第12話【無垢なロリ巨乳JS雛未】天使が願うたったひとつの救済・後編

 雛未は昔からよく「やればできる子なのに」と言われてきた。

 幼い頃の雛未はたくさんの習い事をしてきた。

 そのどれも長くは続かなかった。

 決してうまくいかなかったからではない。むしろその逆で、どんな分野でも雛未は類い稀な才能を発揮した。

 ピアノ、バイオリン、バレエ、スケート、習字、絵画、どの講師からも「この子は頂点を狙える才能の持ち主だ!」と絶賛した。彼女はいわゆる才媛であった。

 しかし飽きっぽい雛未はどれも中途半端に投げ出し、すぐ別の対象に興味が移っていってしまう。

 ひとつのことを究めるより、目に付くおもしろそうなものに触れてみる。

 雛未はそんな典型的な拡散型の少女だった。

 だから作文で「将来の夢」について書くとき、いつもその内容はバラバラだ。

 三年前では看護師さん。二年前では学校の先生。去年では服飾デザイナーだった。


 そして、いまは「誠一のお嫁さん」である。

 作文を読む教師が雛未の新しい夢を知れば、溜め息と同時に誠一に対して同情の気持ちをいだくことだろう。

 どうせ長続きはしない。所詮はいっときのものだ。来年にはきっと別の夢になっている。雛未のような美少女に好意を向けられて、舞い上がっていた相手は気の毒だと。


 気ままに興味の矛先が変わる、移ろいやすい性格。

 ならば恋心までも簡単に移ろってしまうのだろうか?


 ……雛未自身は、そうは考えない。

 この気持ちが簡単に消えてしまうような軽いものだとは思いたくない。

 だって、こんなにも誰かを好きになるだなんて、初めてのことだ。


 ずっと、誠一を好きでいたい。誠一に笑っていてほしい。幸せになってほしい。

 こんなにも強い気持ちが、ただ幼い頃の綺麗な思い出として残るだけだなんて、認めたくない。


 これまでは、どうすれば誠一と結ばれることができるか。そればかり考えてきた。

 でも、それだけではダメなのだ。

 何をすれば、誠一にとって一番の幸せに繋がるのか。

 本当に誠一のことが好きならば、それを考えなくてはいけないのだ。


 誠一に対する、家族たちの気持ちはよくわかった(いやというほど)。


 誠一を思い続けられていれば、報われなくても構わないという母。

 たとえ振り向いてもらえなくてもアタックを続けて、それでもダメなら独身を貫こうとしている夏希。

 傍に居られれば形には拘らないと自己完結している恐ろしき杏璃。


 ここまで母と姉たちの深い思いを知ってしまった以上、誠一を独り占めしようという考えはできなくなってしまった。


 夫を失ってからずっと女手一つでがんばってきた母。そんな母を、この先もひとりにしてしまうのか? やっと頼れる男性を、見つけたというのに。


 ずっとお嫁さんに憧れていたのに男らしく振る舞っていた夏希。そんな夏希も、結婚したいと思えるほどの相手と出会えた。そんな夏希から誠一を奪えるのか?


 ずっと男を恐れていた杏璃。そんな杏璃も、我を忘れるほどに愛する相手と出会えた。そんな杏璃から誠一を奪えるのか? いろいろな意味で。


(ヒナ、わからなくなってきちゃった……)


 全員で幸せになる方法。

 メブキが教えてくれた男にとっての『究極の理想』……やはり、もうそれこそが、自分たちにとって最善の道なのだろうか?

 ひょっとしたら、母や姉たちは賛成するかもしれない。

 なんだかんだで、家族のことが大好きな女性たちだ。

 本来ならありえないとされる愛の形も、受け入れるかもしれない。


 ……ならば、誠一はどうだろう?

