第12話 大厄災①


 戦いの始まりは魔獣ブルタンに乗り、禍竜の近くまで接近していたバンジ一行の行動である。


 砂嵐が収まったかと思いきや、今度はそれを上回る強大な力が吹き荒れた。それは禍竜から発せられるエネルギーではなく、超高密度のエネルギーによって空間が歪んでいることで引き起こされたエネルギーの暴風によるものである。暴風によって、相変わらず禍竜の姿は見えないままだ。

 さらには、砂漠の底から次々と湧き出てきた無数の砂塵獣が動き出し_____群れとなって、一斉に西の方角を目指し始めた。


「西を目指している……?中央諸国の人間たちが狙いなのか?」

「ルートに向かわなくて良かったですね」

「何を言ってる。人間たちを狙うのも、それはそれでまずいぞ」

「……ああ、そうだな」


 ここに集う魔物たちは、バンジの掲げる理想に共感している。人間とも共存すべきだと思っているため、例え祖国と争った人間たちであろうとも、ただ見過ごすという考えは持っていない。


「……なんて数の砂塵獣……現時点ですら、数は十万を上回ります。そこら辺の小国ならこれだけで滅亡するのではないでしょうか」

「チッ……まずは砂塵獣の進行を少しでも止めるぞ」


 バンジは刀を抜き、一気に力を解放する。砂塵獣はそこそこの強さを持つ魔獣だが、バンジほどの強者であれば簡単に屠ることはできる。


「例の異世界人はどうする」

「……後回しだ。この件が片付いてからゆっくりと対処する」


 そう言って、バンジはブルタンの背中から飛び降りていった。自殺行為にしか見えないが、妖術を使えば着地など何の問題もない。バンジほどの強者になれば、高所からの落下でも少し足が痺れる程度にしかならないのだ。

 バンジに続き、続々と降下していく魔物たち。バンジは斬るべき敵を見据えながらも_____獣たちが向かう方角にいるであろう人物に想いを馳せる。


(アイツは_____何をしてるんだろうな)


 瑛人も、おそらくこの事態には気づいているはずだ。だが、だからといって禍竜と戦う理由はない。バンジが瑛人の立場に立つなら、特に何もせず様子を見るだろう。

 だが、不思議と瑛人もこの戦いに加わるのではないかという考えを持っている。


(_____それに、こいつらが向かう先にはもう何もないはずだ。まさか_____)


 バンジはほぼ勘に近い発想で、真実に辿り着こうとしていた。


(こいつらの狙いは_____)


 それを考え終えるより先に、真下に迫る地面によって、バンジは思考を切り替える。

 妖術によって体を優しく浮かし、落下の衝撃を皆無にする。そして地面に足をついた後_____一番近くを通ろうとしていた砂塵獣を、刀で一刀両断にした。


「グエアァァァッッッ!」


 断末魔の声を上げながら、砂塵獣が倒れる。真っ二つにされてもなお、しばらくの間体を動かし続けている様子が、その生命力のしぶとさを物語っている。

 バンジ以外も、全員が簡単に砂塵獣を仕留めていっている。しかし、見渡す限りの獣の群れは、彼らの心に徒労感を味わわせるには十分な光景だった。


「行くぞ。少しでも数を減らして、進行を食い止める!」





________






 バンジたちが戦っているのは、砂塵獣の大群の右翼側_____真っ直ぐ西側に進む群れの先端部分の北側である。先端であるためか砂塵獣の移動速度が早く、全てを仕留め切ることはできずにいる。しかし、確実に数を減らしているのも事実であった。


 バンジは愛刀『久月』に炎を纏わせることで、一度刀を薙いだだけで周囲の砂塵獣をまとめて焼き払う戦い方で殲滅していく。

 バンジが得意とするのは、妖術の中でも炎に関するものだ。鬼の荒々しい気性と炎の術は相性が良く、感情の昂りに応じて炎が力を増すのだ。

 また、バンジは剣術においても高い技量を誇っている。ルートに代々伝わる魔物

のための剣技『不心転流ならずしんてんりゅう』を会得しており、かつてルート最強の剣士であったアッシュラから直々に指導を受けているのだ。この流派は魔物特有の『妖』の気を操作して戦う流派であり、魔物の力を乗せることで剣技の効果が飛躍的に高まるのだ。

