第31話 The future like sunny place


 俺は一ヶ月ぶりに、魔術師の拠点『世界の柱エゼルティア』を訪れた。

 

「何度見てもデカイな……」


 俺はまだ魔術師達から信用を獲得したわけではなく、ここに出入りするための通行権をもらっていない。出入りする場合は、保護監督_____この場合は霧切_____の許可をもらった上で、万が一にも不祥事を起こさないように、始素の放出を抑える道具をつけなければならない。前回来た時は道具をつけてはいなかったが、それは霧切の独断らしく、霧切は出入りを監督する人たちからめちゃくちゃ怒られたらしい。

 今日は霧切はおらず、同行者は二宮のみだ。しかし、俺も二宮も、どちらも魔術師にとっては厄介極まりない保護対象だ。おまけに俺は一度、暴力沙汰を起こした問題児である。当然ながら、監視役の案内人をつけることになる。


「…………」

「…………」

「葉村くん……もしかして……この人?」


 監視役の案内人は、アルフォンス・ベルトグレイだった。軍服のような黒い服で全身を染めており、表情は『ぶっさら』という言葉が実にお似合いだ。

 喧嘩してお互いに蹴って殴った仲なので、仲睦まじくとはいかない。道中を歩きながらも、俺はアルフォンスと会話しなかった。後ろを、あわあわと動じている二宮がついてくる。


「あの時は済まなかった」


 前を歩き、俺の方を振り向かず、アルフォンスがそう言った。


「……え?」

「俺の方が悪かった、と言っている。挨拶というのは方便で_____本当は、ただ戦ってみたかっただけだ。それでお前を殴ったりしたこと、申し訳なく思う」

「戦ってみたかったって……魔術師って本当に変なのばかりだな。霧切も変人だし」

「俺をアイツと一緒にするな。ともかく、先に仕掛けたのは俺の責任だ。あの件について、お前に非はない」


 俺の方を振り返ることはないが、言葉だけでもアルフォンスが誠実に謝っていることは分かる。戦ってみたかったというのは意味不明だが、たっぷりとやり返しておいたので、今更俺にも不満はない。非はないと言われたことにも安心だが、俺が気にしているのはそこではない。


「非がないって言っても……お前以外の閣族の人たちは俺をどう見てるのかな。怖いとか危険とか思ってるんじゃないの?」

「バカにするな。お前程度、本気を出せば相手になどならなかったのだ。俺が本気で魔術を使っていたら、お前の身の方が危険だったぞ」

「へぇ、あんなにビビってたのに?」

「ふ、二人ともやめなよ……」


 このままだとまた喧嘩が始まりそうな勢いだったので、二宮が割って入った。まぁ、ここで喧嘩をする気になどなれないが。


「てか、二宮はコイツと知り合いなの?」

「え?あぁ、うん、年が近いからね」

「へぇ。……二宮って、保護対象の割に魔術師の知り合い多いよね。俺なんて霧切以外と全然関わったことねぇもん」

「私は霧切さんに連れられて、色んな人に魔術を教えてもらったから」


 ちなみに霧切は魔術師にとっては最大級の問題児であり、それでいて最強の味方という立ち位置らしい。慕う者も多くいるが、それと同じかそれ以上に厄介だと思う人もいるらしい。とはいえ、霧切が今の魔術師にとってなくてはならない存在であるというのは共通認識のようだ。


「…………」

「……何だよ、ジロジロと」

「二宮……魔術は、まだ使えないのか?」

「……うん、まだ……全然」

「……そうか」


 くるりと背を向け、何事もなかったのように歩き出すアルフォンス。アルフォンスも二宮の魔術の指導をしていた人間なのだろうか、二宮の現状を気にしていた。

 横を見ると、二宮は申し訳なさそうな表情である。やはり、魔術を扱えないことに引き目を感じているのだろうか。

 そのままなんとも言えぬ雰囲気のまま俺たち三人は黙って歩いて行き、ワープする穴を通して目的地へと向かう。

 穴を通った先にあったのは_____まるで庭園のような場所だった。

 青々と葉が生い茂った木々が立ち並び、その間には小川が流れている。小川は窪みのある場所に流れていき、そこに池を作っていた。

 池のほとりには人が座るためのテラスが置かれており_____そこでは、三人の人物が待っていた。


「案内ご苦労さん。あんたも、一杯飲んでいきな」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 全ての魔術師の頂点に立つ特別な魔術師_____『総帥』、アルラ。

