第10話 化け物
謁見の間。それはどこの国、そしてどこの世界にもあるのだろう。
自分の地位を誇示し、客人と対面する。それは権力者にとって最も大切な仕事の一つだ。
その精神は村上が過ごした現代社会にも通じている。例えば日本の国会議事堂はこれでもかというぐらいに格式張っている。日本以外でも世界中のありとあらゆる公式の場は町中とは異なる独特な空気をもっている。国の左右しうる会談などは相応の場所で行われるのだ。
そしてそれは異世界でも例外ではない。
「お目にかかれて光栄です。イア王女殿下」
ヴァルクはそう言ってひざまずく。イア玉座に座りながら、どこか緊張した様子でヴァルクを見つめていた。
「さあ」
ヴァルクが立ち上がる。そしてその目を見開き、彼女を見つめた。
「話し合いをはじめよう」
会談が始まった。
町の最奥にある建物、そこに村上達はいた。そこは村上が初めてこの世界に訪れたときに漂着した場所であり、どうやら村上が目を覚ましたのはこの場所の中庭らしい。窓から見えるその庭には見覚えがあった。
ここは獣人達にとっては神聖な場所らしく、ルカに聞くには建国がここからなされたということだ。始まりの場所が聖地となるのは村上には十分理解できた。
(宮殿……、いや神殿か?派手ではないが、儀礼の場としては十分に厳かだ。始まりの地というだけあって、神聖視はされているみたいだな)
村上はそんなことを考えながら皆の様子を見る。見たところ衛兵の数が少ない。おそらく双方共にあまり大ごとにはしたくない対談なのだろう。周囲の様子からそこはかとなくうかがえる。
しかし兵が少ない事も相まってか、きらびやかな玉座に座るイアはどこか小さく、むしろ不釣り合いな感じが強調されてしまっている。少なくとももう少しみかけの人手が必要であるように村上には感じた。
「それでイア殿下、私めの提案には目を通していただけましたかな?」
ヴァルクが尋ねる。玉座に座るイアに対して、こちらは十分この場所につり合いがとれているといえた。強大な体躯に堂々とした態度。少なくとも現段階での権力者としての資質はヴァルクの方に軍配が上がる。
イアは神妙な面持ちで答える。
「読みました。ですが希望に添うことはできません」
「……ほう」
ヴァルクのゆったりとした相槌に、イアが続ける。
「人間種とは手を取り合うべきです。例えそれが難しくても、此方から攻撃を加えるなど……できるはずがありません」
村上はここで彼がもってきた話の内容を知った。
種族同士での争いなど別にこの世界に限ったものではない。そして主戦派と反戦派で意見が対立することもだ。
人間種との争いが起きているということはこれまでの話からなんとなく理解できていた。種族同士の争いが絶えないという話なのだから、この獣人達と普通の人間が争うことも当然だろう。
だからこそその融和を掲げる彼女は「現実が見えていない」と疎まれているのだ。村上はかなりの部分で事情を理解した。
「しかし王女殿下。現在東側では人間種との争いが起きています。今はまだ小さな紛争ですが、戦争になる可能性もあります」
「だからこそ戦争にならないように話し合いをすべきなのです」
イアが言う。彼女の言うことも一見正しいように思えるが、それには前提が必要となる。
「王女殿下、話し合いはあくまで此方に戦力で有利なときにできるものです。しかし今の状態は贔屓目に見ても拮抗がせいぜい。やや苦戦を強いられているのが現状。どんな人種であれ、自分より弱い相手の言うことをきくことはないでしょう」
ヴァルクがそう言いながら後ろの部下に視線を送る。すると彼の部下が書類をもってきた。
「これは?」
「敵部隊の情報です。敵の数も装備も、そして何より戦うことに対する士気さえも。これまでとは違います」
ヴァルクは続ける。
「今はまだ悠長にしていられますが、彼等の準備が整えば、あるいは」
ヴァルクの言葉に、イアが立ち上がる。
「ヴァルク殿!」
イアは続ける。
「貴方のこれまでの貢献、感謝しています。しかし貴方が裏で行ってきたことも私は知らないわけではありません」
「ほう」