 妖術の炎と、不心転流の剣技の合わせ技。これにより、バンジの戦闘能力は飛躍的に向上している。

 特に愛用するのは、鬼の妖気を纏わせた炎『鬼炎きえん』を纏わせた『鬼炎斬きえんざん』である。

 その一撃一撃で、何体もの砂塵獣が焼け切られていく。切られた砂塵獣は死んだ後ものたうち回るが、しばらくすると体は砂と化し、地面に埋もれていってしまう。


「チッ、斬り甲斐のない奴らだ」


 周りを見渡すと、バンジの仲間も奮闘している。


 青い長髪を蓄えた美丈夫_____シンハクはバンジの幼馴染であり、槍を使って戦う。バンジとは異なり、得意とする妖術は水を操るものだ。

 水を操るといっても、体から水を大量に放出することができるわけではない。ある程度は自分でも作り出せるが、それでは消耗が激しいのだ。

 それよりも、その環境に満ちている水分を操作する方がよっぽど強力である。シンハクは空気中の水分を操ることで、より強力な槍の攻撃を生み出している。

 戦場となっている砂漠は水分が少ないものの、砂塵獣の体内にも水分は含まれている。シンハクの槍で刺されたが最後、体内に満ちる水分をシンハクが操り、体が四散することになる。

 槍の腕前も高く、刀を使うバンジとも互角の勝負ができるほど。バンジに並ぶほどの勢いで、次々と砂塵獣を狩っていた。


 黒髪の少女の見た目をした妖鬼、アユカは隠密行動を得意とするものの、こういった乱戦にも上手に対応している。

 手にしたクナイは蟲魔インセクターが作った逸品であり、敵を斬りつけても刃の切れ具合が落ちることがない。それを使って次々に砂塵獣の弱点を正確に貫いていき戦闘不能にしている。弱点を貫かれているため、しばらくすると動けなくなって倒れていくため、非常に効率的な戦い方と言えるだろう。

 その他の武器も上手に使う。忍特有の武器でもある鋼糸は使い手のアユカの意のままに動き、次々に砂塵獣の体を切断していく。所有者の意思に応じて動く性質を持った糸『清蜘蛛いくも』は戦闘面においても非常に有用なのである。


 紫色の髪の美女、ランカは妖術を使った激しい範囲攻撃によって次々に砂塵獣を殲滅している。この場にいる者の中で、殲滅力という点では最も優れるのがランカだ。

 バンジやシンハクのように戦闘技能と妖術を組み合わせるのではなく、妖術単体で戦うランカ。放たれた炎は敵を次々に伝播する性質を持ち、一体の砂塵獣に燃え移ると、すぐに近くの砂塵獣にも燃え移るのだ。こうして連鎖的に次々と術を使って殲滅いていく様は、ランカの妖しげな魅力とも相まって非常に様になっている。

 炎だけでなく、地面に満ちる砂の形を変え杭のようにして打ち出すことで、次々と砂塵獣を屠っていく。


 虎の紋様を帯びた獣人、ザケルは自慢のパワーを売りに、誰よりも早く砂塵獣の群れに突っ込んでいる。砂塵獣が次々にザケルに襲い掛かるが、圧倒的なパワーで次々に殴り殺していくザケルの周囲には、いつしか砂塵獣の死体の山が積み上がることになった。 

 妖術を使うのが苦手なザケルだが、内包する始素の量は極めて多く、力を込めて敵を殴るだけで衝撃波が発生するほどだ。ザケルの凄まじい闘争心も相まって、戦う様子には一種の狂気すら浮かんでいる。

 本気で戦えばバンジやシンハクにも引けを取らない戦闘狂、それがザケルなのだ。


 白い翼で飛翔しながら戦うのはミデラである。鳥人ウィングラの中でも極めて人間に近い容姿を持つミデラは、非常に大事にされて育ってきた鳥人の姫である。

 だがバンジの理想を聞いたことで戦うことを学び始め、今では肩を並べて戦うことができるまでになっている。

 翼があることの敏捷性を活かし、進撃を続ける砂塵獣の群れの先端部分で砂塵獣を狩り続けている。ミデラには砂塵獣を一撃で倒せるほどの攻撃力はないため、妖術によって罠をしかけたり、戦闘を走る個体のみを翼の一部を射出することによる弾幕攻撃で倒すことで、少しでも群れの進行速度を遅らせるのが役目だ。


