第27話 The central


 穴を潜ると、不思議な空間に出た。

 最初は、何か不思議な空間に辿り着いたのだと思った。周囲を暗黒が支配していて、足元だけが純白に覆われている。

 だがよく見ると違った。足元の純白はいくら踏みつけてもビクともしない強固な足場であり、その白い道は遥か先まで続いていた。まるで宇宙空間に、自分だけが歩ける専用の道を作ってもらったかのようだ。


「この空間の中は、限られた人間しか入れないようにできてる。しばらく歩いてもらうよ」


 霧切が前を歩き、それに俺と二宮が続いた。白い道は何でできているのか見当もつかない。道から外れ、黒い虚空に落ちたらどうなってしまうのだろう。


「あ、道から落ちても自動的に落ちる前の場所に戻してもらえるから心配しなくてもいいよ。便利でしょ、RPGゲームみたいで」

「ゲームはもう一年半以上やってねぇから、そんなこと言われても分からん」

「え、マジ?◯ズドラとか◯ンストとかもやってないの?」

「昔はやってた」

「よく病気にならないね。僕なんか毎日十連ガチャ引かないと病気になるよ」

(魔術師もソシャゲをやるんだな)


 魔術師と聞いて、ファンタジー系の映画に出てくるローブを羽織った杖を持った人の姿を想像していた俺は、イメージと現実のあまりの差異に混乱しつつも、人々が考えるイメージと実像が異なるのは当たり前だと受け入れることにした。そもそも異世界というものも、俺が知っていたものとは大きく異なっていたのだから、今更想像と違うものが出てきたとしても特に驚かないつもりではいるが。


「そうそう、君が気になっているのは_____なぜ二宮一葉がここにいるのか、じゃないのかな?」

「__________」


 いや、驚かないつもりだというのは嘘だ。いくらなんでも、こればかりは簡単に受け入れられそうもない。

 チラリと横を見ると、二宮は諦観を湛えた表情をしていた。まるで最初から、こうなることが分かっていたかのように。


「……先に確認しておきたい……二宮は、俺の事情を知っているのか?」


 俺の言葉に、二人が同時に応えた。


「葉村くん、私は_____」

「うん、知ってる」


 二宮の声は、霧切の簡潔な答えによって遮られてしまった。


「彼女はの人間だよ。魔術師ではないが、事情を把握する立場にある」

「……分かった」

「あれ、彼女自身に訊きたいことがたくさんあるんじゃないの?」

「二宮が俺を覚えていた理由が分かったから十分だ。それに_____」

「……それに?」

「……だからと言って、俺の知っている二宮がいなくなるわけじゃない。今はまだ……このままでいい」


 霧切は何も言わず、二宮は疑問を浮かべながら俺の返答を聞いていた。

 二宮が事情を知っていることは分かったし、俺のことを覚えている理由も分かった。しかし、だからと言ってこれ以上の事情を聞き出すようなことはしたくない。

 もしそんなことをしてしまったら_____俺がかつて惚れた、素敵な二宮がいなくなってしまうと思ったからだ。

 _____そうこうしてる内に、二つ目の光の穴に辿り着いた。


「さて、この先が目的地だよ」


 霧切に案内され、俺は迷いなく、二宮は俺にやや遅れて、穴の中に入っていった。

 一瞬の暗闇の後、瞬時に視界を取り戻す。この穴は一体どんな原理で働いているのか疑問だが_____


 次の瞬間目に飛び込んできた_____あまりに衝撃的な光景を目にして、些細な疑問など全て吹き飛んだ。


「な……」

「最初は驚くよねぇ。ここが魔術師の本拠地、世界の柱エゼルティアだ」


 魔術師の本拠地と聞いて、最初に思い浮かべたのは古風な城や寺院である。

 怪しい格好をした人が大勢いて、杖でも持ちながら呪文やら念仏ならを唱えているのだろうと考えていた。

 だがその場所の光景は_____どの想像の産物すら上回るほどに凄まじいものだ。

 足元の白い道は帯のように長く伸び、同じような道が周囲に無数に存在している。やがて白い帯は中央に集まっていき、複雑な交わり方をした後、何本もの帯が絡まり、巨大なまゆを形成していた。

