第28話 pact and shave
「この世界の……
衝撃的というよりも、理解のできないものに直面した混乱が上回った。
異世界に召喚された経験があるからこそ、例えどんなトンデモ話があったとしても、特に驚かない自信があった。霧切の話も大概に信じがたい話ではあったが、それでも信じられずに否定したくなったりはしなかった。
だが、アルラの話はそう簡単に信じられるものではない。突拍子が無さすぎて、すんなりと受け入れることはできなかった。
「すげぇだろ?アメコミ漫画みたいなとんでもスケール設定だぜ」
「真面目な大人の会話に茶々入れるんじゃないよ。アメコミ漫画の設定はもっと壮大さ」
「ツッコむのそこかよ」
「話を続けるよ。……正確には、
「……それで、何なんだ」
アルラの手に浮かんだ地球儀は再び二つに分かれた。この世界の地球儀には、始素の残滓を示した赤いが打たれている。
「始素にはね、近い性質を持ったものと引き合う性質があるんだ。アンタはそれを、実際に体験したんじゃないのかい?」
「__________」
思い当たる節が、一つだけ。
あの世界にいた時の最後に、俺は確かに_____彼女と_____
途端に心拍が上がり、呼吸が乱れる。
やはり俺は_____どうしようもなく、彼女に会いたいらしい。少し思い出しただけでも、体が今にも暴れ出しそうだ。
呼吸を整え、感情を落ち着かせる。頭に上った血を押し戻すかのように、何度か自分で自分を殴った。
「……済まないね、辛いことを思い出させたかい?
「……いえ、大丈夫です。続けてください」
「無理はしないでおくれよ。アンタが辛そうにしていると、こっちまで辛くなるからね。……近い性質を持った始素同士が引き合う力、これが二つの世界を_____本来断絶されるはずだった世界同士を、引き合わせてしまった」
立体映像の二つの地球儀の間に、光の線がいくつも浮かんだ。光の線は、こちらの世界の地球儀に打たれた赤い点と、あの世界の地球儀を結んでいる。
「始素がそんな性質を持っていることは元から分かっていたんだけど……まさかそれが、次元を通り抜けるほどに強力だとは思ってなかったんだろうね。こちらの世界に残滓として残ってしまった始素が、あちらの世界との繋がりを作ってしまっていたんだ」
イメージとしては、離れて置かれた磁石同士が、微弱ながらも互いを引きつける力を発し続けているような感じだろうか。間に石が置かれてしまえばくっつくことは困難だが_____何かのきっかけさえあれば、二つは自然と動き出すだろう。
「あとは些細なきっかけさえあれば、反応しあう始素同士が世界を繋ぐ『道』を作ることだってできてしまう。魔術師がそれに気づいた時には_____既にその現象は発生してしまっていた」
赤い点が拡大され、本物の映像が映し出された。
映像の中では、突如として空にできた黒い雲が巨大化し_____渦を巻くようにして、地上に雲が降りてきていた。
「これは……?」
「『
「…………」
映像に映った黒い雲を見て思い出したのは、あの世界にいた頃の記憶だ。水がほとんどなく雲がほとんど発生しないはずの砂漠で、これと似たような黒い雲を見たことがある。その雲は、膨大な始素を有した超常生命によって作られていた。
もしあのような現象がこの世界でも起こるのだとしたら_____それはきっと、常人の想像など木っ端微塵に砕くほどに凄まじい大災害になるはずだ。
「そこから、魔術師の一番大事な役割は、この現象から世界を守ることになったのさ。残滓が存在する場所には万が一にも外に影響が出ないように、強力な結界が貼られた。中には常時百人以上の魔術師が配置されて、万が一を阻止するために全力で働いているんだ。と言っても、そんな大惨事が起こるのは数十年に一度なんだけどね」
「……だったら、なんとかなるんじゃないのか」
「そうだね。そのままだったら_____どれほど良かったことか」
アルラは意味ありげな顔を浮かべ______浮かんだ地球儀の代わりに、無数の映像ウィンドウを浮かべた。
それはまるで_____戦争や災害のドキュメンタリー映像のようであった。
映像の中では巨大な爆発や建物の崩壊、広い範囲に渡る火事の様子が映っていた。よく見ると、たくさんの人が逃げ惑う様子も見える。その様子はまさしく、凄惨の一言に尽きる。
「これも……界震ってやつなのか?」
「正確には……界震を利用した戦争だよ」
映像では、たくさんの傷ついた人々も映っている。思わぬ悲劇に嘆き、苦しんでいた。見ていて気持ちのいい映像ではないのだが_____それがどうでもいいと思えるほどに、そこには衝撃的なものも映っている。
それは傷ついた人々ではなく_____彼らを傷つける側の人間の姿だった。しかもその姿は、この世界の戦闘員のそれではない。手に持っていたのは、不思議な光線を放つ銃である。そんなものはこの世界には存在しない。存在するとすれば、それは_____
