第32話 Authority and Invader


 葉村瑛人が二宮一葉、霧切晴人と出会い、三ヶ月が過ぎた。

 世界の柱エゼルティアでは、異世界からの侵略に対抗するため、定期的に会議が開かれ、対策のやり方についての協議が行われる。

 今日行われるのは、その中でも特に重要な会議_____全ての魔術師を束ねる『閣族』が集まる、『閣族会議』だ。


「_____今月だけでも十四回の共鳴反応が確認されています。いずれも阻止に成功していますが……我々の管轄外にある大質量始素を利用されてしまえば、防ぐ術はありません」

「やはり、葉村瑛人の帰還以降に増加しているな。関係がないとは思えん」

「今のところ、葉村瑛人の始素をターゲットとした共鳴反応は確認されていない。彼を利用するなら、帰還直後にするだろう」

「どうだかな。そうやって我々が安全だと思い込んだ隙に、奴らはつけ入ってくるぞ」


 会議の議題は、来たる侵略者に対する備えること。そのための戦力の配置についての会議……つまりは作戦会議という方が近い。


「また七年前の惨劇を繰り返すわけにはいかん。『特別保護対象』を一箇所に集め、防衛戦力を集中させるべきではないのか?」

「いや、敵もそれを見越して、今後は残滓を狙ってくるかもしれん。防衛拠点が一つでも落とされてしまえば、奴らにこの世界の拠点を与えかねんぞ」

「だが、全ての箇所を同時に防衛する手段はない。戦力の分散は愚の骨頂だぞ」


 意見を出しているのは、防衛拠点の長や、閣族に属する上級魔術師たちである。

 閣族はそれぞれが得意分野を持ち、その分野においては半ば独占的な管理権限を持っている。


 ベルトグレイ家は新人魔術師への教育や訓練を担当し、魔術師の『人事』を担当する。

 えん家は裏切りや魔術による犯罪行為を防止する警備隊を傘下に持ち、魔術師の『風紀』を担当する。

 有越ありこし家は新魔術の開発を主に担当しており、魔術師の『技術』を担当する。

 ハーミュラー家は俗世で豪商となっており、物資の調達に貢献し、魔術師の『資源』を担当する。

 グィンザー家は世界中にある始素の残滓や異世界の動きを監視し、魔術師の『観測』を担当する。

 アルタイル家は閣族で最も数の少ない少数精鋭だが、突出した戦闘能力を持つ者が集められ、魔術師の『戦闘』を担当する。

 フォルルハイン家は魔術師の拠点である世界の柱エゼルティアの運営を担当しており、魔術師の『管理』を担当する。

 アインセル家は長い歴史の中で積み上げられた、魔術に関する書物・知識の管理を担当し、魔術師の『知識』を担当する。

 レブリア家は世界各地にある始素の残滓に置かれた防衛拠点の管理を担当しており、魔術師の『軍事』を担当する。

 ミカロス家は閣族会議をはじめとする会議の開催や、異なる部門同士の交渉などを仲介し、魔術師の『政治』を担当する。

 ランバース家は超古代文明時代からの伝統を受け継ぎ、祭事などを開催し、魔術師の『伝承』を担当する。


 特に今回の会議では、遠家とグィンザー家、そしてレブリア家が強い発言権を有している。


「こうなったら、確実な防衛の手段は限られるぞ」

「あちらがどう出てくるか分からない以上、被害を最小限度に抑えるための確実な手段_____七年前から検討されていた手段を用いるしかないですね」

「だが、それではフォルルハイン家の負担が重くなるが、問題ないのか?」


 立ち上がり発言したのは、フォルルハイン家当主_____アイテール・フォルルハインだ。

 

「問題ない。我々は、そのためにここまで手を打ってきた。この世界を守るためであれば、我々のリソースを注ぎ込むことに躊躇いはない。それ以上に我々が心配しているのは、敵の新たな戦力だ」


 会議室の大型スクリーンには、これまでの侵略の様子が流れている。

 侵略者の基本的な動きとしては

 ・この世界に侵入するための通路を形成した後、小隊規模の精鋭が送り込まれる。まずは少数の強者で周囲の人間や構造物を破壊したのち、結界によって魔術師が駆けつけることを防止する

