第30話 Sun shower days


 バルコニーに出ると、夜の風が穏やかに肌を撫でる。海に近いこともあってか、塩の香りを感じることができる。この匂いは、俺もかつて体感したことのある香りだった。涼しいが、体温を奪われることはないような、不思議な暖かさもある、不思議な風だった。


「……私ね、特殊な体質なの」

「体質?」


 夜風を受け、バルコニーから外を見渡しながら二宮が話し始めた。風に揺られる黒髪とその姿に、思わず目を奪われた。


「『特殊遺伝体』って言ってね。病気とかじゃないから、体が悪いわけじゃないんだけど……」

「どんな体質なんだ」


 女性に対して、体質のことを聞くのは些か礼儀に欠けるとは分かっている。だが、今は一刻も早く二宮のことが知りたかった。


「簡単に言うと、始素を体内に蓄えてしまう体質だよ。普通の人は始素を持つことも、知覚することもできないんだけど……私はなぜか、大量の始素を貯蓄して、始素を知覚することもできるの」

「……俺みたいなのとは、どう違うんだ?」


 大量の始素というが、俺も大量の始素を有する『魔人』だ。閣族という連中が

危惧していた通り、俺がきっかけであの世界からの侵略が可能になるほどの大きな存在なのだそうだ。もしかすると、二宮も『魔人』なのだろうか?


「始素を電気に例えるなら……葉村くんは超強い発電機で、私は超デカい電池って感じかな。葉村くんは始素を『作る』力がものすごく強いけど、私はただたくさん『蓄える』ってだけなの。始素を使う力は全然ダメだから、葉村くんとか霧切さんみたいに強い力は使えないよ」

「なるほどな。っていうか、魔術師ってどうやって始素を使ってるんだ?」


 ここまで何人かの魔術師に出会ったが、俺がなったことのある『超人』や『魔人』のような者はいなかった。戦ったアルフォンスもかなりの強さを誇っていたしそれなりの力を持っていたが、今思えば俺が戦う時の方に、始素を体から放出するような素振りがなかった。だが彼らの力は明らかに始素による恩恵である。


「魔術師の人たちは、全員が生まれつき特別な肉体を持っていて、私と同じように体内に大量の始素を貯蓄することができるの。始素を持てるか持てないか以外は、普通の人と変わらないんだよ」


 俺の知っている知識であれば、人間は始素に適合することによって超人、そして魔人へと進化するのだという。しかし、魔術師というのは、超人や魔人に進化することなく、普通の人間のままに始素を操る力を身につけた者たちということなのだろう。

 魔人は完全に人間をやめた存在だ。食事も睡眠も、呼吸も心拍も必要ないなんて、明らかに生命の範疇を超えているとしか思えない。ギャグかと思うくらい反則な生き物なのだが、それがただ単に便利なだけではないことを、俺は身をもって体験している。


「ってことは、二宮も魔術師ってことか?」

「ううん、私は魔術師の家系じゃなくて、魔術となんの関わりもない一般人の出身だよ。始素なんて全然使えないし、魔術なんて全然無理。でも始素の貯蓄に関してだけ、特別な才能を持ってしまった。原因は不明だけど、ずーっと昔の先祖に魔術師がいる場合、隔世遺伝でたまにこういうことが起きるんだって」

「なるほどな。魔術師ってのは特別な血族しか使えないってことか」


 魔術師が霧切の話通り超古代文明の末裔なのだとしたら、今もその血が受け継がれているということになる。現在の魔術師の家系図を辿ると一体どうなるのか、ちょっと興味が湧いてきた。


「私は戦う力なんて持っていないし、魔術なんて全然分からない。でも、私の存在は、魔術師の人たちにとって価値のあるものらしくてね。小ちゃい時から保護されて、将来は魔術師の一人で働くことができるように教育されてた」

「へぇ……大変そうだな」

「でも全然魔術は出来なくて……できることといえば、体からほんの少しだけ始素を放出するか、始素の動きを感知することくらい。魔術師の人たちなら誰でも簡単にできることをやるだけで精一杯で……魔術師として働くなんて、到底無理ってなった」

