第41話 帰還


「お二人はこれからどうするんですか?」


 れんの言葉に、花恋かれんが少し寂しげな表情を浮かべた。


「これでお別れ、ってことかな」


「はい……私は、と言うか私たちは、お二人の笑顔が見たくてこの世界にやってきたんです。これからどんな未来に辿り着くのか、それは分かりません。でも私は、今の笑顔を見れただけで満足です。今、最高の気分です」


「僕も……未来の自分に会えたことで、自分の中にあったモヤモヤが少し消えた感じです。その……感謝してます」


「僕もだよ、れんくん。君に会えて僕も、昔の自分との誓いを思い出した。君にとって今の僕は、決して誇れる人間じゃないと思う。だからこれから、君に安心してもらえる大人になれるよう頑張るよ」


「大丈夫よれんくん。ちゃんと私が見張ってるから」


 花恋かれんが笑顔を向けると、れんは照れくさそうにうつむき、うなずいた。


「元々は私たちの幸せな未来を見て、二人を冷やかしながら楽しく過ごすつもりでした。でも、想像してたのと全然違う未来になってて、お二人は幸せと言えない状況になってました。

 私の目的は変わりました。何が何でも二人に笑顔になってもらいたい、それまで帰れないって」


「元に戻った訳じゃないけど、れんちゃんが望んでいた未来に近付いた。そういう意味では、これからが本来の目的になってもいいと思う。今からのんびり、私たちとこの時間を楽しんでも」