 ・結界内に拠点を制作し、後続の部隊が入る余地を作る

 ・精鋭を標的へと送り、任務を遂行する。部隊の数が許す限り、数多くの部隊を多方向に送り込み、陽動を行う

 ・目的達成後、謎の手段を用いてその場から瞬間的に退避。一般市民を攫うなどした後、通路を通して元の世界へと帰還する


 _____といった具合だ。これが七年前に起きた大規模侵攻のやり方であり、結界があることによって魔術師の到着が遅れ、大きな被害が出た。

 もし同じことを再びされたとしても、少しでも早く現場に駆けつける以外、方法がない。であれば、事前の予防策としてこれを阻止するしかない。

 また、敵がまた新たに未知の戦力を開発していた場合、予防策が効かない場合もある。とはいえ、これは議論しても仕方のないことなので、議論は保留となった。


「霧切晴人の登場によって防衛力が大幅に増強されたとはいえ、急な奇襲を許してしまえば、彼の戦力を有効活用することができない」

「霧切は常に世界の柱エゼルティアに待機させるのがいいだろう。だが、奴らも霧切の対策をしてくるのではないか?」

「やつの対策などやっても無意味だろう。どんな対策であれ、効果はない。我々が考えるべきは、いかにして早く霧切を戦場へと送り込むかだよ」


 話し合いは進むが、結局のところ敵が未知数である以上、できる対策は限られるのだ。厳重な警戒を怠らず、魔術師全員が戦う状態を維持すること。それしか、彼らにできることはない。

 会議に参加していたアルフォンスは、参加者に配られた資料を読みながら、自分の担当領域についての確認を行う。


「ようアル坊、お前の担当区域はどこになったんだ?」

 

 アルフォンスの前に、一人の女が現れた。

 彼女の名は、キャスレイン・アルタイル。閣族の中でも一際存在感を放つ、『強さ』を司るアルタイル家の現当主である。年齢はアルフォンスの少し上だ。

 ふわふわとしたピンク色の髪が特徴的な可愛らしい外見だが、ライオンを思わせる凛々しい顔立ちと、身に纏った毛皮のコートが、可愛らしい少女というキャラを完全に打ち消している。何を言おう、彼女こそが閣族最強の座を有する魔術師なのだ。


「坊呼ばわりはやめろ、キャス。俺の名前はアルフォンスだ」

「で、担当区域はどこなんだ?」

「……日本にある地方都市だ。七年前の侵略を受けた、魔術師によって忌むべき土地だよ」

「へぇー、日本か、いいな。ウチはカザフスタンの砂漠のど真ん中だぜ。戦いが終わったら、お土産で日本のどら焼きを買ってきてくれよ。大好物なんだ」

「そんな暇はない。お前と話す暇もないしな。これで失礼する」


 何かと絡んでくるキャスレインは、アルフォンスが苦手とする人物の一人だ。生真面目な性格のアルフォンスは、霧切やキャスレインのような「めちゃくちゃ強いが、性格が大雑把」な人物が苦手である。そしてそういうタイプの人間全てに、今のところ「アル坊」とかいうあだ名をつけられている。大した悪さもしていないのに、なぜだろうか。


「待て、ちょっとウチと付き合えよ」

「断る」

「余ったプレッツェルあげるからさ」

「俺はお菓子で買収される人間ではない」


 キャスレインの言う『付き合う』は、基本的に『戦ってくれ』という意味である。戦闘狂の彼女は、気に入ったやつを隙あらば付き合わせ、毎度のごとくボコボコにしている。何年か前にアルフォンスも一度付き合ったことがあるが、何もできず一方的に叩きのめされた。同じ被害に遭った人間は、アルフォンス以外にもたくさんいる。


「えぇ〜、いいじゃんよ。お前も前よりはずっと強くなったんだろ?戦闘訓練がてら、手を合わせておいた方がいいんじゃないのか?」

「強くはなったが、まだまだだ。お前も見ただろう?俺は魔術も使えん力だけの素人に、あれだけ叩きのめされたのだからな」


 実は瑛人と戦ったことを悔しく思っているアルフォンス。自分の油断をなくすべく、ここ数ヶ月の間、密かに厳しい鍛錬を積んできたのだ。だが恐らく_____それをいくら積み重ねても、キャスレインには届かないだろう。


