第11話 人間襲来






「陛下、準備が整いました」


 側近の男は静かに告げる。しかしその言葉の裏にどれだけの想いが積み重ねられただろうか。これまで受けてきた迫害のことを思えば、誰もがこの時を待っていた。


「……わかった」


 マントをたなびかせ、男は歩き始める。集まってくれた皆のもとへ、これまで戦ってくれた同士のもとへ。


 男が城より姿を現すと、大歓声が彼を包んだ。


「さあ、はじめようじゃないか」


 男は腕を突き上げる。これより自分の言葉が全ての始まりとなる。復讐という名の火で全てを燃やし、戦争という災いで不幸をもたらす。しかしそれはやらなければならない宿命でもあった。


「人間種に栄光を!亜人達に裁きを!」


 男は強く言葉を発していく。


 戦端が切って開かれた。










「それは本当なのですか?」

「はい。間違いありません」


 伝令がはっきりとした口調で答える。人間種の侵攻がイアを含めた町の住人に伝わったのは侵攻開始から数日がすぎてからのことであった。


「しかしこちらに攻撃をしかけてくるとは……一体何を考えているんだ?」


 ルカのその言葉に、村上は真意をはかり損ねる。そもそも争いはしていたはずだ。種族間の仲だって決して良好ではない。だからこそイアの考え方は理解されにくい。村上はそう認識していた。


 しかし周囲の反応を観察していると、彼等がそう言う意味も段々と分かってきた。


(成る程。おそらくは長い歴史でどちらが上かはっきりしてしまったというところか)


 自分の状態は別としても、一般的な人間は村上の想定する人間の身体能力と大差は無い。100メートルを走るには十数秒必要とするし、持ち上げられるものもせいぜい数十キロだろう。


 だがこの獣人と呼ばれる者達はその数倍の能力はある。身体能力の差はそのまま戦力の差だ。もし戦争になれば結果は目に見えている。


(だがそれはあくまで、剣や槍の戦争の場合だがな)


 村上は知っている。歴史上、どんなに強い国もその栄華はせいぜい一世紀程度のものだということを。モンゴルだろうと、イスラーム帝国だろうと、スペインだろうと、オランダだろうと。そしてそれはアメリカや中国も例外ではないだろう。必ず覇権はとって変わる。


(もしかすると火砲や銃の発明で軍事力が増大したのかもしれない。獣人の弱点をみつけたのかもしれない。あるいは……)


 村上はそこまで考えて、首を振った。


「……悪い癖だな」


 村上はそう呟き、頭をかく。それは政治家としての性だろうか。頭には想定される外交状況や相手の国内の状況、考え得る対応などが何通りも浮かんでくる。しかしそれは今の村上にとって必要なことではなかった。


「ジンは?」

「え?」


 言葉をかけられ、村上は現実に帰る。するとイアが此方を向いて、質問していた。


「ジンはどう思いますか?」

「ああ。えっと……」


 イアの言葉にジンは少し考える。そして現段階で思いつく考えを述べた。


「まあおそらく向こうに勝つ算段があって、攻めてきたのではないかと」

「勝つ算段?」

「はい」


 ジンが続ける。


「戦争を挑む理由は、大きく分ければ二つです。一つは挑まざるを得ない状況になっている場合、そして二つ目は勝てる算段が高い場合です。無論前者、資源の枯渇や飢饉などで攻めてくる可能性もありますが、その割にはどうも侵攻が遅い気がするので」

「では、確実に勝てるから攻めてきていると?」

「まあ、そんなところです」


 村上がイアにそう告げる。イアは村上の言葉について考えているようだが、他の重臣達はそうではないようであった。


「姫様、いくら何でもそれはあり得ませんな」

「そうですとも。人間種は繁殖力だけが取り柄の最弱種です。こちらに勝つなどとありえません」

「大方繁殖のしすぎで口減らしの必要ができたのでしょう。馬鹿な連中です」


 彼等はそう言って笑っている。


 イアが人間との融和を考えているにもかかわらずこの口調。村上は彼等の頭の悪さに呆れると同時に、この世界でいかに普通の人間が見下されているのかを実感した。


(おそらく彼等にとっては……。いや、この世界にとってそれが常識なのだろうな)


 自分がもつ価値観を変えるのは容易ではない。例えば村上も、十年後にアメリカが没落し、日本がGDPの世界順位を100位下げると言われても絶対に信じないだろう。だがそれはあり得ない話ではない。そもそも核戦争一つ始まれば、世界がなくなっている可能性だってあるのだから。


 しかし村上は静かに拳を握る。彼等の考え方もよく分かるのに、なぜが苛立つ自分がいた。


 自分の意見が否定されたことに対する怒りではない。原因はわからないが、確かにその状況を許せないと思っている自分がいた。


「姫様、ここは私が」

「いいえ、ルカ。貴方が行くことはありません。それに貴方は戦争に出たことはないでしょう?」

「しかし……」

「ここは軍人に任せましょう。大丈夫ですあくまで此方は守りを固め、撃退さえすればいいのです。こちらが対話の道を探り続ければ、早期の停戦も実現できます」


 イアはそう言って、ルカに微笑みかける。ルカはただ黙って頭を下げた。


「将軍をここに」

「はっ」

「貴方に防衛隊の指揮を命じます。侵攻は許可しません。あくまで防衛に専念し、講和を目指してください」

「……承知しました」


 将軍と呼ばれた彼は敬礼し、そのまま部屋を出て行く。部屋を出て行くその将軍の表情に野心が見え隠れしていたことを村上は見逃さなかった。


(あの男……不味いな)


 村上はイアの方を向き、口を開きかける。しかし臣下達と話している彼女を見て、言うのをやめる。


(そもそも言ってどうする。俺の考えが正しい保証も、彼等が聞き入れる可能性も、ましてやそこまでする義理もない)


 村上は視線を落としながら考える。そもそも自分は一体何をしているのか。ましてや一度は死んでいるはずの身だ。この世界に移動して、何のために生きているのか。そもそも生きる意味さえ失っている。


 死ぬ理由がないから生きている。今の村上にはそんな表現こそ正しかった。











 派遣した防衛隊が全滅したというニュースが彼等を青ざめさせたのは、それから十数日が経ってからのことであった。








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