第6話 夢と現実
「それで、その……聞きたいことがあるんですけど」
「うん……なんでも聞いて」
「あの、
「……だよね」
笑顔のまま、
「やっぱりまだ、デビュー出来てないんでしょうか」
勇気を振り絞り、
低学年の頃は童話や偉人の本、高学年になると歴史物を夢中になって読んでいた。
中学に入ると図書館に通い詰めるようになり、純文学から大衆文学まで、幅広く読むようになっていた。
そんな中、彼の中でひとつの夢が芽生えていった。
自分にこれほど感動を与えてくれる文学。与えられる側でなく、自分も創り出す側になりたい。そんな思いが日に日に強くなっていった。
それから
いつか自分で物語を書くんだ。
目を輝かせて夢を語る
高校に進学すると、
これまで集めたたくさんの言葉、たくさんの思いをまとめ上げ、二年の内に数本の小説を完成させた。
完成するたびに、
――口下手な
もっと知りたい、もっと
そしてそんな励ましに、
「デビュー、ね……」
「
「頑張ってるんだね、10年前の僕も」
「はい。でも……10年経ってもまだ、夢は叶えられていないんでしょうか。それで
「小説はやめたよ」
「え……」
突き放されたような気がした。
彼の放った言葉は、
「やめたって……どういうことですか」
「言葉通りだよ。もう書いてないんだ」
「どうして」
「今の
でもね、大人になっていくってことは、それがただの夢なんだって認めることでもあるんだ。いつまでも夢に酔いしれて、現実を見ないで生きていく……そんなことを続けていても、何も得られないんだ。
夢はあくまでも夢だと自覚して、捨てる勇気も必要なんだ。何より僕は社会人だし、自分の食い扶持は自分で稼がないといけない。
その一つ一つが
心が痛い。壊れそうだ。
私の前で夢を語っていた
あんなに輝いた瞳、見たことがなかった。
夢を語っている
その横顔にときめいた。
その
優しい笑顔で。
でも、その笑顔が痛々しかった。辛かった。
いつの間にか
その涙に気付くと、一気に感情が溢れてきた。
ひっく、ひっくと肩が揺れる。
その言葉に、
「やだよ……なんで、どうして……」
タオルに顔を押し付け、肩を震わせる。
哀しみが止まらなかった。
いっぱい泣いたんだろう。
夢に破れる人がほとんど。そんなこと、高校生の私にだって分かってる。
でも、それでも……
その世界と決別する為に、どれだけの涙を流したことだろう。
どれだけ悩み、どれだけ苦しんだことだろう。
そしてきっと、今も辛いはずだ。
だって
夢っていうのは、ある意味呪いみたいなものなんだって。
叶うまでずっと、僕はその呪いから逃れられないんだって。
だったら今、あなたの心はどうなってるんですか?
夢に破れた人間として、敗北感と罪悪感を背負ってるんじゃないんですか?
なのに、なのに……
あなたは今、私を慰めてくれている。
穏やかに微笑みながら……
やるせない気持ち。哀しみの感情が
「……失礼しました、取り乱しまして」
落ち着きを取り戻した
「僕こそごめんね。ここまで泣かれるとは思ってなかったけど、でも……嬉しかったよ。ありがとう」
そう言って笑顔を向ける
「それでその……
「まあ、頑張ってるのは間違いないけど、でもほら、僕って不器用だろ? 中々うまくいかなくってね、苦労してるよ」
ははっと笑う
「
「うん。三年くらい前になるかな。親父が死んでしばらくして」
「えっ! おじさん、亡くなられたんですか!」
「ああ、うん……ほら、
「そう、ですね……休みの日はいつも、家でゆっくりされてます」
「ちょうどいい。僕からも一つ質問、いいかな」
「はい、何でしょう」
「
「あ、はい、
厳密に言えば付き合って半年、しかも今日、初めてキスしたんです。本当ならそこまで言うべきなのかもしれないが、恥ずかしくて言えなかった。
「そっか。僕が一世一代の告白をした、その頃の
「はい……やだもう。
「その頃ならもうすぐだね。親父はもう少ししたら検査をする。結果は胃がん、ステージ4だった」
「……」
「放射線治療を受けながら頑張っていたんだけど、それから4年ほどで亡くなったんだ」
「そう……なんですね」
「まあ、ステージ4なら5年生存率が10パーセントもないらしいからね。そういう意味ではよく頑張ったと思うよ。
その後しばらく母さんと二人で暮らしていたんだけど、半年ぐらいして兄貴が戻って来てね、奥さんと一緒に住んでくれることになったんだ」
「
「うん。奥さんもいい人でね、母さんと一緒に住みたいって言ってくれたんだ。で、それを機に僕は独立、会社に近いこのアパートに引っ越したんだ」
「そうだったんですね……ほんと、色々あったんですね」
「10年だからね」
「それで
「私との結婚資金を貯める為に今、頑張ってくれてる」
その言葉に、
「
「何がですか」
「僕はね、いや、僕たちはね、
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