 結局、肝心な彼の気持ちが一番見えてこない。

 やはり、最も重要なのは意中の相手の気持ちを知ることなのだ。

 どれだけメブキから知恵を借りたところで、家族の思いの丈を知ったところで、肝心な相手にこちらの気持ちが届かないのでは意味が無い。


「……よぉし」


 探偵の格好をした雛未は最後に誠一のもとへ向かった。




    * * *




 お泊まりしたい、と言ったら誠一は苦笑しながらも快く受け入れてくれた。


「探偵ごっこかい? 懐かしいな。俺も昔はよくやったよ」

「わーい、お兄ちゃんとお揃い~♪ やっぱりお兄ちゃんとヒナは赤い糸で結ばれているのです」

「はは、またそんなオマセなこと言って」

「シャキーン! 今日のヒナは真実を暴きに来た名探偵なのです! 名探偵ヒナミンです! 捜査にご協力お願いします!」

「俺にできることであれば喜んでご協力しますよ、名探偵ヒナミンさん」


 誠一はノリよく雛未の探偵ごっこに付き合ってくれる様子だった。

 雛未はルンルンと機嫌を良くしながら、捜査を始める。


「お兄ちゃんの好きな食べ物は何ですか?」

「うーん、強いて言うなら鶏の唐揚げかな」

「好きな色は?」

「白色かなー?」

「なんと。ではヒナは明日から白のパンツを履くようにします」

「そういうのいいから」

「では好きな科目は?」

「美術かな? 実は前世……いや昔は絵を描いていたんだよ。いっとき本気で絵描きを目指そうとしたんだ」

「すごーい! ヒナ、いつでも絵のモデルになってあげるよ♪」

「ありがとうヒナちゃん。ヒナちゃんがモデルになってくれたら、きっと素敵な絵になるよ」

「いまからでもいいよ? ヒナの裸、綺麗に描いてね?」

「ヌードじゃなくてもいいから!? こら、服を脱がないの!」


 そんな調子で誠一に関することを聞いていく。

 思えば一年近くも一緒に居るのに、こんなにもまだ誠一の知らない一面があることに、雛未は気づいた。

 誠一はまったく自分の話をしないのだ。

 こんな形でもない限り、なかなか打ち明けてくれない。


 ……だから、きっとこれが最後のチャンスかもしれない。


「それでは、最後の質問です」

「はいはい。何でもどうぞ?」

「お兄ちゃんは……」


 ずっと聞きたかったことを、いまこそこの場で聞こう。

 大好きな相手からずっと感じていた、奇妙な違和感の真実を。


「どうしてヒナたちのことを、まっすぐ見てくれないんですか?」

「……え?」


 誠一は優しい。

 まるでこちらの気持ちが手に取るようにわかっているかのように、いつも欲しい言葉をくれる。

 ……でも、ときどき感じるのだ。

 誠一は、本当にいま目の前にいる自分に、言葉をかけてくれているのだろうか、と。


 目の前に雛未という本人がいるのに、に向けて言葉をかけているような……。

 なんとも奇妙な例えだが、本当にそう感じることが多々あるのだ。


 お兄ちゃん、あなたはいま誰を見ているの? そう感じる瞬間が、何度も。


「ねえ、お兄ちゃん。ちゃんとヒナたちのことを見て? じゃなくて、いまお兄ちゃんの目の前にいるヒナを見て?」

「ヒ、ヒナちゃん? 何を言って……」

「ヒナね、お兄ちゃんが何に悩んでいるのか、苦しんでいるのか、ぜんぜんわからない……。でもね、知って欲しいの。ヒナは……ヒナたちは、本気でお兄ちゃんの力になりたいって思ってるんだよ? そんなヒナたちと、ちゃんと向き合ってほしいの」

