第26話 can't loss our stand


「拷問をしたいなら、まず最初に殴る蹴るなどでこちらが暴力を躊躇なく振るうことを示さなければならないぞ。そうしなければ、相手は恐怖を覚えないからな」

「ご丁寧にどうも。だが、俺が殴ればこの地面みたいになるぞ」

「ほう。それは怖い」


 男はそう言いながらも、特に怖気づいた様子を見せていない。つまりは、俺のパワーをそこまで怖がっていないということになる。

 ハッタリの可能性もあるが、そうだとしたら俺を煽る必要はない。こいつは、手を上げてはいけない一般的な市民でないことは確かだろう。


「単刀直入に訊くが、なぜ俺のことを知っている」

「はは_____そんなにのことが気になっているのか?」


 この男に答える気がないのだと悟り、俺は実力行使に出た。

 まずは地面にねじ伏せ、逃げられないようにする。必要であれば、足の骨を砕くくらいやってのけてみせるつもりだった。

 俺が男を押し飛ばそうと、その胴体を平手で打とうとしたところ_____

 俺の手が、男の手によって握られ、止められていた。


「魔人、か。なるほど、凄まじい始素量だ」


 魔人。始素。どれも、知っている人間でなければ絶対に出てこない単語だ。そして、魔人である俺の攻撃を、この男は強い力で止めて見せた。

 一秒にも満たない思考を巡らせた後、俺は加減をやめた。まだ出していない左手に始素を集め、思い切り男を殴りつける。

 拳は空を切り、風圧によって直線上にあった大地を円筒状に抉った。男は、それを軽々と回避してみせる。


「__________」


 男の動きは、明らかに戦い慣れしていた。地面を滑るようにぬるぬると動き、軽快なステップで攻撃を回避し続けている。

 俺は一切の躊躇なく男の命をるつもりで拳と足を振るう。攻撃をする度、ダイナマイトが爆発したかのような土煙が地面から上がった。遠目からその様子を見ている者がいれば、それはまるで大砲が連続して着弾しているようにしか見えないだろう。


「ちょこまかと……!」

「これ以上暴れられるのは勘弁して欲しいな」


 土煙の中から男が現れ、そこに思い切り拳を打つ。膨大な始素によって強化されたその拳は、巨大な鉄球であっても砕くことができるだろう。

 だが、この時ばかりは何も砕けない。拳は、男の片手によって受け止められてしまう。

 そのまま、男は俺の拳を掴んで引きつけ、俺がバランスを崩したところにお返しとばかりに下からのアッパーを食らわした。

 男の拳が俺の顔面を打ち抜き_____信じられない程に力によって俺は吹き飛ぶ。

 窪地の中に思い切りのめり込み、瓦礫の塊の中に埋もれることとなった。

 咄嗟に顔面を始素でガードしていたため大きな不調はない。だが、あそこまでの強大な力など_____あの世界ですら見たことのないものだ。

 妖鬼の男、聖騎士の男。そして、強大な竜。

 この男の力は、確かにそれら全てを上回っていた。


(どうなってる?)