 そしてその護衛を務める人物が横に二人。一人は金髪で背の高い女性で、もう一人は_____確実に俺より年下としか思えない、麦色の髪の少年だった。


(子供?子供だけど_____刀を持ってるのか)


 女性の方はスーツ姿で特に何かを持っているわけではなく、少年の方は腰に刀を差している。魔術師には珍しい格好だと思った。


「いらっしゃい。最近は上手くやってるかい?」

「まぁ……お陰様で」

「そうかい、良かったよ。晴人のやつが何かしでかさないか心配だったんだけどね」


 アルラは俺と二宮、アルフォンスの三人にお茶を用意してくれた。芳醇な香り漂う紅茶は、飲んだ途端に目を見開くほどに美味い。紅茶の渋い苦味が薄く、代わりに重厚な旨味が口内全体に染み渡った。


「……美味しい」

「ふふっ、お菓子もあるからお食べなさい。今日は楽にしていいからね」


 前回とは打って変わり、かなりの歓迎っぷりだ。威圧感たっぷりの人たちに囲まれて睨まれていた時と違いすぎて、逆に落ち着かない。

 差し出されたクッキーをかじったが、これまた美味しい。ありふれたミルククッキーだというのに、噛むごとにミルクのような旨味が溢れてくる。隣を見ると、二宮はマドレーヌを紅茶に漬けながら食べており、アルフォンスはお菓子に手をつけずにひたすらお茶の香りを楽しんでいる。こういう高級感のある嗜み方はまだ教わっていないので、緊張してしまう。

 段々と、自分がこの場にふさわしいかどうかが気になってきた。髪型は変じゃないだろうか。服装な比較的フォーマルなジャケット姿で大丈夫なのだろうか。靴は革靴だが、ちゃんと磨いているだろうか?


「楽にしていいって言ったろうに。お菓子、もっと要るかい?」

「い、いえ……大丈夫です。めっちゃ美味しいです」

「最近になって味覚を取り戻したと聞いたよ。今のうちに美味しいものはたくさん食べておきなさい」


 まるでアルラは、本当の祖母であるような気がした。

 俺の実の祖父母は田舎で暮らしている。故郷を去った後に会いに行ってみたが、俺とすれ違っても気づく素振りはなかった。恐らく、俺を知っていた人間全員に共通の記憶改竄が施されていたのだろう。

