「人のこと言えないじゃないですか!」……「お前の口車では勝てん」……「固定観念がすべてをダメにする」……「買いますわ」
「ひ、ひ、姫様だって魔法剣抜いちゃって! 人のこと言えないじゃないですか!」
魔法剣ムベを抜いたアリーテに食ってかかるのはルミだ。そりゃさっきあんだけイジられたからね。一方アリーテはまったく悪びれる様子がない。
「あら。まあ、抜いちゃったものは仕方ないわね。そういうものよ」
「ま、魔法剣を抜くと、国際問題が……」
「どんな?」
「え、えーと、ロ=ミルア王国はティルト王国に姫君の返還を要求……」
「しないわよ」
「え?」
「私の意思に反して留めおかれたならともかく、王命によりティルト王国に来て、そして私の判断でティルト王国にとどまっているんですもの。うちから返還要求が出るはずないでしょう」
「え、えーと、ティルト王国はロ=ミルア王国が長年救国の戦士を秘匿していたことへの不満を表明……」
「秘匿していませんわ」
「え?」
「秘匿していたらわざわざティルト王国に派遣して、しかも魔法剣の安置所についてくるわけないじゃないの」
「え? え? で、でもさっき」
「ルミ、もうやめておけ」
ドクティリアと応戦しながら、見るにみかねてケーシーが諫めた。
「お前の口車では勝てん」
「口車って何? 口の付いた観覧車?」
「お前は観覧車の怪談から離れろ」
ルミは俺とケーシーのやりとりも聞こえていない。
「りょ、両国の関係は一気に悪化し、戦乱の火種へと……」
「私とエヴァン様の愛があれば!」
アリーテは魔法剣を一振りして勝ちポーズをとった。ヤベ、かっこいい。
「両国の関係悪化など、乗り越えてみせますわ!」
こら
「で、でもでも! 魔法剣の所有をめぐって両国がケンカになるかもしれませんよ! どうするんですか!」
ムキになってルミが食い下がる。
「あら。私はもう身も心もエヴァン様に捧げたつもりですのよ」
アリーテはしおらしく言う。
「私の剣はエヴァン様のもの、エヴァン様の騎士の誓いはティルト王国のもの。ほら、問題ないじゃない」
「そ、それを言ったら私だって姫様の侍……」
俺は慌ててルミに背後から飛びかかって口をふさいだ。よせ、滅びの言葉だぞ。
「何かしら、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってちょうだい」
特大の笑みを浮かべてアリーテが
「
ルミと俺はガクガク震えながら首を横に振った。勢いでそんなことを勢いで口走ったら一生言質にとられるのは目に見えている。
「フホホ……今度の
「今の声誰?」
「わしの名はムベ……魔法剣ムベ、と呼ばれておる」
「剣がしゃべった!」
「ああ、いかんな、そういう固定観念は」
ムベはムッとしたような声音で言った。
「剣は絶対しゃべらないなんて、人間が作った固定観念に過ぎんのだ。固定観念がすべてをダメにする」
「なんか説教された」
ルミが手に持った大剣ミムロをしげしげと眺める。
「ということはこっちの剣も喋るんですか。もしもーし?」
「……」
ミムロからは何の反応もない。
「あー無理無理。ミムロはわしと違って無口じゃからな。わしもここ三百年くらいミムロの声を聞いとらんな」
「無口もそこまで行くとすごいね」
「おーいお前たち。わしとドクティリアを無視するな~~!」
「無視するも何も」
とケーシー。
「あらかた、片付けちゃったぞ」
「な、何ぃ!?」
ケーシーの言う通り、ケーシーとクロ、
「ば、馬鹿な……」
「この程度で俺たちを倒せると思ってたのか?」
「わしのドクティリアが……酔っぱらいに負けるなど」
「だから酔ってねーって」
「酔ってないのにあんな馬鹿騒ぎができるか! それじゃまるで阿呆だわい!」
「……やめてくれジジイ。その発言は俺たちに効く」
「わははははは酔えぬ阿呆に飲む阿呆、同じ阿呆なら飲まねばソンソン」
「陛下は少し自重してください!」
「ええい、ヴィクトリア、回収だ! ドクティリアを回収して退却するぞ!」
また例の緑のブヨブヨした柱連中がニョキニョキっと現れて、ドクティリアとかいう黒い魔法生物を抱えて回収する。
「いつか逆転してやるからな〜〜〜〜」
「待った!」
突然アリーテが呼び止めたので
「なんじゃなんじゃい! 捨て台詞のあとで呼び止めるとはマナーがなっとらん! 敗者に生き恥をさらさせる気か! ほっといてくれ」
「いや、普通の敗者は生き恥くらいじゃあ済まねえもんだけどな」
