第19話 憎悪の果てに
『もうこれ以上……殺したくない……!殺したくない……!殺すのは……もう嫌だ……!』
(アハハハハハハハハハハハハ!死ね死ね!死んじまえ!ゲロみたいなクソッタレオブジェクトにしてやる!)
『俺は死にたくない……。でも、殺したくもない……!』
(ぶっ殺してやる!ぶっ殺してやる!骨も臓器も全部壊してやる!)
『もう元の世界に戻れなくたっていいから……俺は何もせず生きていたい……!』
(オラ死ねっ、死ねっ、死ねぇぇぇっっっ!早よ死ねよぉぉぉぉっっっっ!!!)
相反する二つの強い感情が
肌で浴びる血の匂いが_____不快だ_____気持ちいい。
肉を打ち砕く感覚が_____気持ち悪い_____最高だ。
敵が
身を貫く力が_____やめてくれ_____もっと寄越せ!
「レハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
砕けた拳に強引に力を込めて、さらに殴りつける。
痛みはもうない。身を焼くこの熱さが_____今はただ、心地良い。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!!猪みてぇに、丁寧に内臓捌いてやるよぉっ!!ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
__________
(ニクイニクイニクイ!!!ナンデコロスノ?!ナンデコロサレルノ?!イヤダァァァァァァァァァァァァッッッ!!!)
(許さん許さん許さん!我に
(コロシテ!コロシテ!ハヤクコロシテェェェッッッ!!!)
(死ねっ!シネッ!■ねッ!シ■■!)
(■■サナイ!ユ■■ナイ!ゼッ■イ■ッタ■ゼ■■■ニ■シテ■ルゥ■ゥ■■!!!!)
(我は■■■■■!厄災■化■にして、■の世を■壊■■も■■■!!!)
その異形は、もはや己の生まれた意味などを考えることもない。
ただひたすらに、敵の血肉を求めて。
ただひたすらに、激情に身を任せて。
ただひたすらに、その力を解き放ち。
ただひたすらに、暴れ続ける。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」
もう、■■と呼ばれる■は存在しない。
もうソレは、ひたすらに力を振りまくだけの暴力の塊でしかない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■!!■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
__________
殴り続けているだけでは芸がない。
前に成功した試しがあるので、ちょっと剣も使ってみよう。
イメージすると、目の前に手品のように簡単に剣が現れた。愉快でありがたいことだ。ちょうどいいサイズの直剣である。
そこに前と同じように力を込める。こうすると切れ味が増すのだ。
これならばヤツの防御も崩せる。肉を裂く感触を、もう一度だけ楽しめる。そう思い斬りつけてみたのだが、ヤツの肌は存外に硬かった。斬撃が通らず、キンッ、と音を立てて止められてしまった。
それでは面白くない。もっと強く剣に力を込めたが、剣はあまり丈夫でないみたいで、力を込めたらパリンッと割れてしまった。
強い剣が欲しいと思った。
そうしたら、次は刀が出てきた。妖しい光を放つ、いかにも名刀という感じの刀だった。
振り方など知らないが、腕が命ずるままに刀を振った。そうすると、見事にヤツの体を斬ることに成功したのだ。
「_____ッ?!」
ヤツは何やら困惑しているが、それは俺も同じことだった。刀の振り方など知らぬはずなのに、まるで達人のように綺麗にヤツの腕を切断することができたのだ。ただ、あんまり斬れ味が良すぎて、肉を断つ感覚を味わえないのは残念だ。
でもまぁ_____これもこれで、一興ということにしておこう。
不思議と、まるで最初から刀の使い方を完璧に熟知しているかのように刀を振るうことができる。スパスパと勢いよくヤツの肉を削ぎ落とし、次々に生えてくる気持ちの悪い突起物を切り落とし続けた。
そうすると、ヤツは俺を近づけることを危険だとみなしたのか、全身から稲光を発して威嚇してきた。それと同時に全身に生えた突起物がさらに巨大化し、その先端に穴が空いた。穴からは、溜め込まれたであろう稲光が漏れ出て_____一斉に射出され始めた。
「……やっべ」
射出されたのは、高密度なエネルギーの塊である。触れるだけで全身がこんがりと焼かれることになるだろう。急いで走りまくって避け続ける。