 驚くべきはその大きさだ。目で見ただけでも、今立っている白い帯から中央部分の繭までは数百メートルの長さがある。だというのに、上を見上げれば首が痛くなるほどに繭の高さを確認することができた。推定でも数千メートル級の高さであり、人間が作った構造物とは到底思えない。

 繭の中は、絡まった白い帯が道や壁を形成しており、その中でたくさんの人が歩いている。

 

「この空間はまるごと全部、結果術によって作られた亜空間なんだ。物理法則とかは、魔術を使って都合よく誤魔化してる」

「……アレ、どうやって作ったんだ?」

「昔の魔術師が作り上げたらしいよ。材質は始素を含んだコンクリートね」

「始素を含めばなんでもアリじゃねーか」

「そりゃ、魔術師だからね。それくらい都合がいいから、自ら退化を選んだとも言える」


 言われてみればそうだった。現代の最新鋭のテクノロジーを用いても、これほどの構造物は作れまい。それが逆に、超古代文明とやらの凄さを強調している。

 確かに魔術でこれほどのものと作り出せてしまうのであれば_____全能とまで思えるその力を無くそうという酔狂なこと考えても、不思議ではないと思えた。こんなことが簡単なのであれば、この世界を生きることに苦難などないだろう。

 横を見ると、二宮はそこまで驚いた様子ではない。恐らく、何度かここに来たことがあるのだろう。


「さて、行こうか」


 霧切と共に徐々に繭の中央に近づいていくと、ついに繭の頂上部分が見えなくなった。歩いていくと、徐々に他の魔術師らしき人々も見えてきた。

 彼らは何も変な格好をしていなかった。見慣れたシャツを着た人、作業服を来た人、私服らしきTシャツを着ている人、スーツを着込んだ人……服装には、ほとんど決まりがないように見える。

 国籍や人種も関係ないようであり、見慣れたアジア系の人もいれば、映画でよく見るようなヨーロッパ系の人、アフリカ系の人もいる。魔術師には、現実世界での差異など関係ないのかもしれない。

 多様性溢れるたくさんの人がいたが_____共通していることがあった。

 それは、並んで歩いている俺たちのことを、やや驚いたような表情で見ていることだった。耳を澄ませば、たくさんのヒソヒソ声が聞こえる。


「おい、あれ……」

「霧切晴人じゃないのか?何があったんだ……」

「横にいる二人は誰だ?」

「あの白髪のやつ、どこかで見たような」

「霧切がいるぞ……!」

「なんでここに……」


「……なぁ」

「なんだい?」

「あんた、有名人なのか?」


 ヒソヒソ声は、ここに初めてやってきた俺に対してではなく、案内役であるはずの霧切に向けられていた。


「あははは、そうみたいだねぇ。僕が帰ってきて、そんなに嬉しいのかな?!」

「喜ばれてねぇだろ。どっちかというと……不審者というか、問題児みたいな扱いみたいだが」

「いやぁ、まぁ……僕ってば、ちょっと色々事情がある人間だから……」

「…………」


 もしかすると、この男の口車に乗せられたのは間違いだったのだろうか。急に胡散臭さが増してきた。

 二宮は霧切のことを信用できるやつだと言っていたが、果たして本当にそうなのだろうか……。


「大丈夫だよ、葉村くん」


 俺の心変わりを察したのか、二宮が説明をしてくれた。


「霧切さんはちょっと問題のある魔術師だけど……魔術師の中では彼ほど頼りになる人はいないよ」

「……本当に?」

「うん。霧切さん、一応これでも_____最強の魔術師だから」

「…………最強?」

「二宮ちゃん……後でもっとカッコよくバラすつもりだったのに……」


 その後、二宮から簡単な説明を受けた。

 

「霧切さんは特殊な家系の生まれでね、十二歳の時には既に最強の魔術師だったんだよ。今はもう、他の魔術師全てと戦っても霧切さんが勝つと思うよ」

「……マジか」


 実に簡潔で、分かりやすい説明だった。

 そう言われると、魔人にまで覚醒した俺の攻撃を全て簡単にいなす異常な強さも理解できる。やはり、この男は普通の魔術師などではなかったのだ。


「まぁそれくらい強くないと、覚醒した魔人の相手なんてできないしね」

「……そうか。俺のところにあんたが来たのは、偶然じゃないんだな」


 俺の強さを理解した上で、あえて霧切を寄越したということなのだろう。霧切が現れるタイミングからして、二宮と出会ったあの街にいる前から、継続的に俺を監視していた可能性が高い。