「……お前まで動員されるということは、今回の侵攻は大規模なものになる可能性が高いと言うことだ。慢心で足を掬われるなよ」

「ハッ、誰に向かって言ってんだ」


 そうして、アルフォンスは去っていった。


「……それにしても……葉村瑛人、か。確か、霧切さんが修行つけてるやつだったっけな」


 キャスレインもあの日、瑛人とアルフォンスが戦っていた様子を見ている。話による、そこから魔術を会得し、さらに強くなっているらしい。


「いいね。ワクワクする……ウチも早く、手合わせしてみたいなぁ……」





_________





「防衛任務?」

「そうそう。もう少ししたら、あの世界からの侵略が始まるらしいからさ、僕は忙しくなるってわけ」


 俺が皿洗いをしているところに霧切が現れ、室内にも関わらずヘルメットをつけたままそう告げた。知らされたのは、近々開始される対侵略の防衛についてだった。

 なんでも、魔術師にとって最高戦力である霧切は、本部防衛のために世界の柱エゼルティアに残っていなければならないらしい。そうなると、霧切が保護している俺と二宮も、ここではなく世界の柱エゼルティアに移らなければならない。尚、世界の柱エゼルティアの中には居住用スペースもあり、一つの都市として機能しているため、生活は全く問題ないのだという。


「ってわけだから、もう少しでお引越ししないといけない。今のうちに荷物纏めといてねー」


 そう言って、霧切はヒラヒラと去っていった。こうして去っていった後どこへと向かうのか、いつ見ても疑問である。

 仕方なく、俺と二宮は荷物の支度を始めることにした。ここに来てから既に二ヶ月以上が経過しているので、服を含めて、私物が少しずつ増えてきた。


「葉村くん、片付け手伝おうか?」

「いや、いいよ。そんなに多くないし」


 とは言いつつも、全てがスーツケースに入り切るわけではない。一部の私物は我慢して、物を取捨選択しないといけない。


「……葉村くんも、持つものが増えたね」

「……二宮もそう思うか?」

「前に比べて、ちょっとずつ物欲が出てきたんじゃないかな。いいことだよ」


 俺はちょっとずつ、そこそこの物欲があって、そこそこ欲張りで、そこそこわがままな、どこにでもいる普通の人間になりつつあった。

 これまで見向きもしなかった街の風景がやたらと目に入り、色んなことを知った。

 日光の暖かさ、夜の優しさ、風の冷たさ。

 道端の草の生命力、街を飛ぶ鳥たちの生態、土を這う昆虫たちの力強さ。

 雨上がりの街の静けさ、喧騒に包まれる繁華街の活気、出会う人たちの何気ない優しさ。

 雲の美しさ、空の美しさ、海の美しさ。

 俺が旅をしていた時よりも、遥かに濃厚な日々が、俺を潤してくれた。

 それを与えてくれたのは_____いつものムカつく男と、いつも一緒にいてくれた二宮だった。

 もうそろそろ侵略が始まるかもしれないということは分かる。だが、霧切がいるのであれば、大抵のことはなんとかなるだろう。俺たちは安心して、自分の身を守ればいい。


 _____その日の夜、荷物をまとめた後、俺と二宮は二人で食事を摂った。アメリカに来てからは食べる回数が減った和食を二人で準備する。俺が味噌汁を担当し、二宮は焼き魚と和物を担当した。

 久しぶりに箸を取り出し、手を合わせて「いただきます」を言った後、出汁の効いた味噌汁を飲み込んだ。


「うん、美味しい!」

「隠し味、分かる?」

「うーん……このなんとも言えぬさっぱり感……レモンとか?」

「生姜だよ。おろしたやつを少しだけ入れた」

「おお、なるほど」


 味噌汁を作るついでに余った味噌を使った鯖の味噌煮は、二宮の煮加減もあり、程よくとろける美味しさだった。


「こっちの隠し味はなんでしょーかっ!」

「こっちも隠し味あんの?えーっと……二宮と言えば、わさびとか?」

「葉村くん、私の黒歴史を掘り返さないでよ!正解はマヨネーズね」

「マヨネーズ?鯖の味噌煮に?」

「とろみと酸味が加わって、ちょっとクリーミーになるのよ!」

「あー、言われてみれば……」


 最近はこんな感じで、色んな隠し味を仕込んでお互いにクイズを出すのが趣味なった。特に二宮は変わっており、コーンスープにデミクラスソースを混ぜたり、ハンバーグに大根おろしを付け加えたり、野菜サンドイッチにカレー粉を加えたりとやりたい放題である。