 ミデラを守るようにして砂塵獣の群れに真っ向から突っ込むのは蟲魔の剣士オンドラだ。バンジと同じくアッシュラの元で剣技を教わったオンドラが握るのは、蟲魔固有の外骨格によって形成した剣である。文字通り体の一部であるオンドラの剣は、オンドラの意思に応じて自由自在に形や大きさを変える。妖気を纏うことで鋼よりも遥かに硬くなった皮膚には砂塵獣では傷つけることができないため、真正面から斬り込んでも傷一つなく戦えているのだ。

 魔物の剣技、不心転流によって砂塵獣の体内に打ち込まれたオンドラの妖気は一瞬で体内を駆け抜け、全身を衝撃で粉々に破壊してしまう。剣を斬られた獣たちは真っ二つではなく、粉微塵に砕けることとなるのだ。


 ミデラと同じく空中に浮いて戦うのは竜魔人のハイブラである。竜魔人の中では小さな体型であるが、有する始素の量は同族を上回る。

 竜魔人特有の術『竜炎ドラグフレア』を吹き回り、砂塵獣たちを火の海に沈めていく。それだけでなく、小さな体であることを補うように鍛えた体術を使い、シンハクから教わった槍術を駆使した近接戦闘もこなす。小さい体だからといってそれが弱いことの理由にはならないことを、ハイブラは仲間たちから学んだのである。


 _____こうして、魔物たちを次々に倒していくバンジたちだが、それでも砂塵獣の勢いは衰えない。それどころか、さらに勢いを上げて進行を始めている。


「クソッ、キリがないぞ」


 群れの中でも北の方向に進んだ砂塵獣はあらかた片付けたものの、同胞が殺されても一切気に介さずに進み続ける砂塵獣の進撃は止まらない。殺された同胞の死体を踏み付けながら進む様は、明らかに異常だった。


『お兄様、砂塵獣はさらに数を増やしているようです。このまま戦い続けても、ただ消耗してしまうだけです』

 

 上空にて飛んだまま待機しているブルタンに乗り、妖術を使った音声通信によって戦況把握を行うのはシーナの役目だ。

 シーナの目には、絶望的とも思える敵の群れが見えている。砂塵獣はバンジらが駆逐するよりもさらに早く、その数を増やしているのだ。


「さらに数が増えているだと……?どういうことだ?」

『恐らくですが、砂漠に満ちていた始素を喰ったことでエネルギーを補充し、一つの個体が二体に分かれるような増え方で数を増やしているようです』

「なんだそれは……精霊じゃあるまいし、意味分からん増え方だな……!」


 シーナの言うことが本当であれば、どれだけ倒しても意味がない。ただ体力を消耗するだけであり、効果はないのだ。仕方なく、仲間たちには撤退を命じることにした。


 その時である。


「とにかく群れる獣ってのはな_____」


 バンジらの上を、途轍もない速さで人影が通り過ぎていった。


「_____親を殺せば止まると決まってる」


 人影は砂塵獣の群れの中へと消えていくと_____次の瞬間、大きく剣を振り下ろした。


「なっ……」

「_____天地割りギガスラッシュ


 振り下ろした剣が地面を穿ち_____巨大な地割れを作った。

 大地震の如き揺れが発生し、バンジたちが立っていた場所もたちまち地割れに飲まれていく。シーナを乗せたブルタンが飛ぶ高さ以上に舞い上がった瓦礫はまるで噴石のように周囲に降り注いだ。


「……化け物め」


 バンジは、地割れを作った人物を知っている。

 地割れを作るほどの凄まじい力。圧倒的な剣の腕。そして、全身から発せられる強烈な覇気。


「……『大将軍』……アグラ・ハイレンツか」


 聖騎士序列第二位にして、人類圏最強の守り手と言われる男、アグラ。

 アグラが作り出した渓谷には、飲み込まれるようにして砂塵獣が次々に落ちていっている。全ての砂塵獣の進撃が止まるほどではないが、これによって大幅な足止めに成功したのは事実だ。