「……異世界からの……侵略?」
俺がそう言葉を紡いだ瞬間、空間全体が静まり返ったように感じた。
アルラは悲しそうな顔を浮かべ、(顔は見えないが)霧切も神妙な雰囲気になっている。それが示しているのは_____俺の呟きの肯定。
「その通り。ここ数十年の間、界震の数は何倍にも増えていて……そして、その全てにおいて、異世界の人間による侵略行為が確認されているのさ。その目的は未だに分からないが……一つ確かなのは、この世界の人間が、大量にあの世界へと連れ去られているということだね」
「ちょっと待ってくれ。侵略?あの世界の人間が?魔術師が万全の防衛体制を敷いているんじゃないのか?」
「もちろん防衛体制は万全さね。最初のうちは外に被害を出すことなく、被害を抑えられていたのさ」
「じゃあ……この映像は何なんだよ」
映像で被害を被っていたのは、明らかに魔術師ではない一般市民だった。なす術もなく蹂躙される様子からは、それが正義のない侵略行為であることが明らかだ。
それが映像の向こう側の他人事ではなく悪意ある行為だと考えただけで_____不思議と怒りが湧いてきた。
「防衛拠点を……構えているんじゃないのか。ちゃんと魔術師は対策を練っているんだろ?なんで侵略なんかが起こる?」
「あたしたちの認識が甘かったせいだね……。最初は単に、残滓のある場所に拠点を構えているだけで良かったんだよ。でもね、敵だって馬鹿じゃない。この世界への侵入経路を変えることで、あたし達の防衛をすり抜けていたんだ。どんなやり方かは分からないが……あの世界からの侵略は時間が経つにつれて徐々に強まってきとる。魔術師は今、総出であの世界の脅威に立ち向かっている最中なんだ」
異世界というのもは、この世界とかけ離れたものであると思っていた。
フィクションで知る異世界とは、おめでたいくらいにこの世界と何もかもが異なっていて_____人に夢を与えてくれる世界だと言われている。
だが現実は_____想像を絶するほどに、この世界と強いつながりがあった。
あの世界は_____俺の知る『異世界』などではなかった。この世界と戦争を繰り広げる、明確な『敵の世界』だった。
__________
「瑛人、落ち着いた?」
「……アンタ、いつから俺とそんなに親しくなった?」
「え、一緒に同じテントで過ごした仲じゃないか。砂遊びもやったし」
霧切のことは無視することにした。
「……いきなりこんなことを知らされても、混乱するのは当たり前だよ……。でも、この事実を教えてやることが、あたし達にできる最大限の誠意なんだ」
「教えてくれたことには感謝して……ます。でも、俺と何の関係があるのかは分かりません。魔術師があの世界の脅威に思っていることは分かったけど_____ここの人たちが、俺に対して敵意を向けている理由は理解できない。俺のことをスパイだとでも思ってるんですか?」
っていうか、それ以外に考えられない。大体そもそも、俺はこれまで意図的に魔術師に対して迷惑をかけたことなど一度もなかった。霧切と少し揉めた程度であり、それがここまで取り沙汰されるとは思えない。
だがどうやら俺の言葉が逆に怒りを買ったようで_____
「アルラ様、もういいでしょう。ここからは_____俺がこいつを見極めます」
突如として、一人の男が舞い降りてきた。浮いていた他の円からそのままに飛び降りてきており、それが男の身体能力の高さを物語っている。
男は先ほど、霧切の軽薄な態度を責めていた赤髪の大男、ガルシア・ベルトグレイが座っていた円形から飛び出してきた。ガルシアという男と同じく赤髪ではあるが、年齢は若く、俺と同じくらいではないかと思えた。
「アル坊、お前さんのことは呼んでいないよ。立場を弁えなさい」
「申し訳ございません。ですが_____まだ我々は、葉村瑛人について知らなさすぎる。一度は必ず、誰かがこうやってみるしかないのではありませんか?」
アルラは赤髪の男の言い分を理解したのか、一歩下がって様子を見る構えのようだ。それを見て、赤髪の男が俺の方を振り向く。
「俺の名はアルフォンス・ベルトグレイ。閣族の一つ、ベルトグレイ家の次期当主だ」
アルフォンスはずいずいと前に出てくると_____すっと俺の前に手を出した。
「……アンタ、いつから俺とそんなに親しくなった?魔術師ってみんなこうなのか?」
「これは俺なりの誠意の見せ方だ。取ってくれるなら、少なくとも敵対はしない」
差し出されてた手には、雑念はこもっていない。とにかくこの場でたくさんの情報を収集したい身として、向こうから誠意を見せてくれるというのであればそれに越したことはないので、怪しみつつもその手を取った。
アルフォンスの手には、逞しい力強さがみなぎっているように感じた。
「……なるほどな」
「……何がだ?」
