我はゴースト

揚羽常時

第1話:プロローグ


 前提として十三永とみなが零那れいなは人間不信だ。


 初等部の頃はそうでもなかったが思春期に入った頃から疎んじられるようになった。特別なことではない。単なるルサンチマンの汚濁。


 何かにつけ零那は器用だった。勉強も。運動も。そして容姿も。


 黒髪黒眼の普遍的日本人ではあるが、顔の造りは細やかで繊細。色々と乙女に想念を抱かせる類の人間である。実際に中等部の頃から女子に言い寄られ、それが連鎖反応を起こして男子のグループから弾かれた。


「気持ちは分かるがな」


 とは零那の談。特別本人はへこたれるなんてことをしなかったが、中等部の頃は不登校にも陥ったことがある。イジメに屈して……というよりごますりを嫌ったためだ。


「義務教育なら面倒はない」


 ホケッとそんなことを言ってのける。実際に内申点ギリギリで中学を卒業し、エスカレータ式の学院で高等部に進学。こちらは単位制であるため、期末の試験さえ十全であれば特に何がどうのでもなかった。


 後刻学院。


 初等部から大学部まであるエスカレータ式の私立学院。


 零那の今の身分は高等部の二年生である。




    *




「マジありえないし!」


 女生徒の一人が鬱憤を言葉で晴らしていた。


「まぁ……だよね」


 別の女生徒が同意する。


「…………」


 我関せずと本を読んでいる女生徒も居る。


「あなたが軽薄そうなのがいけないんですよ?」


 忠告するのもまた別の女生徒。


 四人ともに有り得ない美少女だった。実際に男子生徒に幻想を抱かせるに足る逸材で、ファンクラブまで存在する始末。


『後刻学院高等部四天王』


 そう呼ばれている。誰一人とっても凡庸とは乖離した美貌の持ち主たち。


 この四人の女生徒はクラスでいつも連み、スクールカーストの頂点に位置している。発言力も相応で、色々と器用に学校生活をこなしている。


「零那ちゃんはどう思う?」


 美少女の一人が十三永零那の名を呼ぶ。


 茶色の髪と瞳の女生徒だ。髪はふわふわのパーマで、瞳には再現出来ない愛嬌が乗っている。ワンコを思わせる懐き方で、実際に零那はその女生徒をワンコと呼んでいた。


 青春あおはる一子いちこ


 スクールカーストトップな女生徒の一人。誰にでも優しく接する気質で、そのサガのために草食系男子に良くモテる。小さな事に気を配り、正邪に心を砕く良心的な為人。なおこれが狙っていない素の結果であるから零那辺りは、


「冗談の様な存在」


 と評するが。


「零那も有り得ないと思うっしょ?」


 別の美少女も一子に覆い被さってきた。


 金髪に黒眼の美少女。四人の美少女の一人でスクールカーストの頂点の一人。丁寧に染められた金髪はくすみもなく鮮やかだが、明確に校則違反だ。が、ことこの少女の場合は超法規的な例外事象。


 赤夏あかなつ二葉ふたば


 ギャルと呼ばれる人種だ。髪染めに派手な化粧につけ爪。制服のスカートはあまりに短く、男子の視線を集める。自身を着飾ることに誠意を込めるタチだが、その成果は存分に昇華されている。制服越しにも分かる豊満で成熟した体つき。恋多き乙女で、現在彼女らが話しているのは二葉の恋愛事情だ。


『バーカ』


 別の美少女はスマホのSNSでこき下ろす。


 白い髪と瞳のアルビノの美少女。口では何も言わず、ペラペラと本のページを捲るのみ。四天王で一番ちっこい体つきと背丈だが、むしろだからこそ需要があった。


 白秋しろあき三代みよ


 読んでいるのは犬神家の一族。いわゆる一つのビブリオマニア。読書と蔵書が大好きな文学少女。失語症ではないが言葉に意味を求めておらず、


「読書が出来ればそれでいい」


 を地で行く少女だった。社交性はないが、その美貌は先述の二人にも劣っておらず、尚のことアルビノの外見は妖精を思わせ男子生徒を惑わせる。当人はけんもほろろといった様子ではあるが。


