1-6. 少女の抱える闇

 達也は陽菜にもこの楽しい暮らしをおすそ分けしようとメッセージを打っていたが、なぜか返事はなかった。

 返事がない以上打つ手も無いので、放っておいたのだが、母親から気になる事を聞かされる。

「お隣の陽菜ちゃんね、どうも不登校みたいなのよね」

「えっ!? いつから?」

「もう一ヵ月くらい行ってないみたいよ」

 達也は言葉を失った。陽菜とはもっと密に連絡を取っておくべきではなかったか? 彼女から返事がないからと放置して、自分の事ばっかりやっていた自分にどうしようもなく腹がたった。

 達也は急いで部屋に戻ると陽菜にLINEを打つ。

『おひさしぶり、何だか辛い目に遭っていたのに気づかずにゴメン。よかったらどこかお茶でも行かない?』

 すると、すぐに返事があった。

『私も返事しなくてごめん。部屋から出たくないの』

『じゃあ、これから部屋行っていい?』

『えっ!? ……。いいけど、パパママ居るから……』

 達也はお茶とお茶菓子を手早く用意すると、陽菜の部屋にワープした。

「おまたせ~」

 にこやかに笑いながら達也が陽菜の部屋へ行くと、陽菜はベッドの中でスマホをいじっていた。

「えっ!? 達兄ぃ……、どうやって?」

「後で説明する。まずはお茶でも飲んで」

 そう言いながら達也はちゃぶ台にお茶とお茶菓子を並べた。

 陽菜は憔悴しょうすいしきっていたが、達也の登場にホッとした様子でベッドに腰かけるとお茶をすすった。

「僕ね、陽菜のおかげで神様に一歩近づいたんだ」

 達也はお茶をすすりながら言った。

「神……様……?」

 怪訝そうな陽菜。

「この世界は仮想現実空間だって言ったじゃん? 仮想現実だったらデータいじったらいろいろ便利なことがあるんだ。こうやってワープしたりね」

「ワープ? この部屋に跳んできたって事?」

 陽菜は目を丸くする。

 達也は今までにやってきたことを全て陽菜に伝えた。水を金属に変えて大金を儲けたこと。そして、タワマンの最上階に秘密基地を作り、世界旅行をし、南の島のコテージでリゾートを楽しんでいること。その全てをゆっくりと丁寧に説明した。

 陽菜には知る権利があったと思うし、今まで陽菜の事を放置してしまった自分の贖罪しょくざいの意味も込めて伝えた。

「じゃあ、お金にも困らないし、どこへでも行けるんだ……」

「そう、もうすべて自由なんだ」

 達也はニコッと笑う。

「ねぇ、私をこの街から連れ出して」

 陽菜は達也の手を取って今にも泣きそうな目で言った。

「かしこまりました、お嬢様」

 達也はそう言うと陽菜の身体を浮き上がらせ、お姫様抱っこで受け止める。

「えっ!?」

 驚く陽菜を抱いたまま達也はワープした。

 真っ白な砂浜に真っ青な海、ちょうど陽が沈む時間で、水平線の向こうに真っ赤な太陽が沈んでいく。そこは南太平洋のサンゴ礁の上空だった。

 どこまでも透き通った鮮やかな夕暮れ空に浮かぶ茜色の雲。陽菜はまるで夢でも見ているみたいに口をポッカリと開き、ただ、静かに水平線の向こうへ沈んでいく太陽を見ていた。

「どう? 綺麗でしょ?」

 陽菜は静かにうなずいた。

「陽菜のおかげで僕は何でもできる人になったんだ。陽菜の願いは何? 何でも叶えて上げるよ」

 達也は優しく言った。

 陽菜はぐっと奥歯をかみしめ、そしてうつむいた。

「何? どうしたの? 何でも言ってごらん」

「何でも……いいの?」

「もちろん。何でも」

 陽菜は絞り出すように言った。

「ねぇ、あいつらを殺して」

 達也は一瞬ピクっとしたが、

「いいよ、僕が殺してあげる」

 そう言って陽菜の頬を優しくなでた。

 うわぁぁぁぁん!

 陽菜は今までため込んできたものを吐き出すように号泣した。

 達也はただ優しく髪をなで、こんなになるまで放置してしまった自分の間抜けさを呪った。

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