「これが_____魔人か」
次の瞬間、眼前に拳が迫っていた。常日頃感覚神経を磨く訓練をしていなければ、今頃拳は俺の顔面を殴打していたところだっただろう。すんでのところで、拳を受け止めることに成功する。
自ずと、握り合わされた手を握る力も強くなる。
「敵対しないんじゃなかったのか」
「ついでの挨拶だ。握手だけでは物足りないだろう?」
挑発に乗り、俺は手で掴んだアルフォンスを放り投げる。魔人の膂力で投げたのだが、アルフォンスは器用にも空中でくるくると回転した後、何事もなかったかのように着地した。
思い出したのは、あの世界にいた頃の記憶。赤い鬼と、白い騎士に追いかけられていた時の記憶。
どうやら俺は、未知な環境に放り込まれて酷い目に遭うのが運命らしい。
「……どいつもこいつも……チンピラみてぇに……」
アルフォンスは上に羽織っていたジャケットを脱ぎ捨て、動きやすい戦闘用の格好へと移る。
「これがベルトグレイの礼儀だ。友好の印に、もう少し
アルフォンスは先ほど、俺のことをよく調べておきたいみたいなことを言っていた。俺としても魔術師が一体どんな存在なのかまだよく分かっていないので、戦いを通して理解し合うというのは同意できる。
といっても、俺は戦闘経験が豊富なわけではない。武術を教わった経験はあるが、それが魔術師が絡む戦闘において役立つかは分からなかった。
とはいえ、武器もなければ怪しげな術を使うこともできない俺は、最初から素手で戦うしかない。とにかく殴って蹴ればいいのだ。
俺の今の力で人を殴れば大怪我どころでは済まないのだが_____どうやら魔術師というのは、高い身体能力を持っているらしい。先ほどの拳の力強さを加味して、加減の必要はないと判断した。
地面を蹴り、一瞬にして距離を詰める。拳を伸ばせば、アルフォンスの腹を思い切り殴ることができるほどの距離で、最初から全力で殴った。
アルフォンスは目の動きからして俺の素早い動きにも反応していたが_____なぜか、俺の拳をガードしなかった。
腹を殴打されたアルフォンスは凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、円形の足場の隅でギリギリ踏みとどまった。
人の肉体を殴った手応えがあったため、普通ならそれだけで腹をうずくめて倒れてもおかしくない。だが_____アルフォンスは何事もなかったかのように平然としている。
「……ケロッとしてやがら」
「思い切りがいいな。いきなり全力で殴ってくるとは」
「喧嘩売ってきておいて文句言うんじゃねぇ」
さらに距離を詰める。今度は一切の躊躇なく顔面を狙った。今回もまた、反応しているにも関わらずガードをしてこない。
(何考えてやがる?)
躊躇はしない。だが、そこにわずかな不気味さを感じたのは確かだ。
拳はそのまま顔面へと向かい_____肉体同士がぶつかる音が鳴り、俺の拳がアルフォンスの顔面を打つ。
だが_____
「__________!」
思い切り殴られたはずのアルフォンスは、殴られた衝撃をもろともせずに、首を回してこちらを覗いた。
そして折り畳まれた左足が伸び、俺の腹をアルフォンスの足が穿つ。
全身から始素を噴出させ防御能力を高めているにも関わらず、俺は巨大な槌に殴られたかのように吹っ飛ばされた。
「ぐぁっ……!」
今度は俺が円形の足場の縁まで吹っ飛ばされる。上手く受け身を取ることもできず、無様に地面を転がった。骨が軋み、内臓が傷ついたことが明確に分かる。まとも防御していなかったがために、激痛が全身に響いた。
「戦闘経験は浅く、術の類を使うこともない。魔人としての膨大な始素によって高めた身体能力による、パワーでのゴリ押しか。技量を高めていれば、それなりに脅威にはなっていただろうが……」
アルフォンスはやはり何事もなかったかのように俺に近づく。腹が立ったので、痛みを精神力で強引にねじ伏せ、地面を蹴って再度近づく。助走をつけ、顔面を蹴り飛ばすために全力の回し蹴りを見舞った。当たれば小さな岩山を砕くことが可能なほどの威力ではあったが_____その蹴りも、アルフォンスの腕で簡単にガードされてしまう。衝撃で地面が割れ風が巻き起こるが、蹴られた本人は全く動じていない。
(嘘だろ?まともにガードしても少しくらいダメージは入るはずだぞ……)
俺よりもさらに強大な始素で防御していたと言うならまだ分かる。だが、アルフォンスは俺ほど膨大な始素を持っているようには見えなかった。
霧切といい_____魔術師はどうやら、俺の知らない何かを使うことができるのだろう。それが恐らく俺が長らく探し求めていたもの_____この世界では魔術と呼ばれる、始素を利用した術の類。
そう考えれば、今はチャンスと言えた。少しでも魔術について聞き出すためには_____
(とにかく、戦いを続行し続ける!)