稲光は砂漠のあちこちに着弾し、その度に巨大な爆発を起こし、無数の窪みを作っていった。窪みの中は煮えたぎるマグマで満ちている。
一面に降り注いだ稲光は、戦場を真っ赤な地獄へと塗り替えていった。
ああ、これでいい。こういう場所こそが、殺し合い、憎み合う舞台にふさわしい。
超高温の熱気が支配する中、俺は熱から体を守るように密度を高めた始素を全身に纏い、再び戦いに駆け出してく。
ヤツも少しは学習したようで、硬い突起物をさらに硬くして俺の刀に対抗してきた。俺は刀で斬るべく、ヤツは突起物で俺を突き刺そうとして、激しい打ち合いが始まった。
少し前の俺なら目で追うことすらもできないような超高速の斬り合い。刀で正確にヤツの突起物をはたき落とせばいいので防御力はこちらの方が上だが、ヤツはひたすらに拳で殴ればいいだけである。攻撃力はヤツの方が上のようだ。
気に食わない。俺はさらに振る速度を上げていく。それに応じて、ヤツも拳を振るう速度を上げる。二度目の激しい打ち合い。力も速度も拮抗し、お互いに特に痛手を追うことなく時間だけが流れていく。
ヤツも焦ったくなってきたのか、俺の代わりに地面を思い切り叩いた。凄まじい威力で砕かれた地面は大きく抉られ、大量の瓦礫が宙に浮かび上がる。砂埃も上がり、視界が眩む。だが、目眩しなど無駄だ。ヤツの殺気はこんなことで隠せるものではない。案の定、横からすぐに拳が飛んできたので、俺は上に散らばった瓦礫に飛び移ってそれを回避した。
まだまだ続く。追いかけてくる。巻き上げられた瓦礫を飛び移り続け回避し続ける俺と、追いかけ続けてくるヤツ。回避するだけだとムカつくので、俺も殴りかかるようになった。
俺とヤツが、巻き上げられた無数の瓦礫を飛び交い、複雑な光の線を作り上げていく。遠くからそれを見ていた聖騎士や魔物たちには、雷が大地から空へと放たれるように見えていた。
まだ足りない、もっと加速しろ。ヤツを殺すにはこの程度では足りない。瓦礫を蹴る足にさらに力を込め、音速を超えて加速していく。その勢いのままに、ヤツを殴りつける。殴り飛ばされたヤツは何個もの瓦礫に激突した後、再び俺に迫ってきた。先ほどよりもさらに強く、さらに早く。
ならばこちらもさらに強く、早く動く。求めれば求めるだけ、この身を包む熱は力を貸してくれる。もっともっともっともっともっと力を引き出す。
ヤツも際限なしに強く、早くなっていく。怨念が力をさらに引き出し、さらにさらにさらにさらにさらに強く、早くなっていく。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
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さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
もっと強く、もっと早く。もっと的確に、もっと力強く。
さらに強く、さらに早く。さらに的確に、さらに力強く。
_____幾度となく繰り返された戦いの末に
_____ヤツの肉体が砕けた
「_____■■■?」
理解ができないとでも言うように、ヤツは自分の体を眺める。
体の各所がひび割れ、黒い光が漏れ出ている。
体の中を走る稲光は制御を失ったかのように突起物の穴から噴射され続け、先ほどよりもさらに大きな破壊を周囲に撒き散らした。
でも、俺には対してダメージが通らない。稲光は俺を正確に狙うことなく、無秩序に振りまかれていた。
「■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッ!!!!!」
苦しみ出し、悶絶し、絶叫している。
稲光はヤツが立っていた地面すらも溶かし、自分で作ったマグマの池に自分から沈んでいっている。それは明らかな自殺行為だった。
ひび割れはさらに勢いよく裂け、ひび割れたところからも稲光が現れる。全方向に破壊を振り撒きながら_____ヤツは、ゆっくりと壊れていた。
_____ふと、歩き出す。ヤツに近づく。稲光が俺を襲うが、それを強引に手で跳ね除ける。
そして、無造作にヤツを蹴飛ばした。
ヤツは何の抵抗も見せぬまま蹴飛ばされた。蹴飛ばされた先でも、変わらずに暴れ出し、周囲に破壊を振りまく。
_____ああ、そうか。
俺はまた近づき、ヤツを踏みつけた。踏みつけるたびヤツと地面がひび割れた。
何度も何度も踏みつける。踏みつける度、ヤツは呻き声をあげた。
「■■■■■■■■ッッ!!■■■■■■■■■■■■■オオオオオッッッ!!!」
声にならない咆哮から、段々と聞き慣れた生き物の声に変わっていく。
踏みつける度、ヤツの体から大量の始素が漏れ出る。