「……二宮、もしかして高校でも……あの時も、ずっと魔術師の教育受けてたの?」

「うん、そうだよ。学校でも勉強、帰っても勉強でめちゃくちゃ大変だったよ」

「うわぁ……」


 俺は一時期、二宮のことを育ちのいいお嬢様だと思っていた。ちょっとした仕草の丁寧さだったりが、どことなくしっかりしているイメージを作っていたのだ。今思えば、あれは英才教育を受けていたからなのかもしれない。しかも、魔術師になるための英才教育である。呪文の詠唱の暗記でもさせられるんだろうか。


「周りの人たちも、みんな私が魔術師になることは諦めるようになってね……高校を卒業してから、世界中を飛び回って人助けの仕事に就こうと思ったの。それであのNGO団体に入っていたってこと」

「なるほどな……魔術師になるのも、お勉強が大事ってことか……」

「うん。でも、なぜか霧切さんに気に入られちゃってね。私がNGOで働くこと、魔術師の人たちは情報漏洩の危険性とか、私の身の安全のを考えて反対していたんだけど、霧切さんが押し切ってくれたの」

「……あいつ、俺の時もそうだったな。ムカつくけど……面倒見のいいやつなんだな」

「うん。私とか葉村くん以外にも、霧切さんが世話してあげてる人は大勢いるよ。魔術師の間だと彼は異端児だけど、恩を感じる人も多いの。この隠れ家も、元々ここに住んでいた人が霧切さんに譲ったものなのよ」

「へぇ……」


 あの怪しいヘルメットの奥には、どんな顔があるのだろう。興味が湧いてくるが、見せてくれと頼んでも『え、見たいの?どうしても見たいの?閲覧料かかるけど?』とか言ってきそうである。


「私も霧切さんには感謝してる。そうじゃなかったらNGOの仕事もできなかっただろうし……そうなると、葉村くんにも会えなかったと思う」

「…………」


 そう言われれば、俺も旅に出ていなければこうして二宮と再会することもなかったのだ。がむしゃらに突き進んだこの期間も、今になって無駄ではなかったと思える。

 互いに会えたことは喜ばしいが_____再会する前は、俺から二宮に告ろうとするところで終わったいたのだ。そう思うと、色々と恥ずかしさも込み上げてくる。


(そういえば_____)


 二宮は、こんなことを言っていたか。


『続きが、聞けるかもしれないなぁ〜、と……』


 そしてその時の俺の行動は確か_____『ごめん』と一言告げ、その場を去った。


(………………………………………………………………やっっっっべ)


 冷や汗が止まらない。俺は一体何を考えているのだろうか。さっきまでの自分が目の前に立っていたら、殴ったついでに関節技と往復ビンタと男の大事な部分へのキックを決めていただろう。

 明らかに、どうかしていた。まさか自分が_____フった女の子に甲斐甲斐しくお世話され、夜風に当てられていい雰囲気になっているとは!

 二宮の立場に立ってみれば、今の俺は完全にクズそのものだった。自分をフったくせに図々しくもプライベートな話を聞き、りんごを切ってもらっておにぎりも握ってもらった。


(これじゃまるで……俺が二宮をこき使う最悪の男みたいじゃないか……!)


 これはまずい。こんな呑気に話を聞いている場合ではなく、なんとしてでも二宮からの印象を回復させなければならない。

 今の俺にできることはなんだ?肩のマッサージか?部屋の片付け?手料理を振る舞う?好きなものを買ってあげる?花でも買ってあげればいいのか?

 

「あ、あ、あのさ二宮!」

「え、な、何?」

「なんか、俺に手伝えることってある?ずっとお世話になってたから、申し訳なくてさ……やってほしいことがあるなら、なんでもやるよ」

「手伝ってほしいこと……特にないけど?』

「なんでもやるから!なんでもします!なんなりとお申し付けを!」

「急にどうしたの?葉村くんはもう、お風呂入って寝て大丈夫だよ?まだ怪我してるんだし、休まないとダメだよ?」


 くっそ、この天然天使め。挽回のチャンスもくれないのか_____!