 誰が、どうやって、なぜ_____こう言ったことも疑問だが、さほど興味はない。

 重要なのは_____もう一度あの世界に行く手段があるかないか_____それだけだ。


「そこらへんの説明はおいおいするとして_____君にはこれから、あってもらわないといけない人たちがいる」

「……魔術師のお偉いさんか?」

「察しが良くて助かるよ。君ほどのイレギュラーな存在は、魔術師全体としても放っておけないんだ。二宮ちゃんは別の部屋で待っていてくれ」

「分かりました……」


 霧切がそう言うと、まるで手品のように先ほど通ったワープできる穴が現れた。


「ど◯でもドアかよ……」

「安心しなよ二宮ちゃん。彼のことなら心配ない」

「分かりました。葉村くんをお願いします」


 二宮はそう言って、穴の向こうへと消えていった。


「……今更だけどさ、あんたと二宮ってどういう関係?」

「へー、気になるんだ」

「同級生がなんで最強の魔術師と親しいのかなんて、誰だって気になるだろ」

「あはは、確かに」


 様子を見るに、二宮は霧切に対してかなりの信頼を置いているようだった。一体何があればヘルメット頭の怪しい男をあそこまで信頼できるかは気になる。


「まぁ強いて言うなら……保護者ってところかな」

「……保護者?」


 ますます意味が分からない。


「そこらへんもおいおい話すよ。さて、僕らも行こうか」


 霧切は話を逸らして、再びワープ用の穴を開いた。

 それは俺には_____大事なことを隠しているように見えた。





__________





 穴を通ると、足元には白い帯ならぬ、白い円があった。

 円はどうやら浮いているようで、周りを見渡すと他にもいくつか白い円が浮かんでいる。そして明らかに_____俺と霧切が立っている円が、他の円に囲まれていた。

 そして他の円には、いくつかの人影が見えた。かなりの人数がおり、十数人からの視線を感じる。

 そしてどれも_____そこそこ強力な気配を発していた。


(霧切ほどではないけど……全員がそれなりの強さだな)


 あの世界で見た強者と気配の方向性は異なるが、戦いに慣れた者であることは変わらない。なんとなく、魔術師の強さの感覚を掴めるようになってきた。


(下手に逆らって敵対するのは望ましくないかもな)


 必要であれば力づくでもあの世界に行く方法を聞き出すつもりでいたが、どうやらそれは難しそうだ。

 ならば、一旦ここは霧切に従っておくのがいいだろう。

 だがこの男、どうやら空気を読めぬらしい。


「こんちゃす!お偉方の皆様!」

(マジか)


 難しい尊敬語の挨拶から始まると思ったらこれである。脱力して倒れそうになった。


「お願い通り葉村瑛人くんを連れてきましたよ〜。はい、これが異世界から帰ってきた系魔人の葉村瑛人くんで〜す」


 まるで商品紹介でもするかのように、霧切は俺の肩を持ってあちこちの方向に振り向かせた。完全に商品扱いである。


(後で絶対殴ろう)

「ほらほら〜、連れてきましたよ。ってことで_____彼は僕が預かるってことでいいですね?」


 途端に霧切の雰囲気が一変する。おちゃらけた空気の読めないKΥではなく、圧を凄ませた強者の雰囲気へ。

 その凄みには、俺ですらゴクリと喉を震わせるほどであった。


(これが……最強の魔術師……!)


 なぜいきなりこんな展開になっているのかは分からないが……どうやら霧切は、魔術師のお偉方とは対立関係にあるようだった。それは、浮かんだ円に座る者たちが発する、殺気に近い怒気からも伺えた。


「霧切、貴様はどれだけ勝手な真似をすれば気が済む!」


 最初に声を上げたのは、赤い髪の筋々隆々とした偉丈夫だった。眉間に刻まれた

深い皺と体の大きさは、まるで不動明王の彫像のような迫力がある。


「葉村瑛人は。その力を悪用される前に消すべきであろう」


 物騒なことを言うのは、比較的若い糸目の男だった。和服を羽織っており、髪も黒いあたり、日本人なのだろうか。とはいえ、発言内容からして親近感を感じることなど到底できない。