「あなたにちょっと聞きたいのよ。その黒い魔法生物……」
「ドクティリアじゃ!」
「ドクティリアは、水をお酒に変えるって言ったわね」
「おう……興味があるのか?」
「ええ、ぜひ詳しく」
「ふむ。そこまで言うなら」
思いのほかアリーテが興味津々なので、
「ドクティリアもヴィクトリアも水の性質を持つ魔法生物じゃ。ドクティリアは水を変質させてアルコールにできる。体内の魔法機関を使った変換じゃから、通常の酒の発酵プロセスなど問題にならんスピードで、あり得ないような酒を作ることができる。その特性を活かして、ほぼ無味無臭のアルコールを生成するというわけじゃ。どうじゃ、すごかろう」
「その能力はどのくらい長時間使えるの? つまり、生成できる量に制限はあるの?」
「なんのなんの」
「ドクティリアは水そのものが含む微量の魔素から動力を得ることができる。アルコールへの変換プロセスはドクティリアにとっては食事を兼ねておるようなもんじゃ。ドクティリアの処理能力が許す限りいくらでも変換できるが、まあ単位時間あたり、瓶一本分といったところかのう」
「……」
アリーテは考え込みながら何やらブツブツ呟いている。何か暗算しているようだ。突然顔を上げると、高らかに宣言した。
「買いますわ」
「えっ?」
「瓶一本につき
「
「もちろん、私にも予算というものがありますから、最初から大量には無理です。まずは月あたり五十本からお取引を始めさせて頂いて、取引が軌道に乗れば量を増やさせて頂く、というのでどうかしら。瓶の大きさでもめるのは嫌ですから、瓶は同じ大きさの規格品をこちらで用意させていただきます」
「ちょ、ちょっと待てアリーテ」
俺はアリーテのほっぺたをつかんでこっちを向かせた。額に手を当てる。
「熱はないな……アリーテ、悪い水でも飲んだ? 酔ってるのか? ロ=ミルア王国って貧乏なんだろう? 酒なんか買ったらパンが買えなくなるぞ。無駄づかいはやめて正気に戻るんだ。酒がなければケーキを食べればいいじゃないか。ケーシーに騙されるな」
「俺は何にも言ってないぞ!」
「いくら貧乏って言っても、国の予算なんですから
「投資?」
「きっと儲かりますわ」
「この水で? だってただの酒だろう?」
「ただのお酒じゃなくて、無味無臭のお酒です。つまり、どんな味付けにでもできるお酒ってことよ。うまく商流に乗せれば大儲けできるわね」
「フホホ……今度の
「くくく……」
突然、それまで黙っていた
「わしの……わしの畢生の大発明が、ひと瓶
ラゴンは突然、アリーテの前にひざまづくと、にこやかな笑顔でまくしたてた。
「たったの五十本でいいんですか? 月産百……いや、二百本まではお約束できますよ旦那! いやお嬢様! アリーテ様!」
高速揉み手すり手すごい。ケーシーに勝るとも劣らない。摩擦熱で火がつきそう。
「私も最初からそれだけの量をさばくのは無理です。でもゆくゆくは、そのくらいの出荷は期待していますわ」
「ついにキターーーーー! わしの時代が!
「旨い棒菓子換算、どっかで聞いたようなセリフだな」
「みんな旨い棒菓子が好きなんだ」
「フホホ……旨い棒菓子は今も人気か。わしゃ食ったことないがのう」
「……」
俺たちが口々にツッコむが興奮した
「ツケで払ったロウソク代も払える! 夕食にもやし以外のものが食べられる! いやもしかしたら家賃だって払えるかもしれん! 食器用洗剤を薄めずに原液で使える! ひび割れた試験管におさらばじゃ! ははははーーーーー!」
「アリーテ、本当に本気? だって一応アレ、敵国の幹部だよ?」
「表向き、ロ=ミルア王国はまだバディアル連合と戦争していませんわ。心情的にはもちろんティルト王国寄りですけれど、色々事情がありまして」
「何せうちの王国の財政は火の車ですから」
「ルミ、余計なこと言わない。それに『汝の敵を仕入れ先にせよ』これはロ=ミルア王国の始祖レムス一世の残した言葉よ」
「なんか前に聞いたぞ」
「彼は国境に攻めてきたムゾ族の宴会が羨ましいあまり、ムゾ族から酒をバンバン買い取って、しまいにはベロンベロンに酔っ払って戦わずして負けたという伝説の持ち主」
「ダメ人間伝説じゃねーか!」
「でもムゾ族から『お前は酒の味がわかるやつだ』って評価されて講和が成立、両国の絆が深まり、ロ=ミルア王国は栄えたのよ」
「ホントめちゃくちゃな国だな」
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