第10話 魔物の国
体制が崩壊した魔物の国_____ルートにて。
バンジは臨時体制で運営されてる政権の会議に参加していた。会議は臨時で政権運営を任された
「ビザント王国はざまぁないぜ!自分で自分の首を絞めるなんていい気味だ!」
「中央諸国は難民の影響で大混乱!このまま始素資源の輸出を規制すれば、いつか人間どもも干からびてワシらに媚びるじゃろうて!」
「これでもう、戦争は我々の勝利も当然ですな!ガッハッハ!」
会議といっても、集まった首領たちの愚痴会に始まり、今は酒が入ったことで敵国ビザント王国に対する蔑みに終始していた。
(……俺はなんでここに参加させられてるんだ?)
バンジがいるのは、妖鬼族の首領の代理としての参加であるためだ。妖鬼族の首領は既に高齢で、常に病床に臥している状態なため、残った者の中で最も信頼されているバンジが指名されたのだ。
首領は従者を率いて参加するのだが、バンジとしてはゾロゾロと人を連れていくのは好まない。そのため、妹のシーナだけを連れてきたのだが、連れてきたことを早速後悔させられることになった。妖鬼族の美姫として名高いシーナが会場に入ると、集まった魔物の有力者たちの視線がずっとシーナに向くためである。シーナはバンジの横で静かに座っているだけだが、妹に降り注がれる不躾な視線が粘っこい。
(変態ジジイどもめ。大体、なんで会議室に酒が用意されてるんだ……?一応国の危機なんだが……?)
会議の進捗の遅さ、そして妹に降り注がれる視線のせいで、バンジは二重の意味で心労が溜まっていく。
魔物の多くは、人間と比べて賢くない。それは単なる知能の差ではなく、論理的な考えができなかったり、感情に任せて直情的に動いてしまうなど、考え方の差によるものであった。人間と親しいバンジとしては、いざこうして魔物たちの会話に混ざると、ついていけないことが偶にある。
その起源は、そこまで難しく考えずとも生きてこれた歴史があるからだろう。魔物は基本的に、争いが少ないのだ。飢饉が起きた時などに食べ物を巡る争いは偶に起きありもするが、魔物の生息域は恒常的に豊かな環境であり、資源も豊富だ。故に、限られた資源を上手に効率良く使おうという考えがない。争いごとにおいても綿密な作戦が練られるのではなく、力任せ・数任せの作戦しか立てられないのだ。ビザント王国との戦争においてルート側の戦死者が増加したのも、こういった単純で効率の悪い作戦行動しか取らなかったからである。
だというのに、魔物の首領たちはそれをまるで反省していない。そのあまりにも
だからこそ、少しでも魔物の国を変えていくために、人間の知恵を借りていくべきだと主張していたのだが、魔物たちは人間の言葉には一向に耳を貸さなかった。
「……お兄様、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが……」
「大丈夫だ。シーナはもうここを出ろ。早めのうちに帰っておくんだぞ」
「お兄様はどうされるのですか?」
「まぁ、流石に帰るわけにはいかないしな。やるべきことをやったら、すぐに帰るさ」
「……分かりました」
シーナとしても、視線をずっと向けられるのはいい気分ではない。バンジの言葉に甘え、会議室を後にした。
_____バンジがシーナを帰らせたのは、単にシーナを気遣ってのことだけではない。これからやろうとすることを、シーナには見せるわけには行かなかったからだ。
会議室を見渡すと、多種多様な魔物の首領たちが座っている。
魔物の国で最も多い人口を誇る種族、
魔物の国の軍事力の主力となる種族、
魔物の国の労働力の主力となるのは
魔物の国の運搬・商売の中心となるのは
魔物の国の技術力を支えるのは
魔物の国の都市住民の中心であり、小獣人に次ぐ人口を持つ種族、
魔物の国の中で最も高い戦闘力を持つとされる『
そして_____魔物の国の中で最も高い知能を有するとされる『
そんな錚々たるメンバーを見据えて_____バンジは今がチャンスであると考えた。
「お集まりいただいた首領の皆様にお聞きしたい」
「……うん?何の用じゃ、バンジ」
バンジの言葉に反応したのは、現在進行形で酔っ払っている竜翼人の首領ミルテッドだった。一番接しづらい相手に反応され思わず舌打ちしそうになるが、それを何とか我慢し、言葉を続ける。
「ビザントとの戦争は、何もこちらの勝利で終わったわけではありません。我々も甚大な被害を被っていますし、大虐殺の打撃から民の多くは立ち直っていません」
「そうさのぉ。じゃが、長い間民には辛い思いをさせたのじゃ。悲劇は残っておるが、少しでも楽しい思いをさせた方がいいのではないか?」
「……ですが、だからといって争いごとは収まりませんよ。彼らの戦争に対する憎しみは、徐々に限度に近づいています。このままでは、許可なく人間に手を出す者も現れてしまう」
