第11話 決断


 れんは一人、あの神社に来ていた。


 夜の神社。

 怖がりのれんにとって、月明かりだけが頼りのこの場所は最悪とも言える。

 しかし今のれんに限っては、その心配は無用だった。

 何しろ自分はこの世界の影なんだ。誰からも認識されない存在なんだ。

 どちらかと言えば、自分の方が怖がられる立場。

 そう思うと、不思議と怖く感じなかった。

 それよりれんには今、考えることがあった。悩むべき事案があった。





 どうして蓮司れんじさんと花恋かれんさんは別れてしまったのか。

 未来の私たちに、一体何があったのか。


 作家になる夢を捨て、私と別れた蓮司れんじさん。

 穏やかだけど、どこか陰りのある笑顔。

 最初に見た時、あの笑顔にときめいた。

 しかし一緒にいる中で、段々と違和感を感じるようになっていた。

 蓮司れんじさんの笑顔。あれは何もかも諦めたような、世捨て人にでもなったような空虚な感じがする。

 その理由に自分が関わっていることは間違いない。




 この時間に来たのは、私たちの幸せな姿が見たかったからだ。

 未来を見たい。その一点では、確かに目的を果たせた。

 でもこのままじゃ帰れない。帰りたくない。


 別れたことにきっかけはない。蓮司れんじさんはそう言った。

 でもそんな筈はない。

 いくらイベント慣れだと否定されても、それだけで納得出来る訳もない。


 蓮司れんじさんは今も、赤澤花恋あかざわかれんのことを好きだと言った。

 この世界の私だってその筈だ。だって私なんだから。

 こんな現実を見せられた今でも、私はれんくんのことが好きだ。

 どんなに否定されたとしても、この想いだけは本物なんだ。

 だから確かめたい。


 そう思ったれんは、少し頭を冷やしたい、しばらく一人になりたいです、そう言って蓮司れんじと帰らず、この神社に来たのだった。





「そっか……分かった。でもれんちゃん、これでお別れ、なんてことにはならないよね」


 穏やかに微笑む蓮司れんじ。しかしその目は、少し寂しそうだった。


「はい。少し一人で考えたいだけですから。気が済んだらまたお邪魔させてもらいます。蓮司れんじさんの方こそ、お邪魔じゃありませんか?」


「そんなことないよ。明日は日曜……と言うか明日から10日ほど、有給消化ってことで会社から休暇を出されてるんだ。まあこれも、精霊の猫ちゃんの仕業なのかもしれないね。だから大丈夫、いつでも来てくれていいから」


「ありがとうございます。そういうことなら、またすぐにお邪魔させていただきます」


 そう言って一旦別れたれんは、一人で考える場所としてここを選んだのだった。


 ーーこの場所は私にとって、忘れることの出来ない大切な場所なんだ。

 れんくんと初めてキスをした場所。

 れんくんが自分の意思を示してくれた場所。

 今の状況で、これ以上にふさわしい場所なんて思いつかない。





 誰も望んでいない未来。


 今日会った誰もが、今の状況を受け入れてるとは思えなかった。

 蓮司れんじさんは頑なにそれを否定していた。二人で決めたことなんだ、これが運命だったんだと言った。

 しかし嘘だ。

 そう思おうとしているだけだ。そうしないと、自分が壊れてしまうから。


 ミウは言った。一番ふさわしい時間が見つかったと。

 あの言葉。あの時は聞き流していたけど、今となっては納得がいく。

 二人の未来を見るだけなら、何もこの時間にこだわる必要はない。

 1年後だってよかった筈だ。20年後でもよかった筈だ。

 それなのにミウは、あえてこの10年後が「ふさわしい」と言った。


 そしてこうも言った。

 私がこの時間で何をしても、干渉にならないと。

 それはつまり、干渉してもいいということだ。

 きっとミウは私たちの未来を一通り探り、私が干渉出来るこの時間を見つけてくれたんだ。そうに違いない。


 蓮司れんじさんはそんなこと、望んでいないようだった。

 私が干渉することを拒んでいた。

 でも蓮司れんじさん、あなたは私にこう言ったんです。

 恋愛は、自分だけじゃどうしようも出来ないんだって。相手の気持ちにまで干渉することは出来ないんだって。

 その通りなんです。

 私の気持ちは私だけのもの。

 いくら蓮司れんじさんが拒んでも、私の気持ちまで縛ることは出来ないんです。

 私はこのまま帰りたくない。

 蓮司れんじさんが心から笑える未来にしたい。

 私とあなたが幸せそうに笑ってる、そんな未来であって欲しいんです。

 だからごめんなさい、私は動きます。

 きっとそれが、この時間に来た意味だと思うから。





「ミウ、私のこと見てるよね。姿を見せて欲しいの」


 一陣の風が起こり、れんが目を閉じる。

 そしてゆっくり目を開けると、月明かりの下、ミウの姿があった。


「何か決めたようだね、れんちゃん」


「まあね。この時間に来てそれはもう、驚くことばっかで。本当ミウってば、大変な未来に連れてきてくれたよね」


「あはははっ、気に入ってもらえたかな」


「気にいるかどうかは、この先次第かな」


「それで? このタイミングで僕を呼んだんだ。何か手伝うことでも出来たのかな」


「そうね。ミウにしか頼めないこと」


れんちゃんの頼みなんだ。出来る限りのことはするよ」


「その前にミウ、もう一度確認するよ」


「何かな」


「私がこの時間に干渉すること。それは許してもらえるんだよね」


「あはははっ、れんちゃんの怖い顔を見てたら、何をする気なんだろうって身構えちゃうけど……うん、問題ないよ。この先どうなるか知らないれんちゃんの行動は、歴史の改変には当たらない。僕が認める」


「ありがとう、ミウ。じゃあ私のお願い、聞いてちょうだい。れんくん……私のいる時間のれんくんを、ここに呼んでほしいの」



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