友情に乾杯
「あはは、一樹くん、やるねぇ」
白秀は喉を鳴らしながら笑った。向かいに座る晶は恥ずかしそうに顔を赤らめ、コーヒーを啜る。
2人は飛行場に面したカフェで、搭乗までの時間を過ごしていた。
晶は文化祭での出来事を白秀に打ち明けた。案の定、白秀は一樹の積極的な行動に頬を緩めた。
「それにしても君、想像力が怠ったね」
白秀はカップに唇を当て、静かに言う。一樹と晶の事情を快く聞いてる点から、ある程度2人の関係を認めている様だ。
「いや、全く想像していなかったわけではない…」
晶はぼそりと呟く。
実のところ顔を合わせた時、このまま触れてしまうのではないか、と脳裏に過っていた。
「ふーん。つまり君も乗り気だったってわけだ」
頬杖をつき、得意げな顔をする白秀に晶はふいっと視線を飛行場へ流した。
――素直じゃないなぁ
白秀は心の中でそっと呟いた。口にしたところで、彼の眼差しがこちらに戻ってくるわけではないと分かっていた。
「そういえば以前、君の牙を抜いてあげたのは僕だと言った事、覚えている?」
晶は白秀に目配せた。白秀は満足げに微笑む。
「あの後、考えたんだ。そしたらね、僕ではない気がした」
白秀は一度、飛行場に気を逸らす。長年、そうだと思い続けた事が覆る瞬間をすぐには受け止めきれない。
「一樹くんなんだろうね、きっと」
言葉にすると案外質素なもので、臆した白秀は自嘲する。
「さて、そろそろ時間だ」
伝票を持ち、立ち上がる白秀を晶は目で追う。あっという間に過ぎた時間を惜しむ様な眼差しであった。
「別れの時だ」
白秀はキャリーケースを傍に置き、晶に向かい合う。
「ああ…元気でな」
「うん」
互いに物憂げな顔をしている。しかし、どちらもパリに連れて行こうとも、着いて行きたいとも思っていない。
ただ、心を許す存在との期限のない別れに少しの抵抗を見せていた。
「渚くん、別れのハグ、良いかな?」
晶はその言葉に救われた気がした。
「友情のハグだよ」
「…ああ」
そして、2人は熱い抱擁を交わした。
まるでドラマの様なシチュエーションである。しかし、心に芽生える友情は作り物ではなく、真実であった。
***
空に向かって投げたボールがグローブに収まる。そしてまた、空に投げる。その動作を何度か繰り返し、一樹は時間を弄んでいた。
「一樹、お待たせ」
「おう。悠真、お疲れ」
ようやく来た悠真に、一樹はボールを投げる。既にグローブを構えていた悠真は、軽々とボールを受け止める。
「三上さんツノ生えてた」
ボールが宙を駆けた。
「あはは、すげぇ怒ってたもん」
聞き心地良い捕球音が重なる。一樹は何度かボールをグローブに打ちつけ、
「まぁ、トロフィー貰えたし、結果オーライじゃん」
「そうだよなっ!」
パンっとグラウンドに
「で、臼井さんとはどうなったの?」
「付き合うことになった」
「本当!?おめでとう!」
一樹はボールを投げるのを止め、悠真に駆け寄った。
「なんか自分のことみたいに嬉しい!」
無邪気に笑う一樹に釣られて、悠真も照れた様に笑う。
役を投げた後、眞琴と共に文化祭を堪能した悠真。最後の見せ場がシルエットのみの演出は救いであった。結果、演劇は大成功に終わり、投票では圧倒的な票を獲得し、優秀賞を受賞。
後日、総監督の有紗からかなりの叱りを受けた様だが、悠真は痛くも痒くもないといった調子だ。
「一樹はどうだった?」
「もちろん。成功」
「あはは、良かったな」
悠真は一樹の髪をわしゃわしゃと撫でた。やめろよ、と抵抗する一樹だが内心、嫌ではない。
「最後の文化祭、良い思い出が出来たわ」
「ああ、俺もそう思う」
2人はほぼ同時に空を仰いだ。夕日が差し、空は茜色に染まっている。長かった夏がいつの間にか過ぎ、すっかり秋模様となった。
しかし、もう間近に冬がやってくる。あっという間に季節は流れていく。
「後は受験だけだな」
悠真がぼそりと呟いた。推薦入試を控えている彼は11月下旬に本番だという。結果は年内には出るらしい。
「俺は2月が本番だ」
口にすると、急に緊張が増す。栄養士になる、という夢を持って半年が過ぎた。未だ、その夢は揺るがない。
その理由が晶との交際、同棲を認めてもらう為と発起していたが、次第に夢の為にという思いが強くなっているのも確か。2つの理由が一樹に不安をもたらす。
だからこそ、最悪な結末は嫌だと緊張が身を震わせるのだ。
一樹は伸びをした。
「今日も過去問解いてから寝るぞー!」
一樹の意気込みが茜色の空に響く。
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