告白の意味
「ファイトー!もう一周!」
照りつく陽光が注ぐグラウンドにて、眞琴は声を張り上げた。
目の前を駆けていく後輩達の姿は夏の日差しよりも一層と眩い。
「眞琴先輩ー!」
走り込みを終えた部員が遠くの方から眞琴に手を振る。眞琴は軽く手をあげ返した。
すると彼女たちは、キャー、と嬉しそうに声を上げる。
「夏休み期間なのにありがとうございます!」
そしてまた、別の部員が嬉々とした声で言った。
「受験勉強大丈夫ですか!?」
「この後空いてますか!ご飯食べに行きましょう!」
「私、眞琴先輩に話したい事いっぱいあるんですー!」
部員達が各々言葉を述べていくのを眞琴は嫌な顔せず一つ一つ答えていく。こうして引退した後も親しみを持って接してくれる事が嬉しいのだ。
「みんな眞琴のこと大好きだね」
そう言うのは眞琴と同じく陸上部を引退した
実咲は傍で上目遣いに眞琴を見上げ、まるで自分事のように嬉しそうに笑っている。
「みんな人懐っこくて可愛いよ」
「よっイケメン発言!」
実咲の煽てる声に眞琴は苦笑する。ふと、実咲は声を顰めて言った。
「てかさ眞琴、最近なんかあった?」
「え!?」
一体何を感じてそう口にしたのか、言葉に詰まる眞琴に実咲は
「久々に会ったら、なんか眞琴、可愛くなってて…彼氏できたのかなって」
思わず眞琴は自身の頬を両手で包み込んだ。猛暑におかされて頬が熱いのか、実咲の言葉のせいなのか、分からなかった。
眞琴は俯き気味に
「気になる人は…いる」と小さな声で言った。
実咲はそんな眞琴の姿を初めて見た為か、驚いたように目を丸くした。しかし、すぐに糸のように目を細める。
「良かった」柔らかな声色からは安堵の気持ちが滲んでいる。
「眞琴、昔から好きとかよくわからないからって言ってたからさ」
眞琴は実咲に自分の心について多くは語っていない。それでも、こうして自分の事を気にかけてくれる親友に対して感謝と全てを打ち明けていない申し訳なさ、どちらも入り混じった複雑な感情が曖昧な微笑で表れた。
「でも、多分この恋は実らない」
眞琴は無理矢理に作り上げた笑顔で実咲に目配せる。返ってそれが実咲の心を痛く突いた。
「もうその人には大切な存在が近くにいるの」
(佐野は自分より遥かにあの人の事を知っている)
眞琴の恋心は既に諦めの寸前だった。
すると、そんな眞琴の心を押す様に実咲はトンッと眞琴の背を叩いた。
「恋は感情のままに従うべし!昂った自分の想いを尊重してあげないとね!」
初恋なんだから、と笑う。
「まぁ愛に発展したらそれじゃダメだけどね」
「なんか実咲、哲学的…」眞琴は感嘆とした。
実咲はふんっと鼻を鳴らしながら
「哲学科目指してますから!」と笑った。
「あの!眞琴先輩!」
ふと、眞琴と実咲の前にポニーテールを揺らめかせやってきたのは陸上部2年の茜だった。
「ん?」
眞琴が返事すると、茜は胸元でぎゅっとタオルを握りしめながら
「少しだけ2人きりでお話し出来ませんか?」
少し震えた声で言った。
その瞬間、眞琴はこれまでの経験上、アレしかないと察した。
「ああ、うん。大丈夫だよ」
眞琴は微笑する。そして、実咲と視線を交わし合った。実咲も事情を察した様でその場を離れた。
グラウンドから離れた静かな木陰で茜は緊張の面持ちで眞琴に向かい合っていた。眞琴は茜の心の準備が整うのを待った。
茜は一つ息を吐いて、ゆらめく瞳を眞琴に向けた。
「私、眞琴先輩の事が好きです」
眞琴は落ち着いた様子で
「ありがとう」と呟いた。
「眞琴先輩の後輩思いなところとか、どんな時も冷静でみんなを引っ張る姿とか、あと…背も高くて顔も綺麗で…憧れではなくて、恋愛感情で好きです」
「ありがとう。私も茜の事は好き」
眞琴は心から茜の想いを嬉しく思った。しかし、その想いを受け止める事は出来ない。
「でも、ごめんね。それは恋愛的な意味じゃなくて、友情的な意味なの」
これまでも多くの子に恋愛感情としての好きを告白されてきた眞琴にとってこの瞬間は慣れず、常に胸が痛む。
大抵の子がこの場で大粒の涙を流すか、無理矢理に微笑むかのどちらかだった。しかし、茜はどこかスッキリとした笑みを浮かべていた。
「はい!分かってます。眞琴先輩に同性に対する恋愛感情はないって…でも、私は想いを伝えられただけで満足です!」
「どうして、分かってたのに告白したの…?」
眞琴はなぜ茜が自ら傷つく方を選んだのか、気になった。
「ごめんね、すぐにそう言うこと聞いちゃって…」
「いいえ!」
茜は眞琴に微笑んだ。
「振られるとか付き合えるとかどうでも良いんです。なんていうか、自分勝手ですけど、想いを伝えたいだけなんです。
凄いおこがましいかもしれないんですけど、あなたのこんなところが素敵なんですっていうのを伝えたくて…」
眞琴はハッと目を見開いた。
告白とは相手に受け入れてもらう事が一番の目的であり、成功であると考えていた。だからこそ、振られてしまえば自らが傷つき、失敗したも同然だと思っていた。しかし、そうではない。たとえ受け止めてもらえなくても、相手の良きところを伝えることも告白の一種であり、告白に成敗などないと気づいたのだ。
さらに茜は言葉を続ける。
「これもすごくおこがましいかもしれないんですけど…!
