「たった一度間違って剣を抜いただけなのに!」……「素面であんな馬鹿騒ぎができるわけがない」……「口を封じてどうすんだよ」……「三秒待って下さい!」

 俺はふとヘーカに話しかけてみた。


「今度はヘーカがムベを抜くの試してみたら?」

「わし? いい、いい。昔、ムベもミムロも試したことあるし」

「そうなんだ」

「今なら抜けるかもしれないぜ?」


 ケーシーが言うと、ヘーカはゲラゲラ笑った。まだ酔ってる。


「万が一抜けちゃったらめんどくさいことになるしのぅ。救国の戦士とかめんどくさいじゃろう」

「めんどくさいってなんですか! 私は抜いちゃったんですよ!」


 ルミがでっかい魔法剣ミムロをブンブン振り回して泣きながら抗議する。危ねぇよ。


「ああ……あんたの場合ロ=ミルア王国と板挟みになるし、なおいっそうめんどくさかろうのう。他人事ながら」

「どうして私なんですか私なんにも悪いことしてないのに!」

「剣抜いた」

「剣抜いたね」

「剣を抜かれましたし」

「剣抜いたッスよね」

「うわあああん! たった一度間違って剣を抜いただけなのに!」

「いや、何度も抜いたよね」

「やり直しもしたな」

「あんだけ何度も抜いたら言い逃れできないわね」

「うわああああん」


 ルミの泣き声が響き渡ったその時! 泉の中央が二つに割れて下から何者かが迫り上がってきた。聞き覚えのある高笑い。


「わははははは! ついにわしとわしのドクティリアの陰謀に引っかかったな!」

「まーたあんたか、ラゴンジジイ


 ジジイは両側にまた何か魔法生物を従えている。今度のは黒い人型だ。筋肉ムキムキの人型が、両腕を組んでジジイの両側に立っている。こいつがドクティリアなのか。


「水が酒になる悪戯、ラゴンジジイの仕業だったの」

「ジジイではないし悪戯ではなーい! 正確には、このドクティリアの能力よ。触れた水を酒に無味無臭の酒に変える……ふはははは! お前たちもすっかり酔っ払ってできあがっておるな?」

「いや……別に誰も酔っ払ってないけど?」

「酔っ払いに限って『酔ってない』と言い張るもんじゃ。今ここらで大騒ぎしておっただろうが」

「いや、ホントに誰も酔っ払ってないっスよ。浄水Q使って真水にしてから飲んでるんスから」

「な、なにィ! 馬鹿な! 素面であんな馬鹿騒ぎができるわけがない!」

「くっ。なんとなく悔しい。反論できない」


 突然ヘーカがラゴンを指差して笑い出した。


「わははは。酔っ払っとるのはあんたの方じゃ。斜めっとる」

「いやいや、酔っ払ってるのはヘーカの方でしょ。斜めってるし」

「やっぱり酔っとるじゃないか。よしドクティリア、酔いの醒めぬうちにこいつらを叩きのめしてしまえ!」


 勢いづいたラゴンジジイが号令すると、ドクティリアが一斉に飛び出してきて、俺たちを囲んだ。ケーシー、クロ、エヴァンが俺やアリーテ、ルミを背後に庇う。


「陛下! 大人しくしててください!」

「何を言うか酔っ払った若造が。斜めっとるくせに年配に偉そうな口をきくもんじゃない」

「いや、斜めなのは陛下の方で……陛下!」


 前に出ようとするヘーカと騎士様エヴァンがすったもんだしている。俺とQ術師カザンのQで援護しているものの、危なっかしくて仕方ない。

 ヘーカは酔っ払ってふらふらなのに器用にドクティリアの攻撃をかわしてる。アリーテはきゃーきゃーうるさい。


「ははは、攻めが斜めっとる。ははは。酔えば酔うほど強くなる」

「きゃー♪ エヴァン様助けてー♪ きゃー♪ きゃー♪」

「くっ」


 守るべき相手が二つになって動揺したところに、ドクティリアの攻撃がタイミング良く入ってしまった。吹っ飛ぶエヴァン。はじけ飛んだ兜の下からエヴァンの金髪がこぼれ出る。


騎士様エヴァン!」


 俺が駆け寄るよりも早く、プツンという音がした。丸腰のアリーテがブチ切れた音だ。


「エヴァン様に! ゴミクズが! 何しでかしてやがんのよ!」


 嵐のようにアリーテが間合いを詰める。アリーテが一閃するとドクティリアは真っ二つになっていた。ルミが悲鳴をあげる。


「ひ、ひ、姫様、言葉遣いが素に戻っちゃってます! エヴァン様の耳をふさぐか口を封じるかしないと」

「口を封じてどうすんだよ」


 ラゴンジジイも悲鳴をあげる」


「ああーーーー! わしのドクティリアをそんな真っ二つにしてしまいおって! 再構築まで何日かかると思っとるんじゃ」


 アリーテはもちろんどっちの悲鳴も聞いてない。


「エヴァン様! エヴァン様! しっかりしてください! 私は、私はたとえエヴァン様の気持ちがヘーカに向いていたとしてもあなたのことが!」

「姫……泣かないで……」

「いや、別に泣いてないんじゃん?」

「三秒待って下さい! 今、泣きますわ!」

「いや……殴られたタイミングでちょっと足がすべっただけで別に大した怪我はしてませんから」


 普通に起き上がる騎士様エヴァン。ドクティリアとばっちりじゃん。


「エヴァン様!」

「姫!」


 抱き合う二人は、完全に二人だけの世界に入ってしまった。俺は恐る恐る、声をかける。


「あのう、お取込み中とは思いますが……」


 声をかけづらいが、俺がやらねば誰がやる。


「アリーテ、それ・・どこから・・・・抜いた?」


 騎士様エヴァンとアリーテの視線が俺の指の先を追って……アリーテが握っているに止まった。ドクティリアを真っ二つにした剣だ。切れ味抜群。やや小ぶりで、女性でも持てそうなスマートな形の――でも、さっきまでアリーテは丸腰だったはず。


 台座の上に一本残っていたはずの、魔法剣ムベがそこにあった。アリーテの手に、しっかりと握られて。

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