「金貨とか見たら心が不安定になる!」……「ニャーーーーーーーーーーーーーッッッッ!」……「肉Qがこんなことに役に立つとは」

「銅貨でよかっただろ!」

「ん?」


 サイのおっさんと一緒に階段を上って、ケーシー、騎士様エヴァンQ術師カザンに合流すると、俺はケーシーを叱った。


「金をばらまけとは言ったけど、金貨ばらまけなんて言ってないだろ!」

「命の恩人に説教かよ。あそこは絵的にもド派手にいくとこだろ」

「何行ってんだ、銅貨の方が見栄えする! 安心するだろ、心から! 金貨とか見たら心が不安定になる! 動悸息切れめまいする!」

「お前……苦労してきたんだなあ……幸せになれよ?」


 Q術師カザンが間に入る。


「ジャックさん、たのQは、金銭価値が高いほど強い悪臭を感じるので、金貨の方が効果は高いっス。あそこは金貨で正解っスね」

「ほーれみろ」

「ほーれみろじゃねえ。ケーシーは使いたかっただけだろ! ほら!」


 俺は拾ってきた金貨をケーシーにつっかえした。


「拾ってきたのかよ。律儀だな」

「クロは?」

「あいつは今練習中」

「練習中? 飛び降りの?」

「なんで飛び降りなんだよ……いや、案外そうかな」


 俺たちはサイのおっさんと一緒に、地上を目指していた。ケーシーとサイのおっさんが先頭。俺とQ術師カザンが真ん中で、騎士様エヴァンが後ろを守ってくれる。


「あんたら、清掃屋じゃないな」

「ご名答。ティルト王国の雇われだよ。偵察だ」

「なんと、敵の侵入者か。となると……」

「となると?」

白銅貨十五枚十五ドニカは、払ってもらわなきゃな」

「あちゃー。バレたか。俺は喜んで払うって言ったんだぜ。こいつが断固払わないって言うから」

「なんてことだ。悪い子だな」


 ぐっ。ケーシーめバラしやがった。


「ごめんなさい……」

「ふむ。見逃してやってもいいが、交換条件がある」

「何だ?」

「あんたがさっきばら巻いた金貨がここに三枚あるんだが、返さなくていいか?」

「ケチケチすんなよ、これ全部持ってけ」


 ケーシーは俺が拾ってきた金貨をそのまま全部サイのおっさんに渡した。


「おっいいのか? 悪いな」

「おい!」

「犯罪を見逃してもらうんだから、このくらい当たり前だろ」

「高くついたな」


 がっはっは、とサイのおっさん。ふくれっつらの俺を無視してケーシーが話題を変えた。


「ところで、あのゴリラだけどよ」

「ゴリラ? あの大猿のことか?」

俺のいた世界アラハドじゃあそう呼ぶんだ。少なくともゴリラにそっくりだ。あいつら、この地下迷Qで飼ってんの?」

「いや」


 サイのおっさんは首を振った。


「俺も驚いてんだ。あんなのは見たことがねえ。だが、奥の方になんかいそうだってのは、薄々知ってはいたんだ」

「魔素ですね」


 Q術師カザンが言うとサイのおっさんは頷いた。


「おうよ。地下迷Qは魔素の濃い場所に設置するのがいいってんでお偉いさんがここを選んだらしい。ところが地下迷Qを発動しても、ここらの魔素圧が下がらねえ。異常事態さ」

「核の部屋で会った技師もそんなこと言ってたな」

「調べたら、どうやら地下にでっかい魔素発生源があるらしい、ってことがわかった。だが俺たちも人手不足だ。それで、人を呼び込んで奥を探求させよう、ってことになったわけさ」

「それで遊園地か。ひでえお化け屋敷だな」


 ケーシーは苦笑する。


「ここに地下迷Qを作るの自体、突然でっかい予算ができたって話だからな。なんか上の方であったのかも知れねえ」


 騎士様エヴァンが首を傾げる。


「突然でっかい予算? 金鉱でも掘り当てたのかな」

「俺たちみたいな下っ端にゃあわからんさ」


 Q術師カザンが口を挟む。


「だけどあんな獣がいるだけで、大量の魔素が発生するはずないですよ。おそらく、もっと強力な発生源が……」


 話しながら、俺たちは地下三階にたどり着いた。もともとは、何かここにも乗り物を設置する予定で工事をしていたのだろうと思うけれど、天井と壁の一部が崩れ落ちてきていて、そして腐った雑巾のような嫌な匂いがする。


「あのゴリラの匂いがする」


 俺がつぶやくと、ケーシーや騎士様エヴァンが油断なく周囲を観察する。


「待ち伏せかな」

「おそらくな」


 俺たち五人はそろりそろりと壁に沿って進んだ。入口と出口の中間あたりまで来た時に、ときの声を上げてゴリラの集団が襲ってきた!