 始素が存在しない世界で、一体どうやってこのような力を手に入れたというのだろう。始素がない世界では、俺と同じような魔人になることも不可能なはずだ。

 _____いや、今はどうでもいい。重要なのは、どうやってこの男から情報を聞き出すかだ。

 それさえできれば_____あとは全てがどうでもいい。


「さて、これで諦めて欲しいものだな」


 男の言葉を聞き流し、再び始素の錬成を開始する。

 脳から脊椎を通し、全身に己の意思を巡らせる。

 そして筋肉や臓器で力が生み出され、早まる心拍に合わせて生み出された力が皮膚から汗を流すかのように放出され、そして全身を隈なく覆うイメージ。

 静かでいながら裂帛の気合いを込めて練られた始素の量は、ただ始素が動くだけで周囲に突風を引き起こすほど。

 砂が大量に巻き上げられ、近くにあった岩の塊すらも風によって吹き飛ばされていく。稲光が地面を走り、超常の自然現象を引き起こしていた。


「アアアアアアアアアアッッッ!!!」


 力の全てを込めて、全力で男を殴る。

 音速を超える速度で、山すら砕くほどの拳が男目掛けて振り下ろされ_____


 その拳は、男の眼前で停止した。


 何かに受け止められるわけでもなく、ピタリと空中で停止したのだ。

 同時に、男の手が俺の肩に置かれる。


「落ち着け」


 男の口調は、これまでと打って変わって冷静で落ち着いたものとなっていた。

 俺は男の手を振り解き、動こうとした。しかし、魔人として研ぎ澄まされた感覚が、その視界に何人かの人物を捉えた。

 窪地の縁でこちらを見下ろす人物。

 その人物は、信じられないものを見るかのような目でこちらを見ていた。


「……二宮」


 それを見て、急速に頭から血が引いていく。

 極限まで活性化していた始素は一気に沈静化し、俺はその場に呆然と立ち尽くした。

 

「……その力は、いたずらに振るっていいものではない。話せることがなくなるぞ」

「…………あんた」

「安心しろ。俺はお前の敵ではない。味方でもないがな」


 男は俺から手を離し、その場を立ち去ろうとした。


「ついて来い。事後処理を手伝ってくれれば_____質問に答えてやる」


 頭がぐちゃぐちゃだ。

 一体、何をすればいいのだろう。何が正解なのだろう。

 この男についていくことが、本当に正解なのか?

 もし、また酷い目に遭わされたら?

 

「葉村くん……」


 横からかかってきた声に、ゆっくりと振り向く。

 いつの間にか、窪地の縁にいたはずの二宮がすぐ側まで来ていた。

 二宮は、俺のことをどう思っているのだろう。これほどの大破壊を撒き散らした怪物を、どう見ているのだろう。

 それが恐ろしくて、俺から声をかける気になどなれなかった。

 だが_____どうやら、その必要はなかったらしい。


「……あの人は信用して大丈夫だよ」

「__________え?」

「あのマスクの人は_____あなたを助けてくれる人のはず」





__________





 次の日の昼。


「ってな訳で改めて!自己紹介して行こうか!」


 テントの中で、俺と二宮_____そしてヘルメットの男の3人が集った。ヘルメットの男は、やたらとハイテンションである。

 俺は何もかも信じられないような気持ちになっているし、二宮も不安そうな顔をしている。そんな中での、この男のハイテンションっぷりときたら。

 というか、この暑い砂漠の中で黒スーツにヘルメットなどどう考えても異常な格好だ。


「僕の名前は霧切晴人きりぎりはると_____魔術師をやってる」

「……魔術師、だと?」

「ああ、この世界にもそういう不思議な存在は実在するのさ。歴史からはとっくに姿を消しているけど、訳あって隠居しながら活動してるのさ」


 俺は、かつてあの世界に飛ばされた経験をしたことで、魔術だとか異世界だとか、そういった超常の存在が実在することについては半ば確信を持っていた。あの世界でも様々なことを知り、関わりのなかった世界のことについて必死に知ろうとした。

 だが、改めてこう聞かされると、やはり存在を疑いたくなってくる。

 何せ、都合が良すぎる。あの世界で見た祈術なども、非常に便利なものだった。あのような術を使うことができるのならば_____この街で起きていた争いも、世界中で起きている問題のほとんどを解決できるのではないか。


「……なぜ、隠居してるんだ。そもそも、どうやって姿を隠している。俺が旅をしてきても、一度たりとも魔術師なんて存在には会わなかった」

「そりゃ、誰だって君みたいなおっかないやつと会いたくはないでしょ。言っとくけどね、俺らは君に接触するためにずっとチャンスを窺ってたんだよ?」

「…………」

「だって君、もし事情を知ってる奴がいたら、僕にやったみたいにいきなり襲い掛かるだろ?君の相手ができる魔術師なんてほとんどいないよ」


 ということは、少なくともここまで旅をしてきたことは無意味ではなかったようだ。もっと早く機会を掴むこともできたかもしれないようだが。だがいきなり襲い掛かったのは事実なので、ここは押し黙るしかない。