 優しくしてくれた家族のことを思い出し、思わずグッとくるものを堪える。


「さてと。今日は改めて_____『総帥』として、あんたと話がしたいと思ってるよ。あんたが魔術師の世界でどんな扱いになったかは聞いてるかい?」

「はい。二宮と同じ『特別保護対象』だと聞いています」

「そうだね。最初はスパイだと疑う声もあったけど、スパイかどうかを見抜く魔術はもう試したからね。その疑いはもう無くなってるよ」

「……そんな魔術、いつの間に?」

「あんたが晴人の隠れ家にいるとき、晴人が試したのよ。何回もやってるけど、完全にシロよ」


 時折こっそりこちらを覗いている時が何度かあったが、あれは俺に魔術をかけていたと言うことなのか。全く気づけなかった。


「このお陰で、もうあたしたちはあんたを敵と思わなくていいようになった。それで、なんだけど……あんた、これから私たちとどう関わっていくつもりだい?」


 平たく言えば、今後の俺の生き方ということだろう。これについては、何度も考え_____そして、決まった答えを出せている。


「……当面の間は、今と同じでいいです。戦うのは嫌ですけど……いつか俺がきっかけで侵略が起きるかもしれないんですよね」

「……そのリスクについては、否定できないよ。今もあの世界の者たちは、いろんな手段を使って侵略を試みているからね」


 どこまで俺が努力しようとも、俺の身の回りが危険に晒されることは防ぎようがないのだ。であれば、事前の備えを万端にした状態を常に維持しておくことが必要となる。

 _____考えたことはなかったが、この世界に侵略を試みる者たちとは、一体何者なのだろう。あの世界でも色々な国や種族がいることは知っている。だが_____この世界の魔術師が脅威だと感じるほどの集団はいなかったように思う。

 いや、あるにはあったか。白い甲冑を着た騎士たちは俺でも勝てないくらいの強者であったし、まだ知らない強者がいるのかもしれない。あるいは、伝承の中に出てきていた『覇王』と呼ばれる者たちも、そういう類の強者なのだろうか。いずれにせよ、決定的な判断は下せない。


「侵略がいつ起こるのか分からないなら_____俺は最低限の戦う力を身につけようと思います。できるのなら……俺もこの世界を守るために戦いますよ」


 俺がその選択をするのは意外だったらしく、アルラとアルフォンスは驚いた表情で茶器を皿に置いた。


「あんたも……戦うのかい?魔術師として?」

「いえ。確かに魔術は教わってますけど……魔術師の皆さんと同じように戦うことはできないと思います。俺はもう……本気で戦ってはいけない気がするので」


 アルフォンスと戦った時の暴力衝動は、二度と外に出してはいけないものだ。本気で戦おうとすれば_____俺は必ず、誰かを傷つける。そんなことだけは、例え死んでも嫌だ。


「もし侵略されても、俺が積極的に戦うことはないと思います。なんか、押し付けるみたいで申し訳ないですけど……」

「大丈夫だよ。協力してくれるってだけで、あたしらは大助かりだ。そもそもあんたは、魔術師や異世界のこととなんの関係もなかったはずだ。これ以上巻き込むわけにはいかないよ」

「……すみません、ありがとうございます」


 俺の選択肢は、きっとこの上なく見窄らしく、みっともないものなのだろう。

 でも_____ようやく得ることのできた安寧を捨てることなど、俺にはできない。

 

「あんた、将来やってみたいこととかないのかい?」

「やってみたいこと、ですか?」

「そこの一葉ちゃんみたいに、世界中飛び回って人を助ける仕事につくこともできるんだよ」


 そこまで言われて、今の俺には将来への希望が何もないことに気づいた。

 周りを見ると、二宮は俺の答えを待っているかのようにこちらを見ている。アルラも、俺が何を言おうと肯定してくれるだろう。

 なんて_____俺はなんて恵まれているんだろう。誰もが俺のことを肯定してくれる、幸せな世界。こんなにも恵まれているなら……これ以上など要らないと、本気で思えた。


「……特に決めてません。今はただ_____俺を助けてくれた人の力に……なってあげたいです」


 何もなかった俺に、この人たちは全てを与えてくれた。ならば、それに応えなければならない。与えられた以上のものを_____俺はこれから、ゆっくりと返していきたい。


「良かったよ……以前に比べて、随分と幸せそうな顔になったね」

「そう……ですか?」

「うん。髪もちょっとだけ黒っぽくなってきたかね」

「えええっ?!」


 まさか、幸せのあまり髪の色まで変色しているとは。二宮のスマホで自分の顔を見てみたが_____確かに、髪はくすんだ白から、少しづつ黒っぽい灰色に変化しているようだ。ストレスで失われた色素が、徐々に戻りつつあるのだろうか。


「葉村くん、味覚を取り戻してからよく食べるからね。もしかしたら体重も変わってるかもよ?」

「…………」

 

 予期しない変化に戸惑うものの_____それらは全て、平穏がもたらしてくれた変化だった。





__________





 和やかなお茶会が終わり、そろそろ帰ろうとした時。


「葉村瑛人、少しだけ待ってもらおう」


 アルラの護衛と思わしき、麦色の髪の少年が声をかけてきた。

 無表情のままなので感情が読み取れない、少し不思議な少年だ。


「えっと……なんでしょう?」

「折行って頼みがある。_____せつと手合わせ願えないだろうか?」


 スーツを着ているが、腰に刀を差した姿はまるで侍のようだ。鋭い眼光は、侍と呼ぶにふさわしい。

 だが_____一体全体、どうして戦うことになるのだろうか?


