「なんか変な夢を見ていたような気がする」……「これは自慢になりますが」……「料金はもう、もらってんだからな」……「上まで一刻をあらそうよ!」

「ジャック、しっかりしろジャック」


 誰かに声をかけられて、俺は目を開いた。騎士様エヴァンが俺の顔をのぞきこんでいる。ケーシーやサイのおっさん、Q術師カザンもいる。


「はっ? 今のは? ゴリラは?」

「全部追い払った。お前を襲ってたやつは、お前が猫パンチで殴った隙にエヴァンが倒した。お前はそのまま気絶したんだよ」

「見事な猫パンチでした」


 Q術師カザンがパチパチと拍手する。俺はフラフラする頭を押さえた。


「猫パンチ一発だけ? なんか変な夢を見ていたような気がする」

「大丈夫っスか?」


 Q術師カザンが少し心配そうな顔をする。


「大丈夫、行こう」


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 俺たちがゴリラ群を退けてからしばらくすると、地響きが始まった。地下の奥底深くから、何者かが這い上がってくるかのようだ。Q術師カザンが魔素圧Qを見て悲鳴をあげる。


「どんどん上がってます! ヤバいなこれ」


 魔素圧を調べるまでもなく、俺たちは何か良からぬ雰囲気が濃くなるのを感じていた。俺たちは地上を目指して急いだ。ケーシーが尋ねる。


サイのおっさん、この先は?」

「俺たち係員用の昇降機があるはずだ。そこから地上に上がろう」

「急ごう」


 騎士様エヴァンが焦った様子を見せるのは珍しい。


「この地響きがなんであれ、この洞窟、長くは持たないぞ。崩れる前に脱出しないと」


 小走りに通路を駆け抜ける。昇降機が見えてきたが……あるはずの開き戸がない。ぽっかり穴が空いている。


「まずいな」


 サイのおっさんは恐る恐る、昇降機の縦穴をのぞき込んだ。縦穴に昇降機の鋼線が何本も垂れ下がっている。本来、カゴに繋がっているはずの鋼線が、風に吹かれてぶらぶら揺れているのが見える。


「だめだ、昇降機が壊れてる……ここからは脱出できねえな」

「急げ、別の階段を探さなきゃ!」


 その時、大きな翼を持った何者かが縦穴を滑空してきて、昇降機の入口に降り立った。


「おおっと、あわてなさんな。上へ行くならここが近道だぜ」


 竜魔族……あの「猛烈な速度の乗り物」の入り口にいた、竜魔族の兄ちゃんだ。


「おお。リューベック、あんたか。どうやら助かったぞ」


 ほっとしたようにサイのおっさんが声をかける。竜魔族の隣に、もう一人、誰かが羽ばたきながら着地した。


「クロ!?」

「ジャック様!」


 俺の顔を見るとクロの表情がぱっと明るくなった。満面の笑顔だ。かわいい。


「ご無事でしたか。あの乗り物が走り去った後で地崩れが起きたので心配しておりました。よかった」

「あー、それはいいけど……あの……その羽ばたいてるの、何?」

「これは自慢になりますが……」


 クロはにこやかに言った。


「私は耳をピクピク動かせます」

「耳……!?」

「カザン様にお借りした耳Qで、大きくしてみたのですが。変ですか?」

「うん、まあその、似合うか変かで言ったらこの上なく変だけど」


 クロは嬉しそうに大きな耳をカラスみたいに広げてみせた。


「こっこれは……」


 Q術師カザンが絶句する。うん、まあ、その反応わかるわかる。


「これは、間違いなく、宴会芸でウケると思いますよ」


 いや、そうじゃねえ。


「初めて見た時からなんとなく飛べそうとは思っていたのです」

「耳Q見た瞬間にそれ構想してたのおかしくない?」

「練習したらちゃんと飛べました。やはり何事も練習は大事ですね!」

「ケーシーが『クロは練習中』って言ってたのそれかぁ……」


 竜魔族が口を挟んだ。


「おしゃべりは後だ。何かデカいヤバいやつが地中から上がってきてる。そいつより先に地上に行かないと、崩れる洞窟でペシャンコだぞ。子供から先だ」


 竜魔族が俺を抱き抱えてくれた。


「ガキ扱いは好きじゃねえ……けど乗せてくれてありがとう」

「なあに、礼にゃおよばねえ」


 竜魔族のにいちゃんは、俺が首から下げた「一年乗り放題」の札をつついた。


「料金はもう、もらってんだからな」


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 竜魔族の兄ちゃんとクロが縦穴を一気に運んでくれたおかげで、俺たちは一気に地下一階に戻ってくることができた。あのいろんな乗り物がある広場だ。地響きで地面が崩れ始めているらしく、あちこちでこぼこになったり、乗り物が傾いたりしている。俺はぽつりとつぶやいた。


「ぐるぐる……ぐーーん……ぐねぐね……こんな姿になっちまって……」

「『ぐぐぐ三兄弟』と名残惜しんでる場合か」

「ああっ! あっちのぐあーーーーんとデカい丸いのまだ乗ってない! 一年乗り放題なのに!」

「見れば分かる通り、もう傾いてるし危ないぞ。諦めろ」


 俺は地面に寝転がってジタバタ暴れる。


「ぐあーーーーんとデカい丸いの! ぐあーーーーんとデカい丸いの乗るぅ!」

「完全にガキじゃねえか!」


 呆れるケーシー。見かねた騎士様エヴァンが俺に近づいて耳打ちする。


「ジャック、君の気持ちはよくわかる。実は僕の愛しい姫君の祖国には、あれと同じものがあると聞いたことがある。今パパッと急いで逃げれば、僕から愛する姫君にお願いして乗車券を融通してもらうこともできると思うけど……?」