「人間など皆殺しにすればいいのだ!このまま中央諸国まで攻め込んでしまえば良い!」
間に割り込んできたのは小獣人の首領ゲテル。完全に酒が入っていて酔っ払っているが、おそらく酔っていなくても同じことを言うだろうと思われた。
「左様!所詮奴らは我らの国の資源に頼らなければならぬ脆弱な種族だ。いずれ奴らの方から我々に媚びるようになるだろうて!ガッハッハ!」
さらに、獣人の首領オッグスまで割り込んできた。
(いい加減黙れよクソジジイども。お前らの時代はとっくに終わってんだ)
バンジはまだ若者だ。だからこそ、魔物の国で見られる、世代ごとの考えの違いを否応なく理解させられる。
実際に戦地に赴いたり、商売を営む若い魔物にとって、人間は利用価値もあり、それでいて脅威でもある存在だ。一人一人はか弱いが、大勢集まると信じられないほどの力を発揮する。
だが、一世代前の魔物はまだ人間が現代ほど優れた技術を持っていない時代の者たちだ。人間のことは脆弱だと小馬鹿にしており、戦争になっても簡単に勝てると思っていた。
「……今はとにかく、まずは民の心情をコントロールし暴発しないようにしなければなりません。ただ人間を憎むだけでなく、資源を巡って種族同士で争うようなことになってはいけません」
バンジの発言は、この場に集まっている首領同士が争いかねないと言っている。あえて不興を買うような言い方をすることで、彼らを冷静にさせるのが狙いだった。
「そのために、まずは再軍備を。犠牲になってしまった指揮官の穴埋めを行い、志願兵を受け入れる準備を整えましょう」
「フンッ!軍事は我ら獣人の管轄だ。妖鬼には優秀な軍人が大勢いるが、あくまで大将は私だぞ!」
この後に及んでも、オッグスは自分の地位をバンジに取られないことばかり警戒している。バンジは種族を問わず人気な人物であり、魔物の国の若者を筆頭に多数の支持者がいるのだ。強さも申し分なく、強い物に従うルートの文化においては今後の政権運営を期待された人物でもある。そのため、オッグスはバンジのことをかねてから警戒していた。
「分かっています。俺は妖鬼の仲間たちに呼びかけ、軍の規律を保つように努力しましょう。人員補充や物資に関してはオッグス殿にお任せしたい」
「フンッ、まぁいいだろう」
「次に、民たちには我々の見解を伝えるべきです。情報が錯綜しては、統制ができなくなってしまう」
「伝えるとは何をするのだ?」
「演説ですよ。誰か有力な人間が前に出て、民に今後の国の方針を伝えるのです。そうすれば、憶測で勝手なことをする者をあらかじめ押さえておくことができる。この役割は、ミルテッド殿にお願いしたい」
「ガハハッ、良かろう!演説とは、久しぶりじゃのう!」
(……まぁ、誰もお前の演説なんて聞かねーだろうよ。おだてりゃ働いてくれるのは好都合だな)
今のバンジの考えは、とにかく首領たちを動かし、混乱している民の心を一つにまとめ上げることだ。あの日_____瑛人という異世界人と交わした約束のためには、まずはルートの民がまとまらなければならない。
「また、私が先日戦ったように、聖導教の聖騎士も動き出しています。見つけ次第すぐに仕掛けてくるような奴らですから、迎撃体制を整えておくべきかと」
「兵を動員する話は既にしただろう」
「それではダメです。奴らは、一騎当千以上の猛者。どんな陣形を組もうとも、それを簡単に壊滅させてくる化け物です。対抗するには、少なくともこの国の最上級指揮官くらいの強さが必要かと。妖鬼や竜翼人の上位の強さを持つ者たちは、優先して部隊の指揮を行わせるべきでしょう」
実際、ルートの中では最上級の強さを持つバンジであっても、聖騎士とは一対一で戦うのがギリギリなのだ。バンジに並ぶ強者も、この国には数名しかいない。
「あとは、不足しがちな食料や燃料資源の配分はプデラ殿にお願いしたい。鳥人族には、重ねて国境地域の警備強化もお願いできればと」
「良かろう」
プデラは、この会議に参加している者の中でも一番信頼できる人物だ。バンジとしても、寡黙だがやるべきことを最後までこなすプデラには信頼を置いている。
「ゴンス殿には、商人組合の統制をし、プデラ殿と協力して物価のコントロールを」
「チッ……儂をこき使う気か?小僧」
ゴンスにとって、経済に置いて重要な役割を果たしている鳥人が活躍するのはあまり面白くない事態だ。種族としての強さも鳥人に劣っているため、プデラに対しては嫉妬心も抱いている。
「こき使う気などありませんよ。これはあなたにしかできないことですし_____それに、大商人であるあなたの行動には、この国の商人全員が注目している。規律ある振る舞いをお願いしますよ」
「……チッ」