「ジャック、カザン、君たちは壁側に!」


 ケーシー、騎士様エヴァンサイのおっさんが正面に出てゴリラを防ぐ。Q術師カザンは袋からQを取り出して援護。俺は親父譲りの短剣を抜いたものの、手を出す隙がない。


 ケーシーも騎士様エヴァンもゴリラに負けるような腕前ではないし、おっさんだってそこそこ戦える。それで俺はちょっと油断していたのかもしれない。壁の上の開口部からゴリラが二匹、飛び降りてきたのに気づかなかった。


 背後から突然掴まれて引き倒された。Q術師カザンはなんとかかわしたようだが、接近戦ではからきしだ。俺は手から離れた短剣を探しているうちに、ゴリラに首を掴まれた。ケーシーも騎士様エヴァンも目前の相手に手一杯で俺の方に戻っては来られない。


 あ、これはやばい。でっかいゴリラは俺を掴み上げ、ギラギラ光る目で俺を睨んだ。やばい、俺の体格じゃ、手も足も届かない。死を覚悟した時、背後でQ術師カザンの声がした。


「鳴け! 鳴くんだジャーーーーーーック! ニャンと鳴いてくれ~~~~!」


 鳴く? 何? 薄れゆく意識の中で、俺は叫んだ。


「ニャーーーーーーーーーーーーーッッッッ!」


 人生最大の声量で猫の真似をした。恥ずかしいとか言ってる場合じゃねえんだ。


 たちまち俺の腰のQ袋から煙が立ち上り、筋骨隆々とした猫の前肢の形になると、ドゴォォォォォオン! とゴリラの左顎にほれぼれする猫ストレートを叩き込んだ。不意打ちを食らったゴリラは信じられないという顔をしながら、マットに倒れていく。俺はゴリラの手から落ちて、尻餅をついた。


 ケーシーが「ッダウン!」と叫ぶと俺に向かって「ニャートラル。コーニャーへ戻って」と指示をした。俺はフラフラと立ち上がる。ケーシーが、倒れているゴリラのカウントをとった。


「ニャン、ツー、スリー……」


 後ろから騎士様エヴァンサイのおっさんの声が聞こえる。


「カウンター炸裂! 見事な猫ストレートでダウンを奪いました! うまく相手の油断をつきました! このチャンスを生かして一気に攻め込みたいところです」


「いいパンチだったねえ。このまま勝ちきってもらいたいところだねえ」


 ゴリラはロープに捕まりながらヨロヨロと立ち上がった。あれを食らってまだ立てるのか。なんというタフな相手だ。重量差があるだけのことはある。


 ケーシーが「ニャイト」と言うのと同時に前に出た。


「にゃん。にゃにゃにゃんにゃん」


 猫ジャブを繰り出しながら相手を追い込む。ゴリラはガードしてはいるが足元がフラフラ。後ろからカザンの檄が聞こえる。


「焦るな、じっくり攻めろ。お前のペースだぞ」


 そうだ、焦ることはない。じっくり片付けてやる。ゴリラは俺の猫ジャブを嫌って俺の右に回る。だがそれはこちらの思う壺だ。


「ニャン!」


 猫フックでゴリラの左顎を狙う。素早いダッキングから潜り込んでこようとするゴリラ。こちらは二歩下がって「にゃにゃん」と猫ジャブで牽制し「ニャッ!」と猫アッパーを狙う。敵もさるもの、間一髪でアッパーをかわした。


 だが、無理な体勢で猫アッパーを避け、バランスを崩した。今だ、チャンスだ! 真空猫膝蹴り……はルール違反だな。


「ニャァァァーーーッ!」


 くらえ! 必殺! 埼京猫パンチ!!


(作者より校正担当者様へ:「埼京」は誤字ではありません。ママイキでお願いします)


 ゴリラの鼻面にもろに必殺の一撃が命中した。ゴリラはそのまま後ろにぶっとんでいき、ロープに跳ね返ってマットに転がった。ケーシーはゴリラに近寄って様子を確かめると、大きく両手を交差させた。試合終了の合図だ。カンカンカンカーーン! ゴングが鳴る。騎士様エヴァンの熱狂した声が聞こえる。


「圧倒的体格差をかいくぐって! ジャック選手がゴリラ選手を下しました! なんということでしょう、歴史に残る試合でした! まさか! 肉Qがこんなことに役に立つとは。当初作者も予想できませんでした!」

「ジャック? どうしたジャック?」

「真っ白に……燃え尽きたぜ……」

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