「んで、僕たちが隠居してる理由なんだけどね_____」

「待て。さっきの質問は取り消す。今はそんなことどうでもいい」


 この男の話に付き合っていたら、いつまでも本題に入れそうにない。


「えー、自己紹介した方が話しやすいよ?仲良くなれるし」

「仲良くなる気はない。大人しく質問に答えろ。_____魔術師というのは、異世界と繋がりのある存在か?」


 魔術師というのは、どうも向こうの世界にいた祈術師や呪術師に似た存在のようだ。もし繋がりがあり、文字通り魔術を使った不思議なことが可能なのであれば、一気に最終目標に辿り着くことができる。


「そこからか、いいだろう。ただし_____ここから先、君に質問は認めない」

「…………」

「僕は仕事でここに来てるんだ。善意で君に応えてるわけじゃない。そこのところ、履き違えないでくれ」


 男の雰囲気が真面目なものに変わったのを見て、俺は大人しく話を聞くことにした。


「結論から言えば_____繋がりは大いにあるとも。そもそもの話、

「…………は?」


 とんでもない爆弾発言をされた気がするのだが、気のせいだろうか。情報を処理できなくて、俺の脳がバグっている。


「そして君の想像通り_____魔術というのは、あの世界にある祈術や呪術と同じ概念だよ」

「…………」


 俺はガバッと立ったまま、男の話をなんとかして頭で処理しようとする。

 魔術師たちが_____あの世界を作った?

 ならば_____あの世界は、そもそも何なのか?


「ほら言ったろ。要所だけ話しても、本質的な理解には結びつかない。ここから先は、ちょっと歴史をかいつまんで話すとしよう」


 そう言うと、男は壮大極まる_____魔術師の歴史を語り始めた。


「遥か昔。それはこの世界に文明と呼ばれるものが生まれるよりも、さらにずっと前の話。歴史の教科書には、この頃の人類はまだマンモスを追っていると書かれてあるはずだ。

 それほど昔の時代_____いわゆる、超古代文明なるものが存在した。

 現代でも再現が不可能な技術力を持ち、現代以上に高度で豊かな生活をしていた文明。それがこの地球上にどこにあったかは、もはや誰も知らないけどね。

 彼らが豊かだったのは、魔術という技術を己がものとしていたからだ。魔術によって生み出される力は、蒸気機関や電力が霞むほどに大きなものだ。

 人々は魔術を駆使し、それはもう豊かに暮らした。食べ物に困ることなどなく、病気や怪我に苦しむ人などいなかった。外界の寒さや暑さからも守られ、人類は他の生命と比較にならないほどに豊かな生存権を作ることができた。

 なぜ人類だけがそんなことができたのか_____それは、人類にしか使えない資源を独占することができたからだ。

 その資源の名は_____『始素マナ』という」


 始素。あの世界にしかなかったはずの、不思議極まる物質。

 この世界では存在しないと考えていながらも、俺の体内の始素はあの世界にいた頃と全く変わらず働いている。これが現すのは、始素はどちらの世界にも共通した物質、あるいはエネルギーということだ。

 自分の経験に照らし合わせても_____始素を使いこなすことによって便利に暮らしたという話は、説得力があった。


「始素は本当に不思議な物質だ。水素や酸素のような元素とは異なるし、エネルギーであるとも言えない。どのみち、始素の本質はまだまだブラックボックス。理解不能な謎の物質ダークマターとしか言いようがない。

 何はともあれ、始素を独占することで人類は飛躍的に発展した。その頃の地球の大気は始素で溢れていたから、地上のどこに行っても魔術を使うことができたし、資源不足に悩まされることはなかった」

「地球上に始素が溢れていた……?今は全く存在しないのに……?」

「始素がこの地上から姿を消したことについては、もう少し歴史を語らないといけないな。

 _____そんな風に豊かに暮らしていた人類なんだけど、一つだけどうしても解決できない問題があった。

 _____戦争だ。どれだけ豊かになろうと……いや、豊かになればなるほど、人類の争いは苛烈さを増していった。どれだけ腹が膨れても、どれだけ安全に暮らしていても、豊かさの追求に歯止めをかけることはできなかったんだ。始素資源の奪い合い、土地の奪い合い、ある時はくだらない人間関係のいさかいで……戦争は時間が経つごとに激化していった。しかも現在と違って、魔術を使って戦争するんだ。それがどれだけ恐ろしいか_____実際に始素を使って戦ったことのある君なら、分かるだろ」