バンジにとってはゲテルやオッグス、ミルテッドも十分やりづらい相手だが、最も苦手としているのはゴンスだった。常に悪知恵を働かせ、隙あらば自分の地位を高めようとする執念には辟易とする。また、ルートの保守派の筆頭でもあるため、政治思想が元々バンジとは真逆なのだ。今は軍事的な会議のため発言権はそこまで大きくないが、将来のことを考えると間違いなくバンジにとっての最大の敵になりうると考えていた。
そのための牽制も兼ねて、ゴンスには国内の問題に注力してもらう。その上で、国外の対策を自分が管理するのが、バンジの狙いだった。
「そして、私には是非とも_____我らの同胞を屠った憎き敵、『異世界人』を討伐する役割を任じていただきたく」
今日はこれをこの場にいる者たちに承認してもらうのが狙いだった。瑛人と交わした約束を守るため_____そして、追い求めた理想の国家を作り上げるために。
「ふむ、まぁ良いだろう」
「危険な役割である故、お主にしか任せられんの」
参加者たちも、概ね同意している。きっと腹の内では、あわよくばバンジの戦死を願っているに違いないだろうが。
「聖騎士との遭遇も考えられますし、ここは私が信頼する者たちのみで討伐部隊を結成します。そして、必ずや我らの敵を討伐してみせましょう」
バンジが瑛人の討伐を自ら行うのには、二つ理由がある。
まずは単純に、瑛人を討伐するだけの強さを持った魔物は自分くらいしかいないであろうということ。
もう一つは_____近いうちに行うことになるであろう、クーデターを成功に導くためである。ルートという国は会議の様子からも分かる通り、完全に腐りきっているのだ。人間のことをよく知り、知識を有した魔物の若者の多くがこの国の現状を嘆いている。そして、取り返しのつかない事態になる前に、この国の統治を一度リセットする必要があると考えたためだ。
既に一定数の支持者がいるものの、まだ足りない。この数を増やすには、バンジ自身が敵を討ち取った英雄とならなければならない。瑛人を討ち取り、民衆の支持を得た勢いのままに、クーデターを実行しようと考えていたのだ。
(_____ああ、できるとも。俺はできる)
万事は元来、自信家な性格である。失敗も多かったが、失敗の度に多くを学んできた。だからこそ、綿密に計画したクーデターにも自信を持っていた。
脳裏に浮かぶのは、殺し合いをしたはずの異世界人の少年である。瑛人と名乗ったその人物の目は、信頼できる目をしていた。
(_____アイツなら、必ず約束を守る。信じても大丈夫だ)
瑛人やイルトと同じように_____バンジもまた、固い決意の元に動き出す。
全ては_____あの日教えてもらった、輝かしい未来のために。
(俺は必ずやり遂げてみせます_____先生)
________
後日、妖鬼族が住まう集落にて。
バンジが暮らす家の前に、蟲魔の首領_____アッシュラがやってきていた。
「バンジよ、修理が終わったぞ」
「ありがとうございます。アッシュラ
アッシュラの硬い手の上には、美しい装飾が施され、そして装飾以上に美しい光を放つ刀が置かれている。異世界人の瑛人、聖騎士のジオとの戦いで破損した、バンジの愛刀『
「無茶な刀の使い方をするなとあれほど言ったろうに……やんちゃ小僧からはまだ卒業できんのか」
「ええ。俺はまだまだ、やんちゃをやめられそうにないです」
試しにバンジが刀を振るうと、空気が斬り裂かれ、斬撃によって生まれた真空の空間に空気が流れ込み、庭に突風が巻き起こった。
「やんちゃはほどほどにしとけよ。お主がその刀を、あの馬鹿者どもに向けるために、儂は刀を打ったのではないぞ」
アッシュラは、バンジが何を企んでいるかを把握していた。バンジの考えには共感できることもあるが、だからといって武力を使ってクーデターを起こすのは間違いだと思っている。
「……アッシュラ翁。俺は今でも、あの人に見せてもらった光景が忘れられない」
「…………そうか」
アッシュラは、バンジの過去を知っているのだ。バンジが『先生』と呼び敬愛している人物のことも、アッシュラは知っていた。
だから、バンジのことを止めようとは思わない。自分も、その光景に魅せられた者の一人だったから。
「俺は_____あの光景を見るためなら、なんだってする。例え、あなたの刀で血を浴びることになっても」
「……応援などせぬぞ。必要とあらば、儂の手でお主を斬るかもしれん」
アッシュラは高齢だが、決して弱くない。蟲魔は寿命による衰えが穏やかな種族であり、高齢になってもアッシュラの強さは衰えていないのだ。かつてはルート最強の剣士でもあったアッシュラは、今戦ってもバンジに一方的に負かされることはない。
「あなたの剣であれば甘んじて受け入れますよ。その前に、やるべきことは成し遂げさせていただきますが」
「フンッ!