「確かにそうなんですけど、でも……どう言ったらいいのかな。一仕事を終えて満足したって言うか」


「ミッション・コンプリートだよね」


 れんの言葉にれんが笑顔でうなずく。


「この時代に、私は必要以上に干渉しました。だから……この最高の状態で、私が本来いるべき世界に戻った方がいいような気がするんです」


「そっか。やっぱれんちゃん、私だね。その決断、すごく分かるよ」


「ありがとうございます、花恋かれんさん」


 4人が笑顔でうなずきあった。


「とりあえず花恋かれん、今からどうするつもりなんだい」


「そうね。久しぶりに蓮司れんじと飲みたいかも」


「分かった。店を探してみるよ」


「それもいいんだけど……折角だし、蓮司れんじの家で飲みたいかな。その方が周りを気にせず、しっかり話せると思うし」


「あんまり飲み過ぎないでくれよ。そんなに強い訳でもないんだから」


「分かってるわよ。でもまあ、ちょっとだけ羽目、外しちゃうかも」


「覚悟しておくよ」


「何よそれ、ふふっ」


「ははっ」





「色々ありがとうございました」


 帰路に向かう蓮司れんじ花恋かれんを、れんれんが手を振って見送る。


「あんまり飲み過ぎて、喧嘩しないようにして下さいね」


「分かってるわよ、もうっ」


れんくん」


 蓮司れんじがもう一度振り返り、れんの元へと足を向けた。


「君と話せて本当によかった。僕も頑張るからね、君も……しっかりやっていくんだよ」


「はい。ありがとうございました」


 そう言って固く握手する。花恋かれんれんの元に進む。


「大丈夫?」


「はい。私はどこまでいっても私、赤澤花恋あかざわかれんです。それは10年後だって変わらないって分かりましたから」


「そっか……色々ありがとう。お世話になりました」


花恋かれんさん、今本当にすっきりした顔をしてます。とっても綺麗」


「綺麗なのはいつものことでしょ。なんと言っても私、なんだから」


「確かに……ふふっ」


「あははっ……れんちゃん」


 花恋かれんれんが抱き合う。二人共、声が少し震えていた。


「何だかなあ……すごく寂しい気がするよ」


「……私もです」


「ずっとこのままでいられたら、なんて言うのは贅沢なんだろうね」


「そうですね。私たち、あり得ない経験をした訳ですから」


「ミウちゃんには本当、感謝だね」


「はい。それと……花恋かれんさんと蓮司れんじさん、れんくんにもです」


「私も一緒だ。あははっ」


「ふふっ」


 名残惜しそうに離れると、互いのパートナーの元へと戻る。


「そうだ、あと一つ聞きたいことがあったんだ」


 れんの言葉に蓮司れんじ花恋かれんが振り返る。


「いいよ。ここまで腹を割って話したんだし、何でも言って」


 微笑む花恋かれんにうなずき、れんが咳払いをした。


蓮司れんじさんも花恋かれんさんも、どうしてお互いのこと、『レン』って呼ばないようになったんですか」


 意外な質問に、蓮司れんじ花恋かれんも困惑した表情を浮かべた。


「関係がぎこちなくなっていったから。そんな風に思ってたんですけど」


「あ……は、はい、その通りです。ごめんなさい」


「やっぱり……私がれんくんをれんくんって呼ばないなんて、絶対おかしいって思ってたんです」


「そうだね、確かにそうだ。どっちからだったのかな……もう覚えてないけど、花恋かれんって呼ぶようになってから、花恋かれんとの距離を感じるようになっていったと思う」


「……そうね、私もそう思う。何て言ったらいいんだろう、お互いに『レン』って呼び合わないことで、壁が出来ていったように思うわ」


「この際です。元の呼び方に戻してもいいんじゃないですか?」


 そう言われて、蓮司れんじ花恋かれんは顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。


れん


れんくん」


 そう呼んだ瞬間、蓮司れんじは顔を真っ赤にして天を仰いだ。

 花恋かれんは両手で顔を隠し、


「何これ何これ、ちょっと待ってちょっと待って……何でこんなに恥ずかしいの? 前はずっとこう呼んでたのに」


 そう言って身をよじらせた。

 そんな二人を見て、れんれんも嬉しそうに笑った。





「じゃあ……本当にこれで」


「ええ。お別れです」


「お互い頑張ろう」


「はい。頑張ります」


 蓮司れんじがそっと花恋かれんの手を握る。

 花恋かれんは驚いた表情を見せたが、やがて頬を染めてうなずくと、その手を強く握り返した。


「まだ抵抗はあるけど……まずはこれくらいから」


「……馬鹿」


 そんな二人を見て微笑むと、れんれんの手を握った。





 ありがとう、10年後の私とれんくん。

 少し寂しい。ううん、すごく寂しい。

 でも、私の隣にはれんくんがいる。

 震えながら私の手を握ってくれる、大好きなれんくんがいる。

 だから大丈夫。

 それにまた、10年後に会えるから。


 涙を浮かべて微笑むれん

 その瞬間、光に包まれた。







「……」


「おかえりれんちゃん。旅はどうだったかな」


 目を開けると自分の部屋だった。

 目の前には白猫、精霊のミウがいる。


「……帰ってきたんだね、私」


 そう言って時計を見ると、旅立つ前にチェックした時間だった。


「全部……本当のことだったんだよね」


 瞼をこすりながら、れんが記憶を確かめようとする。

 だがそれは、出発前にミウが言ってた通り、夢だったような、断片的に欠けているような不思議な感じだった。


れんちゃんが見てきたもの、それは全部本当のことだよ。れんちゃんがどこまで覚えているか、それは僕にも分からない。忘れてもらわないと困ることについては、申し訳ないけど強制的に消させてもらったけどね」


「そうなんだ……よく分からないけど、ミウがそう言うんだったらそうなんだよね」


「怒らないのかい?」


「怒るようなことじゃないよ。無理を言って頼んだことなんだし。ミウには感謝してるよ」


「ありがとうれんちゃん。まだ少し眠そうだね」


「うん、そうね……ふわぁ……まだ夢の中にいるみたい」


「時間酔いの影響かもしれないね。戻ってくる時の方がきついらしいから。でも大丈夫、朝には治ってるよ」


「私……これでよかったのかな」


「それはれんちゃんが、これから考えていくことだと思うよ」


「そっか……ふわぁ……駄目だ、まだちょっと眠いかも」


「いいよ、ゆっくりお休み。それと……あともう一つ、れんちゃんに謝っておかなくちゃいけないことがあるんだ」


「……うん、何だろう」


「僕のことなんだけどね、れんちゃんの記憶から消す対象になってるんだ」


「……」


「もうれんちゃんと話せないと思うと、僕も寂しい。れんちゃんのこと、本当に気に入ってたからね。でも……ごめんなさい」


「……お別れ、なんだね」


「うん。元々僕たち精霊は、君たちと距離を取っていないといけない存在だから。次に僕と会っても、れんちゃんにはただの白猫にしか見えないと思う」


「そうなんだ……ちょっと、寂しいな……」


「あはははっ……実は僕も」


 もう一度布団に潜り込むと、重い瞼を開けてれんが言った。


「……じゃあミウ……せめて今、私が眠るまで……傍にいてくれるかな」


「うん」


 ミウがベッドに跳び乗ると、れんは笑顔でミウを抱き締めた。


「ありがとうミウ……あなたに会えて、本当によかった……それと……また会いに来てね。私、あなたのことを忘れない、そんな気がするの」


「ありがとう、れんちゃん」


「大好きよ、ミウ……」


「僕も……大好きだよ、れんちゃん」



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