 そんな食事を楽しんだ後、食器を片付け、二人は自分の部屋へと戻った。俺はこれまでずっと続けてきた英語の勉強と、習い損ねた高校の勉強をする。二宮はNGOの仕事をパソコンで行っている。

 そうして夜になると就寝する。俺に睡魔は襲ってこないので、眠りたい時は眠るように念じなければならない。近頃は疲れが溜まることもないため、眠りに落ちづらいのだ。 

 そろそろ寝る時間ということで、いつもの習慣として温めた牛乳を飲もうとした時だった。


「葉村くん」


 キッチンには、二宮もいた。


「二宮?」

「……ちょっと、付き合ってくれる?」


 二宮を見ると、ブラウスとロングスカートを着ており、明らかに出かけるような格好だった。付き合うというのは、外に出かけようという意味なのだろうか。こんな、遅い時間に。


「……分かった」


 眠らないといけないわけではないので、二宮にお願いされたのであれば、断る理由はない。俺は、二宮と共に外へ出かけた。





_________





 異世界の、とある地にて。

 そこは広い部屋のあちこちに立体映像ホログラムが浮かび、数多くのオペレーターが忙しなく働いている。


「共鳴信号……失敗しました。再度の共鳴を試みます」

「適合体二◯四八に共鳴信号を送付……当初の目標通りの水準です」

「第一から第七の秘匿結界を構築。当初の予定通り、構築には二百四十時間を要します」

「共鳴反応への妨害ジャミングを確認。ネットワークを切断し、再度の反応を試みます」


 オペレーターたちの座る座席の後方には、一人の男が立っている。

 鮮やかな刺繍の入った軍服を着こなし、靴はピカピカに磨かれた革靴。しかし頭髪の手入れはなされておらず、寝癖がそのまま残っている。目には隈ができており、いかにも気怠げな表情である。


「……そろそろ始めてもいんじゃね……?いや……ダメかな……分からん、眠い」

「団長、いい加減身支度を整えてから来てください。どうせお風呂入ってないんでしょ」

「いや、入ったよ。臭ぇ足をピッカピカに洗った」

「なんで顔より足を重点的に洗うんですか……清潔感の基準おかしいですよ」

「鼻はちゃんとほじったよ」

「ほじらないでください……」

 

 男の後ろからやってきたのは、こちらもまた軍服を完璧に着こなした女性軍人。髪をしっかりと結い上げ、化粧は薄めに、靴のつま先から頭のてっぺんに至るまで非の打ちどころのない格好。軍人としては、彼女の方がよっぽどしっかりとしている。

 だが、役職は男の方が上なのであった。


「……侵攻の用意は?」

「第一から第七までの部隊、全ての戦闘準備が完了しております。いつでも始められますよ」

「そっちは大丈夫だろうけど……アレよアレ、新型の兵器」

「あぁ、ですね。今のところ、問題はないですよ」


 女が手元のタブレットを操作し、男に見せたのは_____侵攻作戦で新たに利用する新兵器。それは特殊な爆弾や乗り物ではなく、人のような姿形をしていた。


「うっわ、キモッ。こいつらをあっち側に捨ててこいって作戦だよね?」

「団長……これは貴重な個体です。無駄遣いしてもいいのは、これよりも下位の個体だけですよ」

「へいへい。まぁ、うちの軍団は優秀だし、なんとかなるっしょ」


 男の名はブラニート。巨大な軍団を司る軍団長であり、今回の侵攻作戦の総司令官を務めている。そして女はその軍団の副団長、ジーナスである。

 二人が見ているタブレットには、もうじき開始される大規模侵攻の作戦が記されている。ブラニートが立案したその作戦は、目的遂行のために犠牲を厭わない_____軍人らしい作戦であった。

