「魔法剣ごぼう抜き選手権とやらに挑戦してみるか」……「無理です!」……「拭いてる! 抜いてる!」……「真っ赤な嘘だと証明できます!」

「もうあいつらは放っておいて……」


 ケーシーは酔っ払ったへーカと騎士様エヴァン、アリーテの大騒ぎを横目にため息をついた。


「魔法剣ごぼう抜き選手権とやらに挑戦してみるか」


 おっ、ついに。


「ジャック様、ジャック様も抜けるか試してみるという約束、忘れておられませんね」

「クロも試すなら、って約束だったよ」

「承知しました。私もジャック様の後に試しますから」


 俺たちは泉の真ん中を通る盛り土を歩いて、台座に近づいた。


「えーと、向かって左の大剣がミムロで、右の剣がムベっスね」


 旅行案内を見ながらQ術師カザンが魔法剣の名前を教えてくれた。


「どこで手に入れたのそんな旅行案内」

「王都で売ってたんスよ。役に立つかなと思って」


 魔法剣ミムロは、ケーシーが普段使っている片手半の長剣よりもさらに大きい、大剣だ。よほど腕力に自信があればともかく、普通は両手で持たないと振り回せそうにない。女性じゃあ持つのも大変そう。逆に、魔法剣ムベはやや小ぶりで、女性でも持てそうなスマートな形だ。


「どっちから試そうかなー」

「じゃあ、ミムロから行こうよ。でっかい方がケーシー似合いそう」

「こっちか?」


 ケーシーは左の魔法剣「ミムロ」の前に立った。伝説の剣の前に立っていると思うと、普段から無駄遣いばかりしているケーシーも何だか英雄っぽく見える。


「うわー、汚れてんな」

「魔法剣とはいえ雨晒しですからね」


 ここのあたりは水気が多いし、なんかぬるっとしそうだ。アリーテをほったらかしてついてきていたルミがさっと布を取り出した。こういうところ、さすが本職のメイドのルミはクロよりも素早い。クロは、何でメイドの格好してんのかわかんないもんな……多分ケーシーの趣味だと思うけど。

 ルミは布を持って魔法剣ミムロに近づくと「失礼しますねー」と言って拭き始めた。柄頭から丁寧にキュキュッと拭いて、つばのところを拭き、布の汚れていないところを持ち替えながら丁寧に刃の汚れを拭き取っていく。王女付きの侍女だけあって手際がいい。石に刺さっている剣の根元まで全部拭いてしまうと、また「失礼しまーす」と言って柄を逆手に掴んでそっと台座から引き抜き、先端まで丁寧に拭いて、元の通り台座に刺し直した。


