第16話 恋と花恋


「それで? こっちにはいつまでいるのかな」


 緊張の解けた様子のれんに向かい、紅茶を入れ直した花恋かれんが聞いた。


「特にいつまで、とかは決めてません。ミウが言うには、例え一年いたとしても、戻るのは出発した時間らしいので。お邪魔でなければ、しばらくいようと思ってます」


「そっかぁ。私もね、10年前、高校2年の自分と会ってる訳じゃない? こんなこと二度とないだろうし、ゆっくりしていってほしいなって思ってたんだ」


「仕事とかは大丈夫なんですか?」


「うん。何でか知らないんだけど、急に有給を消化するように言われてね。しばらく休みなんだ」


「あ、それって蓮司れんじさんと同じです」


「と言うことは、これもミウちゃんの仕業なんだね。でもまあ、最近ゆっくり出来てなかったし、丁度よかったよ」


「それならよかったです。それでその……折角なので、色々と聞いておきたいことが」


「いいよ、何でも聞いて。と言うか、れんちゃんが何を聞きたいのか、大体分かるけどね」


「ですよね」


「先に私からもいいかな」


「はい、何でしょう」


れんちゃんは、いつの時のれんちゃんなのかな」


「あははっ、蓮司れんじさんと同じこと、やっぱり聞くんですね」


「まあ、ね。その方が色々やりやすそうだし」


蓮司れんじさんには詳しく言ってないんですけど、私にだったらいいですよね」


「そうそう。自分相手になんだから、気にせず言って言って」


「実は私……今日れんくんと、初めてキスしたんです」


「……」


「……花恋かれんさん?」


「きゃー! きゃー!」


「え? え? 花恋かれんさん?」


れんくんと初めてキスした私、来ちゃったよー!」


 両手を頬に当て、恥ずかしそうに身をよじらせる。

 その姿を見て、今日の私、多分こんな感じだったんだろうなとれんが思った。


「今の私が忘れかけてるもの。それをれんちゃんは持ってるんだ」


「それってどういう」


「頭がぼうっとして、体がふわふわして。思い出すたびに顔が熱くなって、恥ずかしくて嬉しくて……そんな感じだったかな」


「は、はい……やだなぁもう、からかわないでくださいよ」


「あはははっ、ごめんごめん。でも、そっかぁ……最高に幸せだったよね、あの時の私」


「多分、今までで一番幸せだったと思います」


「うんうん、そうだったそうだった。初めての経験って、ほんとドキドキするよね。これからもれんちゃん、何度もそういうことになるんだけど、初めての時のドキドキ感は特別だからね。ある意味二度と味わえないものだから」


「何度もキス、したんですか」


「えっ! そ、それはそうでしょ。だって私たち、あれから何年も付き合ってたんだし」


 赤面する花恋かれんに、れんは自分のことながら可愛いと思った。


「まあでも……ね。それでも、なんだけど」


 と、少し声を落とした花恋かれんが、ティーカップを指でなぞった。


 笑い過ぎて涙を流し、照れくさそうに声を上げたかと思えば急にトーンダウンする。

 この感情の起伏。うん、やっぱ私だ、そう思った。


「何かあるんですね、それについても」


「あはははっ、まあね。それで? れんちゃんは何が聞きたいのかな。と言うか、何から聞きたい?」


「そうですね、やっぱりれんくん……蓮司れんじさんとのことについて聞きたいです」


「まあそうよね。いいよ、ちゃんと答えてあげる」


蓮司れんじさんと別れた理由、教えてもらえませんか」


「別れた理由、ね。蓮司れんじはどう言ってた?」


蓮司れんじさんは、直接的な原因は特にないって言ってました。色んなすれ違いが積もり積もって、少しずつ距離が遠くなっていったんだって」


「何格好つけてるのよ、あのバカ」


花恋かれんさん?」


「あのバカ……やっぱ分かってないんだ」


「あの……それってどういう」


「ああ、ごめんね。何かこう、別れそうだった頃のことを思い出しちゃって」


「分かってないってことは、やっぱり何かあったんですね」


「何かってほどのことじゃないのかも知れない。少なくとも、あいつにとってはそうだったんだろうし」


蓮司れんじさん、言ってました。私たちはドラマやマンガに影響を受けすぎてるって。でも普段の生活の中で、ドラマチックな出来事なんてそうそう起きるものじゃない。現実はシンプルなんだって」


「……あいつらしいね」


「でも花恋かれんさんの言い方だと、そうじゃないんですよね。聞かせてもらえませんか」


「答えるって言ったからね、ちゃんと答えるよ。でもれんちゃん、それを聞いてどうするのかな」


「どうするって」


「今の私たちみたいにならないよう、れんくんとうまくやっていく為に聞きたいのかな」


「それもあります」


「それもってことは、他にもあるんだよね」


「……」


「私たちが元に戻れるように動きたい。そんな風に思ってるんじゃないかな」


「……ごめんなさい、少しはあります」


「だよね。ああ、でも謝らないで。別に責めてる訳じゃないから。だって私とれんちゃんは同じ花恋かれん、考えることは同じなんだから」


「でも花恋かれんさん、望んでませんよね」


「何て言ったらいいのかな。私にとって、蓮司れんじは大切な人。それは間違いない。幼馴染だし、子供の頃からずっと一緒だったから、家族と言えないこともない。そして私が、この世界で一番愛した人だった」


「……」


「どうせ聞かれるだろうから先に言うね。私は今でも蓮司れんじのこと、好きだよ」


花恋かれんさん……」


「確か、そうだな……初めて蓮司れんじとキスした日、私は思ったんだ。私が好きになる男の人、それは蓮司れんじしかいないって。これからもたくさんの出会いはある。でも私は、蓮司れんじ以上に好きになることはないだろう。それくらい蓮司れんじのことが好きだって」


「ちょうど今日、そんなことを思ってました」


「そうだよね。あははっ、私の記憶力も捨てたもんじゃないね」


「だったら花恋かれんさん。私が蓮司れんじさんとの仲を取り成したいって言ったら、いいって言ってくれますか?」


「……」


蓮司れんじさんも花恋かれんさんのこと、今でも好きだって言ってました。でも私が二人の間に入ること、うなずいてくれませんでした。

 私はれんくんとの幸せな未来が見たくて、この時間にやって来たんです。でも二人は別れていて、すれ違ったまま生きてます。私がどの時間でもない、この時間に連れて来られた理由。それはもう一度、二人に向き合ってもらう為なんじゃないか、そう思ってます。

 花恋かれんさん。お手伝いすること、許してもらえませんか」


「……」


 れんの言葉に花恋かれんは微笑み、再びカップに紅茶を注いだ。



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