第5話 英雄


「__________っ?!」


 予想だにしない出来事に、イルトも驚愕する。聖王剣は例え相手が巨竜であっても一撃で殺すほどの最強の剣なのである。その剣を止めることができるものなど、この世には存在しないはずなのだ。

 _____同じ聖王剣を除いて。


「バカな_____聖王剣?!何故貴様が持っている!」


 瑛人が左手に構え、イルトの持つ聖王剣を受け止めるのは、白く輝く聖王剣であった。色合いが異なるが、そこから発せられる神々しい力は紛れもない聖王剣である。長きにわたって使い続けてきたイルトだからこそ、それが紛れもない聖王剣であることを理解することができた。

 だが、それはイルトが手にするものとは違うようだ。距離を取ったイルトがその剣を観察していると、瑛人が手にしていた白い聖王剣は光を発しながら既に崩れ始めている。不滅の金属でできている聖王剣が砕けるなどあり得ないため、何か特殊な術を使ったのだろうか。


 よく見ると、聖王剣から溢れでた光と同じ光が、瑛人の左腕の付け根から漏れ出ていた。光が漏れ出る速度は徐々に加速し、巻き上げるかのような風が起きる。風と共に荒れ狂わんばかりの力の奔流が発生し_____イルトの目に、瑛人の左腕につけられた紋様が写った。


「__________あり得ん」


 イルトは、その紋様を知っている。縦に長い菱形に重ねられた、同じ大きなのばつ印。その紋様が体に刻まれることは、この世界そのものにとって絶大な意味を持つのだ。


「貴様のような未熟者が_____『英雄』に覚醒したというのか……!」


 イルトは普段絶対に見せることのない、驚愕の表情を仮面の奥で浮かべる。

 『英雄』

 それは単に、人々の祝福を受け戦う者の名ではない。この世界の根底に根付く、特別な意味がある。そして、そこには特別なルールが存在するのだ。

 それすなわち_____『英雄は、一つの時代に一人しか生まれない』というルールだ。それに瑛人が選ばれたことが意味するのは_____


(なぜだ?この時代の歴史は、こいつを選んだとでもいうのか?)


 瑛人が、歴史そのものに選ばれたという意味である。


「…………」


 瑛人は、自分が助かった状況を理解できていない。右腕を失った痛みはまだ残っており、出血は止まりそうにない。そのせいで既に意識がぼやけている。

 だが、左腕から何か熱いものが流れ出ていることは理解できるし、自分を殺そうとしていた騎士がなぜか自分を殺さないでいることも理解できる。

 だが、それだけだ。自分が生きているかも死んでいるかも、今の瑛人の意識は気にしていない。

 そんなものを気にせず、ただ目の前の危機に対処するだけである。


 イルトは冷静に瑛人を観察し、力を分析する。相変わらずその力は自分よりも遥か下であり、瑛人自身も冷静さを取り戻しているわけではない。技量も圧倒的な差があり、これが埋まることはないと断言できる。

 だが、左腕に発言した紋様と、そこから流れ出る力の奔流は、決して無視できるものではない。模造ですぐ壊れてしまったとはいえ、聖王剣を作ったその力はイルトほどの強者すらも脅かす可能性があった。

 だが、己の使命は変わらない。最大限の警戒をしつつも、イルトは敵を確実に仕留めることの技を放つ。

 敵を纏う始素エネルギーごと砕き、残滓すら残さない最強の攻撃技。超高密度の神聖なエネルギーがあって初めて成り立つ技を、聖王剣に纏い放つ。


霊砕撃ゼロコラプス


 ありとあらゆる防御を破壊する最強の攻撃。喰らえば、何も残らずに消滅することになる凶悪な攻撃を前にして_____


 瑛人の手には、紋様から漏れ出た光が集まり、再び聖王剣が形作られる。

 霊砕斬を纏ったイルトの聖王剣は瑛人が握った聖王剣に触れ_____甲高い音と共に、受け止められることとなる。


(厄介な……!霊砕斬を防御できるのは、同じ神聖なエネルギーを纏った聖王剣の他にない……。それを今この場で都合よく現出させられるとは……!)


