六章 進路指導室での衝撃

十五話 勇気を振り絞って告げたのが…それ?

<高校二年・冬>


 あの修学旅行や夏休みも遙か昔、秋の運動会も終わり、もうすぐクリスマスの足音が聞こえてくる時期。


 一足早いテレビのコマーシャルやテーマパークなどのポスターにはそんな話題もちらほら見かけるようになってきた。


 期末テストもようやく一息ついた朝、登校してきたあたしの前に小島先生が寄ってきた。


「おはようございます」


「あぁ、おはよう。悪いが佐伯、放課後に時間あるか?」


「はい。大丈夫ですよ?」


「じゃぁ頼む。後で俺のところに来てくれ」


「分かりました」


 なんだろう、先生の元気がなかった。結花との間に何かあったのだろうか。


 そう言えば、先々週に結花が風邪で休んでから、あまり元気がないことも気になる。


 これまで、先生と結花が互いを想い合っているというのは、あたしだけしか気付いていないし、二人とも表には出していない。


 もともと小島先生は誰かに贔屓ひいきすることはしない人だ。


 結花も公私をきっちり分ける子だから、学校ではそんな身振りも見せない。


 そんな先生があんな顔をしてあたしを呼んだと言うことは、やはり結花のことなのか。


 朝からこの状態では授業もあまり身に入らない。




 放課後になって職員室に入ると、先生はあたしのことを待っていてくれた。


「ここじゃ大きな声で話せない。進路指導室に移動するな」


 通称「お説教部屋」ともあたしたちの間では呼ばれている。結花はいろいろ手伝いやら仕事で中に入ったことは何度もあるらしいけど。


 中には教室に置いてある机と椅子が六セット。三つずつを向かい合わせにしてある味気ない部屋だ。


「悪かったな。呼び出しなんかして」


「いえ。何か結花のことであったんですか?」


 普段の人前では「原田さん」と言うけれど、小島先生だけの前ではすっかり例外になっていた。


「佐伯は気付いていたか? 原田の体調のこと」


「いえ、なんだか風邪をひいてから治りが遅いとぼやいていましたけど」


 あたしが聞いているのはそのくらいだ。


「そうか……。昨日の放下後、原田のお母さんが学校に来た。その時に原田は俺に告げたんだ。手遅れになると大変なことになると」


「えっ……?」


 あたしのお父さんは製薬会社の勤めだ。あたし自身はあまり現場に連れていってもらったことはないけれど、難病に立ち向かう人のために新薬の開発は大変だと聞いている。


「間もなく学校を休んで入院するそうだ。今ならまだ間に合うと。転移する前に摘出すると言っていた」


「結花……まさか……」


 手遅れ、転移と摘出……。そのキーワードだけで分かる。元気がなくて当たり前だ。どれだけ絶望の中にいるんだろう。


 こんな瞬間も、結花は恐ろしい病魔と戦っていることになる。


「あたしは聞いていませんでした」


「そうか、病名は自分で言うと聞かなかったそうだ」


「先生、信頼されているんですよ。あたしよりも先に先生に報告しているんですから」


 間違いない。あたしにも相談せずに、結花は一番大切に思っている人に勇気を振り絞って告げたんだ。


「必ず帰ってこいと言った。原田も必ず戻ると約束した。これから佐伯にもいろいろ頼んでしまうかもしれない。だがこれは他の奴には頼めない。悪いが原田の力になってやってくれないか? 俺も出来る限りのことはする」


「もちろんです。やらせてください!」


 先生の言うとおり、これはあたしにしかできないことだ。頼まれるまでもなく、あたしは協力を申し出た。

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