「魔法剣は直射日光が当たらない、風通しのいい場所に保管してください」……「無駄づかいが不足してんの?」……「愛を育むためですわ」

 謁見から一週間。俺たちは「水澄みみすみの森」と呼ばれる森へ足を踏み入れた。森という割には明るくて、なんとなくすがすがしい感じだ。ケーシーが抜きに行く魔法剣はこの森の奥の方に刺さっているらしい。


「なんでそんな森の奥にあるのかなー。取りに行くの大変じゃん」


 俺がぼやくと、クロが教えてくれた。


「ティルト王家に伝わる言い伝えによると、魔法剣は直射日光が当たらない、風通しのいい場所に保管してください、ってあるそうです。風の魔力が抜けないように」。

「食品の注意書きかよ……そういえば、王様が言ってた水源のなんとかってのは何?」


 俺が尋ねると騎士様エヴァンが答えた。


「この水澄みみすみの森は王都リンブラの水源にあたるんだ。この森に降った雨がロカ川を南下して、王都を潤すと言われているんだけど、どうも最近、この森で水を飲んで気分が悪くなったとか、急に眠り込んでしまったとかいう話が続いてね。水に何か混ざってるんじゃないかという噂がある。早めに調査しておかないと大変なことになるからね」

「それでこの特別製の水筒かあ」


 Q術師カザンが造ってくれた革の水筒は、振るとカラカラと音がする。


「中の浄水Qは入れた液体を真水に変えるQッスから、たいていの毒はこれで浄化できるッス」

「これは旅行する時に便利ですね。どこでも真水が飲めるとは」


 クロが感心したように言う。


「王都で新品買うと金貨二十枚二十キーニカくらいかかっちゃうッスけどね」

「超・高級品じゃん。ケーシーが喜びそう」


 ケーシーを振り返ってみるとこれが全然喜んでない。


「あれ? なんか不機嫌? 無駄づかいが不足してんの?」

「エヴァンが来るのはわかる。王様に任命された案内役だし、水源調査もあるからな……だが!」


 ケーシーはふくれっ面になった。


「なんで! アリーテまでついてきてるんだよ!」

「愛ゆえに」

「愛を育むためですわ」


 異口同音に応える騎士様エヴァンとアリーテに、こめかみを押さえるケーシー。


「あのなあ……侍女ルミまでご丁寧につれて来やがって」

「すすすすすみません、でもあの、ケーシー様、お言葉ですが、私も来たくて来てません。この二人のウザいやりとりを毎日のように目の当たりにしつつツッコミもせずお仕えしなければならない私の気持ちもお察しください」

「ルミ、余計なことを言わない。あなたいつも私にツッコミまくってるじゃないの」

「ととととんでもありません! 姫様の横暴に毎回ツッコミ入れてたら身が持ちません!」

「そういうトコよ……」

「まあいいじゃん。どうせケーシーだって剣を抜きに行くだけだからピクニックみたいなもんじゃん?」


 俺がとりなすとケーシーはふくれっつらになった。ガキか。


「遊びじゃないの。一応森の中には害獣も魔物もいるんだぞ」

「そんなのアリーテは平気だよ。だって……」

「姫君のことはこのエヴァンが一命に代えてもお守りします」

「ああ、エヴァン様、なんとかっこいい……」

「姫様、よかったですねエヴァン様に守ってもらうために武器を全部まるごと置いてきた甲斐がありましたね」

「ほら」

「ほらじゃねえよ! 頭痛ぇわ」


 ケーシーのぼやきを無視してクロが質問した。


「それで、どうやって水質調査をするんですか?」


 Q術士カザンが答える。


「こっちの不思議な茶色の小瓶に少し水を取ればいいんス。毒があれば色が変わるんスよ」

「それもQなの?」

「ええまあ。毒を検出する術式はうちの業界じゃ知られてるんで、作るのもそこまで難しくないんスよ」

「へー」

「わかってないスね」

「すごいってことはわかった」


 それから俺たちは、魔法剣の台座を目指しながら水場に時々立ち寄って、水を小瓶に入れていった。小瓶に入れた水場の場所を地図に書き入れ、どこの水が入ってるのかわかるようにしていった。


「色、ちっとも変わらないね」

「そっスね。影響出てるのはもっと森の奥の方なのかなあ」

「でも……」


 俺は鼻をひくひくさせた。


「この水、なんかちょっと匂いついてない?」

「匂い?」

「匂いなんかあるかあ?」

「ケーシーが嗅いでるのは浄水Qで真水になってる方じゃん。こっちの小瓶に取った方の」

「そうかあ?」


 ケーシーは小瓶と水筒、交互に鼻を近づけていたがしまいには諦めた。


「わからん」

「あると言えばあるような、ないと言えばないような……」


 アリーテも首を傾げている。Q術師カザンがのんびりと論評する。


「まあ水って、純水じゃない限りは、多少匂いがあるもんですよ」

「しっ」


 急にクロが緊張した声で会話を止めた。

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