第2話 殺戮の日


俺は砂嵐が吹き荒ぶ砂漠の中を歩いていた。


なぜここを歩いているのかは理解している。ここに来るまでの記憶も、しっかり残っている。

たが、体のどこにあるのかよく分からないものが、目に映るものを絶対に受け入れまいとしていた。そのせいで、体がひどく重い。


記憶の始まりは、体育館裏だ。二宮という名前の可愛い女の子に、告白しようとしたのだ。革靴を磨き、ミントガムで口臭を消臭した。朝六時に起きて、癖毛を治すために母さんのヘアアイロンを借りた。

そうして手紙を渡し、体育館裏に呼び出すことに成功して、飾られた言葉を決めようとしたのだ。


なのに、次の瞬間突然意識が消えて、気づいた時には昔のヨーロッパにありそうな石造りの神殿の中にいて。修道服を着た美しい少女に色々なことを説明された。理解できる単語が出てきたことと、いきなりドラゴンと戦わされることが回避できて安心したことを覚えている。


そして、そこから先の記憶も。いきなり黒服の集団が入ってきて、国王らしき人物が少女に何やら説教をしていて。そしていきなり、鎖によって縛られ、意識を失った。


_____そして、気づいた時には、戦場らしき場所で俺ははりつけにされていた。処刑されるかもしれないと思い大いに冷や汗をかいたが、そういうわけではないらしい。ただ、俺を縛った赤い鎖はそのままにされていた。黒服の集団が何かを唱えているのもそのままだ。


磔にされている場所から周囲を見渡すと、ちょうどずっと遠くの方に大勢の人影があるのが見えた。後で気づいたが、それはひしめく魔物の軍勢だった。明らかに人外の姿をしたもの達が槍や剣を構えており、ビザント王国の軍勢を迎え撃っていたのだ。

その後、魔物達が動き始め、塹壕を出てこちらにまっすぐ向かってきた。やばいんじゃないかと思った時、俺の体中に電気のような衝撃が走り、視界が真っ赤に染まった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」


喉が焼けて血を吐くほどに叫んだ。全身を隈なく激痛が走り、意識が遠のく。だが、遠のいた意識は無理矢理引き戻され、真っ赤になった視界には近づいてくる武装した魔物達が映った。耳も冴え渡っていて、まだ遠くにいるはずの魔物の呼吸音が、近くにいた黒服達の声が全て聞こえた。

そして、耳から取り入れた音ではない、別の声が聞こえた。頭の中からその声は響いており、しばらくしてその声を発しているのが自分であることに気づいた。


『殺せ、殺せ、殺せ。全て、殺せ』

「……殺す、殺す、殺す。全て、殺してやる」


頭の中の声を反復するように、叫び声で張り裂けたはずの喉から声を紡ぐ。言葉にした途端、信じられないほどに巨大な力が体の底から湧き上がってきた。

この世界の端から端まで、全てを己の手で握ることができるのではないかというほどの、圧倒的な解放感が体を貫く。赤い鎖を簡単に引き剥がし、近くにあった武器を適当に掴み、自分に向かってくる愚か者達に剣を振るった。


『殺せ、殺せ、殺せ。隅々まで殺し、端から端まで綺麗に殺せ』


言われた通り、隅々まで、端から端まで綺麗にした。剣はとても軽く、振れば簡単に肉が裂け、大地が裂け、大気が裂けた。一振りで数十の肉塊が事切れ、剣を素早く振れば一瞬で何百もの肉塊が裂けた。


「ひ、ひいぃっ……!」


猪の顔をした魔物が、怯えた声を出した。その声に反応するかのように体が動き、虫を叩くかのように剣を振るった。

猪の顔をした魔物と、後ろにいたトカゲの顔をした魔物數十体が、一撃で粉微塵になった。そんなことを繰り返しているうちに戦場は赤い霧が立ち込めるようになり、見渡す限りの赤い川が流れていた。

