言われてみればその通りっしょ』
二葉の理解がつまるところ、このラインでの最終確認となっているらしい。
『さて、話を最初に戻しましょうか。魂とは何でしょう?』
人の命の源。
先に零那はそう言った。が、三代の言葉を受けて言えば人命……転じて生命は呼吸と食事で酸化反応を執り行い生きている。そこに非物質的観念の席はない。
『んじゃ魂って何よ?』
そうなる。二葉の疑問も尤もだ。
『ゴーストリアの第一因子です』
『?』
二葉のクエスチョンマークがついでに零那と四季の代弁となった。
『死んだ者の記録。そう申せましょう』
『死者の記録ですか』
『生き霊の例も存在はしますが、一子を語る上ではこの際不要です』
『死んだ人間を記録すると?』
『ゴーストリアによれば……ですけどね』
『そのゴーストリアというのは?』
『イギリスのとある霊能者の名前です。自分には幽霊が見えると宣い、尚且つその無益性を説いた人物でもあります』
『幽霊が見えて……なお無益』
『ゴーストリアにとって幽霊とは誰とも共有できない精神の有り様であって、ある意味マイノリティですから、文明や社会にとっては何かしら益する物がない……そう自身の著作物に書き残しています』
『三代は何で知ってんの?』
『読みましたので』
『マジばな?』
『でなければ語れないでしょう』
『そーだけどさー』
『ビブリオの真骨頂だな』
『恐縮です』
素っ気ない言葉だが、意思は伝わる。
『ゴーストリアの三因子』
端的に述べてさらにコメント。
『つまり幽霊……ゴーストの存在を確立するにあたって、ゴーストリアは三つの因子を定義しました』
それがゴーストリアの三因子だ。
『一つ、ゴーストは死者の記録を再現するモノ』
『二つ、ゴーストは生者の記憶を再現するモノ』
『三つ、ゴーストは対象の想念を再現するモノ』
立て続けに三つ、コメントが投下される。
『第一因子。死者の記録の再現となると』
『データとして死者が何かに記録されている……と取るべきですね』
『オカルトじゃん』
『否定はしませんよ』
こういうとき三代の反応はむしろ素っ気ない。哲学に深い知識は有するが、それを他人に説き伏せることをあまりしない。前提が破綻していることを条件に論じているため二葉の反論は非建設的だ。
『死者の記録というと……』
『第二因子』
『生者の記憶』
確かにソレも死者の記録の一部ではある。
曰く、
「人に忘れられたときに人は死ぬ」
そういう意味では第一因子と第二因子はごっちゃになりそうだが、
『問題はゴーストリアが自身の知らないゴーストの情報を、そのゴーストと共有できる点にあります』
そういうことだった。ゴーストリアにとってゴーストが自分の記憶を幻覚として再現したモノなら、自分の知っている情報しか発露できないし受容できない。けれども時に霊能者は見知らぬ物を知ることを可能とする。零那にとっての一子の裸体など。
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