「あっ……」


 雛未の指摘に、誠一は虚を突かれたように驚いた様子だった。

 自分でも無意識になっていて、気づけなかったことに、いまようやく気づいたというような顔だった。


「お、俺は……ヒナちゃん……俺……」


 誠一の態度が明らかに変わった。

 まるで夢の世界から現実の世界に戻ってきたかのように、意識の境が曖昧になっている状態。

 ……目の前の少女が、虚構ではなく現実のものとして実在する。そんな当たり前のことをようやく思い知ったとばかりに、誠一は慌てていた。


「……ヒナは、ちゃんとここに居るよ?」


 はたからすれば、いったい何の会話をしているのか理解できないだろう。

 雛未も、正直なところよくわかっていない。

 でも、自然と口から出るのだ。誠一に向けるべき相応しい言葉が。


 動揺している誠一の膝の上に身体を乗せ、重みと温もりを実感させるように抱きつく。


「この気持ちも、作り物じゃなくて、本物だよ? お兄ちゃんと出会ってからずっと育ってきた、とっても大事な気持ちなの」

「ヒナちゃん……」

「ヒナはね、お兄ちゃんと居られるだけで幸せ。……でも、お兄ちゃんに本気で好きになってもらえたら、もっともっと幸せ」

「俺は……」

「ヒナ、お兄ちゃんの本当の気持ちが知りたい。お兄ちゃんにとっては迷惑かもしれなくても……ヒナ、お兄ちゃんのこと、ちゃんと知りたい」

「迷惑なんかじゃない。迷惑なわけ、ないさ……」


 誠一に抱きしめられる。

 彼の逞しい腕は、かすかに震えていた。


「ごめんヒナちゃん。君はこんなにも真剣に俺のことを思ってくれていたのに、俺ってやつは……」


 何かを懺悔するように、己の愚かしさを恥じるような声で、誠一は言葉を紡ぐ。

 雛未の頬に水滴が落ちる。

 涙だ。

 誠一は泣いていた。


「ヒナちゃんの言うとおりだ。俺、君たち家族のことを考えているつもりだったけど……本当の意味で、ちゃんと君たちと向き合ってなかった。恥ずかしいよ。ごめん……」

「お兄ちゃん……泣かないで?」


 雛未は小さく華奢な手で涙を拭う。

 その涙の意味を雛未は知りたい。


 ただ一方的に恋い焦がれ、思いを募らせるだけなら簡単だ。

 ……けれど、お互いを強く思い合い、通じ合うには、本心をさらけ出さなければならない。

 雛未は誠一のことを理解してあげたい。

 表面的な関係ではなく、本物の絆で、誠一と深く繋がりたい。


 そう思っているのに……。


「でも……ごめん。それでも、君たちには話せない。君たちのことを本気で考えるなら、尚更話せない」


 やはり、誠一が隠し事を明かすことはなかった。


「どうしても、なの?」

「うん。そもそも話したところで到底信じてもらえないような不可思議で……そしてとても残酷な話だから」

「お兄ちゃんの言うことなら、ヒナは信じるよ?」

「そうだね。ヒナちゃんは、そういう子だね。……でも、ごめん。やっぱり言いたくない。意地悪とかでも、君たちのことを信頼していないからってわけでもない。……君たちを本気で大切に思うからこそ、言えないんだ。知らないで済むなら、そのほうがいい。そういうことが、世の中にはたくさんあるんだよ、ヒナちゃん」


 そう断言する以上、誠一はやはり秘密を明かすことはないだろう。

 沈黙を貫くことが彼の優しさであるならば、それを無理にこじ開けるような真似は誠一の思いを裏切ることになる。

 雛未は黙って、誠一の言葉に頷いた。


「でも、そうだね……。どうして俺が、ヒナちゃんの気持ちに応えられないのか。その理由だけは話すよ」


 せめてものケジメとしてか、誠一は真実を極力隠しながら、雛未にも伝わるように柔らかい表現で、幼い恋心に報いられない理由を明かした。


「俺はね……あることがきっかけで、恋愛が怖くなってしまったんだ」

「怖い?」

「うん。べつに、女の人が苦手ってわけじゃないんだ。……ただ、女性と深い関係になるってことに対して、臆病になってるんだ。君たち家族に対しては、特に……」

「……どうして、ヒナたちだけ?」

「特別だからだよ。君たち家族は、俺にとっては『ただの他人』じゃないんだ。だからこそ……できないんだ」


 でも、と誠一は続ける。


「でも、約束するよ。これからは自分の中の偏見に惑わされないで、君たちとちゃんと向き合う。そうしたら何か変わるかもしれない。時間はかかるかもしれないけど、俺の中の問題が解決するかもしれない」