俺はそんな荒野の中にひとりポツンと立っていた。少し寒かった。体には、まだ赤い鎖が残っていて、頭の中でこだまする声はまだ消えない。俺の足は、そのまま動き続けた。


次に向かったのは山の上にあった要塞だった。石造りの要塞の上に、たくさんの魔物が構えていた。銃を構えている者もいれば、剣や槍を持ち、鎧で武装した者もいた。ただそれを気に留める間も無く、一瞬で要塞は塵になった。剣を振るえば石の要塞が崩れ、中にいた生き物達が砕けていった。大砲や銃が炸裂する音が鳴っていたが、鳴った方向に意識を向けた瞬間に砲手や銃兵は粉微塵に砕かれていた。


次に向かったのは、魔物の駐屯基地と思われる場所だった。街のようなものができており、武器を持った魔物だけではなく、商売をする魔物もいた。

とりあえず、関係なく斬った。剣を振ったら街が裂けて、そのまま剣も折れてしまった。仕方なく近くにあった剣を取る。ボロボロの剣だったが、握った瞬間に剣を光が覆い、切れ味の優れた名剣になった。

そしてその光に導かれるように、全部斬った。街も、物も、彼らも全て。残ったものは、瓦礫だけになった。


そんなことを何度も続けているうちに、砂漠に出た。そして、今に至る。

全て鮮明に覚えている。もう一度おさらいしよう。俺は二宮に告るところでなんか知らない世界に飛ばされちゃって、めっちゃ可愛い子いると思ったら黒い服の怖い人たちがやってきて、それから縛られて、めがさめたときにはたくさんのまものがいて、そしたらすごくいたいおもいをして、きづいたらけんをにぎってころしまわって、たくさんきりました。かみのけをきったり、きゃべつをせんぎりにするのとおなじように、いっかいでたくさんきりました。あかいものがたくさんふってきて、ちょっとだけぬるくて、はしりながらとにかくきりまくりました。

そしてつぎつぎにいろんなばしょをまわって、うごくものをみつけては■しました。きりさきました。まっ■たつにしました。またはしって、また■しました。やまのうえにいたやつらも■りました。まちにいた■たちもおなじくさきました。きって、■して、きって、さいて、さいて、■して、さいて、きって、■して、■して、きって、■して、さいて、■して、■して、■して、さいて、■して、■して、きって、■して、■して、■して、■して_________

■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■して■してって■ししして■て■ししてて■してれれれ■しれ■ててって■ししてして■し■て■■■し■て■■て■■■■■し■■■し■てして■■■■■■■■■

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_____気づいた時には、ここにいた。どうやら喉も回復したらしく、声が出せるようになっていた。最初に出す声をどんな声にするのかは、もう決めていた。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ははっ」


乾いた笑い。もうこれしかない。

体中を貫く途方もない快感と、死して腐敗した生き物をそのまま飲み込んだかのような凄まじい不快感の二つが同時に満タンに達したこの体から出るものなど、それ以外にあるものか。


「あはっ、ふへへっ、あふはっ、ははっ」


乾いた笑いが喉から漏れるのと同時に、腹に入っていたものが逆流してきた。酸っぱい味のまま吐き出されたのは、今朝家を出る時に口にしたトーストである。今日はいちごジャムを塗って食べていた。消化されて、パンの形の原型は残っていないが。


「げほっ、えほっ、はははっ、おえろっ、がっ、はぁ、あははっ……」


口の奥から止まらずに色んなものが流れてくる。腹に入っていた消化不良の食べ物共だけではなく、絶対に出てこないような液体とか、痰とか、唾とかも出てきた。残さず、砂の上にこぼした。

それから、口以外からも液体が漏れ出てきた。鼻からは水っぽい鼻水が溢れ出てきた。とても汚い。拭くためのティッシュは常備しているはずだが、ポッケには入っていなかった。仕方なく、いつの間にか身に纏っていた布でそれを拭き取った。