「少なくとも、放置することだけは絶対に避けねばならんな。貴様一人で決めていいことではないぞ、霧切よ」


 次に声を上げたのは、煌びやかなチャイナドレスを着た美女である。脚の肌が露出したやたらと艶かしい格好をしているが、雰囲気は老練された仙人のようである。


 霧切の発言に対して、一気に三人が意見を名乗り出たが……やはり、霧切とこの人たちの間には相当な溝があるように見えた。当の本人はどこ吹く風のようだが。


「あ、紹介するよ。ここに集まっているのは、『閣族かくぞく』っていう偉い魔術師の一族の当主たちね。全部で十一の一族がいて、今はその集まりってわけ」

「……説明の順番おかしいだろ。なんで今?」

「で、あの赤い筋肉がベルトグレイ家の当主、ガルシア・ベルトグレイさん。あっちの和服糸目が有越ありこし家当主の有越征二ありこしせいじ。で、あっちのチャイナ風のおば……お姉さんがエン家の当主、遠若露エンルォルーさんね」

「誰がおばさんだ。殺すぞクソヘルメット」

「おー、怖い怖い。怒らすとあんな風に怖いから気をつけなよ」

「…………」


 もう、どこからツッコめばいいのか分からない。

 緊迫した空気と、異様なまでに軽い霧切のテンション。全く異なる二つのテンションのせいで、俺の判断能力はショートしていた。

 

「静かにしなさい」


 ザワザワとした空気は、一人の鶴の一声によって一気に沈静化した。霧切ですらも、その声を聞いた瞬間はふざけた態度をやめた。

 声の主は、最も高い場所に位置する円に座っていた白髪の老婦人だった。黒いフォーマルな服を着ており、横には護衛のような人が二人ついている。明らかに、この場に集っている者たちよりも格式の高そうな人物であった。


「私たちの目的は、異世界からの脅威の排除だ。でも、現時点で彼が脅威であるかどうかは分からない。分からない内は、首輪をつけた上で泳がせるのが最も賢明_____そういう思惑なんだろう?晴人」


 老婦人は、霧切のことを下の名前で呼んでいる。周りを見ると、魔術師の中でも身分が高いであろう者たちも、全員が一様に彼女のことを向いていた。どうやら、閣族という者たちよりもさらに上の身分の人なのだろう。