「……もし、そうなったとき、まだヒナがお兄ちゃんのこと好きだったら?」

「そのときは……そうだね。もう一度真剣にヒナちゃんに返事をするよ」


 思わせぶりな返答をしているわけではない。

 雛未の思いに本気で向き合うと決めたからこそ、誠一は自分の中の何かを克服しようとしている。

 克服した上で、雛未の気持ちを正面から受け止めようとしている。

 そんな誠一の思いが伝わってきた。

 雛未は、それで納得した。


 ……けれど、どうしてもひとつだけ今知りたいことがあった。


「……ひとつだけ、正直に答えて、お兄ちゃん」

「なんだい?」

「ヒナたちのこと、好き?」


 誠一が抱える苦しみの真相は明らかにできなくとも……せめて誠一の気持ちだけは知りたい。

 隠し事とはまったく関係ないところで、誠一がその胸にいだく思いを。

 誠一は数秒口を閉ざしていたが、意を決したようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「……俺は、君たちが──」




    * * *




 一緒のベッドで眠りたい。

 普段なら断られたであろう雛未のそんなお願いを、その日の誠一は受け入れてくれた。

 好きな相手と一緒に眠る夜。

 いつもならすぐに寝付けるのに、雛未はなかなか眠れなかった。

 ベッドの中で感じる誠一の温もりに、胸が激しくドキドキしている。


「お兄ちゃん。もうおねんねしちゃった?」


 返事はない。

 誠一はすでに静かに寝息を立てて、夢の住人になっていた。

 雛未はなんだか面白くない、と思った。

 自分はこんなにも同衾に胸をときめかせているというのに。誠一は隣の雛未を気にもせず寝入っているではないか。


「えい」


 誠一の頬をつねる。

 マヌケ面になりながらも眠る誠一に、雛未はクスクスと笑う。

 しばらく誠一の顔で遊んでいると「うぅ……」と呻く声が上がる。

 さすがにイタズラが過ぎただろうか?

 だが、どうやらそうではないようだった。


「やめ、ろ……。彼女たちに……そんな真似を、するな……」

「お兄ちゃん?」


 誠一は苦しげに寝言を呟く。


「やめて、くれ……。もう、見せないでくれ……。頼むから……消えてくれ……俺は、ただ……彼女たちに、幸せになってほしかっただけで……止せ……俺は、お前とは、違う……俺は、お前と同じことは……絶対に、しない」


 誠一が悪夢にうなされている。

 内容まではわからないが、きっと誠一のトラウマに直結するようなおぞましい夢を見ているに違いない。


「もう、許して、くれ……これ以上は、もう……」


 激しい寝汗をかいて、悶え苦しむ誠一。

 そんな誠一を前にして、雛未は……。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 当然のことのように、誠一を胸元に抱きしめた。

 薄いナイトガウンから今にもこぼれ落ちそうな深い胸の谷間に誠一を導き、ヨシヨシと頭を撫でる。


「怖くないよ? ヒナが傍にいてあげる。ヒナが怖いものからお兄ちゃんを守ってあげる」


 昔、母にそうしてもらったように、雛未は豊かな胸をクッションのように押しつけながら、優しい声色で耳元に囁く。

 そうしていると、だんだんと誠一の様子が落ち着いてくる。

 呼吸が規則正しいものとなり、穏やかな寝息に変わる。

 どころか、まるで母性を求める幼児のように、雛未にしがみついてきた。


「いいよ? おいで、お兄ちゃん」


 雛未は拒まなかった。

 幼い自分に甘えてくる少年を、決して情けないとは思わなかった。

 むしろ、嬉しい。

 無意識だとしても、あの誠一がこんな風に自分に身を委ねてくれることが。


 雛未は思う。

 もしかしたら、これが本来の誠一の姿なのかもしれない。

 とても優しく、強い誠一。

 でも、本当はこのように毎晩悪夢にうなされながら、人の温もりに飢えていたのではないか?

 本当は、こうして誰かが抱きしめてあげなくてはいけないのではないか?


 いま誠一は、とても安らかな寝顔を雛未の胸の中で浮かべている。

 この温もりが、もっとたくさんあれば、誠一が抱える悩みを苦しみを癒やせるのではないだろうか?