「自業自得でしょう。ねえ零那さん?」


 最後の一人は異議を唱えた。


 真っ当な黒の髪と瞳の日本美人。ブラックシルクのように艶やかで長い髪はそれだけで見る者に吐息をつかせる。


 黒冬くろふゆ四季しき


 四天王で一番の常識人であり、ついでにクラスの委員長。世話好きで甲斐甲斐しく、模範生徒としても有名だ。が、その美貌から恋愛事には雁字搦めであるため四天王……一子たちと連んで自己保身に奔ってもいる。


 青春一子。

 赤夏二葉。

 白秋三代。

 黒冬四季。


 この四人がスクールカーストの頂点……高等部の四天王である。


 そこに異分子が一人。


 眉目秀麗と表現できる男子生徒だ。もちのろんで四天王が関わっており名を呼んだ零那である。当人はすっ惚けたように、


「ビッチだし」


 と返した。


 この場合は二葉を指す。


「あっしビッチじゃないし!」


 そんな二葉の反論に、


「今更だな」


 事ほど左様に右から左。


「男を見る目が無いって意味では当然です」


 四季が頷く。黒い長髪が揺れた。


「でもさぁ。なんかさぁ。そんなガツガツされても困るじゃん?」


 ギャルっぽく遊んで見える。女体としても熟れており、男性の情欲をそそるタイプだ。


「草食系と付き合う……とか?」


 一子がそんな呟き。


「勇気出して告白してくるなら分かるけどさぁ。ぶっちゃけ告白してくる時点で分類上は肉食じゃね?」


 さもあらん。


「双葉さんは色々と幻想持たれますから」


「マジでソレ。ありえないし」


「…………」


 三代は突っ込む事をしない。白い瞳は文字を追っている。


「私と零那ちゃんを見習うことだよ」


 零那と一子は恋仲だ。


「一子~。零那ちょうだい」


「あげない!」


 常咲きのヒマワリの様に溌剌と一子は笑ってみせた。




    *




 ウェストミンスターチャイム。放課後のホームルームが終わる。


「二葉ちゃんも苦労してるんだよ」


「ビッチだしな」


 零那と一子は手を繋いで下校していた。案外近くに暮らしている。色々と紆余曲折はあったが、安定して一子とお付き合いをしている零那だった。


「二葉ちゃんの言い分も分かるんだけどね」


「そうか?」


「体の関係って……やっぱり怖いから」


「ふむ……」


 零那はあまり気にしないタイプだ。別に性交に明るくもないし、経験もない。ついでに願望もない。先述したように人間不信であるため、あまり他者のプライベートサークルを犯すこともしない。


「ワンコはどうなんだ?」


 零那は一子のことをワンコと呼んでいる。


「意外とロマンチスト」


「否定はしないがな」


 ビッチこと二葉は恋多き女性ではあれど、肉体関係まで持ち出されると拒絶する生殺しな乙女でもある。その点に於いては罪深くもあった。


 信号の歩行者用ボタンを押す。


「零那ちゃんは私のものだよね?」


「お前が認める限りはな」


 繋いでいる手をギュッと握る。


「何か?」


「私は二葉ちゃんみたいにおっぱい大きくないから」


 フニフニとセーラー越しに自身の胸を揉む一子。


「そこは減点対象でもないだろ」


 サクリと零那。


「三代ちゃんみたいにちっこくないし」


「…………」


「四季ちゃんみたいにプロポーションもとれてないし」


「形而下にだけ魅力を追求するのは思春期の悪癖だ」


 ピコンと空いている方の手で、一子にデコピンをかます。


「ワンコはそのままで十分だ」


「本当に?」


「信じる者は救われる」


「むー……」


 零那の足を踏む一子。気にする零那でもない。


 ボタン式の信号が反応して赤が青に変わる。手を繋いだままで横断歩道を渡ると、クラクションが不意に鳴った。大質量の突貫。だろう運転。要するに重厚なトラックが零那と一子目掛けて突っ込んできたのだった。ここで零那の記憶は途切れる。

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