第4話 出発


「……」


 動かないミウを見て、れんは少し心配になってきた。


「ええっと、これって……まさか死んじゃった、とかじゃないよね」


 そうつぶやき見守っていると、やがてミウの体が小さく動いた。


「あ、動いた……ミウ? 大丈夫?」


 ミウが顔を上げ、一声鳴く。


「いい感じの時間軸があったよ。今から10年後」


「10年後、27歳かぁ……あ、でもちょっと待って。ミウってば今、何をしてたの?」


れんちゃんの希望に沿える未来を探す為に、別の時間軸の僕と意識をリンクしてたんだ」


「リンク?」


「簡単に言えば、未来を見てきたってこと」


「未来をって……すごいことをさらっと言われたような」


「あははっ、深く考えなくていいよ。とにかくれんちゃんの望みに応えられる、ふさわしい時間軸だと思う」


「そうなんだね。ありがとう、ミウ」


「それでね、行く前に説明しておくことがあるんだ」


「うん。まずは着替えよね」


「それは大丈夫、着替えなくても問題ないから」


「そうなの? 私、寝間着のままで未来に飛ぶの? 流石にこのままじゃ、恥ずかしいと言うか何と言うか」


れんちゃんは今から未来に行く。でも厳密に言えば、れんちゃん自身が行く訳じゃないんだ」


「よく分からない」


「簡単に言えば、れんちゃんの姿と意識、情報をコピーして10年後の世界で再構築するんだ。だから今のれんちゃんの体はここに残るし、服装は……僕がうまくしておくから」


「また……すごいことをさらっと」


「難しいだろうから理解しなくていいよ。とにかくれんちゃんは、10年後の世界に行けるんだ」


「うん、ミウがそう言うなら分かった」


「ありがとう。それで向こうに着いてからのことなんだけど、れんちゃんの姿を認識出来るのは二人、未来のれんちゃんとれんくんだけだから」


「二人だけ?」


「そうでないと、ややこしくなっちゃう。突然10年前のれんちゃんが現れたら、他の人も驚くだろ?」


「それもそうか……でも、未来の私やれんくんはどうなの? 驚くと思うんだけど」


「それは問題ないよ。前もって僕が二人に情報を流しておくから。そして彼らは、そのことに何の疑問も持たない。過去のれんちゃんが来たことを、当たり前のこととして認識してくれる」


「何だか、色々すごいね」


「そして二人は、れんちゃんのことを決して口外しない。10年後の世界でも、時間旅行タイムトラベルは空想の物だからね。そしてこちらのれんちゃんなんだけど」


「どうなるの?」


「ベッドで眠った状態になる。未来に行ってる間ね」


「でもそれって、声をかけられても起きないってことよね。お母さんに心配されないかな」


「それも大丈夫。れんちゃんが向こうの世界に一年いたとしても、戻って来るポイントを今の時間に設定しておくから」


「……脳が追い付かない」


「ああれんちゃん、深く考えないで。さっきみたいにパニックになられても困るから」


「う、うん。分かった、考えないようにするよ。とにかく私は、今から10年後の未来に行く。私のことが見えるのは未来の私たちだけで、私が来ることも事前に知っている。今の私はこの部屋で寝ていて、戻ってくるのは今の時間。そういうことね」


「あははっ……れんちゃんって本当、面白いね。難しい話だとパニックになるのに、いざ受け入れたら当然のように理解してくれる」


「……褒めてるの、それ」


「褒めてるよ、勿論。それと僕は基本、れんちゃんの前に現れない。でも心配しないでね。ちゃんとサポートしてるから。それにれんちゃんが呼んでくれれば応えるし、姿も見せるから」


「分かった。それで私、どれくらい向こうにいてていいのかな」


「それはれんちゃん次第かな。れんちゃんが満足した時がその時、それでいいと思うよ」


「どれだけいてもいいの?」


「うん。気が済むまで楽しんでくるといいよ」


「でもそれって、こっちに戻って来た時、頭だけが年をとってる、なんてことにならないのかな」


「いいところに気付いたね。確かにそうだよね。もし向こうの世界に10年いたとしたら、れんちゃんの精神年齢は27歳になってしまう。

 でも大丈夫、その辺のこともちゃんと手を打ってるから」


「どうやって?」


「戻ってきたれんちゃんにとって、向こうでの出来事は夢を見ていたぐらいの感覚になるんだ」


「なるほど、それなら問題ないね。あ、でも……ちょっと待って、それじゃあ今からの旅は、戻って来た時に忘れてるってこと?」


「それはれんちゃん次第かな。ほら、夢だってそうだろ? 印象に深く残ってるものは、目覚めても記憶に残ってる」


「そうなのかな」


「向こうの世界でのことは、間違いなくれんちゃんの経験なんだ。れんちゃんが忘れたくないと思ったことは、きっと覚えてると思うよ」


「そっか……うん、分かった。じゃあミウ、お願い出来るかな」


「さすがれんちゃん、決断すると早いね。じゃあ布団に入ってくれるかな」


「分かった」


 ミウにうながされるままに、れんはベッドに潜り込んだ。


「まずはどこに行きたいかな。れんちゃんの所かな、それともれんくんの所かな」


「勿論れんくんで。未来の自分より、まずはれんくんでしょ」


「あははっ、そうなんだね。分かった、じゃあれんくんに会えるポイントに設定するね」


「ありがとう、ミウ」


「じゃあれんちゃん、いい旅になること、祈ってるよ」


「うん、いってきます」


 目を閉じると同時に、強烈な眠気に襲われた。

 れんが眠りにつくと、ミウは目を細めて鳴いた。


「いってらっしゃい、れんちゃん」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る