「大丈夫、怪我は全然大丈夫!ほらっ!(ビリッと湿布を破いた)」

「ちょっと?!そんなことしたらまた傷が……ってあれ?本当に治ってる……」


 魔人になれたことに感謝だ。強く念じれば、ちょっとやそっとの傷なら治すことができる。

「でしょ?!だから大丈夫だってば。掃除?洗濯?買い物でもしてこようか?」

「うーん……」


 二宮の困惑して戸惑う表情は、あまり見たことのない顔だったからか、とても新鮮に思えた。

 _____思えば、俺はやっぱり二宮に救われていたんだ。自分が二宮のことを好きかは、正直言ってよく分からない。でも_____彼女のためなら、まだ生きていてもいいって、そう、本気で思えた。





__________





「ただいまー。野菜買ってきた」

「おかえり。冷蔵庫には私が入れとくから」

「やぁ瑛人!今日は僕特性、具材盛りだくさんケチャップ鍋を振る舞うよ!」

「嫌だ。アンタの手料理は絶対食いたくない。ていうか、あんたヘルメットつけたまま食うのか?」

「うん」

「うんじゃねーよ。最強だからって物理法則無視すんな」

「霧切さんのケチャップ鍋、意外と美味しいよ?」

「えぇ……」


「二宮、運転免許持ってたんだな」

「うん。アメリカに来たときは右側通行でびっくりしたよ」

「あのさ……速度制限大丈夫?180キロ出てるけど」

「へーきへーき!これくらい飛ばさないと日が暮れちゃうよ!」

「なんか……既視感あるな」


「あの店のアイスクリームめっちゃ美味しいの!」

「へぇ。◯ーゲンダッツとどっちが美味しい?」

「こっちの店」

「じゃあ買うわ」

「おすすめは六段重ねだよ!」

「大食いじゃねーか……」


「葉村くんの服もちゃんと買わないとね。いつもボロ布ばっかりだったし」

「いや……服くらいは自分で買うよ。バイトも始めたし……」

「ダメよ。久しぶりなんだから、ちゃんとオシャレなのを私が選ぶわ。例えば_____これとか!」

(コミカルなアニメキャラが刺繍ししゅうされたTシャツと、穴の空いたジーンズを着せられた)

「二宮ってさ……もしかしてファッションセンスない?」

「ええっ?!そんなことないって……私だって_____ほらっ!」

(緑色の、コミカルなアニメキャラが刺繍されたパーカーに、ダボダボのサルエルパンツを履いている)

「……パジャマ?」

「そ、そんなぁ……」


「アイツの着古しってなんか嫌だな……」

「霧切さん、高い服買うから結構いいのがあるよ。これとかどう?2000ドル(20万円くらい)のシャツとか」

「絶対着たくない」

「えー、カッコいいのに」

「アイツ、家のことといい、結構な成金趣味だな」


「今日は俺が作るよ」

「葉村くん、料理できるの?」

「まぁ、簡単なものなら。旅の間で何度か作ったから。この具材なら……東南アジア風の何かを作るか」

「え、本当?!私、カオマンガイ食べたい!」

「へいへい」

「僕はグリーンカレーがいいな!」

「うるせぇ。カレーのルウなんてねぇよ」

「プロはルウから手作りするのさ」

「要らんこだわりを俺に押し付けるな。カレー風にするから我慢しろ」


「どう?英語の勉強上手く行ってる?僕が教えてあげようか?」

「リスニング中だから邪魔すんな。アンタ英語できんのか?」

「言語は得意分野さ。英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、中国語、タイ語、インドネシア語、アラビア語、トルコ語あたりはバッチリ!最近はウルドゥー語とヒンディー語の勉強中だね」