「はい、拭けました。ケーシー様、どうぞ」

「おう」


 ケーシーは改めて剣の前に立って、柄に手をかけた。


「……あれ?」


 思わず口から声が漏れてしまった。みんながこちらを見る。


「何だよ? 変な声出して」

「いや、今、ルミが剣抜いてなかった?」

「わわわわ私が? そんな、とんでもないです! 無理です! 無理です!」


 ルミが青い顔をして猛烈な勢いで後ずさる。


「いや、無理とかできるとかじゃなくて、今、現に……」

「何をわけのわからんことを。さ、ためしてみっか」


 気のせいかなあ。釈然としない俺を尻目に、ケーシーは剣に手をかけた。


「ふんっ」


 ケーシーが力を込めて剣を持ち上げる。魔法剣ミムロはびくともしない。


「ダメだなー。ピクリとも動かんわ」

「どれどれ、じゃあ俺もやってみる。抜けちゃったら救国の戦士かあ」


 ケーシーに代わって俺が剣の前に立つ。この剣でかいな。抜けても困るくらいデカい。


「ぐぉおおおおおおおお!」


 渾身の力を込めて剣を引き抜こうとするけど、こりゃほんとに無理だー。


「ダメだあ。クロ、やってみてよ。クロなら力あるし、いけそうじゃない?」


 クロも無理だった。ケーシーやクロの力でも抜けないとなると、俺じゃ全然無理そう。


「手汗がついちゃいましたね。後でカザン様やエヴァン様も試されますよね? じゃあもう一拭き」


 ルミはどこからか新しい布を取り出すと、柄を逆手に持って軽くミムロを引っこ抜き、先端からまた丁寧に拭き始めた。


「うわーーーーー! ほら! ねえ! ほらほらほら!」


 俺が大声を出すと、みんながこっちを振り向いた。


「何だよ?」

「今! ルミが! ミムロを!」

「ルミがミムロを? 拭いてるよ。それがどうした?」

「じゃなくて! 拭いてるだけじゃなくて! 抜いてる! 拭いてる! 抜いてる!」


 みんながルミを見る。


「ふぇ?」


 ルミは剣をもう元に戻していた。


「今! 抜いてたよ絶対!」

「わわわ、私、何もしてません! 本当です! 信じてください!」


 涙ながらに嘆願するルミ。


「ジャック……弱いものいじめは可哀想だろ」

「いや! いじめてねーよ! みんな見ただろ!」


 Q術師カザンが神妙な顔で言う。


「いやー今ちょうど瞬きしてたんス」


 クロが目を逸らしながら言う。


「ちょっと私もあちらを飛んでいたキシボブタに気を取られて……」

「何で目を逸らすんだよ! 絶対抜いてたよ!」

「お話は、うかがいましたわ!」


 エヴァンとヘーカを追い回していたはずのアリーテが乱入してきた。


「私の侍女にあらぬ疑いをかけられたとあっては黙っておれません。ルミ、身の潔白を証明する方法はただ一つ! 今ここで魔法剣ミムロを抜いてごらんなさい。見事抜けなければ・・・・・・、ジャックの言いがかりが真っ赤な嘘だと証明できます! やけに赤い嘘だと!」

「いや、言いがかりって! 別に俺は」

「わかりました……お嬢様、身の潔白を証明するために、私、やります!」

「話を聞け」


 ルミは震える手でミムロに手をかけて……逆手に引っ張った。

 するっと抜けた。


「えっ」


 恐ろしいほどの沈黙。

 そのまま、そーーーーーっと元に戻すルミ。


「い、今のなしで」


 コクコクとうなずく一同。


「で、ではもう一度……えいっ」


 するっと抜けた。軽々と。まるでクジ引きのコヨリを引っ張って抜く時みたいに、するっと。親父の白髪を抜くよりも速やかに、するっと。ケーキに刺さったろうそくを抜くよりも軽く。スカッと。


「……」


 剣を逆手に持ったまま、ガクガク震え出すルミ。酔っ払ったヘーカの馬鹿でかい声が聞こえた。


「おおっ。抜いた抜いた! あのお嬢さんが抜いたのか。こりゃあ見事な大根じゃ。救国の戦士、誕生! おめでとうごじゃいまーーーーーす!」

「陛下! だから! 服を着てください!」


 ルミは真っ青な顔でアリーテに縋り付こうとした。その剣幕に思わず二歩、後ずさるアリーテ。


「ひ、姫様、こここここれこれこれこれは、何かの間違いですよ! わわわ私が救国の戦士だなんて、そんなわけ……」

「知らなかったわ……ルミ、あなたがティルト王国の『救国の戦士』だったのね。道理で私へのツッコミに遠慮がないと思ったわ」

「それとこれとは!」

「ロ=ミルア王国の侍女が実はティルト王国の救国の戦士だった……国際問題ね。ロ=ミルア王国はティルト王国に侍女の返還を要求するでしょうし、ティルト王国はロ=ミルア王国が長年救国の戦士を秘匿していたことへの不満を表明。両国の関係は一気に悪化し、戦乱の火種へと……」


 まくし立てるアリーテをヘーカが面白そうにながめている。


「あれは何をやっとるのかの」

「普段ツッコミ役の侍女をいじめるチャンスにとびついたみたいだね」

「んー、まあ、あっちは放っておいて……」ケーシーがくるりと向きを変えた。「ムベに挑戦してみっか」

「まままま待ってください! これは何かの間違いです! お慈悲を! お慈悲を!」


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