「いや、俺はあまり戦いたくは……」

「案ずるな。命のやりとりをするつもりはない。貴殿はどうやら、霧切に魔術の稽古をつけてもらってるそうだな」

「まぁ……そうだけど」


 霧切に稽古をつけてもらってるというのは間違いではない。ここ何週間もの間、付きっきりで始素の操作方法や魔術を学んできたのだ。習得したものもたくさんある。


「拙を相手に、習得したものを披露してくれないか?今ここで、貴殿の実力をしっかりと見極めておきたい」

「うーん……でも……」


 例え命のやり取りでなかったとしても、いつまたあの時のような暴力衝動に襲われるか分からない。


「安心なさんな」


 意外なことに、アルラは止めることなく、むしろ戦うことを勧めてきた。


「大丈夫。この子は強いから、傷つける心配はしなくてもいいよ。それに、ちゃんと引き際を心得てるよ」


 温厚なアルラまでも太鼓判を押すのであれば、本当に危険はないということだろう。それに_____習得したものを使ってみたいとは思っていたのだ。


「……分かりました」

「感謝する。アリアス、結界を」


 俺はジャケットを脱ぎ、ポケットに入れていた携帯用の魔道具を取り出す。霧切からプレゼントされた特注品であり、相当頑丈に作られた装備なのだそうだ。

 アリアスというもう一人の護衛役が結界を張り_____ドーム状の空間に二人が残る形となった。


「名乗り出ていなかったな。拙の名は大文字だいもんじ士道しどうという。見た目通り貴殿よりは年下なので、下の名前で呼んでもらえると助かる」

「ああ、うん。よろしく、士道……?」

「それで良い。こちらこそ、よろしく頼む」


 士道という少年は、かなり礼儀正しい性格のようだ。一つ一つの所作も引き締まっており、無駄な動きがほとんど見られない。

 そして士道が刀を抜いた。シャリンと音を立てて刀が鞘から抜かれた瞬間_____背筋に怖気が走った。


(……っ!今のは……)


 ゾワりと背筋を伝ったものは、一体何だろうか。刀を見ると、美しい刀身が妖しい光を放っている。

 こういう時は、集中して始素の感知能力を一時的に高めることで、意外と真髄に

気付けたりもするのだ。感覚を研ぎ澄ますと_____案の定、刀が不思議な力を纏っていることに気づいた。

 恐らくは、始素を含んだ特殊な武器なのだろう。こういった類の武器は、あの世界でもいくつか目にしてきた。

 だがその刀より恐るべきは、士道の構えである。刀を正眼に構えた様は、俺よりも年下だというのに僅かなの隙もない。この若さで、よくぞここまで胆力を鍛えたものだと思う。

 刀を抜かれたのであれば、こちらを刀を抜くまで。


武装展開アームド刀剣式ソードオプション_____『逆月さかづき』」


 手に収まる程度の大きさの魔道具に自信の始素を注入し、注ぎ込まれた始素が実態を伴った光の刀へと変化していく。

 これこそが、霧切から教わった俺の基礎的な戦い方の一つ。万能型の変形魔道具『アダプト』を装備し、そこに始素を通すことで様々な武器を作り出すのだ。アダプトは現代の魔術師の間ではポピュラーな武器であり、その便利さ故にほとんどの魔術師が携帯しているという。 

 俺の場合、魔人であるが故に有する膨大な始素をこれに通すことで、並の魔術師よりも遥かに強力で頑丈な武器を作れる。銃を作った場合、弾切れを起こすことはほとんどないと言われた。

 その中でも特に気に入ったがのが、日本刀風の形状だ。通称『逆月』と呼ばれるそれは、反りの入った形状をしており、通常の直剣に比べて切れ味が鋭いのだという。これであれば、士道とも切り結ぶことができる。

