第3話 人間種






「ん……ここは?」

「お目覚めになられましたか?」


 村上ははっきりとしない視界のまま身体を起こす。酷い気分だが、気がつくと痛みのようなものは消えていた。


(確か、よく分からない女に会って、意識を……)


 そこで状況を思い出し、そばにいる彼女を見る。そこには先程と同じ、ネコの耳をつけた女性が座っていた。


「あっ、あまり急に動かない方がいいです。一撃とは言え、獣人の蹴りをもろに受けたのですから」


 女性はそう言って村上に休むように伝える。村上はそう言われて、今一度自分の状態を確認した。意識を失っていたのは事実であるが、少なくとも痛みのようなものは感じなかった。


(どういうことだ?俺の記憶が確かならば、とんでもない威力の攻撃を……)


 あのとき、自分は普通では考えられないような威力の蹴りを食らって意識を失った。だが意識を失う前に自分の身体にとてつもない衝撃をうけたことはよく覚えている。少なくとも骨の二、三本では済まない威力ではあった。


 村上はそう思うと同時に、異なる疑問にも思考をめぐらせる。今目の前にいる女性、彼女が何者かは知らないが、少なくとも先程までは何を言っているのかは分からなかったはずだった。


(どういうことだ?今はおおよそ何が言いたいのかが分かる)


 村上がそう考えていると、ドアをノックする音が聞こえる。彼女は「どうぞ」と入室をうながした。


「姫様、侵入者に部屋を与えて休ませるなどと……。貴様!もう起きたのか!?」


 部屋に入ってきた男はすぐさま「グルル」と威嚇じみた声を出す。何か武器を出すわけではないが、その指に見える爪は人間も平たいものとは異なり、十分に命を奪えそうであった。


「やめなさい、ルカ。彼に手を出してはいけません」

「しかしこいつはあの神聖な庭に立ち入った不届き者です。慣例通り死罰がふさわしい」

「それはあくまで私たちの規則です。人間種には関係ありません」

「人間種だからです。それに、ヴァルク殿に見つかれば……」

「王女としての命令です。……それにここはお父上の国、何故彼に気をつけなければならないのですか!」


 二人がそれぞれに意見をぶつけ合う。話を聞いている内に、村上の方でも状況が理解できてきた。要するにこの女性は高貴な人間であり、その従者である彼は自分を罪人として裁きたい。そんなところである。


(しかし不思議だな。何もかもが一歩引いた場所から見えている気がする)


 普通ならば、生きるか死ぬかと言う話をしていれば、そればかりに注意が向かうだろう。しかし村上は違った。


 至って冷静であり、別のことを考える余裕があったのだ。それもおそらくは、一度自分が死んでいるという感覚によるものだろう。ある意味で死を克服すると、ここまで達観してしまうものなのだ。村上はどこか他人事のようにそう感じた。


「姫様、考え直してください。今ならばまだ間に合います」

「私の意志は変わりません。種族を越えても、私たちは理解し合えるはずです」


 一通り言い尽くしたのだろう。従者の方は頭を下げて、部屋を出て行く。彼女はそれを見送ると、再び此方の方をみた。


「…………」


 彼女は少し間を開けた後、小さく咳払いをする。そして何やら意を決したように、此方に語りかけた。


『私の言葉が分かりますか?』

「…………」


 何か別の言語のようなものを話している。おそらくは、先程話していた人間種の言葉なのだろう。しかしそれを自分が分かる由もなかった。


「スマナイ。何ヲ言ッテイルノカワカラナイ」

「っ!?」


 彼女は驚いたような顔をする。その表情を察するに、自分の言いたいことはある程度伝わっているようであった。


「あなた、私たちの言葉が分かるの?」

「大雑把ニハワカル」

「すごい。人間種に私たちの言葉を話せる人がいるなんて」


 彼女は嬉しそうに笑うと、たたみかけるように話してくる。村上は徐々にだが確実に、彼女の言葉を理解できるようになっていった。


(しかしこれは一体どういう原理なんだ?)


 彼女の話を聞きながら、村上は考える。彼女曰く、ここは獣人の国であり、人間種はそう多くはないとのこと。そして彼女はこの国の王女であり、このあたりの領地を任されていることなどだ。こうした情報は分かったが、


(そもそも何だ?人間種?それは俺達の事を言っているのか?)


 村上が必死に頭を整理していると、再びノックの音が聞こえてくる。すると先程とは別の従者が入ってきた。


「姫様。そろそろお時間です。会議場では皆がお待ちしております」

「あら、もうそんな時間だったのね。すみません、私は用事がありますのでこれで。えっと……」


 彼女は此方を何と呼べば良いのか戸惑っている。村上は通じるかは分からないが、とりあえず以前通りの名前を使うことにした。


「ジンだ」

「っ!?……それではジン。ごきげんよう」


 彼女はそう言って、スカートの裾をもって礼をし、そのまま部屋を出て行った。それは優美であると同時に、また一つ謎を増やしていった。


「……なんで礼儀作法が同じなんだ」


 村上は頭を抑えながら再びベッドに横になる。このベッドの形状も謎だ。あの耳も、言葉も、作法も謎だらけだ。そして唯一分かったことと言えば……


「間違いなくここは違う世界。ファンタジーの世界だってことか」


 村上はそう呟くと、頭を休めるべく眠りに落ちた。






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