落ち込んだ時とか自分の事嫌いになっちゃう時とかに前向きになる糧にして欲しいっていうか…眞琴先輩に眞琴先輩の良さを伝えられた事が嬉しいんです!感謝の気持ちを込めて花束を贈るのと同じような感覚です!」
すみません、と茜は恥ずかしそうにタオルで口元を隠した。
「私、喋りすぎました!」
そう言って慌てふためく茜に眞琴は、ううん、と首を横に振った。
「ありがとう、その考え凄く素敵」
茜は嬉しそうに頬を緩めた。
***
縁側を吹き抜ける風が風鈴の音を揺らし、優しく耳を撫でる。それに重なるそうめんの啜る音。人は夏の音にただ黙って聞き入ってしまうものなのだろう。
晶と一樹は縁側に腰掛け、昼食を摂っていた。晶は朝から執筆に取り掛かり、一樹も9時頃から晶宅のリビングにて勉強をしていた。
12時過ぎになると一樹はそうめんを茹で、薬味を刻み、縁側にて、隣室で執筆する晶へ小休憩を知らせた。
一樹は時折、隣にいる晶へ目配せる。生成りの灰がかった浴衣姿に麺を啜るその横顔。ふふ、と自然な笑みが溢れる。まるで老夫婦の様な穏やかな時間に心底幸福を感じたのだ。
「夜ご飯、天ぷらどうかな?」
一樹がそう思ったわけは、庭の花壇で育ったピーマンとナスの実を目にしたからであった。
引きこもりがちな晶は、どうにか外に出る口実を作る為に家庭菜園を行ってるという。10年前から野菜作りを行っている為か、一つ一つの実は水分たっぷりと膨らんでおり、なおかつ旨味がギュッと凝縮されたように大きい。
「うん、良いな。ピーマンもナスも食べ頃だ」
そう言って晶は頬を緩めた。自分が育てた野菜を一樹に調理してもうのが、嬉しいのだ。一樹も同じく微笑んだ。
ふと、一樹のスマホからぽんっと通知が鳴る。
「あ、臼井さんからだ」
トーク画面を開くと
『伝えたい事があるんだけど明日、お昼頃空いてる?』
バイト以外でのやりとりは滅多にない。珍しい誘いを不思議に思いながらも、幸い、明日は一樹も眞琴もシフトが入ってない日だった為、一樹はすぐに
『空いてるよ』とメッセージを送った。
するとすぐに
『ありがとう。じゃぁ14時に駅前のカフェで』
メッセージが返ってくる。
(進路の事かな?バイトの事?)
一樹は考えてみたもののしっくりくる答えがなく、考える事をやめた。
「おじさん、俺、明日お昼来れないわ」
急な予定が入った事で申し訳なさそうに眉を下げる一樹。晶はとんでもないと言うように首を振った。
(高校生、最後の夏休みなんだ。同級生との思い出作りの方が大切だ)
「俺に構わないでくれ。臼井さんとのデートを楽しんで」
そう口にした途端、晶は少し胸が痛んだ。さらに、それは一樹も同じらしく、頬を膨らませ、顔を赤くした。
「おじさんの意地悪。ばか」
一樹の丸い目が細く鋭く晶を睨む。
「すまない…」
晶は冗談半分で口にしてしまった事を後悔した。
「おじさんの心がわかんない。時々、期待させる事言うし。かと思えば引き離す様なことも言うし…」
一樹は口を尖らせながら言った。晶は自分が随分と大人げなく、情けない事をしている、と痛感した。
「ずるい」
真っ直ぐと見つめてくるブラウンの丸い瞳に吸い込まれそうになる。硬直した晶に一樹は距離を詰めた。
「だから俺、その反動でもっとおじさんのこと好きになっちゃう」
その途端、晶は胸がギュッと締め付けられる感覚に襲われた。即座に手で顔を隠し、そっぽを向く。
煩い心臓の音に涼やかな風鈴の音が重なり響いた。
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