 正直言って、剣術について俺は完全な素人だ。だが、動きの精度については、ここ最近の間でかなり上達している。


 俺が準備を整えたのを見て_____士道が切り掛かってきた。

 無駄のない素早い動きで、横からの切りつけが襲い掛かる。

 俺は右足を一歩下げ、バランスの取れた姿勢で刀を受けた。

 刀を構成する始素が火花を散らし、力強く鬩ぎ合う。士道は尚も刀を押し込めようとしていたが、それを諦め刀を引いた。

 ならば、今度は俺の番だ。防御の姿勢のまま徐々に刀を引いていき、刀を鞘に収めるかのような状態に。その後、刀を両手持ちから右手の片手持ちに切り替え、抜刀術のような剣撃を放つ。

 士道はそれをまっすぐ構えた刀で受け止め、再び膠着した。互いの刀が持続的にぶつかる鍔迫り合いでは、刀への力の入れ具合が勝敗を分ける。その点、士道の力加減は実に巧みだった。一瞬力が弱まってこちらが過剰に押し返した場合、それに反発するかのように一気に強い力で押し返してくる。緩急をつけた力加減により、俺は徐々に押されていくこととなった。俺よりも小さい体で、そして俺よりも弱い力であるにも関わらず、技量のみで俺を押し返す。この少年が身につけた技術は、力の差を完全に埋めることを可能にしていた。


(すごいな……達人の強さってやつか)


 技術を高めた達人は、例え自分よりも何倍も強い相手に対しても遅れを取ることはない。何せ、傷つくことなく相手に一方的にダメージを与えることができるのだから、勝負事になれば勝つ可能性は飛躍的に上がるだろう。

 士道は正しくそういうタイプだった。魔術を使うことなく、身体技能のみで俺を押している。


(でもまぁ……俺もただ力任せってわけじゃないんだよな)


 鍔迫り合いに勝つためには、ここぞというところで一気に力を込める必要がある。士道が狙っているのは、一時的に俺が引き気味になったタイミングだろう。勝つためには、引き気味にならず一気に押し込む必要がある。


噴射ジェット


 左手を後ろにかざし、手のひらで魔術を発動する。

 手のひらから圧縮された空気が噴射され_____反動推進によって、一気に俺の体を押されていく。押された力は刀に込められ、一気に士道を押し返した。


「……っ」

「ほう……これは」

「葉村くんが……魔術を?」


 これこそが、霧切から教わった戦い方。俺の強みである大量の始素を活かした高い身体能力を効率よく運用するため、『アダプト』を一つだけ持ち、その上で何種類かの基礎的な魔術を行使し、機動力を底上げする。魔術を用いることで、力任せな戦い方から技術力を用いた効率的な戦い方へと移行していた。

 押し返された士道は一旦距離を取り、再度刀を構える。今度は正眼の構えではなく、きっさきを俺の方に向け、刃を上に向けている。『霞の構え』と呼ばれる構え方だ。だが、刀の持ち方が変わっていた。右手と左手の握る方向が逆になっており、左手で持つのが主軸の持ち方に変化している。

 俺も油断なく構え、士道の攻撃を待つ。五秒ほどの膠着の後、再び士道が動いた。右手で刀の底の部分を押し出し、左手で刀を振り下ろす。それは刀の振り方というより、ナイフを振り下ろす様子に近かった。

 鋒が俺の胸部目掛けて振り下ろされ、俺はそれを下に強く弾くことで躱した。鋒が弾かれたことで、士道の足元へと鋒が突き刺さる。

 _____だが驚くべきことに、士道の攻撃はそれで終わりではなかった。弾かれて地面に突き刺さったはずの士道の刀の鋒が、踏み込んだ左足とは逆側の右足によって、踏み止められていた。

 地面に刺さることはなく、再びすぐに刀を持ち上げることが可能になる。さらに、刀を押し込むために使った右手を大きく振った。

 右手に反応するように、刀を持った左手も勢いよく上へと振られる。振り下ろされた刀の刃の部分が俺の方向を向き_____再び、勢いよく上から斬りあげる形となった。


「_____跳躍足場ステップホッパー


 もし俺がそのままであれば、士道の刀がガラ空きになっていた俺の胴体を思い切り斬り裂いていただろう。ギリギリのところで足で魔術を発動し、アルフォンスが使っていた『反発跳躍バウンドホッパー』と類似した魔術を行使する。俺は思い切り後ろに吹っ飛び、何とか士道の斬撃を躱すことに成功した。