 拮抗は長く続かない。次第に二人の鍔迫り合いは徐々に瑛人が力の差で押されることとなり_____次の瞬間、爆発音と共に瑛人が吹き飛んだ。霊砕斬を構成していたエネルギーが効果不発となったことで、力が霧散したことによる爆発である。


「ぐあっ……!」


 ゴロゴロと転がる瑛人に、もはや戦意は残っていない。聖王剣も消え失せ、意識も朧げである。


「……理解できんな。は、こんな奴を認めるのか」


 イルトは爆発の影響で一部が砕けてしまった仮面の奥に潜む、サファイアのような青い目を覗かせながら立ち上がった。


「まぁ、英雄だろうが関係ない。異世界人であれば、斬るのみだ」


 イルトは頑固な性格なのである。たった一度の失敗程度で、重要な任務を放棄することはない。最強の技は防がれてしまったが、それなら術など必要としない剣技だけで殺せばいいだけのことである。

 瑛人は地面に転がり、そこに抵抗の意志は見えない。反撃の余地に警戒をしながらも、確実に仕留めることができる剣技で、確実に仕留めるのだ。


「そこまでにしてください!!!」


 殺気立っていたイルトは、突如として聞こえてきたあまりに素っ頓狂な声に、思わず動きを止められることとなった。

 無理もない。なぜなら、イルトの目の前には、この場にはあり得ないような人間がいたからだ。銀色の髪を揺らし、既に壊滅したはずのビザント王国の軍服を身に纏った少女_____シルヴィアが、目の前に立っていた。

 イルトは戦いながらも、周囲への警戒を怠らない。敵意や悪意に対する察知能力に優れ、どんな敵でも逃さないからこそ、イルトは序列一位になれたのだ。だというのに、この少女の接近に気づくことができなかったのだ。


(……そうか、この少女は何の敵意も悪意もなく近づいてきたのか。これほどまでに殺気に満ちた戦場に、たった一人で)


 周囲に、少女以外の人間の気配はない。そして、少女はなぜか標的の目の前で、標的となる異世界人を守るように自分の前に立ちはだかっていた。


「……私は聖騎士だ。私の邪魔をすることが、どういうことか分かるか?」

「……分かっています。神の導きの代行者たる聖騎士の行いとは、いついかなる場合であっても正義の指針であり、清廉なる聖者の行いであると習いました」


 シルヴィアは、イルトの放つ殺気と圧に気圧されながらも、気合いで言葉を振り絞る。額を汗が伝うが、それは流した血に比べれば、ちっぽけなものだ。


「君は神の導きに立ちはだかっている。その目的によっては、今この場で切り伏せることも厭わない。_____そこをどきたまえ。五秒以内に、君もろとも斬る」

「どきません。彼は、聖騎士ともあろう方が斬っていい人ではありません。あなたは彼の境遇を知っているのですか?」


 予想外のシルヴィアの反応に、イルトは面食らった。剣を構えた聖騎士を前に、ここまでの胆力を見せる人物は初めてである。畏怖の念を向けられたことはあれど、ここまで真っ直ぐな反発を見せられた時どうすべきか、イルトは分からなかった。


「……君たちビザント王国の祈術師が呼び出した、異世界人。呪術によって強制的に従えさせられ、ルートの魔物を虐殺したのち、自分を支配したビザント王国に対しても同じ仕打ちをした」

「ええ、そうです。ですが、彼に悪意はありません」

「ならば裁くのは間違いだとでも?何を考えていたにせよ、破壊を振りまく力の塊であることには変わりない。これ以上の厄災となる前に、その芽を摘むだけの話だ」


 聖騎士の役割は、平等な裁きを下すことではないのだ。人々の厄になるから、排除する。ただそれだけのことなのだ。そもそも、聖騎士の動きは平等かどうかなど論ずるまでもないことなのだが。