「…………」

「え、どうしたん?意外?」

「アンタがインテリなことにちょっとムカついた」

「あはは、僕一応オッ◯スフォード大学卒業してるからね」

「嫌だ……アンタがインテリなの……なんか嫌だ……」


「模様替えするよ〜!瑛人の部屋はイラン風ね。特注のペルシャ絨毯あるから!」

「それ置きたいだけだろ」

「一葉の部屋は沖縄風にしちゃおう。お土産でシーサーが大量に余ってるから」

「シーサー置きたいだけですよね……それ」

「二人とも部屋になーんもないじゃん。だから、こういうのでオシャレしないと!さぁて、模様替え模様替え〜」

「霧切さんの部屋、お土産でいっぱいだからね……」

「土偶を部屋中に並べてたのは、流石に狂気を感じた」

「この前なんて二メートルくらいの仏像買ってきてたからね」

「バチ当たればいいのに……」


「時代の流行は野菜なのよ。野菜ジュースと野菜ケーキ、野菜のクッキーに野菜のハンバーグを作るわ」

「大変じゃない?」

「大変よ。だから葉村くんも手伝って」

「買って来ればいいんじゃないの?」

「素材にこだわりたいのよ。私が使うのは有機農法で育てた野菜だけよ。ヘルシーな料理を作って、健康的な生活を心がけるわ」

「ただいまー。フライドチキン買ってきたよー」

「なっ……ふ、フライドチキン……」

「ヘルシーな料理だけ食うんじゃなかったのか?」

「むぎゅぎゅぎゅぎゅ〜……」



 _____特別なことなど何もない、平凡な日常。それがいかに大切なものであるか、俺は誰よりもよく知っている。

 思えば、ここまで穏やかな時間を過ごすのは久しぶりだった。最後にこんな時間を過ごしたのは_____あの世界で、彼女と過ごした時以来だ。


(……あの時も……楽しかったな)


 色んなところにいき、他愛もない会話を交わした。彼女以外誰もいない旅ではあったが、孤独など一度も感じなかった。

 今でも、あの時見たものを鮮烈に覚えている。彼女の顔を忘れることなど、できるはずもない。

 俺はそれを求めて_____孤独な旅を続けた。一緒にいた時間よりも遥かに長い時間、俺は孤独に浸り続けた。

 そしてその果てに、この日々を得ることができた。

 もしかすると_____俺はもう、満足してしまっているのかもしれない。彼女がいないことは、当然寂しい。だが_____二宮と過ごすこの日々に、俺は満たされていた。

 魔術師という存在に出会い、この世界とあの世界のつながりについて知った。限りなく核心に近い情報を得て、俺はあの世界にもう一度向かうことについて、かなり近づいたと思う。

 でも_____この日々を捨ててまで、あるかどうかも分からない安寧を求めようとは、どうしても思えなくなってしまった。


(俺はもう……君を諦めても……いいのかな)


 かつてのような焦燥感……一刻も早く目的を達成しないといけないという義務感は、もうない。食事すら落ち着かなかった時とは違い、今は食事をゆっくりと時間をかけて楽しむ喜びを知ってしまった。

 

(俺は……このまま君を忘れて……生きていいのかな)


 空を見上げる。日光が差し、思わず手を翳して日光を遮る。

 買い物の帰り道は、晴れているにも関わらず雨が降っていた。いわゆる、お天気雨ってやつだ。

 雨の冷たさは感じない。日光と混ざり、雨水がまるで暖かさをくれているようだ。

 思わず、傘を閉じた。髪がくしゃくしゃに濡れて、服がびしょびしょになっていく。

 でも、その雨は暖かかった。


「おかえりー……ってどうしたの?!なんでびしょびしょなの?!」

 

 帰ったら、二宮がタオルを持って出迎えてくれた。

 思わず_____笑いが溢れた。

 その笑いは、戦う時のそれとは全く異なる_____目を細める、穏やかなものだった。


「……葉村くん?」

「なんでもない。……ありがとう、二宮」





__________





 今日は、少し離れたところにある山地にやってきた。周囲には人がおらず、木々もまばらにしか生えていない。砂と岩がたくさん存在する荒地に、俺は霧切と共に来ていた。


「こんなところで何するんだよ……」

「いやー、僕もやっと休みが取れてね。今のうちにやっておきたいことがあるんだ」


 今日の霧切は、以前のようなスーツ姿ではない。ビジネスカジュアルな格好であ理、ジャケットを羽織ってスラックスを履いている。ちなみに、ジャケットは数十万する高級ブランド品だ。


「一葉がなんで僕と一緒にいるのかは聞いたかな?」

「特殊な体質だから、魔術師に保護されてるんだろ」

「そうそう。それでね、君も正式にその扱いになったんだ。ほら、この前話したでしょ?僕が君を預かるって」

「言ってたな」

「言わば、君は保護対象なわけ。何せ、君を入り口にしてこの世界への侵略が行われるかもしれないからね。で、どうせなら面倒なのは二人まとめて保護した方が早いでしょって話ね。それで、その担当が僕なわけだけど……僕ってぶっちゃけ、君らに構ってあげられるほど暇じゃないんだよね。ずっと君たちのことを守ることはできないわけ」