 正直、今の俺はまだ魔術が何たるかを知らない。

 だが、あの世界で戦った者たちは、全員が一様に強力な術を使い、始素を駆使して戦っていた。

 あのような戦いをする者が、数百、数千_____数万と増えていったら、どれほどの災禍がもたらされるだろうか。

 

「魔術を使った戦争が何度も起き……超古代文明は徐々に弱っていった。何度も行わせた戦争のせいで人口は現象し、自然環境にも大きな被害が出た。戦争のせいで数え切れないくらいの動植物が絶滅したことだろう。

 圧倒的な豊かさを手にしても、心は貧しくなっていくばかりだった。

 だから、その文明を支配していた魔術師たちはこう考えたんだ。_____『資源のせいで争いが起きるならば、いっそのこと全ての資源をなくしてしまえばいい』とね。

 どれだけ発達し豊かになっても、いつか必ず廃れていって滅んでいく。それが人類という生命体の直す事のできないさがなのであれば_____一度人類の発展をリセットして、再び貧しい時代からやり直すべきだと、彼らは考えたんだ」


 男の話を現代に当てはめてみると、どうなるだろうか。

 身の回りにあるものや地下資源を上手に使い、確かに人類は豊かになった。今もなお人口は増え続けており、日に日に世界全体の生活水準は向上していっている。国や地域ごとの格差があり、今もなお貧しい暮らしをしているところもあるが、数万年単位の人類の発展という括りで見れば、豊かになっていることは間違いないだろう。

 だが反面、様々な問題も起きている。戦争で亡くなる人の数は時代が変わるごとに増加していき、破壊兵器の威力には上限がないかと思えるほどだ。

 自然環境の破壊も進み、住処を追われて絶滅した動植物は数多くいると聞く。

 医療の発達によって寿命は伸びたが、交通事故などのように、文明の利器によって死んでしまう人が現れた。人の心は荒み、先進国では自殺が増加している。

 超古代文明では、恐らくそれよりももっと酷いことが数多く起きたのだろう。だからこそ、彼らはそれまで積み上げた文明を捨てるという、あまりにも重い選択肢を取らざるを得なかった。


「いかにして、人類の発展をリセットするか。取られた選択肢は_____数百名の魔術師による、まさしく世界を書き換えるほどの大魔術の行使だった。

 その魔術によって、地球上に存在したほぼ全ての始素を、この地球上とは異なる空間に送り込むのさ。世界全ての始素を収容できるほどの大結界を作り、その中にできる限り全ての始素を送り込んだ。そして結界を閉じ、始素が二度とこちらの世界にやってこないようにした」

「…………まさか」


 地球上に溢れていた始素。それら全てが放逐され、閉じられた大結界に送り込まれた。では、閉じ込められた始素は、一体どうなっていったのだろう。


「察しがいいね。その通りだ」


 俺の考察を肯定し、男は続けた。


「閉じられた大結界の中に送り込まれた無限にも等しい始素は_____やがて、元の世界を真似るようにして、新たな世界を作り上げていった。


 _____それこそが君がかつて旅した世界。『異世界』と呼ばれる、始素でできたもう一つの世界だ」





__________





 時間は夕方に差し掛かり、俺と二宮は再びテントへと戻ってきた。二宮は襲撃を受けた街の事後処理のために、混乱状態にあった街の人々を落ち着かせていた。

 どうやらヘルメットの男_____霧切によって、街の人たちの記憶は改竄されていたようだった。俺が作り出した窪地のことはまるで最初からそこにあったかのように認識されており、俺が暴れていたところを見た人物もいなくなっていた。