「_____ええ。やっぱり分かってくれるのは、アルラ婆ちゃんだけですね」

「バカもん。だからと言って、独断単独行動していい理由にはならないよ。アンタだからなんとかなっただけなんだから、反省なさい」

「へいへい」


 アルラと呼ばれた老婦人は、次に俺を見た。


「あなたが、葉村瑛人かい?」

「……はい」

「ほほっ、そう畏まらんでいい。あたしはあんたのことを敵とは思っとらんよ。安心してくれ」

「あっちの人は、俺のことを消すとか言ってましたけど」

「心配かい?なら_____『総帥』の名において、ここに取り決めを交わそうじゃないか」


 アルラが自身の役職の名前を口にした瞬間、空間の空気が一変した。


「アルラ様?!正気ですか?!あまりにも危険過ぎます!」

「アルラ様、ここは冷静な判断を。霧切がいるとはいえ、危険です」


「……総帥って何なんだ?」

「ああ、全ての魔術師を束ねる長だよ。魔術師の大統領みたいなもんだよ」

「なるほど」

「でもね、ただの長ってわけじゃない。魔術師の長には、特別な役割がある」


 周囲の喧騒を気にすることなく、アルラが立った円が俺と霧切に向かって降下する。そして、俺の前に立った。


「思っていたより……ずっと若いじゃないかい。何歳なんだい?」

「今は多分……十八か十九」

「そりゃまぁ……精神年齢でいったら晴人と同じくらいじゃないかね」

「僕は永遠に若い心のままだからね。この部屋に大勢いる、心が皺皺しわしわの連中とは違うのさ」

「アンタを貶してるんだよ。阿呆め」


 そう言い、アルラが俺の目をまっすぐに捉えた。

 目を合わせただけで分かる。アルラは_____信用に値する人間だ。なぜ俺がそう思うのかは分からないが……少なくとも、ここで彼女に反抗する気には到底なれなかった。


「まだアンタには_____教えないといけないことがたくさんある」

「有難いです。俺はここに、知識を求めてやってきたので」

「ああ分かってるよ。あの世界に行く方法、だろう?」

「_____!」

「アンタの執念は、あたしもよく知ってるよ。一年半もの間、アンタのことを見てきたからね」

「_____なんだと?」


 思わず、アルラに詰め寄る。剣呑な雰囲気を察してか、霧切が一歩前に出た。


「そのまんまだよ。あたしたちは_____ずっと最初から、アンタのことを見てきた。アンタがあの世界に飛ばされちまってから、ずっとね」

「_____細かいことは抜きでいい。話せよ、からまで」

「ああ、もちろんだよ」


 そう言うとアルラは一歩下がり、手のひらを広げた。すると、その上に球体の光が灯る。魔術による立体映像だろうか、その球体はやけに克明な世界地図であった。


「……この地図」

「ああ、この世界の地球とは違うだろう?その通り、この地図は_____あの世界のものだよ」


 地図をよく見てみると、俺がかつて手にした地図とよく似た大陸の形が映し出されている。ここに来てようやく、あの世界とこの世界に繋がりがあることが実感できた。


「あの世界がどうやってできたかは、もう晴人から説明を受けたんだろう?」

「……はい。正直、まだ全部は信じ切れてません」

「まぁ、しょうがないだろうさ。最初は御伽噺おとぎばなしだと思えばいいさ。……それで、だ。今、二つの世界がどんな関わり合いをしているのか、知りたいだろう?」


 俺は無言で頷き、続きを促す。

 すると、アルラの手の上にあった球体が変形し_____こちらの世界の地球儀へと形を変えた。

 地球儀にはところどころに赤い点が打たれている。


「これがこちらの世界。私たちの生きる星だ」

「……この赤い点は?」

「この赤い点は、。異世界に放り損ねた、太古の時代の名残とも言える」

「この世界に、まだそんなものが……?」


 赤い点は十数箇所に打たれている。見てみると、どれも人口がほとんどいない、広大な森林や砂漠の中にあるようだった。

 そして残念ながら、俺が旅の中で通った道には赤い点が一つもなかった。


「残滓と言っても、その量は膨大だよ。魔術の力で無理やり封じ込めているけど、少しでも漏れてしまったら大災害は避けられないね」

「……これが、あの世界と何の繋がりが?」


 地球儀の横に、先ほどの球体も映し出される。アルラの手の上に、二つの地球儀が並んだ。


「この二つの世界というのは、本来であればどんな魔術を使っても渡ることのできない世界同士なんだ。『境界』なんてものすら存在しない、決定的に断絶されたはずの世界……だがね、やはり何事にも抜け道というものが存在するようだね」

「抜け道?」

「ああ。そもそも、単に大量の始素があるだけで、ああやって星ができて、その中で文明が発達するなんてことはあり得ないんだ。数十億年もの時間をかければ、天文学的な割合であり得なくはないんだろうけど……あの世界は、、こちらの世界とさほど変わらぬほどに発展し、人類は文明を作り上げた」


 話のスケールが大きくてややこしいのだが、言われてみれば始素が集まるだけで異世界ができる、というのは確かに運が良すぎるように思えた。異世界とは言えども、あの世界とこの世界には、いくつか共通する言葉や概念もあったのだ。これほどの偶然が自然にできたとは、流石に考えにくい。


「なぜ一体こんなことが起こったのか……たくさんの魔術師が幾度となく研究を重ね、徹底的な調査が行われた。そして_____答えが出たんだ。

 _____あの世界は便宜上『異世界』だなんて言われているけど、その本質は違ったんだよ」


 俺がキョトンとしたままの様子を見て_____アルラは言葉を続けた。


「あの世界があそこまで急激な発展を遂げたのは_____元の姿を取り戻すためだったんだ。あの世界に送り込まれた始素は、まるで何かをなぞるかのようにして、元の姿を取り戻していった」

「元の……姿」

「始素には心が宿る。それは、アンタもその身で体験したことがあるだろう?それはね、あの世界に送り込まれた始素も同様だったんだ」


 アルラの手に浮かんでいた二つの地球儀は徐々に近づき_____やがて、一つにくっついた。


「あの世界に送り込まれた始素には、この世界のありとあらゆる情報が詰め込まれている。そしてあの世界は、記憶されたこの世界の姿を再現するかのように発展していったんだ。あの世界は『異世界』なんかじゃなくて_____この世界の複製コピー、始素でできたレプリカなんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る