 言われてみれば、霧切があの隠れ家にいることは少ない。気づけばどこかに出張しており、数日後になって大量のお土産と共に帰ってくるのだ。最強の魔術師というのは、かなりのハードワーカーらしい。


「ってことで……瑛人には、僕がいなくても自分のことを守れるよう、最低限の護身術を教えようって思ってね。言わば修行だよ、修行」

「……いや、護身術なら別に要らねぇよ。アンタには勝てないけど、そこらへんの魔術師くらいなら俺でも勝てるし」

 

 実際死ぬ気で戦えば、俺はアルフォンスにも勝てていたと思う。気持ちのいいものではなかったが、自分の身くらい簡単に守れると自負している。

 だが、霧切の見解は違うようだった。


「あははっ、アル坊と戦って勝てるって思ったのかな。言っとくけど、彼は全然本気じゃなかったからね。本当に殺されそうになっていたら、手段を選ばず本気を出していたと思うよ」

「……なんだそりゃ……」

「君はまだ、魔術師の戦い方を知らないだろう?そして_____あの世界からの侵略者がどんな戦い方をするかも知らない。確かに君は強いけど、所詮は力が強いだけの素人だよ。技術力を極めたやつに、君は決して勝てない」


 後から霧切に聞いたのだが、アルフォンスに全く攻撃できなかったのは、アルフォンスの使用魔術によるものなのだそうだ。霧切が俺の攻撃を止めたのも、やはり魔術によるものなのだろうか。

 言われてみれば、もし相手が特殊な術を使ってきた場合、今の俺には力づくでなんとかする以外の選択肢がない。侵略が始まった時、本当に自分の身を守れるのか、正直なところ不安があった。


「だから、今日から君には始素の基本的な操作方法と_____魔術を使った戦い方を教えてあげる」

「……魔術?俺が使うのか?」

「基本的に魔術は選ばれた才能の持ち主しか使えないんだけど……君はちょっと例外かな。魔人になってるし、そこらへんはどうとでもなるよ」


 正直なところ、俺はこれ以上戦いに関わるつもりはなかった。だが、向こうから攻めてくるというなら話は別である。何より_____何にせよ、こうやって目的のある行動をしてみたかったとも思っていた。仕方なく、俺は霧切との修行に付き合うことにした。


「まぁ、魔術の前に、始素の操作方法からだね。瑛人、始素の放出はできる?」


 言われるがままに、体から始素を放出する。錬成された始素が全身から噴き出し、突風を巻き起こした。呼吸を整え精神を落ち着かせ_____始素の噴出を抑え、自分の体を纏うように始素を巡らせる。最終的には始素が俺の鎧になるようなイメージを持ち、始素の放出を抑えた。こうすることで劇的に身体能力を高めることができ、傷を治癒することもできる。


「うんうん、全然ダメだね」

「え」

「君は全身から始素を思い切りだけに過ぎない。指向性のないものを、放出とは言わないよ」


 そう言って、霧切は手を翳した。

 

「放出ってのは______こうやってやるんだよ」


 翳した手のひらに、始素が凝縮されている。

 高密度に圧縮された始素の塊は、次第に稲光を発するようになった。そしてそれが弾き飛ばされ_____

 巨大な瓦礫を粉々に粉砕した。


「これは魔術じゃなくて、基本的な始素の操作だけでできることだ。それに_____身体能力の強化も、まだまだ甘いね」


 今度は手を指パッチンの形にし、手先に再び始素を集中させる。

 俺がやっていたように始素を纏い強化するのかと思ったが_____始素は放出されず、体内に留まったままだ。

 しかし指が動き_____直線上にあった大きな瓦礫に穴が空いた。


「始素は纏うものじゃなくて、ものだ。細胞の一つ一つ、血管の一本一本に始素を満たすことで、その機能を大幅に上昇させる」


 言っていることの意味はよく分からないままだが、霧切が俺よりも遥かな高みにいることだけは確実だった。

 

「君はまだ、始素の使い方が乱雑だ。このままだと_____いつ、また力を振るってしまうのか分からない。戦うためだけじゃなくて_____君の力を抑えるためにも、まずは始素の操作方法を徹底的に学んでもらうよ。その後に魔術を教えよう」

「……分かった」


 相変わらずムカつく男だが、頼りになることは間違いない。

 俺はそこから、霧切の修行をつけてもらうこととなった。

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