第7話 政治と暴力







「今日ですかな?あの人間が報告を持ってくるという日は?」

「どうもそうらしい」

「あの姫様も面倒なことばかり持ってくる。人間風情に何が分かるというのだ」


 町の中央にある比較的大きな石造りの建物。その中には比較的高齢の獣人達が集まっていた。彼等はこの周辺地域の実力者であり、ある意味では地方の首長のような存在である。


「それよりお主。先の祭りではヴァルク殿に何を献上したのだ?」

「大したものではございませんよ。貴方こそどうなんです?」


 既に今日の会議の題目など忘れてしまっているだろう。集まった有力者達は各々探りを入れていく。彼等は表面上この国の姫であるイアに忠誠を誓っているが、それは表向きの話だ。


 いくら王家の血筋とはいえ、イアはまだ若い。十分には認められておらず、求心力も低い。先代の王が亡くなってからまだ数年ではあるが、それでもこの国は揺らぎ始めていた。


 そしてしばらくした頃に、部屋の扉が開いた。


「姫様の御入室です」


 その言葉に合わせて、獣人達が起立する。頭を下げながら、テーブルの奥の短辺に座る彼女をみてから、それぞれ着席した。


「本日はお集まりいただきありがとうございます」


 イアの言葉に、獣人達は注意を向ける。中には一部欠伸をしながら、あきらかに敬意を欠いている者もいた。


「……あいつ、どうしたんだ?」


 獣人の一人がとなりの男に尋ねる。


「ああ。どうもヴァルク殿に取り入ることに成功したらしい」

「……道理で」


 彼等は小さい声で話し合う。無論その言葉は多くの人間に聞こえていた。


「本日はお話ししたとおり、遠いところから来ていただいた方に意見をいただくことにしています」


 イアがそう言うと、村上が入室する。すると一人の獣人が起立した。先程から態度の悪い男である。


「お言葉ですがイア様」

「貴様、発言を許していないぞ」

「いいのです、ルカ。……何でしょう?」


 イアがそう言いながら牽制するように睨み付ける。しかし男はどこ吹く風と気にする様子もなかった。


「確かに様々な意見を取り入れようとすることは望ましいかもしれません。しかしだからといって蛮族にまでお話を聞こうとなさるとは」


「なあ」。と言って男は後ろで控えている部下達の方へ視線を向ける。数人の体格の良い男達がニヤニヤと笑っていた。


「貴様!姫様を侮辱したな!」


 ルカが剣に手をかけながら言う。しかし男の方も余裕があった。


「何を大げさな。事実を指摘したまでの事だろうが」

「黙れ!今すぐ不敬罪で切り裂いてやる!」

「止めなさい!ルカ」


 怒りを露わにするルカに対して、イアが制する。男はニタニタと笑っていた。


(良いぞ怒れ。今まで王家の人間ってだけでデカい面してきたんだ。だがここで私怨で襲いかかったとなれば、それを喧伝して転覆させてやる)


 男は口角を上げる。この一騒動はヴァルクに取り入る絶好の機会だろう。おままごとのような理想論しか語らない女に付いていては、甘い汁など吸えたものではない。


 ヴァルクは王国の地方豪族であり、先代の国王と権力を争ったこの国の雄でもある。しかし結局の所争いに敗れ、今は地方の統治を任されている。


(ヴァルク殿はここ数年で一気に力をつけている。この小娘では歯が立たないのは明白。政権が転覆するのは見えているのだ。それを手助けすれば、私も取り立ててもらえる)


 男がそんな皮算用をしながらルカを見る。しかしその時、不意に背中に寒気を感じた。鋭い突き刺さるような視線が、男を貫いていた。


 男は振り返る。するとそこには人間種の男が椅子に座り、こちらにまっすぐ視線を向けている。


(なんだったのだ?今のは…?)


 それは生物としての本能だったかもしれない。危険というシグナルを、本能が発していたのだ。


 しかし彼は気付かない。本能が鈍り、欲に溺れたが故に。その男との実力差をはかることができなかった。


「おい、いつのまに上座に座っている。調子に乗るなよ、人間種が」


 村上はただ黙って状況を見つめている。この徐々にヒートアップした状況の中で、彼だけは冷めた目で周囲を見ていた。


「言葉が分からないみたいだな。なら身体で……」


 男はそう言って近づこうとする。しかし村上の言葉がそれを止めた。


「……防壁の工事」

「あ?」

「どこから金が出ているか知っていますか?」


 村上が静かに話す。男は人間種である村上が言葉を話していることにおどろいたが、すぐに返答した。


「そりゃ税金からだろう」

「そうだ」


 村上が立ち上がる。


「この国の法律では税金を不当に懐に入れたヤツは牢獄にいれられるそうだが……知っているか?」

「馬鹿にするな。それが何だと言うのだ」


 男が怒鳴るように村上に言う。村上は軽く振り返って合図を送った。


「おら、さっさと入れ」

「ひい!お許しを!」


 衛兵に連れてこられた相手をみて、男の表情が強張る。それが自分が贔屓にしているであったからだ。


 村上は淡々と話を続けた。


「何も難しい話じゃない。公共事業は汚職の温床だ。現代日本はおろか、古今東西似たような事例は尽きることがない。どうやらここでもそうらしいな」

「っ!?」

「さて、裁判を待つがいい。……証拠は揃っているがな」

「貴様っ!」


 男は素早く駆け出し、村上の元へと詰寄っていく。やけっぱちだが、獣人の動きは速い。咄嗟のことでルカを始めとする衛兵達の反応が遅れていた。


「ジン、危ない!」

「……問題ない」


 その瞬間、村上は素早く拳を構える。そして男が殴りかかるよりも早く、その拳を突き出した。


「ぐっ……あぁ」


 村上の正拳突きが腹に入り、男はそのまま膝から崩れ落ちた。


(明らかに威力が上がっている。この男の動きも、ずっと遅く感じられた)


 村上は手をグーパーしながら男を見る。そしていつだったかの記憶を思い出した。小学校の始めの頃、友達にいじめられ、空手を習いだした頃の記憶だ。


(結局子供の世界ってのが一番現実を表している。強い者が秩序で、ルールよりも暴力が優先される。否、暴力こそがルールだった)


 村上は息をはきながら、他の連中を睨み付ける。


 暴力こそが抑止力である。抑止力、懐かしい響きだ。


 村上はかつて獣人達を眺めながら、世界や種族を超えて通ずるそのルールに、どこか懐かしさを感じていた。









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