第5話 世界は違えど、ヒトは変わらず




「姫様。お具合は?」

「大丈夫。ありがとう、ルカ」


 イアは優しく微笑みながら答える。


「それは何より。……それにしても、失礼な奴だ。あの男は」

「やめなさい、ルカ」

「しかし……」

「私としても彼を咎めるつもりはありません。それに話し合えているのですから、前進はしているはずです」


 イアはそう言いながらも、決してその表情は明るくない。


 それもそうだ。彼女からしてみれば、初めてその糸口を掴んだところでその相手が拒絶してきたのである。予想できることではあるが、実際に受けてみるとショックは大きかった。


 彼はこの町をどう思うのだろう。イアは少しばかりの不安を抱えながら、窓の外に広がる町並みを眺めていた。












(この世界も町の様子は似ているな)


 村上はそんなことを考えながら町を散策する。勿論王女である彼女の許可はとっているし、自分の後ろにはお目付役の男が二人付いてきている。ただお目付役とはいえ、半分はこの辺りをよく知らない自分のためのガイド兼護衛役であった。


(至れり尽くせりだな。少なくとも彼女には感謝しなくてはならない)


 この国の王女である彼女は、イアと名乗っていた。一見か弱そうに見える彼女は、それでも部下の信望はそれなりにあるらしい。後ろの男二人や、ルカと言った部下の態度からよくわかる。


「すまない。ちょっと聞きたいんだが」


 村上は振り返って付いてくる兵士の二人に声をかける。村上に声をかけられるとは思っていなかったのだろう。兵士二人は少しばかり驚いていた。


「イア……君たちの姫様について教えてくれないか」


 二人は顔を見合わせる。しかし別に教えても問題にならないと判断したのだろう。片方の男が答えてくれた。


「教えるも何も、彼女は我らの国の姫に当たる方。分かりやすく言えば、一番上に立つ御方です」

「はい。王が亡くなられて早半年。今は彼女が我らの指揮をとっています」

「そうなのか?俺はてっきりヴァルクと呼ばれていた男が……」


 そこまで言って、村上はそれ以上話すことをやめる。彼等二人があからさまに機嫌が悪くなり、「グルル」と威嚇のような声を出していたからだ。


「失礼。失言だったみたいだ」

「……いえ。別に気にしないでください」


 兵士の一人が言う。少しすると彼等も落ち着いたのか、平静を取り戻していた。村上は話を変えるべく町の様子に目を向ける。


「随分と多種多様な人がいるみたいだな」


 村上の言葉に、兵士二人も目を向ける。町は多くの住人で賑わっており、そこには村上同様、普通の人間に見えるような人々もいた。


(ウサギ耳にキツネ耳。ネコ耳だけじゃなく、色々な獣人がいるみたいだな)


 村上は少し感心したように息をはいた。


 彼女は確かに融和を目指した国作りをしているようだ。世界は違えど過去に政治家をやっていた人間としては、この統治がそれなりに良いものであることぐらいすぐに理解できた。


(二人に付いてきてもらっているが、治安は悪くないみたいだな。俺が不慣れでなければ、別に一人で歩いていも問題ないぐらいだ)


 日本では当たり前のことも、世界では当たり前ではない。かつての世界でも有数に治安の良い日本とまではいかないだろうが、それでもこの町は十分に治安が良かった。


「姫様に……」


 村上が告げる。


「イア王女殿下に非礼を詫びておいてくれないか。主張は違えども、頭ごなしに否定してしまったのは悪かったと」


 村上がそう言うと、兵士達は再びお互いを見合う。そして村上の方を向き、頷く。


「いや、貴方の言っていることも間違ってはいないのだ。御仁」

「え?」

「私たちとしても、姫様の考えを完全に信じ切れているというわけでもない」


 思いがけない言葉に村上が聞き返す。するともう一人の方の兵士が答えた。


「ああ。実際問題種族同士の争いは起きている。この町はまだマシだが、一歩外を出れば種族同士で争う光景も珍しくはない」

「そうか……」


 村上がそう相槌を打つと、彼等はそれにいくらかの説明をつけ加えてくれる。


「……先程御仁が話に出したヴァルク殿は、王に次ぐ権力の持ち主で、今はこの国の宰相の地位に就いている御方だ」

「王……彼女の父親か」

「そうだ」


 彼等は続ける。


「ヴァルク殿は王が亡くなった隙を突いて、私兵をまとめ一気に権力を強めている。西側の権力者はかなり彼の息がかかっている」

「姫様は正式な継承者だ。しかし実質的なと言う意味では、ヴァルク殿の方に軍配が上がる」

「成る程。だからあのとき……」


 村上は彼女が少し怒りを表したことを思い出す。あれは確か、ルカという兵士がヴァルクという名を出したときのことであった。


「今姫様に付いてきているのは、姫様の考えに従う者達だけだ。それもそこまでは多くない」

「ああ。それに獣人同士でさえ、種が違えば仲違いも多い。ヴァルク殿の部下も、基本的には狼族で固められている」


 二人の言葉に村上は「成る程ね」とだけ呟く。


 どこの世界でも、どんな政治形態でも同じだ。基本的に権力者は自分の近くにはルーツの近いものを置きたがる。学歴だったり、出身地だったり、それは色々だ。だがそうした集団は派閥化し、組織の膿となる。村上にはそれが痛いほど分かった。


「しかし君たちはよく色々なことを教えてくれるな。種族も違うのに」


 村上が尋ねる。すると兵士二人は軽く笑って答えた。


「貴方に良くするよう、指示を受けていますから」 


 それを聞いて村上も笑う。


 上からの指示、成程。官僚制もまた世界を超えているようであった。

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