「ねえ、お兄ちゃん……お兄ちゃんは、本当はどうしたいの?」


 早熟に実りながらも、まだ成長を止めない大きな胸で誠一を抱き止めながら、雛未は尋ねる。

 トラウマを抜きにしたとき、自分の中の戒めから解放されたとき、いったい誠一は雛未にどんな顔を見せるのだろうか。

 眠っている誠一から、当然返事がくることはない。

 けれど……言葉ではなく、肉体が反応を示した。


「あっ……♡」


 幼い少女が上げるべきではない、艶やかな、母性に溢れた声色が雛未の喉から零れ出た。


 誠一がより深く、雛未に縋りつく。

 腕を小柄な身体に回し、口元を生白い肌に押し当てる。


「んっ……お兄ちゃん……あっ♡」


 雛未の幼い身体が、ベッドの中でビクンビクンと跳ね上がる。

 未知の感覚に襲われながら、雛未はひとつの真理に辿り着く。


「そっか……そうだったんだ……お兄ちゃん……ヒナ、わかっちゃったかも♡」


 雛未は、ますます深く誠一を抱きしめた。

 いま、はっきりしたからだ。

 誠一が本当は、何を望んでいるのか。

 口で語られるよりも、ずっとわかりやすい無意識の行動。

 それこそが、誠一の本心だと理解できた。

 それは、常人とは異なる感覚を持つ雛未だからこそ、感じ取れたのかもしれない。


「お兄ちゃんは……ずっと、甘えたかったんだね? 本当はこんな風に女の人に……抱きしめてほしいんだね?」


 言葉はない。

 ただ、雛未の呼びかけに応じるように、誠一は密着を深めてくる。

 それが答えだった。


「お兄ちゃん、いいよ? ヒナに、もっと甘えて♡ ヒナにいっぱいヨシヨシされよ♡」


 雛未は、ほとばしる気持ちを抑えきれなかった。

 胸の中で穏やかな顔で眠る少年が、愛おしくてたまらない。

 雛未は理解する。

 これこそが、本当に人を好きになるということなのだと。

 なんて、素敵な気持ちなのだろう。

 こんな気持ちを芽生えさせてくれた誠一が、ますます愛おしくなる。


「お兄ちゃん、好き♡ ずっと、ずっと好き♡」


 いま確信できた。

 自分のこの気持ちは、決して移ろうことはない。

 永遠に失われることはない、確固たる思いであると断言できる。


 誠一が愛おしい。

 彼のためなら、何でもできる。

 彼を幸せにできるのなら、たとえどんなことでも……。


「お兄ちゃん。ヒナはお兄ちゃんを……愛しています♡」


 この瞬間、雛未は恋する少女ではなく……ひとりの男を愛する女となったのだ。




    * * *




 純粋無垢な天使は白いキャンバスのように、別の色に染まりやすい。

 雛未はこの日、確かに染められた。

 中田誠一という、強かでありながら、脆く儚い、本当は愛に飢えている、最愛の存在によって。


 そんな雛未に、もはや迷いはなかった。


「ママ。お姉ちゃん。ヒナね、皆で幸せになれる方法、見つけちゃったの」


 雛未が望むことは、ただひとつ。

 愛おしい存在と一緒に、家族全員で幸せになること。


 雛未は誠一が好きだ。そしてもちろん家族も好きだ。

 家族たちが誠一に向ける深い愛情を知った以上、自分だけが誠一を独り占めするわけにはいかない。

 そもそも自分ひとりでは、傷ついている誠一を救うことはできない。

 それがはっきりとわかったからこそ、雛未は決めた。

 家族全員で、誠一を救い、愛するという道を。

 たくさん考えて、悩んだけれども、それが自分たちにとって一番の選択なのだと、いまならばはっきりと言える。


 誠一がどれだけ言葉で否定しても、理性で拒んでも、雛未はあの夜に知ったのだ。

 どれだけ自らを戒めていようとも、どれだけ恋愛に対して臆病になっていようとも……それでも誠一は、本心では女性の柔肌を求め、愛に飢えていることを。


 ……だから、教えてあげよう。

 あなたは、こんなにも多くの女性たちに、深く愛される存在であることを。

 苦しむ必要はない。怯える必要もない。我慢する必要もない。

 自分たち四人が、全部、全部受け入れるのだから。

 誠一のすべてを、自分たちが肯定し続ける。

 たとえ誠一がこの先どんな人物に変わろうとも、永遠に愛し続けると誓う。

 誠一のすべてを愛おしく思う自分たちが、今度は誠一を救う番だ。


「ヒナたち四人で、お兄ちゃんを……いっぱい愛してあげよ♡」

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