「よぉ、ルートの連中。俺が来るまでよく頑張ってくれたな。褒めてやる」

「ほざけ、お前が来なくてもどうにかなる」

「ははっ、赤い鬼の小僧には俺んとこの小僧が用あるみてぇだ。俺は別にお前らのことを斬る気はねぇから、勝手にやらせてもらうぜ」


 アグラは一度敵に回せば恐ろしいことこの上ないが、魔物だからという理由だけで戦いをふっかけてくる人間ではない。アグラが戦うのはあくまでも人を襲うような凶悪な存在だけなのである。

 そのためアグラと戦うという危険はないのだが、好き勝手にされるのはそれはそれで面白いない。

 だが、バンジにはアグラに構う暇などなかった。


「死ねっ!クソ鬼が!」


 上から降ってきた強烈な殺意を避けなければならなかったからだ。

 殺意の主_____ジオは殺気を隠すことなくバンジに向けている。


「おい待て、この状況で戦うのはおかしいだろうが!高潔な聖騎士様が私怨で戦うとでも言うのか?!」

「何言ってんだクソ鬼。俺は聖導の教えの通り、人類の敵となる砂塵獣を討伐しに来ただけだ。なのに、お前が俺の剣の目の前にいたから巻き込んじまうところだったんだよ!」


 ……という、露骨過ぎる棒読みを決めたジオは、隠す気もなくバンジに殺意を向けている。後ろに控えているもう一人の聖騎士、フェリスも呆れ顔になっているあたり、やはり本来やるべきことを逸脱した行為なのだろう。


「……おいおい、マジでその言い訳で戦う気か?」

「フン!間違って殺してもわざとじゃないからな」


 そうして、二人の二回目の戦いが始まってしまった。シンハクはいつでも加勢できるように構えていたが、フェリスが殺意なく砂塵獣の群れへと向かったことで、他の聖騎士には自分達と戦う気がないのだと悟る。


「……ごめんなさいね。あなた達が人間と仲良くしようとしてる魔物なのは知ってますが、かといって魔物と共闘するわけにもいかないのよ」

「……分かっている。だが、貴様の仲間が俺の友を殺そうとするなら、容赦無く貴様の首を刎ねるぞ」

「ご勝手に。あの『紅蓮鬼』なら、ジオ相手でも生き残れるのではないかしら」


 シンハクの見立てでは、ジオの方がバンジよりもやや強い。しかし、バンジは磨かれた技によってなんとか持ち堪えているようだ。

 技量で勝っているのであれば、例え力で負けていても勝ち目はある。ならば、助けに入らずとも問題ないと思われた。

 シンハクもバンジ同様、人間と魔物の共存を願っている。そのために今すべきことは、聖騎士を前にして戸惑うことではない。


「……我々も、好きにさせてもらう。聖騎士共に遅れを取るな!」


 仲間達の中ではバンジに次ぐ実力者と目されているシンハクは、副リーダーとしての側面も持つ。シンハクの指示に従い、アユカやランカたちもシンハクに続いて引き続き砂塵獣討伐へと向かっていった。





________





「おらー、死ね砂塵獣どもめー!」

「その下手くそな演技を止めろ!」

「嫌がってるならもっとやりたくなるなー」

「この野郎……」


 軽口を叩き合うジオとバンジだが、二人の間では激しい戦いが繰り広げられている。ジオの持つ大剣はバンジの刀の素材である魔性核金属ケラルスとは異なる、『深聖結晶鉱エルミナ』という金属でできている。地殻変動によって始素が特定の部分のみに集積し、超高濃度の始素が集まった地層が発生することがある。それが人間の掘れる深さまで隆起することで、始めて採ることのできる希少な金属だ。魔性核金属と同じく大量の始素を含んでおり、武器にすることで使い手の始素を吸収し性質を変える魔剣となるのだ。

 深聖結晶鉱の特徴は、祈りの力によって生まれる神聖な性質を持つ始素との相性がいいことだ。そのため、神聖なエネルギーを纏って戦う聖騎士の武器に使われることで、単なる武器以上の強力な効果を発揮する。


