十四話 それは誰にも言えないよ!!
翌朝、結花は食事の時間に姿を見せなかった。
「小島先生、原田さんは?」
あたしは一人で食事をしていた小島先生に小声で聞いてみた。
「少し熱っぽいそうだ。それに、カードキーが開かなくなっちまったらしい。どっちも昨日の雨で濡れたせいだろう。ドアは俺が頼むし、体調は少し様子をみる。確か原田はもともと終日単独行動だ。誰にも迷惑はかけん」
先生が二組の生徒に今日の注意事項を伝えて、解散させた。
「先生……」
「佐伯、おまえも行け。バスに間に合わなくなるし、他の奴の足を引っ張るな。原田のことは俺に任せろ」
「お願いします」
「佐伯、せっかくの沖縄だ。楽しんでこい。原田は任せろ」
先生はあたしの肩を叩いてロビーを送り出してくれた。
その日の夕方、あたしは乾いた制服を届けに結花の部屋に向かった。
「結花、いる?」
「うん」
外は涼しい風が吹いていて、全開にした窓のそばの椅子に座っていた。
意外だったのは、昨日の夜に用意してあった服に着替えていたこと。一日部屋の中で寝ていたなら、パジャマやジャージでもよかったはずなのに。
「体調、大丈夫?」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
夕食の時に誰に聞いても、どこのバスも結花は乗っていなかったらしい。
せっかく楽しみにしていた一日をホテルの中で過ごすことになってしまったのか。
「どこも行けなかったね……」
「……ちぃちゃん。誰にも話さないでいてくれる?」
「分かった。約束するよ」
結花の話を聞いて、確かにこれは誰にも話せないほどの大事件が起きていたんだ。
小島先生は起床の時間に結花の部屋に内線電話をしていた。微熱があるというのはその場のお芝居だったと。
みんなが出発した後、結花に朝食を食べさせている間にカードキーを交換して、先生が車を運転して結花が楽しみにしていた水族館に連れていってくれたというじゃない!
「みんなが帰る時間までに戻る条件付きだったけどね」
それなら、外出用に着替えていたことにも納得がいく。
「誰かに見つからなかった?」
「バスの時間も関係ないし、見つかっても先生が一緒だからね」
凄い。昨日の様子で分かったのは、小島先生が本気で結花のことを気にかけてくれている。
結花も涙を見せることが出来る相手だということ。
そして、結花が恋をしているという状況証拠。
「結花……、よかったね」
「うん、先生にはお世話になっちゃった」
「ただ連れていってくれただけ? むこうで別行動?」
「ううん、ずっと一緒に回ってくれた。お昼も食べさせてもらったよ」
もし他の生徒に見られていたら既に話題になっていただろう。他の生徒たちの行動やバスの時間を把握している先生だからこそできる裏技だ。
「それは誰にも言えないね。でも、結花が元気になってくれたなら、それでよかった。明日の朝ごはん、一緒に食べに行こうよ」
そう約束をして、昨日と同じランドリー前に向かった。
「佐伯か、どうしたんだ?」
先生も今日は洗濯物ではないらしい。
このフロア自体が地下にあるし、時間的にも落ち着くから休みに来たのだろう。
「先生、ありがとうございます。結花、本当に嬉しそうでした」
誰が見ているか分からないから、他の誰にも聞こえないように低い声で囁いた。
「そうか、佐伯ならな。原田は本当に水族館が好きなんだな。笑ったり泣きそうになったり、本当に子どもみたいで純粋なのはよく分かったよ」
「今日のコーディネートも結花らしかったと思います。あたしにあの服は似合いませんから」
先生は笑いながら頷いた。
「確かに、原田と同じような高校生を見つけろというのは本当に難しいかもしれん。せっかく楽しみにしていたんだ、いつも面倒なことを押しつけてしまっている学級委員への罪滅ぼしだ。あいつにとっても一度しかない高校の修学旅行なんだから」
大丈夫、先生。その気持ち、結花はちゃんと受け取ってるから。
「先生、結花のこと、よろしくお願いしますね。失礼します。お休みなさい」
「お、おぉ」
あたしはエレベーターを待たずに、階段で駆け上がっていった。
本当に芽生えたばかりの小さな気持をこれから見守っていこうと決心した。
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