13話 ひとりで入った遊園地
その日、私は朝からお店を手伝っていたけど、心ここに有らずと言った感じで過ごしていた。
そう、今日はあの日だ。お兄ちゃんと桃葉さんが出かける日。
結局、あの後もお兄ちゃんは私に答えをくれてはいなかった。
いつも通り、一緒にご飯も食べてくれたし、これまでと変わってはいなかった。
でも、もしかすると、その関係も今日で変えなければならないかもしれない。
お兄ちゃんが桃葉さんとお付き合いをするならば、私は身を引くのが正しいのだろう。
本当の兄妹でないから、進むことは自由にできる。でもその反面、離れなければならない時が来たら……。
それはけじめをつける時である事も意味する。
「元気ないわよ」
カウンターの後ろで、お母さんがそっと声をかけてくれた。
「だ、大丈夫だよ」
きっと私の気持ちなんて、とっくに見抜かれているに違いない。
とにかくお昼のお客さんが少なくなるまでは頑張ろうと決めた。
『ボーン』
「きゃっ!」
いつもなら、何とも思わないお店の掛け時計が午後1時を知らせた。
流しの食洗機をセットしている途中、手が滑って、お皿を割ってしまった。
「大変失礼しました……」
驚かせてしまった客席に向けて頭を下げる。
「桜どうした?」
異変に気付いたお父さんも手を止める。
「桜、お店はいいわ。いってらっしゃい」
「お母さん……」
私の手に怪我が無いことを確かめて、お母さんは私からエプロンを外した。
「気になるんでしょ? 女の子にもね、自分を見つめなきゃならない時はあるのよ。見届けていらっしゃい」
お母さんも悲しそうだ。帰ってくるときには泣いて戻ってくるに違いない娘を送り出すのは、母親としても辛いに違いない。
「うん、行ってくる」
「お夕飯、必ず一緒に食べましょうね。約束よ?」
「うん」
お財布の入ったポーチを肩から下げて、私は駅まで走った。
今日のお兄ちゃんの予定は大体聞いていた。午後は電車で1本で行ける遊園地にいるはずだ。
夏休み中だから、平日でも家族連れも多く賑わっている。
乗り物に乗るわけでもないので、パスポートではなく入園券だけを買って中に入った。
ジェットコースター、メリーゴーランド、お化け屋敷と目星をつけて歩いてみるけれど、すぐ見つかるものじゃなかった。
歩き疲れて、売店で飲み物を頼んで座る。
「この前も、こんなシーンあったよね……」
水着を買った日、あの日も私は一人だった。
もしかすると、神様は私が一人でいることを望んでいるのかもしれない……。
「お兄ちゃん……」
その時、遠くに人影を見つけた。間違いない。
でも、私があそこに割り込んではいけない。桃葉さんがお兄ちゃんのものになるのをそっと物陰から見守ることしかしてはいけない。
「お姉ちゃん、なんでそんな顔してる? 俺たちと遊ばない?」
「えっ?」
売店の影から二人を見ていたとき、後ろから声をかけられた。
「遠慮させていただきます」
確か、高校の女子の間でも話題になっていた。あちこちの高校で被害者が出ているという不良グループ。女子一人はよく狙われるということだったけど、こんなところで遭遇するとはついていない。
「そんなこと言わずにさぁ」
「やめてください」
伝わっている話を思い出す限り、きっとこのあとは園外に連れ出されて、ボロボロにされてしまうに違いない。
「ほらぁ、おいでよ!」
「きゃっ!」
手を引っ張られるのと同時に肩を押されて、前向きに転んだ。膝が痛い。これは軽く擦りむいたな……。
何度お兄ちゃんを呼びたかったか……。きっと声をあげれば来てくれる。
でも、それはしちゃいけない。今のお兄ちゃんは桃葉さんとの時間。ここは私一人で犠牲になればいいんだ。
「ほら、いつまで座ってんだよ。立ちなよ」
だんだんと人だかりが出来てきている。もう少し粘れば警備員も来るだろう。
どうせ、私は一人なんだもの……。
私は覚悟を決めたように座り込んで目をつぶった。
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