「もっていただいた二人の首についても、私たちの法律では死罪にはならないはずです。度を超えた処罰は私刑と同じ。それでは皆を恐怖で縛り付けるだけです」
イアはまっすぐヴァルクを見ながら話す。流石は王族なだけはある。普通の相手ならそれで十分だったであろう。
だがこの男の前では手のひらで踊る小娘でしかなかった。
「そうですか。大変失礼いたしました」
ヴァルクはそう言って踵を返す。そしてまた堂々とした振る舞いで退出し始めた。『もう話すことはない』、そう判断して。
しかし扉より出て行くとき、ふと立ち止まりこちらへ振り返った。
「ところでそこの人間種よ」
村上は黙ってヴァルクを見る。ヴァルクはそのまま話を続けた。
「一つおたずねしたい。……戦場で最後に立っているのは、どんなヤツだと思う?」
ヴァルクの言葉に、村上は肩をすくめる。そんなもの条件によって異なる。村上はなんとなくで思いついた答えを述べた。
「運の良い人間?」
「はっ、確かにそれはそうかもな」
ヴァルクはどこか嬉しそうに笑いながら言う。
「だがそれでは議論にならない。運というものは目で測れるものではないからな」
「……ごもっともで」
ヴァルクは話を続ける。
「それでは答えを教えてやろう」
傲慢な物言い、村上はそう感じたが、その話し方そのものが彼に威厳を与えているとも言えた。
「……死を恐れないヤツだ」
「…………」
「死を目の前にして冷静でいられる者。死に恐怖せず、死を直視できるものだけが勝利する。これが真理だ」
ヴァルクはそう言って再び歩き出す。そしてそのまま部屋を後にした。
「いいのですか、ヴァルク様」
「構わん。別に提案を採用してもらうために来たわけではない。あくまで提案をしたというその事実を残すために来たんだ」
おそらくこれから人間達の侵攻が始まる。いや、既に始まってさえいる。後は一押し、人間達を支援してやれば良い。間接的に情報を流すだけでも、この国の崩壊は始まるはずであった。
「あの姫様は……相変わらずですね」
「ん?どうした、ヒグマ。お前にしては珍しい物言いだな」
「いえ、申し訳ございません。口が過ぎました」
「構わん。それに、お前の言うことは事実だ。幼い頃に父親が死んで、彼女に強く言える側近もいなかったのだろう。先代の王が政敵を討ちつくしたから問題はなかったが、その分彼女は危機を知らず、経験や成長機会が無かったんだ」
いつも大人しい従者の発言に、ヴァルクは少しだけ珍しそうに見る。この従者は優秀だからそばに置いているが、その優秀さはこれまでの経験によるものだろう。少なくとも、お姫様と見てきた現実はまるで違うはずだ。
「首尾は?」
「はい。既に半数以上の部隊を掌握しています。ヴァルク様が指示をだせばすぐに戦線を離れるでしょう」
「ああ。あとはこの会談の事実を国中に喧伝しろ。『王女は人間と仲良くしたがっている』とな」
「御意」
指示を受けヒグマが離れていく。戦争が始まれば、徐々に人間種への反感も高まるだろう。そして同時に、王女への民心も。そうなればこの国の王の座を奪うことは容易だ。
「しかし『運』といったか、あの人間は」
ヴァルクは先程の会話を思い出す。あの場所では誰もが自分を警戒し、そして恐れていた。
ただ一人、あの人間を除いて。
「生き残っているようなら、アイツを配下にしてもいいな」
もっとも、そのようなことはないだろう。戦争が始まれば、敵の人種は片っ端から狙われる。例えその国の領民であってもだ。
ヴァルクは外に出て、かつてなじみ深かったその場所を振り返る。かつて共に戦い、そして最後に争った王はもういない。いるのは甘い考えをもったその娘だけなのだ。
(彼女を導く経験豊富な指導者がそばにいれば、あるいは……。まあそんなものがいたらこの乱世に自ら名乗りを上げているだろう。それに、彼女につくこともない)
盛者必衰。強き者も必ず衰える。ヴァルクはかつて自分を打ち負かした先代の王を想い、少しだけ感傷にひたった。
「虚しいものだな」
ヴァルクは呟く。そして再び歩き出した。
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