12話 崩れてあふれ出した言葉
汗を拭いてくれるようにお願いしたお兄ちゃんは、恥ずかしくないか聞いてくる。
「妹ですよ。恥ずかしいもなにも。それに小さい頃はお風呂も一緒でしたから」
「そうだったな。でもさ……、前側は自分でやるか?」
背中側を拭いてくれて、一度手を止める。
「今さらそんなところで遠慮しないてださい」
「まったく……。恥ずかしがってるのか大胆なのか分からねえよ」
お兄ちゃんは私の胸の膨らみもそっと拭いてくれた。
「これだけ立派になればビキニも着れるってわけか」
「そうでしたねぇ」
「サイズ聞いてもいいか……?」
「もぉ、他の女のひとに聞いたら嫌われちゃいますからね?」
「桜のだけが知りたいんだけど」
「ようやくのCカップです。本当はDくらい欲しいんですけど……、どうもこれ以上は厳しいみたいです」
膨らみの上に付いている蕾は、まだまだ中学生のように小さいし、全体のサイズはこの二年近く変わっていない。
「桜らしくていいじゃないか。俺は好きだぞ?」
「もう、何ていう会話してるんですか」
「元はといえば桜だろうに?」
お兄ちゃんの人差し指がその頂をそっと撫でた。
「……。だめですよ……。続きをお願いします」
「続きって言ったら、下だろうが?」
「あ、そうですね……」
私はそのままズボンと下着まで一気に下ろしてしまった。
「桜? おまえ……」
「暑いので、これで気持ちいいくらいです」
もちろん言い訳になってる。お兄ちゃんがごくりと唾を飲み込んだ。
「桜、俺もあんまり自信ないぞ?」
「傷物になった時は、お兄ちゃんに貰ってもらいます」
お兄ちゃんが足の方も丁寧に拭いてくれて、手を止める。
「ここは自分でやるか?」
残っているのは、他の人に見せるには恥ずかしい場所だけ……。
「いえ……、そのままお願いします」
どうせ常夜灯の明かりだもの。この間の海辺の夜と大差ない。
素早く汗を拭き上げてくれて、タオルを洗面器に戻し裸のままの私をぎゅっと抱き締めてくれた。
「お兄ちゃん……」
「もう少し待っていてくれ……。桜を一人にしたくない……。桜はこのままでいいんだ」
何も着ていない体なのに、熱帯夜の空気よりも熱を帯びていて寒さを感じることはかなった。
こんな状況でも私の気持ちはずっと落ち着いてきた。
「お兄ちゃん、私、待ってます……」
「桜……」
汗で重くなったものから新しい一式に着替え終わって、お兄ちゃんに私の横で添い寝をしてもらった。
「桜……、いつの間にすっかり女らしくなったんだな」
「女らしくって、なんか複雑ですね。でも嬉しいです」
ようやく、認めてもらえた。それだけで私は十分だよ。
「お兄ちゃん、ひとつ聞いていいですか?」
「ん?」
「あの女の人、桃葉さんでしたっけ。お兄ちゃんのこと好きなんですよね?」
「そうは言われた。確かにいい奴だよ。でも俺はまだ返事はしてない」
「えっ? そうなんですか?」
てっきり、もう二人は交際中なのだと思っていた。
「明後日さ、二人で出かけるんだけど、俺は気持ちが固まってない」
私は、お兄ちゃんの胸に顔を押し付けた。
「だったら、私にもまだチャンスありますか?」
「どんな?」
「わ……、私もお兄ちゃんが好きです」
「俺も桜が好きだぞ? こんな妹……」
「違うの!」
言いかけた言葉を遮って、涙もぽろぽろ止まらなくなって、私は続けた。
「妹じゃなくて……、一人の女の子として、一人の男の人のお兄ちゃん、ううん、秀一さんが好きなの……。誰にも取られたくないの……。でも、私は妹だから……。血は繋がってない他人だけど、お兄ちゃんにとって私は妹でしかないから……」
心の中に、今まで溜め込んでいた気持ちが一気に崩れた。
泣きじゃくる私の頭を、なにも言わずにずっと撫でていてくれた。
「桜、ありがとうな」
ようやく、しゃくり上げるだけになって、お兄ちゃんは声をかけてくれた。
「うん……。でも、なんか……、すっきりしました」
「桜、俺もつかえが取れた気がする。桃葉さんも桜も俺のことを好きと言ってくれた。もう少し時間をくれ。どっちにしても必ず答えるから」
「うん、でも勝ち目ないですね。桃葉さんには敵わないです。でも、気持ちを言えました。負けても悔いはありません」
「桜……」
「私、強くなります。お兄ちゃんがいなくても、泣かない強い子になります」
いつになったら実現できるかは分からないけど、お兄ちゃんに心配をさせるようじゃいけない。
もう少し、自分の気持ちが落ち着いたら、祐介くんに連絡してこれまでの失礼をお詫びしよう。私にはその道の方がいいのかもしれない……。
お兄ちゃんの温もりに包まれて、私は涙のあとを拭くこともなく目を閉じた。
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