2話:引っ越しドタキャン

 年も明け、年度末も見えてきたこの頃、みなさまにおかれましてはいかがお過ごしだろうか。私は個人的にドタバタしている。様々なライフイベントの頻発時期としてあたふたしている方も多いことだろう。入学や就職や異動、もしかすると言いづらいもにょもにょによって新生活の準備をしている方も多いことだろう。中にはシェアハウスなりなんなりで複数人と同居することを考えている方もいるのではないだろうか。

 であれば、あれについて話さなければならない。私が引っ越しをドタキャンされた、友人Bとの一連の騒動についてを。


 雪もちらつくかという、12月の頃だったと思う。大学の友人Bは思いついたかのように勧誘してきた。「一緒に住まない?」と。なにが? 私はそう返さざるを得なかった。意味がわからなかったもので。話を進めていくと容貌が見えてきた。なんでも、大学生協の斡旋物件でシェアハウス可能なところがあるのだという。私の当時の家賃と比べると3分の2、シェアハウスで折半すれば3分の1になるような物件だった。これは確かにおいしい。大学生である当時の私には、親からの仕送りにより家賃が払われていたため気にしなければならないわけでもなかったが、その負担を減らせるのなら減らす方が良いだろうというのも間違いはない。私はなんとなく承諾した。

 すると、善は急げとのことで、その翌週くらいには生協へ話を聞きに行った。当時の私たちは二人ともちょっとお高めの自転車の購入を検討していて、そういう自転車は室内で保管するものであるので、それが楽なように1階の部屋を希望していた。そうしたらなんと、ちょうど1階の部屋が次の4月で空き予定だというではないか。その部屋にしたいということで話を進めていくと、「現時点ではまだ人が住んでいるため、その部屋そのものは内見できませんがよろしいでしょうか? 代わりに同タイプの空き部屋は内見できます」というご丁寧な案内までいただけた。しかし、その時点では内見を遠慮したのだ。というのも、私は正直なところ家だとかQOLだとかいうものに関心がなく、住むことができればすべて問題はないのであった。友人Bもそういう質だというので、その場で内見はお断りし、そのまま4月1日契約で決まったのである。

 内見をせずに契約することなんてあるのか? 聡明なみなさまにはそのようにお考えもあることだろう。だがご容赦いただきたい。私はなにも考えていなかったのだ。少なくともその部屋に関しては、問題なかったのだ。それでは、なにが起こったのかお話ししていこう。

 それは、ようよう春めいてきた3月も終わりの頃、というか3月31日のこと。空気も澄んだ清々しい日で、私は気持ちよくアルバイトに勤しんでいた。2時間ほど働く尽くしたのち、一度休憩に入ったところでスマホを確認したわけである。ホーム画面にはメッセージ通知が一つ。「ちょっと相談があるんだけど、時間ある?」と、友人Bからであった。

 なにか学生生活で困りごとでもあったのだろうか。とりあえずアルバイトの終わり時間を告げ、そのあとは空いている旨を伝えると、終了時間に合わせて車で迎えに来てくれるという。私のアルバイト先は自宅からバスで通わなければならない距離であり、「送迎してくれるのはありがたいなぁ」くらいの気持ちでいたわけである。

 終了時間に21時になり、友人Bはたしかに迎えに来てくれた。「夜ごはん食べた?」という配慮付きである。「優しい友を持ったものだなぁ」と感じ入り、まだ食べていないことを伝えると、「じゃあ、ファミレスに行って話そう」と。少々込み入った相談なのかもしれない。

 「ちょっと言いにくいんだけど」、確か友人Bはそう切り出したと思う。車の中だったのかファミレスに入ってからだったのかはもう曖昧である。しかし友人Bはもごもごと言いづらそうに、それでもちゃんと口に出したことを覚えている。「シェアハウスなんだけど、キャンセルしたい」と。

 改めて状況を整理しよう。相談されたのは3月31日。時間は21時頃。契約開始日は4月1日。記憶が間違っていなければ、このとおりである。そう、ドタキャンである。

 一般にドタキャンとは、デートの約束だったり遊びの約束だったりという程度のものに適用されるものと思っていた。引っ越しとは、賃貸の契約である。これはドタキャンの範疇に入れて良いものか、今でも少し悩むものである。

 やはり気になるのはその理由である。いかにして友人Bがそのような判断に至ってしまったのか。もしかすると突然変異を起こした結果、今の家に根を張ってしまい、引っ越すと本人の生命の存続について重大な懸念事項が発生するのかもしれない。友人B曰く、「今日その部屋に内見行けるようになったから見てみたところ、たばこ臭かった。それに耐えられなかった」とのことであった。

 内見行けばよかったのでは? ドタキャン業界に明るいみなさまにおかれましてはそう思ったことだろう。少なくとも、私は思った。確かにその部屋そのものは見れないかもしれない。しかし、類似の部屋でも見ておけば、たばこの臭いが染みついている可能性に気づけたかもしれない。そもそも、お前は内見はいらないと言った。気にしてんじゃねぇか。

 まぁでも、これは仕方ない。最近は化学物質過敏症なんていうものもあると聞く。耐えられないものを責める謂れはない。そこは仕方がないのだ。問題が他にあるだけなのである。

 さて、私の回答はというと、「私がそのまま引っ越せるなら、別にいいよ」である。今思うとちょっと正気じゃないかもしれない。だが、聞いてほしい。次のような事情があるのだ。

① 退去のキャンセルがめんどくさい。できるのかすらわからない。

② 家賃は折半しなくてもこれまでより安くなる。そもそも親が出してくれる。

③ 引っ越しは友人Bが全部手伝ってくれる。つまり、引っ越し費用無料。

 これらを勘案すると、みなさまもご納得のことだろう。なにより、①だ。とてもめんどくさい。流れに乗ったまま動けるならそうしたい。生存戦略としてはクラゲと同じである。

 ということで、話は一応まとまったので、騒動は半ば不問とした。しかし、今ここで明かしているように、永久に擦り続ける所存である。いわば、ネタ代で不問にしたというところだろう。ありがたく思ってほしい。


 引っ越しを本格的に検討段階に入っているみなさま、どうだろうか。おそらく様々な条件を考慮していることと思う。バストイレは別か。キッチンは広いか。室内に洗濯機は置けるか。色々と希望の条件があることだろう。シェアハウスをしたいのであれば、同居可かも知っておかなければならない。その際、ドタキャンはしないことをおすすめする。このように、一生擦られることになるだろう。

 それではみなさま、話せねばならなくなったら、また会おう。



P.S. ファミレス代はおごってもらえた。ごちそうさまでした。

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