「その姫君ってさぁ……ほんとに実在すんの?」

「実在するよ。王都にいるよ」


 俺は地上に続く坂道の入口から、大きく手を振ってみんなを呼んだ。


「さっ、みんな何のんびりしてんの! 上まで一刻をあらそうよ!」

「切り替え早ッ」


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 俺たちがぐるぐると坂道を上ってからくも地上に上がった時、地下から猛烈な風と土埃が吹き出し、俺たちは地下一階がおそらく陥没したであろうことを知った。


「もっと離れた方がいいッス。まだ何か、上がってきますよ」


 Q術師カザンに従って、俺たちは入口から離れるために駆けだした。


 森の外れには、魔族の一団が避難していた。四十人くらいもいるだろうか。中央にひときわ目立つ竜魔族がいる。それを見た途端、サイのおっさんがぎくりとしたように目を見開いた。


「げえっ。リューズライト様がいる! なんでこんなとこに……あんたら、気をつけろ。荒立てるんじゃないぞ」

「リューズライト。竜魔族の長の名前ですね」

「偉いの?」


  俺が尋ねるとサイのおっさんと騎士様エヴァンが交互に応えた。


「この地下迷Qはリューズライト様の管轄なんだが、普通こんなトコで会うような御方じゃないんだ」

「先日の妖魔ラゴンと並ぶくらいの、バディアル連合軍の実力者です」

「あのジジイと一緒? じゃあ大したことなさそうじゃん」


 俺が言うとサイのおっさんはびっくりしたように小声で叱った。


「バカを言え! 発明バカのラゴンなんかと実力が違う。ティルト王国の偵察だなんてバレたらヤバいぞ」


 俺たちが近づくにつれて、魔族の連中もこちらに気づいて道を開けた。サイのおっさんは竜魔族の長の前まで進み出ると報告した。


「リュ、リューズライト様」

「おお。戻ったか。地底までお客の捜索に出たというので心配しておったが無事で何よりだ。怪我はないか」

「お、おお……お気づかいありがとうございます。お気にかけるほどのことは」

「それで、この方々が遊園地のお客様というわけか」


 竜魔族の長は俺たちを見た。貴族風の赤い服着たツンツン頭。騎士。メガネのひょろっとした男。メイド。そんで俺。どう見ても不審。


「あ、は、左様で……」


 しどろもどろでサイのおっさんが答えた矢先。ケーシーが朗らかに答えた。


「あ、いや。実は俺たち、ティルト軍の雇われ偵察部隊なんだ」

「おい!」


 サイのおっさんは蒼白になったがケーシーはケロリとしている。


「今まで騙して悪かったなサイのおっさん」


 なるほど、おっさんに迷惑がかからないようにってことか。魔族の連中はざわざわと騒ぎ始めた。


「それで」


 竜魔族の長リューズライトは面白そうにケーシーを眺めた。


「お望みの情報は手に入ったかな」

「いやこれが全然で。だって地下迷Qをぶっ潰すための情報を探しに来たのに、俺たちが何もしないうちにぶっ潰れちゃったからさあ」


 竜魔族の長リューズライトは苦笑いした。


「返す言葉もない。魔素の濃い場所に地下迷Qを建てたはいいが、まさか地中から怪物を掘り当ててしまうとはな」


 ちょうどその時、俺たちが出てきた出口が崩れ落ちて、そこからゴリラの手が伸びてきた。デカい。今まで見てきたゴリラの何倍かある。崩れ落ちる洞窟をものともせず這い上がってきたのは、お城の塔ほどもある巨大なゴリラだった。体から落ちる土埃がこっちまで降ってきて俺たちは埃を避けて後ずさった。


「くっそー、『猿の惑星』にしちゃ変だと思ったが『キングコング』の方だったかー」

「キング……とやらは知らぬが、あれは猿魔神族さるましんぞくだろうな」


 驚きあわてる魔族たちの中にあっても、竜魔族の長リューズライトはさすが落ち着いている。


「猿魔神族?」

「我々魔族は、何万年もの昔、大きな体を持ち、体内で強い魔素を作りだす最下層の神族しんぞくだったと言われておる。今となっては魔族とも何の縁もない、ただの怪物だがな……時折、ああした魔神族の生き残りが現れて、大暴れする。退治するのはちょっと骨が折れるな」

「どうするつもりなんだ?」

「どうもせんよ」


 まさか私が? とでもいうように、芝居がかった仕草で竜魔族の長リューズライトはケーシーを見た。


「地下迷Qは失敗したが、代わりにあれが暴れてくれれば少しはティルト王国にとっては痛手だろう。ちょうどいい置き土産だ」

「やっぱりそうかー」


 ケーシーはツンツン尖った髪の毛をかいた。


「俺がやるしかないか」

「え⁉︎ あんなのと戦うつもり?」


 俺が目を丸くすると、ケーシーは当たり前だろ? という顔をした。


「お前にゃ無理だからな。それともクロがやってくれるか?」

「はいご命令でしたら」

「クロも本気で引き受けないで!」

「はい? あのくらいなら、まあ五分五分で戦えると思いますが……」

「本気で言ってる?」

「なんだよ、ジャックは俺たちのこと信用してないんだなー」


 ケーシーは何となく不満そうな顔になった。


「カザン、火Qはいくつ残ってる?」

「七、八個ってトコですかね」

「売ってくれ。あとで払う」


 ケーシーはカザンから火Qを受け取ると、宙に放ってからパシっと手で掴み直した。


「あのデカ猿がどれほどのもんか、俺の左手と勝負してもらおうじゃねえか」

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