回し蹴りの体勢から一歩下がり、今度は膝蹴りを見舞う。案の定、それすらも手で簡単に受け止められた。もはや人を蹴っているというより、ビクともしない巨大な石像を殴っているようだ。
そのまま両手の拳でラッシュを喰らわす。威力ではダメなら、手数ではどうか。右腕をクロスしてガードし続けるアルフォンスだが、これだけ連撃を見舞えば多少は響く。そう思ったのだが_____
全く動じないアルフォンスの目を見て、その攻撃が無意味なものだと悟った。
「ちっ……」
攻撃が効かない理由が分かるまでは、様子見に徹するか、あるいは会話で何かを聞き出すしかないだろう。
「それ、どういう理屈だ?防御するってレベルじゃねーぞ」
「攻撃が効かないと分かり、情報を聞き出そうと必死、か。やろうとしてることが全て顔に出ているぞ」
「へぇ、気持ちわりぃ……」
ハッタリは通じず、駆け引きでは俺より数段上手。こうなったら、もう頭を使うのはやめにするしかない。
「なんでここにいる人たちは、俺を敵視する?俺の一体何が危険なんだ?」
「……アルラ様、この話はしても宜しいのですね?」
アルフォンスは、アルラに発言権を求めた。どうやら、簡単に話していいことではないらしい。
アルラは無言で頷き、アルフォンスに続きを促す。
「お前が危険な理由は三つある」
アルフォンスはそう話ながらも、距離を詰めて殴りかかってきた。
反応できない速度ではなく、普通に拳を受け止めることは簡単だ。だが、受け止めた手に響いた衝撃は、最初とは比べ物にならない。本当に腕が砕けるかと思うほどの強力なパンチだった。
「ぐっ……!」
「まずはお前が魔人であることだ。この世界に侵略してくる奴らは、界震を利用してこの世界へと現れる。界震によってあの世界とこの世界の間の道を作るには、膨大な始素を使った共鳴反応が必要になる。そのために始素の残滓が最も危険な道となっていたが、そこは徹底的な防衛対策によって固めている」
続け様にさらにパンチを繰り出すアルフォンス。全てガードすることには成功したが、それでも体が引っこ抜けそうになるほどの途轍もないパワーである。
「ならば奴らが次に狙うのは、残滓とはまた別の膨大な始素だ。例えば_____大量の始素を抱え込んだ人間とかな」
「……なるほどな」
尋常ではない力に冷や汗をかかされるが、話の内容は理解できた。言われてみれば、始素のない世界でこんなに始素を持っている人間は確かに異常な存在ではある。どんな手段を使うかはさておき、俺が始素の残滓とやらの代わりに、あの世界とこの世界を繋いでしまう可能性になるという話は理解できる。俺からすれば_____あの世界に行けるかもしれないので、逆に都合のいい話なのだが。
「次に、お前が帰還者だからだ」
「スパイとして疑ってるって言いたいんだろ」
「いや、それはない。あまりにガサツだし、演技するにしても下手すぎる。お前にスパイなんて絶対無理だろ」
「あっそ!」
ちょっとムカついたので思い切り蹴飛ばそうとしたが、ガードされ、逆に蹴飛ばされる。何度食らっても、アルフォンスの蹴りは痛かった。
「最初はお前をスパイだと疑う声はあったが、観察を続ける内にそうではないことが明確になっていった。だから、我々が恐れているのはそれではなく、貴様が利用されているという恐れだ」
「利用?」
「さっきも話しただろう。お前はただ存在するだけでも、侵略者の『入口』として機能してしまう。もし_____ヤツらが意図的に侵略のための『入口』をこちらの世界に送り込んでくるようなことがあれば、どうなると思う」
「……防衛が難しくなる」
「そういうことだ。お前が敵だろうが敵じゃなかろうが、我々はお前に注意を払うしかなくなるんだよ。もしあの世界から魔人がわんさか送られてくるようなことがあれば、それだけでこの世界は滅亡する。お前というたった一人の例外も許してはならんのだ」
アルフォンスの話は理解できる。