それが面白くて、何度も踏みつけた。何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も_____
__________
気づけば、ヤツの肉体は小さな肉片だけになっていた。辛うじて手足と思わしきものが残り、目と口と思わしきものが動いている。踏み続けたせいで胴体はすっかり砕かれ、臓器は見る影もない。
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」
踏み続けるにも疲れてきた。
もう、勝負はついたのだ。
俺が勝ち、ヤツが負けた。
ならば、殺し合いの決着もつけなければ。
「……くくっ、あははっ」
ふと、笑いが溢れた。
なぜかは分からない。何が面白いのかは分からないが、腹から次々に笑いがこみ上げてくる。
「……ふふふっ、いひひっ」
いけない。ここで笑うのは明らかに異常だ。
剣を握り、ヤツの命運をここに終わらせる。
ただそれだけのことが、途轍もなく愉快に感じてしまう。
「あはははは、はーはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
いつしか、鼻笑いではなく大声で笑うようになっていた。
目の前に、ヤツだったものが見える。
剣を掲げる。
剣の切っ先が_____ヤツの頭部を狙う。
「あははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
_____
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_____金属音が鳴った。
俺の剣は、ヤツの頭を砕けなかった。
剣を握った右手が、誰かに掴まれている。
「…………そこまでだ」
真っ白な髪と輝かしい青色の目をした騎士が、俺の腕を掴んでいた。
掴まれたせいで、俺の剣はヤツの頭を砕けずにいる。
そして_____
ビタンッ!と音が鳴った。
デコピンで俺のおでこが弾かれた音だった。
単なるデコピンではなく、魔人の放つデコピンである。破壊力だけで言えば、巨大な岩盤だって砕けてしまう。だが、同じく魔人である俺のおでこはそれに耐えた。
「……お前の出番は終わりだ。失せろ」
おでこのジーンとした痛みにポカンとしていると_____次の瞬間、本気のグーパンが飛んできた。
数十メートルも吹っ飛ばされた俺は砂の上を転がり、空を仰いだ。何の影響かは知らないが、空は黒く濁っていた。
騎士_____イルトは、俺の代わりにヤツと対峙する。
腰に仕舞い込んでいた剣を握り、とどめをさすかのように近づいていった。
だがイルトが眺めているのは、ヤツの朽ち果てた肉体ではない。
ヤツから溢れ出た_____怨念のこもった、膨大な始素。
それは空中で巨大な球体を形成し、渦を巻いている。そして_____今にも俺を殺そうと、球体から無数の手が生えた。
手はまっすぐに俺を狙うが、その直前で全てイルトが弾いた。剣には不思議な力が宿っており、伸ばされた手を完全に消滅させている。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
球体から謎の声が
耳が割れるほどの巨大な音に感じたが、実際のところ空気が振動しているわけではない。ただの巨大な始素の塊でしかない球体は、始素を発することで擬似的に声を出しているような状態だった。
「……ちっ、完全に破壊されない限り抵抗を続けるか。厄介な」
そう言い、イルトは攻撃目標を変更した
狙うは、球体に含まれた怨念の始素を失った生命_____今まさに、肉体を復元させつつある肉塊へと向かっていく。
「ガ…………グ…………」
肉塊_____ヴォルニカは、肉体にため込んでいた膨大な始素を全て吐き出して尚、肉体の修復を始めていた。
いや、この言い方は正しくないだろう。あの小さな肉体こそが、今のヴォルニカの本体なのだ。
砂漠に満ちていた死した魔物の始素を取り込んだことで強大になっていたが、今はその始素と分離している。分離した始素の塊である球体は、すぐにでも依代であったヴォルニカを求める。
ならば、ヴォルニカ本体から仕留める。イルトの選択は非常に合理的だった。
無論、球体がそれを無視することはない。ヴォルニカへと向かっていくイルトをこれでもかと全力で妨害する。
「ヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ
テェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!」
球体は先ほどよりもさらに数多くの手を伸ばし、イルトを攻撃する。イルトもは既に体力の大部分を消費しており、今でも激痛を堪えながら戦っている状態だった。無数の手がイルト目掛けて殺到し_____
