十三話 ちゃんと両思いなんじゃない!


 結花の部屋のドアをそっと閉め、濡れた制服を持って地下のコインランドリー室に向かった。


「先生! 寒くはないですか?」


 さっきと服は違っている。先生もあれだけ濡れていたから着替えたのだろう。


「佐伯か。原田はもう落ち着いたか?」


 小島先生が、ランドリー前のソファに座っている。


 でも、あたしが声をかけるまで、心はここにあらずというくらい。普段の先生の顔とは別人のように見えた。


 あたしが先生に事を報告したとき、生徒の前ではどんなときも取り乱すことのない小島先生が、結花の名前を出したとたん、顔を真っ青に変えて雨の中に飛び出していったこと。


 今だって、シャワーを浴びた後だと思うけれど、髪の毛も乾かし切っていなくて、髪型も乱れたままだ。先生もこの場所と時間なら他の生徒に見られることはないと思っていたのか……。いや、多分そうじゃない。


「はい。もう寝ています。砂で制服が汚れてしまっていたので、洗って脱水機をかけに来ました」


「そうか、さっきは悪かったな。さすがに自分が女子を着替えさせるわけにはいかなくてな。風呂に入れるならなおさらだろ……?」


 あたしが脱水機に制服をセットすると、先生がジュースを自販機で買って渡してくれた。


「今日のお礼だ」


「先生に買収されちゃいました」


「まったく……。そうだな、原田のプライベートは表向き佐伯に頼むしかない。担任なのにあいつの力になってやれない……。せっかくの修学旅行で、他の生徒は旅行気分にも関わらず、あいつだけは朝から働きっぱなしだ……」


「先生……」


 ちゃんと見てくれているんだ……。


「あんなに真面目で素直なのにな。職員室でも原田の評判は決して悪くないんだ。ただ……、人付き合いが苦手なんだよな。それだけで……、貧乏くじばかり引かされて……。なんとかしてやりたいのに……」


 結花のことが職員室では評価されていてよかった。同時に、親友のことをこんなに悩んでくれた先生はこれまでの学生生活を通じて見たことがない。


 だからこそ、雨の中を躊躇することもなく飛び出していった。担任の先生と言うより、まるで別の感情を持っているような……。


「先生?」


「なんだ?」


 あたしは、思い切って一つの質問をすることにした。これはあたしにしか出来ない結花に関する質問だから。


「先生は、結花の笑った顔を知ってますか? もうひとつ、泣いたところもです」


 いきなり聞かれたら変な質問かも知れない。でも、あの子は完全に心を許さないとこの両方を見せることはしない。


 特に泣き顔はどんなに悲しくても、外ではぐっと我慢する子だから、他人のいる前ではまず涙を見せることはしない。


「原田の顔か……。教師としては問題発言だろうが、あいつ笑うと可愛いよな。普段からメイクをしてないから余計に幼く見える。反対は、さっき俺にしがみついて大泣きしていた……。佐伯にみっともないところを見せてしまったと。よほど悔しかったんだろうな……」


「先生……」


「どうした……?」


 あたしは、一つの答えを出しつつあった。


「結花のこと、そこまで見てくれた先生は初めてです。結花も先生のこと、それだけ信頼してるんです。笑った顔と泣き顔の両方を知っている男の人、同世代も含めて他にあたしは知りません」


「そうなのか?」


「先生、いろいろ迷惑をかけてすみません。あたしも気を付けますけど、不器用な親友をお願いします」


「なんだか、原田の身内から頼まれているみたいだな。分かった。今日の埋め合わせは俺に任せておけ。明日は早いから佐伯も早く寝ろよ? 原田の制服はこのまま預かって乾燥までかけておく。明後日必要になるだろ? 明日の夜にでも取りに来てもらえるか?」


「はい、帰ってすぐに寝ます。洗濯物お願いします」


 先生に見送られて、あたしは自分の部屋に戻るためのエレベーターに乗った。


『結花、あんたはちゃんと両想いの恋してるじゃない』


 その予感は翌日に確信に変わることになった。

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