第2話:それは触れぬ障り者01
切っ掛けはひどく単純だった。
些細な嫌がらせ。机に落書きされた。罵詈雑言が並ぶ。が、零那は特別反応もしなかった。イジメの自覚はあったが付き合うつもりもなかったのだ。
「ふぅん?」
と言ってスルー。これが良くなかった。次はノートを切り裂かれた。体操服を汚された。筆記用具を盗まれた。どんどんエスカレートしていく。
「零那は虐めやすい」
そんな空気が学院に蔓延した。友達はドン引きし、一人ずつ離れていく。最終的に一人になった。
「そうなるよな」
論理的帰結。不登校になるのも必然だった。苦痛だったわけではない。もっと単純に、
「低次元の人間に付き合う必要がない」
単純にソレだけ。生憎と後刻学院はマンモス校であるため、色々と設備は整っており零那は退屈しなかった。保健室登校で出席を取り、学内図書館で暇を潰し、放課後は塾に通って勉強。そんなサイクル。
「ざまぁ見ろ」
そう言われた。すれ違うとクスクスと笑われた。
何も思わなかったわけではない。
人間不信に陥った。端的に他者に何も期待しないという処世術。そうでもしなければ零那とて心が壊れる。無心にして理に適う。最初から一人だと思えばそれ以上傷つくこともない。イジメの実態については学院も承知はしていたが、刑罰の対象でもない。被害者の心をズタズタにして、なお罰せられないのがイジメ特有の罪だ。
「十三永くんはソレで良いの?」
中等部の養護教諭の言葉だ。
「よかないがどうしろと?」
少なくとも過程の面を見れば責任は零那に帰結しない。原因としては、
「零那が悪い」
と虐めっ子らは言うだろうが、
「さいですか」
で済ませる零那だった。そもそもの発端をよく知らない。特別関知することでも興味の対象でもなかったが。図書館で借りた本を読みながら保健棟の一室でコーヒーを飲む。読んでいるのは科学雑誌。その時の零那のマイブームである。
「辛いなら愚痴くらい聞きますよ? これでも保健の先生ですから」
「給料のためとはいえ大変ですね」
「うう。可愛くない」
「だから虐められるんでしょう」
そんなやりとりもいつもの事だった。一応義務教育ではあったため、あまり問題にもならなかったが。
高等部に進学すると、先輩に目をつけられた。事は至って単純。
「惚れた女子に振られた原因が十三永零那だった」
それだけ。
広い学院の人目に付かない処まで連れていかれて私刑。集団から暴力を受けて、立てなくなるまでボコボコに。
「オンマユラキランデイソワカ……」
ゴホッと咳をすると血が飛んだ。口を切ったらしい。口内が血臭であふれていた。ある意味で高等部は思春期の真っ盛り。恋に恋する多感な時期。零那自身が自己を採点するより、酷烈な評価がついてまわった。
「いいんだが」
とは強がりではあった。空に向けた愚痴。春も過去となった初夏の風。陽気さと清涼さは、リンチで倒れている零那の数少ない救いだろう。
「あの……」
そこに声がかけられた。軽やかなソプラノ声だが、憂慮が混じっている。
「…………」
そちらを見やる。女子が居た。黒いセーラー服は学院の高等部生の証。タイの色が同学年であることを告げている。が、零那の知らない人物だ。
軽くパーマのかかった茶髪。同色の愛嬌ある瞳。その瞳が、
「大丈夫だろうか?」
と語っていた。
「…………」
地面に寝転がったまま、どうしようもなかったので、
「パンツが見えてますよ」
嫌われることを選んだ。
「わは……」
スカートを押さえて少し零那から離れる。朱に染まった御尊顔は愛らしいけれども、零那は人間不信が先に立つ。あまり筋肉も付いていない美少女が、追い打ちをかけるとは思えないにしても、同情もこの場を離れれば散り散りに消える霧のようなものだろう。少なくとも零那にはそう思える。だからそんな物を欲したりはしなかった。
「虐められてるんだよ?」
おずおずと女子は尋ねる。
「ですね」
否定しようにも現状では説得力が付いてこない。
「ふぇ……」
思案しているらしい。視線をあちこちに向けて、混乱と対処の二重奏。
「あの……いつから?」
「忘れた」
中等部の初期からだったが、正確に数えるのも精神的に疲労する。
「そんなに格好良いのに?」
その通りではある。実際に零那は美少年であるし、勉強も運動も不足はない。女子にも惚れる人間は出ていたが、男子がイジメの対象としていたため、
「味方になるのも憚られる」
そんな空気があった。それは零那の知るところではなかったが。
が、女子曰く、
「スクールカーストの頂点に位置する人材」
らしい。
「光栄です」
面白みもない返答。だが他に形容も出来ない。
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