「おらぁっ!」
「ふんっ!」
イルトに刺さる直前、フレンダとアウスドラによって弾き落とされた。
「イルトさん!行けぇっ!」
アウスドラにそう鼓舞され、イルトは限界を超えて動く。
今ここが最後のチャンスである。ここで仕留めなければ、全てが台無しになってしまう。
全身全霊の一撃を見舞ったアグラの一撃が。
命を懸けて弱体化させた少女の努力が。
そしてここまで追い詰めた、自分が罰すべき異世界人の戦いが。
それらに報いるためにも、イルトは進み続ける。目の前を防ぐ無数の手を斬り払い、修復を続けるヴォルニカ本体へと接近した。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!」
球体が最後の抵抗を見せる。
その抵抗の形は手ではなく_____途轍もない勢いで発射された、純粋な力の塊である。高密度の始素を圧縮し撃ち放たれたその黒い光線は、まともに当たればイルトでも耐えられないほどの威力である。それを耐えるには_____
「うおおおおおおおおおっっっ!!!」
光線以上の威力を出す技が必要である。
「アグラさん!」
「行けイルト!お前が殺せ!」
放たれれば大地が裂け巨大な峡谷を作るほどの大技『
ここに駆けつけたのはアグラだけではない。共にブルタンに乗っていた人物も、アグラよりは遅いが空中から飛び降り_____真っ直ぐに球体へと向かい、刀に炎を纏う。
「……すまないな、同胞たちの無念よ。憎しみの連鎖は、どちらか一方を
空から降ってきた人物_____バンジは、目を瞑る。
憎しみに囚われた同胞たちの死が、少しでも救われたものであることを祈って。
「ここで消えてくれ_____」
イルトは、剣を振り下ろす先で息をする存在へと_____僅かながらも、祈った。
「……名も知らぬ竜よ。さようならだ_____」
そして、全く同時に。
炎を纏った刀と
光を帯びた剣が
球体と、ヴォルニカの肉体を穿った。
「
「
「_____________________ああ」
「_____________________オオ」
バンジの技は、その実球体を破壊するほどの威力はなかった。
だが、最後に見せた、涙するかのような声。同胞たるバンジに斬られたことで何かを思ったのか_____球体は最後、驚くほど静かに散っていった。
イルトの技が、ヴォルニカの肉体の中心部に置かれた核を砕く。
果たして、ヴォルニカは安らぎを感じることができたのだろうか。己を名をこの時代に残せなかったことを、悔やむのだろうか。
結論は出ない。ここに今、二つの存在が終わった。
大いなる悲劇によって散った魔物たちの憎しみと、『厄災竜』の名を冠した、大いなる竜が_____この瞬間、消滅した。
__________
俺は、よろよろとシルヴィアが寝かされていた場所へと向かった。
シルヴィアは、丁寧に布を被せられ、傷を手当された上で寝かされていた。顔色も至って健康的な状態に戻っており、しっかりとした治癒を受けられたのだろうと思われた。
「……良かった」
落ち着きを取り戻した俺は、目にかかっていたシルヴィアの前髪を除けて、その顔を眺めていた。
寝息は至って穏やかで、聞いているだけで俺の心が安らぐ。
イルトには感謝しなければならないだろう。あの時デコピンを受けてなければ_____俺はまた、取り返しのつかないことをしていたかもしれない。
あの怪物を殺すべきかどうかでいえば殺すべきなのだろう。だが、何であれ俺が殺しをしてはならない。もう二度と、あの笑顔だけは繰り返してはならないのだ。
体中を覆っていた力強い熱はもう消えている。唱えれば剣が出てくる不思議な力は、もう持っていなかった。あれが一体何なのかは、気にしない方がいいだろう。何せここは異世界だ。何でもアリなのだ。
「さて……」
意を決し、立ち上がる。
あんまり無茶苦茶しすぎたせいで忘れていたが、ここは異世界なのだ。そして、この世界にとって俺は『異世界人』である。それも、殺戮の限りを尽くした、最悪の異世界人だ。
振り返ると、激しい戦いの跡が色濃く残った大地で、強い力を持った者たちがこちらを見ている。
「……どーすっかな」
彼らがこれから行うべきことは決まっている。
これから始まるのは_____もう一つの戦い。
「……アグラさん、フレンダ、アウスドラ。_____私に続いてください」
イルトが剣を握り、こちらへと向かってくる。
「これより_____暴走した異世界人の討伐を開始する」
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