「……そうか。家族や学校のみんなの記憶を改竄したのは、魔術師なんだな」

「僕らが憎いかい?」

「ああ、憎い。お前らが、俺から故郷を奪ったからな。……でも、これでよかったとも思ってるよ。俺はもう……普通に生きることなんてできない。例え記憶がそのままであったとしても、俺は旅に出ていた」

「……そうか」


 霧切は、最初に思っていたほど軽薄な人物というわけではなかった。日中は俺と一緒に支援団体の手伝いをしていたし、困っている人がいれば自ら積極的に助けていた。どうやら俺と同じく、始素を介した会話が可能のようだ。


「僕が君を止めた理由。分かる?」

「……あのまま暴れていたら、改竄できないくらいの混乱が起きるからか?」

「違うよ。君という存在は、本来この世界に在っていいものじゃない」


 霧切は、遠くで作業を続ける支援団体の人たちを眺めながら、まるで説教をするかのように俺に話しかけてきた。支援団体の人たちは、武装組織の襲撃を機にこの街から退避することになったようだ。


「魔人……始素の力によって、肉体のかせから外れた人間。もしそんな人間が、世界征服を企んだらどうなると思う?」

「……簡単だ。わざわざ戦争なんてしなくても、一人で敵を皆殺しにできる」

「そうだ。本来なら、政治や外交を用いればその企みは阻止できる。でもね、力を持った存在が暗黙のルールを突如として破ってしまったら、これまでの人類の積み重ねが全て無に帰してしまう。法は効力を持たなくなり、力を持つものが全ての時代になってしまうだろう。それでは_____かつて醜い争いをしてしまった超古代文明の繰り返しだ。それは防がないといけない」

 

 霧切はそう言って、街の人々に目を向ける。

 俺も目を向けた先には、俺がここ数日の間で助けた人たちが、明日を不安に思いながらも、懸命に生きようとしている。彼らに大きな力はないが_____それでも、生きていくために全力で毎日を生きている。


「彼らは本来、昨日夜の戦闘で死んでいた。だが、そこに君が介入したことで争いは止まり、彼らの命は救われた」

「……争いを止めるのもダメなのか」

「ああ、ダメだ」


 霧切は、一片の迷いもなくそう言い切った。


「大きな力による例外的な人類社会への干渉は、ふとしたきっかけで破滅を生む。君がいなければここで悲劇が起きていたかもしれないが_____それは、起こるべくして起こったはずの悲劇であり、阻止されるべき悲劇ではなかった」

「狂ってる」

「ああ、狂ってる。魔術師という仕事は、時には目の前で泣いて助けを求める人間を見捨てないといけないこともある。不快極まりない、悪辣な仕事だとも」


 反発心は抱くが、霧切の言っていることは理に叶っていた。力を手に入れた今だから分かることでもある。

 確かに俺は、この街の悲劇を防いだかもしれない。だが、この悲劇がなかったせいで、さらなる悲劇が起こる可能性だってある。もしそうであれば、俺は後先を考えなかったただの愚か者でしかない。

 自分の行為が間違っていたとは思わない。だが、正しいの霧切であるとも思っている。


「話を続けようか」


 テントの中に集まり、軽い食事を摂りながら、霧切は再び話し始めた。

 二宮と俺はベッドに腰掛け、二宮はパイプ椅子に腰掛けている。


「始素を放逐した大結界はその後、万が一にも崩れて始素が地上に流出することのないよう、異なる次元へと放逐された。魔術師たちはその結界を制御する機会を失ったが、その代わり始素のない世界を手に入れた。そこから先の人類の歴史は、君たちが教科書で習う通りだ。始素に頼らない文明が興り、今日に至るってわけさ。

 だが万全を期すため、魔術師たちは自分達の存在を隠し、異世界の監視を続けることにした。自分達が地上に出なくても済むよう、異世界を作ったのと同じやり方で、魔術師だけが住まう亜空間を作り上げ、そこを拠点に二つの世界を見守り続けた。始素を放逐したと言っても、この世界にはまだ残存した始素や、始素の放逐に反対していた魔術師がいたからね。そう言った危険因子を排除しつつ、異世界が安全な状態にあるかどうかを監視し続けた。制御権は失ったけど、地上全ての始素を集めたような膨大なエネルギーの塊だからね、例え別次元であっても監視くらいはできるんだ」


 俺と二宮は、カップ麺を啜りながら話を聞いていた。そういえば、霧切は一日中ヘルメットをつけているが、暑くないのだろうか?食事は摂っているのか?