 そんな作戦を躊躇なく進められるからこそ、ブラニートはここまでの役職を手に入れている。


「あっち側では、七年前に起きた大規模侵攻がきっかけで、防衛に躍起になってる。この状態でのこのこと出ていったら、全滅確定だね」

「魔術師は時間が経つごとに防衛力を強化していますからね」

「……ジーナスちゃん、どうしてこの国がこれまで、今回の規模の大規模作戦をやってこなかったか分かる?」

「それは……大規模な作戦に投入するリソースを用意するのに手間がかかるからでは?」

「違うね_____恐れているからだよ」

「恐れている……?これだけ強大な戦力を持っているのに、ですか?」

「ああ」


 ブラニートは長い間侵攻作戦に関わり、あちら側_____この世界の原型となった元の世界のことをよく知っている。

 過去に失敗した侵攻作戦のことも、そしてそれがどうして失敗したかも知っている。

 _____こちらから送り込んだ将兵が、なす術もなく叩き潰される。そんな光景を、ブラニートはかつて見たことがある。


「あっちにはね、たった一人でこちらが送り込む戦力全てを壊滅させるだけの化け物がいる。ちょっとやそっとの小細工じゃ、どうにもならんよ」

「話には聞いております。こちらの精鋭が束になっても、一秒持ち堪えられなかったと……」

「そんな化け物、相手にするだけ無駄っしょ。だから、どうせやるならちょっとやそっとじゃなくて_____盛大でド派手に卑怯なことしないとな」


 ブラニートはオペレーターたちに見送られながら、司令室を後にする。

 向かうのは、軍の司令が本来行くべきではない場所_____軍用の輸送機である。


「そして今回……ようやく全ての準備が揃った。こちら側の条件は概ねクリアしたし、何より_____あちら側の準備も整ったみたいだ」

「あちら側の準備、ですか?」

「ああ。全く、アイツの仕込みには恐れ入るよ。思いついてもやるかね、普通」


 ブラニートは、しばらくの間顔を見せていない、かつての友人のことを思い出していた。


「……。それもたった一人で」

「なっ……一体誰がそんなことを……?!」

「さぁな。まぁ、少なくとも軍団長じゃねぇだろ。後は自分で察しろ」


 ブラニートとジーナスが乗り込んだ軍用機には、他にも何名かの軍人が座っている。そのほとんどはブラニートの傘下にある軍団の将校だが_____一人だけ、そうではない者が混じっている。


「……ああ、そういやお前さんがいたのか。何の用だっけ」


 その者は、男か女かも分からない。見た目の特徴として分かるのは、軍人に似つかわしくない白い服を着ており、茶色の頭髪で、髪と同じくらい茶色の目をしていることだけ。背丈はブラニートと同じくらいあるが、顔に張り付いた人懐っこい笑みは、まるで無邪気な子供のようだ。


「うん?僕のこと?」

「お前ほど浮いた雰囲気のやついねぇよ。何の用だ」

「そりゃ、可愛い可愛い僕のペットの確認だよ。ちゃんと上手く使ってくれるかなーって、気になっちゃってさ」


 手元には、何やらピクピクと蠢くものを握っていた。


「おい、なんだそりゃ」

「あ、これ?気になる?気になるかな、やっぱり?!」


 まるで新しいおもちゃを親に対して自慢する子供のであるかのように、ブラニートに向けて蠢くものを突き出してくる。

 それは、まるで人形のような形をしており_____人形でありながらも、本当に動き、まるで本物の人間のように口をぱくぱくと動かし、手足を動かしていた。


「ヤァァァァァァァァ……」

「……気持ち悪ぃ。小型化した……か」

「正解!さすがだね、オッサンは」

「オッサンって言うな、殺すぞ」


 それの何が面白かったのか、その者はいきなり爆笑し始めた。


「…………は?」

「いやほんと、アンタすごいよ。俺とこんなに普通に会話して、俺に対して『殺す』って言えるなんてね!本当に面白い!やっぱ俺、アンタのこと気に入ったよ」

「うぜぇ気色悪い。俺に触んな」


 ブラニートはその者を振り払うと、機内の中央部に座った。

 そしてジーナスから渡された音声収録マイクを持ち、彼の傘下の者たちに司令を伝える。


「……っつーことで、これより大規模侵攻を始める。あっちまでは二週間ほどの船旅になるから、それまでに英気を養っておけ。んじゃ_____全艦発信」


 かくして、艦が移動を開始する。

 次元の狭間を隔てて_____異なる世界へと向けて旅立つ。

 艦の中には強大な戦力と_____無邪気な怪物が一人。

 その者_____カイリは、暗闇に包まれた艦内で、一人笑う。

 手にしたおもちゃを手でこねくり回しながら_____もうじき訪れる、血と悲鳴が行き交う戦場に思いを馳せる。


(はぁ〜_____楽しみだなぁ〜)


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