 だが、シルヴィアはそんな前提を全て無視して言葉を続けた。


「ええ、間違いです。確かに彼は人を大勢殺しました。しかしこれからも同じであることは絶対にありません」

「何の根拠があってそんなことを_____」

「彼は、英雄を呼び出すための召喚術によって呼び出されたのです。善良な心を持ち、力を正義のために使える、高潔な英雄を指定して呼び出しました。五十人近い祈術師が合同で術を起こしたので、そこに間違いなど生じません。彼は、元から善良な人間なのです」


 英雄召喚では、それを発動する力が大きければ大きいほど、呼び出す英雄を指定して呼ぶことができる。シルヴィアも参加した召喚術は、国をあげてのものであり、召喚する英雄の魂の本質を指定することにまで成功していたのだ。


「だからなんだ?それをこの国の呪術師が支配してしまったのだろう?確かに彼は高潔な人間かもしれないが、それを君たちが厄災にしてしまったのではないか!」

「呪術はもう既に解けています。そして、彼は虐殺を起こしてから一ヶ月間は何も虐殺行為を起こしてきませんでした。あなた方が脅威として認定した者など、もういないのですよ?!」


 ここがシルヴィアの瀬戸際だ。シルヴィアの言い分としては、「今の瑛人」と「かつて暴れた瑛人」を分けて考えるべきであるというものである。もしこの言い分が通るのであれば、今の瑛人は何の害ももたらさない、ただの少年である。


「支配されてしまっただけの被害者を、暴力でもって殺すことが神の導きとでも言うのですか?!もう人を殺すこともない人を、既に傷ついて涙を流している人を、その剣で斬ることがあなたの仕事なのですか?!」

「…………君は」

「答えてください!」


 目から涙をポロポロと零しながら、ものすごい剣幕でイルトに怒鳴るシルヴィア。例えどんな脅しをかけようとも、今のシルヴィアを引き退らせることは難しそうだった。

 イルトはそんなシルヴィアの様子を見て_____その顔が、涙を浮かべた金色の髪の少女と重なった。


(__________っ!)


 心臓が止まりそうになるほどの衝撃がイルトの胸の内を伝う。衝撃はやがてイルトが握る剣にまで伝わり_____ざわりと沸き立った殺気を収めることになった。

 目の前の、例え今この瞬間真っ二つに斬られても後悔をしないであろう少女を見て、イルトの殺気は霧散してしまったのだ。


「……君の名前は、なんという」

「……シルヴィア・アールウェイン。ビザント王国の宰相、イルフェン・アールウェインの娘で、ビザント王国の上級祈術師です」

「アールウェイン家の娘、か。随分と面倒な目に遭ったことだろう」


 シルヴィアは、イルトの殺気が霧散したことを感じ取っていた。成功するかも分からない言い分が通ったことに、喜び以上に困惑を感じていた。


「……『ビザント王国を壊滅させた正体不明の異世界人は、シルヴィア・アールウェインという人物によって逃亡を幇助され、姿を眩ました』」

「……!」

「『異世界人の逃亡を幇助する者も同じ罪である。シルヴィア・アールウェインもビザント王国破壊の共犯として、早々な処刑を求められたし』」


 イルトは無機質な声でそう告げると_____マントを翻し、シルヴィアと瑛人に背を向け去っていく。


「これが最初で最後だ。次は言葉を交わすこともなく斬る。死ぬ準備をしておくことだ」


 そんな言葉を残し、イルトは消えていった。シルヴィアは緊張が抜けたことで、膝を落として座り込んでしまう。


「……ええ、ありがとう。さようなら」


 まさか成功するとは思ってもいなかったため、あれは聖騎士なりに真剣に考えてくれた結果なのだろう。声は届かないだろうが、それでも感謝を告げる。





__________





一方、バンジとジオ&フェリスの戦い。


「いい加減にしやがれ!鬼炎斬きえんざん!」

「本当に強いな……!空間切断エンドスラッシュ


 バンジが放つ『鬼炎斬』は妖鬼が放つ技の中では最もスタンダードな技だ。荒ぶる鬼の力を纏う炎『鬼炎』と、磨き抜かれた剣技が合わさったその斬撃は、直線上にあるありとあらゆる物質を焼き斬る。