 実際、ジオの大剣に秘められたエネルギーは相当なものだ。それが片手用の剣と同じくらいの速度で振られるのだから、恐ろしいことこの上ない。『久月』で受けているからこそなんとかなっているが、体に擦りでもすればそれだけで致命傷になりかねない。それでいてジオの腕前もかなり高いので、バンジとしては苦戦を強いられていた。


 とはいえ、苦戦しているのはジオとて同じである。

 力は自分の方が上回っているにも関わらず、バンジは上手にジオの隙を突くことで戦い続けている。例え力で上回っていても、技量で自分を上回る相手というのは侮れないのだ。ジオはそれを、かつては自分よりも弱かったはずのイルトとの戦いで学んでいる。

 脳裏に浮かぶのは、自分よりも小さな力でありながらも、地に伏せたジオを上から見下ろす、美しき青い目。

 あの時の屈辱は、いつまでも忘れない。だが、その屈辱を乗り越え、ジオは強さを磨き続けたのだ。


(俺は同じ屈辱を味わうのは御免だ……!コイツには絶対に借りを返す!)


 そんなことで、二人の戦いは拮抗していたが_____次第に、バンジがジオを押し始めることとなる。


「クソがっ……!」


 バンジがジオの大剣を思い切り打ち上げたことで、大剣につられてジオも体勢を崩す。大剣の破壊力は凄まじいが、使い手のバランスを崩しやすいのが弱点なのだ。

 体勢を崩した隙を突いて、すかさずバンジがジオに切り掛かる。不心転流によって練り上げられた妖気はバンジの刀、そしてそれと打ち合うジオの大剣を通してジオに直接ダメージを与えている。

 ジオは身に纏う膨大なエネルギーによって妖気の浸透を防いでいるが、それには限界がある。徐々に、ジオの腕を痺れる感覚がむしばんでいった。

 それに対し、上手くジオの攻撃をさばいているバンジは未だ無傷。一方的にダメージを与えられているのは、あまりにも不利な展開だった。


「……おい、ここまでにしないか。俺はお前と戦うより大事なことがある」

「……ふざけるな。やられっぱなしなのは一生に一回だけで御免なんだよ……!」


 ジオはもう演技すらやめた。バンジが自分よりも弱い者だと考えるのはもうやめ、全力で倒すことを誓うのである。


「俺はな、聖騎士で一番誇り高い男なのさ」

「ナルシストってことか」

「ナルシストで結構。誰に何言われようと、俺は愚かしくも誇りのために戦ってやるぜ_____その時が、一番強いからな!」


 ジオが覚悟を決めた途端_____凄まじい力の奔流が沸き起こる。

 ジオから発せられる始素は渦を巻き、それは徐々に勢いを強めていた。


「……やっぱりな。普通の聖騎士じゃないとは思っていたが……」


 バンジの見立てでは、ジオは『超人』として覚醒した中でもさらに上位の力を持っていた。聖騎士は全員が超人に覚醒しており、魔人として覚醒しているのはイルトやアグラなどごく一部でしかない。

 だからこそ力の差はあまり大きくなかったが、以前手合わせした時から不自然だと思っていたのだ。

 もしバンジの攻撃が正しくジオに伝っていれば、超人程度ではとても防御しきれない。だというのに、ジオはバンジの妖気による攻撃を受けてもピンピンしている。そこから分かることは_____ジオが、妖気に対する耐性を有した生命であるということ。

