第12話 蓮くん召喚


「了解!」


 ミウが元気よく答えた。


「え? いいの?」


 無理を承知で言った願い。どうやって説得しようかと思っていたれんは、あっさり承諾したミウに思わずそう言った。


「うん、いいよ」


「私、それは駄目だって言われると思ってた。でもこの世界の蓮司れんじさんたちを見て、私だけじゃどうにも出来ない、れんくんの助けが必要だって思って」


「分かってるよ」


「でもね、私が今からしようとしてることは、この世界に思いきり干渉することなんだよ。それも私一人じゃなく、れんくんも巻き込んで。

 自分で言っておいて何なんだけど、ほんとにいいの?」


「僕の中で、ここまでは想定内だったから。勿論、必要以上に干渉するのは看過出来ない。僕たちは世界のことわりを守る為に存在してるんだからね」


「だったら」


「でもれんちゃん、もう分かってるんじゃないのかな。どうして僕がこの時間を選んだのかを」


「……」


「君が今から成そうとしてること。それは干渉に当たらないと僕が認めてあげる。こういう言い方は駄目なんだけど、僕は君のこと、本当に気に入っちゃったから」


「ミウ……」


「本当のことを言うとね、特定の人間に肩入れするのは御法度なんだ。だからね、れんちゃん。僕に出来るのはここまでだ。後はれんちゃんの頑張りにかかってる。

 これは未来への干渉じゃない。君がこれからの人生をどう歩むのか、誰と歩みたいのかを決める戦いなんだ。だから応援してる。君が頑張る姿、見守ってる」


「ありがとう、ミウ」


「じゃあれんくんを連れて来るから、ちょっと待っててね」


 そう言うとミウは、れんの部屋にいた時と同じように目を瞑り、動きを止めた。

 れん本来の時間のミウとリンクしているのだった。





「……」


 れんが拳を握り締め、固唾を飲んで見守る。

 そしてしばらくすると、ミウがゆっくりと目を開けた。

 部屋でいた時と同じように一声鳴く、そう思ったれんだったが、様子が少し違っていた。


「あ……」


「え? 何々、どうしたのミウ」


「あ、あはははっ……ごめんねれんちゃん、ちょっとミスっちゃった」


「ミス? どういうこと?」


「この世界にれんくんを連れて来る、それは成功した。もう彼はこの世界に存在してる」


「じゃあ、何がミスなの?」


「それがね……ちょっとだけポイントを間違ったって言うか何と言うか……れんくん、もうこの世界にいることになってるんだ」


「分かんない。もっと分かりやすく言ってよ」


れんちゃんがこの世界の蓮司れんじくんと別れたのって、二時間くらい前だよね」


「う、うん。それくらいになるかな」


「そのポイントにれんくんを送っちゃった。あはっ」


「それってどういう」


「つまりね、れんちゃんと別れてすぐに蓮司れんじくん、れんくんと会ってるんだ」


「……」


れんくんは二時間前にこの世界に来たって……ことです」


「……えええええええっ?」


「ま、まあ問題ないと思うよ。多分今頃、こっちの蓮司れんじくんと盛り上がってるんじゃないかな」


「ミウってば、そんな軽く言わないでよ。これかられんくんに会って、ちゃんと状況を説明して、その上で協力してもらおうと思ってたのに」


「あはははっ……ごめんなさい」


「……ミウってやっぱりドジね」


「言わないで言わないで」


 ミウがうなだれた様子で頭を下げる。

 そんなミウに苦笑して、れんが頭を優しく撫でた。


「ありがとね、ミウ」


「頑張ってね、れんちゃん」


「モチのロン!」





 突然子猫に話しかけられたれんは、唖然とした表情で話を聞いていた。

 ずっと空想の世界を作り出していたせいで、おかしくなったのだろうかと自分の頭を疑った。

 しかしミウが話す今の状況、れんの気持ちを感じ、頬を叩いた。


 ーー何があっても、僕はれんを守るんだ。


 ミウに向かいうなずいたれん

 しかしその瞳には、少しだけ陰りがあった。





「……」

「……」


 ミウによって連れて来られたのは、蓮司れんじの家の前だった。

 れんがゆっくり目を開けると、蓮司れんじが困惑した表情で自分を見ていた。


「あ、あの……」


 10年後の自分だ。れんが少し緊張気味に口を開く。

 蓮司れんじも驚いたのだが、れんちゃんが来たのなら、過去の自分が来てもおかしくはない。まあ、彼女の時のように、脳内に情報が入ってこなかったけど。そう思いながら、10年前の自分の姿を見つめた。


「……」


 懐かしい。あの頃の僕だ。

 まさか過去の自分に会えるなんて、小説のネタとしても思いつかなかった。


 それにしても……れん。君はそう、そんな感じだったね。

 いつも前髪を垂らして、人の視線を避けるように生きていた。

 何かを恐れ、怯えていたあの頃。

 いや……今も大して変わってないか。

 そんなことを思いながら、蓮司れんじは笑顔を向けた。


「初めまして、でいいよね。昔の僕」


「あ、はい、その……はじめまして」


「自分相手に緊張しなくていいよ。突然だから驚いたけど、多分これもれんちゃんの仕業だよね」


「は、はい。そのようです」


「それで? 君はどこまで理解してるのかな」


「それはその……れんと僕が未来でどうなってるのか、それが知りたくてこの時間にやってきたと」


「それだけ?」


「あ、いえ、その……すいません、僕たちがもう付き合ってないことも知ってます。そのことにショックを受けたれんが、そんな未来を何とかしたいと思って、僕にも協力してほしいって」


「なるほどね。それで? 君はこれからどうしたいのかな」


「それは……」


 自分が相手だと、どうも調子が狂ってしまう。

 そんなことを思いながら、「とにかく中に入ろうか。お茶でも飲みながら話そう」そう言って階段を上り始めた。





 あちこちが錆び付いている鉄製の階段を、二人が歩いていく。


 うつむき加減で歩くれん。彼は未来の自分に、どうしても聞きたいことがあった。

 今、自分の中にあるわだかまり。

 この人ならきっと答えられる筈だ。


 蓮司れんじもまた思っていた。

 れんを見てすぐに感じたこと。

 もう君は、この未来に辿り着く準備が出来てるんだね。


 蓮司れんじがポケットから鍵を取り出し、優しく微笑んだ。

 れんが感じていた、全てを諦めたような笑顔で。



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