 しかし、バンジは並大抵の『妖鬼』ではない。単独で一師団の軍団すらも壊滅させうる危険な魔物として脅威度4の判定を受けている、戦闘に特化した強力な妖鬼だ。   

 纏う鬼炎は普通の炎ではなく、黒い輝きを放っている。地獄の業火のようなその炎は単に温度が高いだけではなく、例外なくありとあらゆる物質を激しく燃焼させるのだ。その炎____『獄炎ごくえん』と合わさったその斬撃は、直線上にあるものを焼き尽くすだけでは止まらず、周囲の全て______金属も空気も全て発火させてしまう。爆発的な炎の転化により、一瞬にして全てを破壊するのだ。


 対して、ジオが放つ『空間切断』は、剣そのものが結界となり、斬撃の直線上にあるありとあらゆる物質の結合を引き裂く。イルトの使った『霊砕斬』には及ばないものの、物理的な防御を無効化し、防御するには剣を纏う結界を遥かに上回る強度の結界でなければならないのだ。


 あらゆるものを焼き尽くす剣と、あらゆるものを切り裂く剣がぶつかり_____絶大なエネルギーの衝突によって、衝撃と突風が巻き起こる。炎はジオの剣すらも焼き尽くさんがばかりの勢いであったが、剣を防御する結界がその炎を阻む。逆に、結界もバンジの炎に妨げられ、剣を砕くことができない。

 結果、二人は強い力によって弾かれる結果となる。お互いがお互いを一撃で殺しうる攻撃を放ち続ける中、緊迫した戦いが続いていた。


(聖騎士二人、しかも連携バッチリときたか)


 バンジはジオに弾かれた後も、自分を追尾する光の矢を避け続ける。フェリスの放った矢は魔物が体内に持つ始素生成機関を破損させる効果が付与されているため、少しでも掠れば始素を生成できなくなり、生命活動を維持することすら難しくなる。それが追尾してくるのだから厄介この上なく、全てはたき落とさなければならない。


(一対一なら勝てなくもないが……二人相手は流石にまずいな。力の差がありすぎる)


 妖鬼であるバンジが有する始素は膨大であり、全力解放すれば地形が変わるほどの絶大な力を誇る。人間相手に遅れを取ることなどなく、一度始素を解放してしまえばそれだけで勝負がつく。

 しかし、聖騎士は人間の中では最上級の怪物なのである。人間であるにも関わらず妖鬼であるバンジと変わらぬほどの始素量を誇り、その戦闘技能も凄まじい。全員が神聖な力による強化を施され、魔物殺しに特化した武装をしている。そんな強者を二人も相手にして生き延びいているバンジの技量は賞賛すべきものであるが、だからといってこの現状を打開する策は浮かばない。


「おい妖鬼さん、そろそろ諦めてくれねーか?あんたが勝てるとは思えないし、この場にはイルトさんもいる」

「ほざけ。俺が死んだら、人間を含めて悲しむやつがごまんといるからそれは無理だ。聖騎士の方が、友達は少ないんじゃねーのか?」

「うっわ、意地悪なこと言うなー。聖騎士に友達なんていないさ。いるのは一緒に任務を遂行する同僚と、守るべき民だけさ」

「寂しいやつだな。働き甲斐のない仕事なら、いっそ転職してルートに来ないか?」

「へぇ。三食飯付き、休暇付き。そんでもってクソな魔物を殺せるなら、いいぜ」

「……不採用だな。条件改めて出直して_____」


 再び、ジオの剣とバンジの刀が強大な力を纏い衝突する。


「死ねっ!!!」

「くたばれっ!!!」


 地面が抉れ、突風で家屋の屋根が吹き飛ぶ。強大な力の衝突は、街の外にまで衝撃が響き渡るほどであった。


「クソがっ!!!なんで人間のくせにこんな強いんだクソがっ!!!」

「こっちのセリフだ!!!魔物のくせにいい刀持ってやがるな!!!」

「この刀は名工が作ったんでな!!!教皇のジジイがおまじないかけただけの剣には負けねぇよ!!!」

「言ったなこの野郎!!!教皇のジジイのまじない、お前も受けてみたいか!!!」

「"ジジイ”って言ったことには怒らねぇのか!!!変な聖騎士だ!!!」

「ジジイなのは本当だからな!!!」


「ジオ、あなたね……」

 

