第6話 政治屋への呪い




「我々はテロリストに屈しはしない!」


 内閣総理大臣は声高々にそう言った。その言葉、その映像は何度も報道され、そして日本のテロ行為に対する指針を国民中に強く印象づけた。その言葉で内閣の支持率は劇的に持ち直し、移民政策により発生した様々な問題も帳消しにするほどであった。


 民衆というものは案外単純なものだ。その移民政策により生まれたテロだとしても、その報道と印象づけにより手のひらは返る。例えそこで数十人程度死んだとしても、テロリストが全員確保されたのならばハッピーエンドだ。大多数の人間にとって、被害者は他人なのだ。


 だが、そのなかで、報道されなかった情報がある。


 テロリストによって占拠されたホテル。その人質の中に当時の移民政策担当大臣である村上仁、その婚約者がいた。








(嫌な夢を見たな)


 村上はゆっくりと身体を起こして目を擦る。窓から入ってくる朝日はもう十分に角度がついている。それはいつにもまして眠りが深かったことを感じさせた。


(久しぶりにこんなに寝たな)


 ここ最近、いやここ数年だろうか。眠る時間は日に日に短くなっており、長く休もうにも身体が受け付けないほどであった。


 それが老化によるものか、はたまたストレスによるものかは分からない。しかし確実に言えることは、いずれにせよ村上はあの日刺されなくてもいつかは倒れていただろうということである。


「やっと起きたか」

「っ!?」


 突然声を掛けられ、村上は一瞬身構える。見るとそこには昨日会った、ルカと呼ばれる側近が部屋の隅に立っていた。


「よくもまあここまで眠れるものだ。警戒心がなさ過ぎる。……まあ、いい。それよりも仕事だ」


 ルカの言葉に村上は合点がいかず聞き返す。


「仕事?」

「ああ。姫様が是非お前に頼みたいとのことだ」


 正直村上も突然のことに頭が追いついてはいなかった。そもそもこの状況を一日で整理しろというのも無理な話だ。ただ一度村上が死んだ身であるということは、その点では上手く作用した。


(まあ、あれこれ考えても仕方ないだろう)


 村上は現在完全にアウェーなのだ。身分も、頼れる相手もいない。生きていく術も持ち合わせてはいない。その村上がこの先生きていく上でまず必要になるのは食い扶持である。そして仕事はその食い扶持そのものだった。


「聞かせてくれ」


 村上が言う。するとルカはゆっくりと話し始めた。


「仕事の内容はこの町の点検だ。十日間自由に町を回ってかまわないから、町に対する改善案を教えて欲しいとのこと。それ以降は順次別の仕事をお願いする予定らしい」

「仕事って……そんなことで良いのか?確かに重要な仕事かもしれないが、いきなり来たよそ者に頼む仕事ではないな」


 村上の言葉にルカも少しだけ複雑な顔をする。


「実のところ俺もよく分かってはいない。普通こうした仕事は、姫様を始めとした領主であったり、各村長がやる仕事だ。あんたに言うのも変だが、普通来たばかりの人間に頼んだりはしない」


 ルカはそう言いながら村上の方を見る。おそらくは此方の出方をうかがっているのだろう。この仕事に対してどういう振る舞いをするのか。彼はそれを観察している。


 もしここで仮にその仕事を「当然」とばかりに引き受ければ、反感は免れないだろう。目に見えぬ形で失格の烙印を押される。下手をすれば消されるかもしれない。


 これまで多くの政治家がそうした自らの行いで失墜してきた。生き残る政治家は見られ方に注意を払う。村上は政治家である以上、そうした視線には敏感であった。


(一宿一飯の恩義もある。死んだ後の身ではあるが、せいぜい借りは返しておこう)


 村上はとりあえずの方針を固めた。


「分かった。ただし半分の五日で良い。それ以上世話になるのは申し訳がない。それにその段階で価値がないと分かったらすぐに解雇してもらって構わない」


 村上はルカにそう告げる。村上自身の算段としては、結局何もできなくても半分の五日程度ならば彼等も損した気分にはならないだろうというところであった。それに村上もそれだけあれば、流石に心の整理もつくだろうと考えていた。


「分かった。姫様にその旨を伝えたら、また迎えに来る」


 ルカはそう言って去っていく。村上は彼が去っていくのを見届けると、掛けておいた背広に腕を通した。








「なあ。ちょっと聞いても良いか?」


 それからしばらくして、迎えに来たルカと町を歩いていると彼に声をかけられる。


「何だ?」

「あ、いや。いつまで歩いているのかって」


 ルカはそう言うと、村上は少し笑いながら答える。


「見つかるまでさ」

「見つかる?」

「ああ」

「何を?」

「役に立ちそうなものを……かな」


 村上はそう言うと再び歩き出す。含みをもたせているが、正直探しているのは自分ができそうな仕事程度である。この町が何を必要としていて、何の仕事がありそうなのか。この五日間はいわば村上の休職期間だ。


 すると丁度そこに、おあつらえ向きの仕事場が見つかる。村上はそこで足を止めた。


「……これは?」

「ああ。防護壁の改修工事をやっているんだ。この町は平野にあるから、外敵から町を守るためにも必要だ」

「そんな場所に町を作ったのか?」

「町ができたの自体は最近だ。元々神聖な土地ではあったのだが、そこまで人で賑わっている訳でもなかった。ただ行き場を失った人々が集まって、集落を作った。そこから町に発展させたのは、姫様の強い意向があってこそだがな」


 村上は話を聞きながら防壁を見上げる。高さにして3メートルほどだが、確かに防御壁の役割を為していた。


「川が近く、平らで近くに森もある。治安さえなんとかすれば最高の立地なんだ。だから防壁を整備して、警備隊は十分に訓練している」

「……成る程ねえ」


 村上はじっくりとその工事現場を観察していく。人数はざっと20人程度だろうか。


(ここなら俺も働けるか?肉体労働なんて学生時代以来だが……。いやそれより、臭うな。この事業)


 村上はゆっくりとその工事現場の方へ歩いて行く。


「ちょっと、どこ行くんだ?」

「実地調査だ。作業員に話を聞きに行く」


 しかし政治屋の性だろうか。公共事業に目を付けたのは。


 そして政治屋への呪いだろうか。その事業にもしっかりと権力者の腐敗がつきまとっていたのだった。



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