例え明確な証拠がなく単に疑わしいだけであったとしても、殺人を犯したであろう容疑者を放っておくことはできない。殺人に例外はあってはならないし、冤罪や捜査の手違いであったとしても、容疑者の身柄はしっかりと拘束しないといけない。
恐らく今の俺は、魔術師達にとってはどんな例外があろうとも拘束し、危険性がないことが確認されるまで徹底的に管理しないといけない対象なのだろう。
「そして最後に_____お前は、元からこちら側の人間ではないだろう?元は魔術の世界に関わりのない、どこにでもいる平凡な人間だったはずだ」
「だったらなんだ」
「そんな人間が、一体どうやって魔人にまで至ったというのだ?魔人など、長い魔術師の歴史でもほとんど確認されなかった存在だ。初めから始素に満ちていたあの世界と違って、この世界の人間の肉体は始素に適合することなどできないはず」
「知るかよ。いつの間にかなってたんだよ」
やられっぱなしなのはムカつくので他の手段で攻撃を試す。掴みかかろうとしたり、締め上げようとしたり。しかし、アルフォンスは手慣れた様子で簡単に俺の攻撃を躱し、逆に掴まれて投げられたり、締められてジタバタしたり。やはり、どうにも俺ではこいつに勝てそうもなかった。
「ふざけたことと……魔術師のことも、二つの世界の諍いについても知らない。それでいてデタラメな力を持った人間を放っておけば、魔術師が何万年もの間守り続けてきた秩序が崩れかねん。現にお前は_____銃を持つ戦闘員であるとはいえ、その強大な力を始素を全く有していない人間に向けようとしていただろう?」
「…………」
霧切に止められていなければ、確かにあの時、俺は戦闘員に対してこの拳を振るっていたはずだ。殺すつもりはなかったが_____今思えば、もし力を振るおうとしていたら凄惨な結果が待っていたはずだ。
「以上三つが、我々がお前を危険だと考える理由だ。アルラ様や霧切さんは親切でお前に優しくしているが_____我々全員がそう考えてはいない。それだけは覚えておけ」
そう言って、アルフォンスはくるりと背中を向けてしまった。
「…………え?これで終わり?」
「言ったはずだぞ、これは挨拶だとな。教えるべきことは教え、知りたいことは知れた。やるべきことが終わったから、もうこれ以上じゃれる必要はない」
そのままスタスタと歩いて行き、元いた円形の足場へと戻ろうとしているようだ。戦いが終わったことで、張り詰めた空気がやや和んだ。
「やれやれ、相変わらず直情的なコミュニケーションだな」
「熱いクセに淡白なやつ……」
様子を眺めていた他の魔術師は、勝手な感想を口にする。とはいえ、アルフォンスの行動そのものを咎める声は一つもない。やはり俺は、彼らにとっては危険物以外の何者でもないのだろう。
それが少し_____ムカッとした。それが良くなかった。
気づいた時には、足が勝手に地面を蹴って_____拳が、背中を向けたアルフォンスに向かっていた。
「っ?!」
ギリギリで気づいたアルフォンスはなんとか腕で俺の拳をガードする。先ほどまでと同じくほとんど効いていないようだが、その顔には困惑が浮かぶ。
「……何のつもりだ」
「殴られたから、殴り返させろよ。常識だろ」
「お前だって殴ってきただろう」
「でもお前、全然効いてねぇじゃん。ノーカンだね」
「コイツ……!」
アルフォンスはガードした腕とは反対側の拳で俺を殴ろうとする。喰らえばかなりのダメージを被るが、俺はその拳を直接受け止めることなく、伸ばされた腕を掴んで攻撃を止めた。拳は宙で止まり、俺に特にダメージは与えられない。
「なるほどな。タネも仕掛けも分からねーけど……なんとなくなりそうだな」
「お前……!」
「第一ラウンドだ。次は挨拶じゃなくて_____本物の喧嘩と行こうぜ、赤いの!」
なぜ自分がこんなことをしているかなど、深く考えることはない。
俺はただ、むかむかとしたものを_____この腹立たしい男にぶつけたいだけだ。
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