 フェリスはジオの聖騎士としてあるまじき振る舞いに頭を抱える。聖騎士は序列一位のイルトを除き、基本的には二人一組のペアで行動する。ペアを組むことで、お互いの苦手な範囲を補い合い、あらゆる任務の遂行を可能とするためだ。フェリスは元々祈術の行使を得意とする騎士であり、様々な術を行使して戦う。一方、ジオは剣才に優れた剣士であり、神聖な力を纏った剣を使って敵を斬るのだ。そのため、こうした強大な魔物を相手にした際はフェリスが場を整えた上でジオを強化し、ジオが剣でもって敵を殺す作戦を取る。

 この作戦であれば、聖導教が定める魔物の脅威度で4〜5の魔物に対してもペアで対処できる。そのため、脅威度が4程度と思われるバンジに対しては問題なく勝てると思われた。

 だが、バンジを仕留めることができずにいた。遠目に見ていたフェリスから見れば何度か仕留める機会があったはずだが、ジオはなぜかその機会に踏み込んでいないのだ。


(ジオはなぜ仕留めないのかしら?躊躇っている訳ではないでしょうに、一体何を考えているのかしら)


 ジオに何が見えているかは分からないが、ジオは魔物相手に加減をするほど甘くない。引き続き結界の維持とジオの援護をしつつ、戦いを終わらせるためにジオにさらなる強化をかけることにした。


「ジオ、早く仕留めなさい」


 フェリスが術を紡ぐと、ジオの鎧と剣をさらに強力な神聖なエネルギーが包み込み、ジオの鋭い剣がさらに強化される。

 _____しかし、フェリスの行動は完全に裏目に出ることとなる。


「馬鹿野郎っっっ!!!強化はダメだ!!!」

 

 突如としてジオは叫ぶ。ジオはフェリスの祈術によって確かに強化されており、剣技での勝負ではやや優勢だった状況が、さらに優位になった。真正面からの斬り合いであれば、負けることなど確実にない状況だったのだ。

 しかし、バンジは最初から真っ向勝負をする気などない。相性が悪い中、少しでも時間を稼いでいたのだ。それも、ちょうど都合よくジオが強化される瞬間を待っていた。


「ジジイのまじないは裏目に出たな。_____燃えカスになって消えろ、炎炎ノ浄えんえんのじょう!」


 バンジの手に、白い火花を散らした炎が灯る。マグマのような『獄炎』とは異なる、花火のような光りを発する炎。その炎が有する効果は『活性化』である。

 本来、この炎は始素を持つ魔物の体を治す際に使うものだ。炎によって体内の始素の動きを強め、治癒効果の増大を促すのである。他にも、この炎を術と組み合わせることによって効果を増大させることもできる。

 そのため、本来は味方対して使うものであり、敵に使うことなどあり得ない。しかし、ジオにはフェリスの術によってやや過剰なまでの強化が行われていた。それを、さらに過剰に活性化させるとどうなるか。答えは簡単で、制御できないほどに力が高まり、暴発を引き起こすのである。

 

 バンジが手に持った炎は後退したジオに放たれる。高速で放たれたそれをジオは剣で弾き落とそうとするが、それが逆に最強の攻撃を可能にしてしまった。剣を伝いジオの体に影響を与え始めた火花は、強化を施していたフェリスの術を活性化し、ジオの体内に過剰な負荷をかけ_____雷を落とされたかのような衝撃と共に、ジオが倒れることとなった。


「おまえ……セコいぞ……」

「あれ食らっても生きてんのかよ。聖騎士ってのはマジで化け物だな」


 バンジは完全にジオを殺す気で炎を放っていたので、ジオが全身からプスプスと煙をあげているだけの怪我であることには驚きだった。もっとも、戦闘不能状態になっているのは同じなのだが。