 それができる人間は_____『魔人』をおいて他にない。

 ジオは、自分の魂の器をあえて狭めることで、一時的に自分を超人に偽装していたのだ。


「はああああああああああああっっっっっ!!!」


 その偽装が今解け_____バンジの目の前に立つのは一人の魔人である。

 妖鬼の数倍以上の始素の量を誇る人間の怪物であった。


「ふぅ、スッキリしたな。これで思う存分に暴れられる」

「……おいおい、シャレにならねぇぞ」


 ここに、ジオとバンジの戦いの第二ラウンドが始まる。


 ジオの動きはさらに洗練され_____その動きはバンジの反射神経を持ってしても反応できないほどになっていた。

 卓越した技量によって攻撃を捌くバンジだが、力の差が圧倒的過ぎた。次第に、

追い詰められ_____


「_____もらった!」


 ギリギリで防御したはずの大剣が、わずかにバンジの肩をかすった。

 瞬間、バンジの体内を神聖なエネルギーが駆け巡り、全員が爆発するのではないかというほどの衝撃を受けた。


「がっ……」


 視界がチカチカと眩み、体中の神経に電気が通るかのような激痛が走る。体勢を整えることもできず、バンジは膝をついて疼くまる。

 心拍は乱れ、呼吸もままならない。僅かに掠っただけで全身が蝕まれるほどの攻撃を可能にする_____それがジオの取る、魔物に特化した戦い方だった。


「俺は昔、天才と呼ばれた貴族の剣士でな」


 ジオはそんなバンジを見て、己の過去を語り始める。


「教皇に仕える騎士が会得する剣技_____『アルフェン流』を会得して、聖導の教えのために剣を捧げた。人間に仇なす魔獣や魔物をぶった斬って、人を守っていたのさ」


 『アルフェン流』は聖騎士が会得している、片手剣用の剣技である。魔物の剣技にして魔物特有の力『妖気』を使う不心転流と異なり、人間固有の力『闘気』を使う剣技である。魔物を殺すことに特化し、使う者が誰であれ闘気を身につけてさえいれば扱うことのできる剣技だった。


「だが、ある日魔物の剣士に敗れてな。そいつはお前が使う、不心転流の使い手だった。_____強かったよ、俺の剣技なんて手も足も出ないくらいな」


 ジオが思い出すは、自分よりも小さな力しか持っていなかったはずの魔物が、見事な剣捌きでジオを戦闘不能にした光景だ。ジオは今のバンジのように、無様に地面に転がっていた。


「それからだ。俺がアルフェン流の剣技を捨てて_____高潔な教えではなく、俺自身の誇りのために戦うようになったのは」


 それからジオは剣を大剣に持ち替え_____剣技の天才として習得した剣技の全てを放棄した。技を捨て____自分勝手に戦う、力任せの戦士と化したのである。


「そしたら、自分でもびっくりするくらい俺は強くなった。俺を負かした魔物ともう一度戦い、今度は木っ端微塵に叩き殺した。俺が魔人に覚醒したのも、その時だ」


 技を捨て、力だけで戦い_____そして、憎き敵を思い切り斬った。それは、ジオにとって最高の喜びだったのだ。


「俺は、誇りを誇示するために生まれて、戦っているのさ。どんだけ馬鹿にしてくれても構わないが_____俺の誇りを折れるものなら折ってみろよ、クソ鬼」


 今のバンジには、殺す隙などいくらでもある。だが、ここで殺してしまうのはジオの誇りに反するのだ。

 単に自分を技で上まった相手を殺すだけでは、昔と同じである。

 そうではない。一度でも自分を上回ったことのある鬼を、今度は完膚なきまでに叩き潰すのだ。技を全て打ち砕き、この鬼が心の底から敗北を認めるまで、ジオは戦い続ける。


「……はっ、俺にだって誇りの一つは二つはあるぜ。あと、誇りよりも大事なモンがな」


 バンジはよろめきながらも立ち上がる。

 ジオは高潔な騎士から程遠い存在だが、胸に秘める信念は本物だ。それが他者にどう思われるかなど関係なしに、己であることを貫いている。なんであれ、確固たる信念を持つ者よりも強いものなどないのだ。

 だが、それはバンジとて同じである。

 ならば、ここからは互いの信念の押しつけあいだ。


「いいぜ、俺の甘っちょろい理想と、お前のクソまみれな誇り。どっちが強いか勝負だ……!」

「……ははっ、やっぱりいいな、お前」


 ジオも、バンジのことを侮らない。誇りのために戦うジオだが、誇り以外にも大事なものがあることは知っている。

 誇り以外の大事なものを持つ強さは身に染みて理解している。自分を負かした男_____イルトも、その類の強さを持っていたから。


 鬼気迫る鬼と、闘志を剥き出しにした聖騎士。熱き信念を掲げた男の戦いは、さらに激しさを増していく_____


 


 

 

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