そう言って、アッシュラは去っていった。その背中に敬意を表しつつ_____後ろに控えている仲間たちに、顔を見せた。
「待たせた。そろそろ出発しよう」
ここに揃っているのはバンジと同じ志を持つ、ルートきっての実力者だ。
青い長髪の美丈夫、シンハク。バンジと同じ妖鬼であり幼馴染、実力はバンジに並ぶほどに高い。長い槍を携えており、ルートの将軍の一人である。
黒髪のショートカットの少女、アユカ。妖鬼であり、ルートの隠密行動部隊『
紫色の長い髪の美女、ランカ。妖鬼であり、魔物特有の術、妖術を使って戦う妖術師である。
強大な力を持つ妖鬼が四人いるだけでも十分に強いのだが、さらに多種族の強者も揃っている。
虎の紋様を持った獣人、ザケル。屈強な力を持ち、獣人の中でも五本指に入るほどの実力者である。
白い美しい翼を蓄えた鳥人、ミデラ。首領プデラの姪っ子であり、鳥人特有の
黒光りする硬い外骨格を持つ蟲魔のオンドラ。バンジとは幼い頃からの友であり、何度も剣を合わせて腕を高めあった仲だ。
細い体型をした竜翼人のハイブラ。竜翼人であるにも関わらず細い体型で人間に近い見た目をしていたため、同胞から蔑視され続けた過去を持っている。そこをバンジに助けられ、恩義を感じている。
他にも大勢の仲間がいるが、これから向かう先は危険が付きまとう死地だ。戦闘力が低い者を連れて行くことはできない。
しかし、それでも無理矢理ついてくる者がいた。
「お兄様、お待ちください。私も行きます」
「……シーナ」
バンジの妹であるシーナも、同行を希望したのだ。シーナとて妖鬼であり、妖術に対しては非常に高い実力を持つ。だが、妹を自分の野望に突き合わせたくはなかった。
「これから行くところは死ぬ可能性のある戦場だ。お前が出るべき場所じゃない」
「そう言って、お兄様はいつも私を遠ざけますよね。いつも、私に何もさせてくれない」
「……いや、そういうのじゃなくてだな……」
バンジとシーナは共に幼い頃に両親を亡くしている。そのため、今ではバンジがシーナの保護者となっているのだが_____
「おいバンジ、心配するな。シーナは強いぞ」
「ええ。私も驚くくらい術の精度が高いのよ。連れて行っても大丈夫なんじゃないの?」
仲間にまで過保護っぷりを指摘されてしまい_____仕方なく、折れることになった。
「いざとなっても守れないかもしれんぞ」
「ご心配なく。お兄様がいざという時は、私が駆けつけてあげますね」
ちゃっかりと完璧な返しをされてしまい、ぐうの音も出ない。どの世界に行っても、可愛い妹に対して兄は弱いのだ。
バンジらはそうして武器を整え、竜翼人が飼っている大型の飛行魔獣『ブルタン』に載って戦地へと向かった。
(……葉村瑛人。約束、忘れるんじゃねぇぞ)
________
こうして、三人の男たちが、強い決意を胸に朝日を迎えた。
ある者は、虚ろになった心に取り残された、たった一人の少女のために。
ある者は、誰よりも高潔な心に誓いを刻み。
ある者は、誇りと殺意と野望を、その刀に込めて。
彼らの向かう先は一致していた。
ある者は、出戻るように東へと向かい。
ある者は、剣に祈りを込めながら南西へと向かい。
ある者は、かけがえのない仲間を連れて真っ直ぐに西へと向かった。
彼らの行く末にあるのは_____空白の大地と、そして血塗られた戦いのみ。
そしてその戦いは_____後の歴史において、重大なターニングポイントであるとされることとなるのだ。
この世界にとっても_____あの世界にとっても。
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