「ジオ……!」

「安心しろよ、殺す気はない。あ、いや、殺す気はあったけど、戦闘不能になったやつの首を狙うつもりはねーよ」


 フェリスが己の失態に気づき、剣を抜いて向かってくる。ジオの敵を取るべくバンジの前に立つが、戦いを始めるより先にバンジの殺気が収まったのだ。


「……どういうつもり」

「俺は魔物と人間は分かり合える生き物だと思っている。だから、あんまり積極的に人間は殺したくないんだ。殺そうとしてくるなら別だが」

「ふざけるな。魔物風情に情けをかけられるつもりはない!」

「じゃあるか?後方支援担当のアンタじゃ、俺との相性は悪そうだが。それに_____」


 バンジは、刀をジオの首へとかけた。


「『殺したくない』ってだけで、殺せない訳じゃないんだ。所詮俺は醜い魔物なんでね、卑怯な真似はとことんさせてもらうぜ」

「…………」


 誇り高い聖騎士であれば、相手が魔物であれば例えどんな強敵であろうとも立ち向かうだろう。しかしバンジは魔物だ。己の理想に反することであれ、自分の命に関わることであれば躊躇いなく卑怯な真似でも使う。命を何よりも大事にする魔物の価値観を持つバンジだからこそ、こういったことができるのだ。


「……はぁ、もういいわ。やめておきましょう」


 フェリスは今にも飛びかかりたいところだったが、なんとかここで思い止まった。本気で戦えばバンジは倒せる相手だが、その時負傷したジオまで守り切れる保証はない。


「あなたは元々、人間を傷つけない妖鬼として有名ですもの。殺しても、あまり利がないわ」

「はっ、聖騎士がそれを言っていいのかよ」

「問題ないわ。あなたが人を傷つけず、魔物による人間への攻撃を阻止してくれる限りはね」

「別に聖導教が好きなわけじゃねーぞ。悪口を百個言ったら戦う気になるか?」

「魔物の戯言に付き合う気はないわ」


 そう言うと、フェリスはジオに治癒を施す。ジオはそこまで重症ではなかったらしく、すぐに元気になって立ち上がった。


「思ってるより三倍じゃ丈夫なやつだったんだな。お前、普通の聖騎士じゃないだろ」

「うるせーっ!!!よくもまぁ、俺のかっこいいマントを燃やしてくれたな!!!次会ったら『聖炎』で燃やしてやるからな!!!」

「冗談にもならねぇな。やっぱここで殺すか」

「ジオ、もう行きましょう。イルト様ならもうすぐ決着をつけているわ」


 フェリスの言葉を聞いて、バンジは先ほどまで自分が追っていた異世界人のことを思い出した。


(そういえばあいつはどうなった?もう一人いたヤバめの聖騎士が追っていたが、無事か?)


 バンジの目的はただ異世界人_____瑛人を殺すことだけではない。瑛人の死を広く知らしめることで、戦争はルートが勝利したことにし、魔物たちが抱える人間への憎しみを少しでもやわらげるためである。そのためには瑛人の首を持ってかえる

必要があり、今ここで聖騎士によって殺されてしまい闇に葬られるのは都合が悪いのだ。

 瑛人を追っていたもう一人の聖騎士は仮面を被っていたが、有している力の大きさはジオやフェリスよりも遥かに大きいものであったことを覚えている。


(二人一組の聖騎士が三人になっている。単独で動くことができるのは序列一位のみだとすると、追っていたのは一位のやつか)


 いくらあの異世界人が強くとも、聖騎士序列一位_____イルト・ランバーレッド相手では生き残れないだろう。聖騎士の序列一位とは伊達ではなく、当代の人類最強の戦士を意味する言葉なのだ。

 生き残っている可能性はないに等しいが、それでも僅かな可能性がないとも限らない。バンジはすぐにその場を離れ、巨大な力が放たれている方角に向けて走り出した。


「おい待てコラっ!!!その気になればお前なんて楽勝なんだからな!!!俺の剣の方が強かったもんね!!!」

「ジオ、やめなさい。気品のない負けセリフは聖騎士としてみっともないわよ」

「お前のせいだけどな」

「うっ……」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る