「……っぶねぇ……!マジで斬られるところだった……」

「寸止めするつもりだったから案ずるな。だがまさか……反応して躱されるとは」

「いや……君の剣技もすごかったよ。なんだあれ」


 驚愕すべきは士道の剣術である。最低限の刀の振り方くらいは学んだが、あのような変則的な剣技は見たことがない。構え方、刀の持ち方、滑らかな関節の動き、完璧な力の配分、計算され尽くした刀の動き方_____何を取っても、士道は想像を超える剣の達人だった。


「士道は魔術と剣技の複合技術_____『魔剣術』の超一流の使い手なんだよ。中でもあの子が会得しているのは、極めて難易度の高い技でね」


 アルラの護衛を務めるだけあり、魔術師の中でも最上位の実力者の一人であるアルフォンスから見ても、士道の戦闘技術は突出していた。


(魔剣術の本領は、高い剣技の腕前に魔術が合わさることで、ほとんど無限に近い数の手段を生み出すことにある。だが_____士道あいつは今、魔術を使っていない)


 魔術を使わず純粋な剣技のみで戦っているにも関わらず、瑛人を圧倒することができている。はっきり言って、異常なまでの強さだ。


「拙の剣技は、ただ敵の肉体を斬るためにのみあるのではない。その真髄は心_____刀を通して、敵の心を変えることにある」

「心?」

「流麗な剣技は美しさで敵を惑わし、力強い剣技は殺意で敵を恐怖させる。ただ無機質に斬撃を放つのではなく、刀で心を惑わすことこそがこの剣技_____『心転流しんてんりゅう』の真髄だ。今拙が使ったのは、その初歩的な技_____『二滝ふたたき』という。この技は、向けた相手の生存本能を刺激するものだ」


 外れたはずの刀が、再び高速で襲いかかってくる。この恐ろしさは、俺から一瞬迷いを消していた。あの時だけは全てを忘れて、生きるための全力で後ろに跳んだものだ。


「今のでよく分かった。貴殿はどうやら_____生きていたいと思える理由を、見つけたのだな」

「…………」


 言われてみれば……もし少し前の俺であれば、士道の刀を避けていなかったかもしれない。反応できない訳ではないが_____恐らくは、その刀を受け入れてもいいと思ったしまったことだろう。

 だが、俺は生きるために全力で魔術を使った。


「……ありがとう。俺のために、戦ってくれたんだな」

「拙はただ、貴殿の意志を剣でもって確かめたかっただけ。感謝は不要だ」


 そう言って、士道は刀を鞘に収めた。結界も解かれ、立ち合いは終了した。


(生きていたいと思える理由、か)

 

 俺はアルラと二宮、アルフォンスが座っていた机に戻った。

 戻った先では、随分と数を減らしたお菓子と、既に冷えた紅茶が待っていた。冷えていても、お茶は十分美味しかったが。


「さて、今日はここでお開きにしましょう。またこうしてお茶しましょう。瑛人」


 アルラがお茶会を締め、俺は二宮とアルフォンスと共に、庭園のような場所を離れた。

 俺はこれからも霧切に魔術の戦い方を教わりながら_____少しづつ、色んなことに手を出していこうと思う。まずは色んなことを勉強して、それからは後になってゆっくり考えるとしよう。


 _____ふと気になって、二宮の横顔を見た。


「……何?」

「いや……なんでもない」


 マドレーヌを六個、クッキーを一皿分丸ごと平らげた二宮は、美味しいおやつを堪能して満足している。俺はその横顔を見て_____胸のうちが、緩やかに温かくなっていくのを感じていた。

 

(そうか、俺は_____)


 生きていたいと思える理由。

 それはもう_____決まっていたのだ。


(_____俺は、二宮のために生きていたいんだ)

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