 

「初めは何も変化はなかった。大結界の中は混沌としていて、膨大な始素が蠢いているだけに過ぎなかった。宇宙空間のような場所で、ゆっくりと揺蕩うだけだったんだ。だが_____膨大な始素は、やがて少しづつ形を作っていった。まるで、超新星爆発を起こした後に、数億年の年月をかけて新しい星が出来上がっていくかのように、大結界の中では近い性質を持つ始素同士が結合し合い、徐々に巨大な球体を作っていった。放逐された始素はまるで_____故郷である地球を懐かしがるかのように、大結界の中にそっくりそのまま一つの星を作り上げていった。

 一体どれほどの時間が経てば、そんなことになるかは見当もつかない。始素に染み込んだ地球の情報が形を成したのか、自然とあのような世界ができたか定かではない。だが、こちらの世界で大きな国が出来上がった頃には、既に異世界では生命が誕生し、しばらくした後には人類も現れたことで_____魔術師たちは、異世界を脅威だと考え始めた。『異世界の人間が、こちらの世界に干渉してくるのではないか』とね」


 霧切は真面目な話をしながらも、やはりどこか軽い感じだった。霧切のような魔術師にとって、この歴史は周知のことなのだろう。


「だから、魔術師たちは備えることにしたのさ。今後、異世界とこの世界の間で何が起こったとしても対処できるよう、万全の態勢で構えることにした。そうして、魔術師たちの役目は、いつの日か異世界とこちらの世界の門番のそれとなっていった。こちらの世界に異世界との繋がりが生まれないように徹底した監視体制を敷き、異世界で発展した文明を観測し続けることで万が一の干渉に備え続けた。それが、僕たち魔術師の責務となったとさ。

 _____ってなわけで、葉村瑛人くん」


 話の流れから、こうなることは分かっていた。

 魔術師たちの役目は、異世界からこちらの世界を守ること。ならば_____異世界に行って帰ってきた人間を、ただ放置するとは思えない。

 霧切は俺が異世界でどんなことをしていたのか把握しているようだったし、何らかの手段で俺のことを監視していたのだろう。


「他にも積もる話があることだろうし_____僕と一緒に、魔術師の拠点に来てもらうよ」

「分かった」

「……あれ、嫌がらないんだ」

「俺が知りたいことを教えてくれるというなら、逆らう理由はない。大人しくするよ。それより_____」


 霧切が話してくれた異世界とこの世界の繋がりは話のスケールが大きく、異世界の根幹となる重要な話である。だが、今の俺にとって必要な情報はそれではない。

 何としてでも_____何としてでも、もう一度異世界に行く。そして、必ず彼女を見つけてみせる。そのためであれば、多少の我慢など誤差に過ぎない。

 故に俺がついていくことには何の問題もないのだが_____


「_____なんで、二宮が一緒なんだ。彼女は一体何者だ」

「……っ」


 二宮がびくりと体を震わせる。

 それもそのはず、二宮は本来、一切の部外者であるはずだからだ。霧切が話をしている間も、特に驚く様子もなく話を聞いていた。俺からすればそこまで重要な話ではなかったのだが、二宮にとっては異世界などという存在は縁遠いもののはずではなかったのか。


「まぁ、そりゃ気になるよね。安心しなよ、彼女は部外者じゃない」

「……二宮も、魔術師なのか?」

「魔術師ではない。ごく普通の一般人だ。でも_____ちょっと特殊な事業があってね。続きはこっちで話すよ」


 そういうと、霧切はテントの外に出た。ポケットから一枚の紙切れを取り出し、それを虚空にかざす。

 すると_____虚空に突如として、波紋が浮かび_____まるで空間が裂けたかのような、黒い光の穴が現れた。


「行こうか。全ての魔術師が集う場所____世界の柱エゼルティアへ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る