そして、目からはボロボロと熱い液体が流れ続けた。目頭が熱くなり、ボロボロと落ち続ける。砂の上には色んな液体が落ち続け、地面に染みを作っていた。


「ぶへへっ、あはっ、ふへへへへへっ、あはははっ、だははは、かははははっ……」


人体からこんなにたくさんの種類の液体が出てくることがたまらなく滑稽だった。イカれた自分自身が堪らなく滑稽で、イカれたこの現状も滑稽だった。

そして、ちゃんと呼吸をして言葉を話す生き物を生きたままズタズタに引き裂いてた感覚が、肉をずりずりと引き裂いて打つ感覚が、血の温かさと生臭さが、悲鳴と嗚咽の数々が。

そんな色んなものが自分の中にどっと押し寄せて、俺という存在はとっくのとうに埋もれてしまっていた。


「げへへっ、ふへっ、あははっ、いひひひひひ、ひひひへへ、ははっ、ははっ、はぁぁぁぁ、あはははははははははははは、ひゃはははははははははあ、あっはっは、ははは、ふふふふっ、ふへへへ、ふふ、うへへへへ、げへへへは、げはははははははははははははははははっは、ははっはっはっはっはっは、はははははひひひひ、ひひへへへ、ぶははははははははははははははははははははは、がはははははははははははははははははははは、あはっはっはっはっは、ばはははははばははばはははははははははははは、わはははははははははははははははははははははははははははは、げははははははははっははははははっははははははははは!!!!!!!!!!!!」





_________





そしてまた気づいた時には、俺は大勢の人に囲まれていた。いつぞやの、黒服の集団だ。朧げな記憶ではあるが、確か呪術とかなんとか言ってた集団だ。


「我らが英雄によって、ビザント王国は長年に渡る戦に終止符を打つことに成功した!最大の敵ルートは消え、恵み豊かな大地は我らのものとなったのだ!

_____英雄様万歳!英雄様に国を挙げての祝福を!」


黒服の集団の周りには、軍服に身を包んだ兵士たちがひしめいていた。全員が武器を持ち、歓喜の表情を浮かべていた。戦争の終焉に祝福を送り、敵を屠り尽くした俺に対して畏敬の情を向けていた。

喜びが、その場を埋め尽くしていた。いつぞやの国王も広場の前に立っており、何か演説している。


「此度の戦でもって、魔境ルートは我らビザント王国のものとなった。諸君らにはこれまで大変な苦労をかけたと思うが、これからは安寧の時代が訪れるだろう。これからも、王国と人類の幸せのために、力を合わせていこうではないか!」


国王の演説に、広場に集まった群衆が万雷の如き拍手喝采を浴びせる。

「国王陛下万歳!」

「ビザント王国万歳!」

「「「万歳!万歳!」」」


_____大きな音がその空間を埋め尽くす。それまで聞いたことがないほどの大きな音が、俺の耳をつんざいた。

_____うるさいな、と思った。それに、相変わらず俺を縛り続ける赤い鎖も邪魔だった。あと、いい加減腹も減ってきた。そういえば、ここ数日何も食べていない気がする。あと、眠い。体も洗ってないし、いたるところが痒い。

_____どうしてこうなった?ああそうだ、俺はどうやら異世界とやらに召喚されたらしい。そして、ビザント王国という国のために、敵となる大量の魔物を殺すことを強制されたのだ。今思えば、頭の中に響いていたものは呪術というやつなんだろう。剣の一振りで地面を割るようなことはできないはずだったが、そこは英雄様とやらの面目躍如というやつで強化されてるに違いない。

_____大丈夫、俺は正気だ。俺の名前は葉村瑛人、十七歳だ。咲美ヶ原さきみがはら高校に通っている。学年の中での立ち位置は『人気者だけどモテない』だった。趣味はボードゲームとサイクリング。そんでもって、ごく普通の日本人。

_____いい加減、このクソみたいな状況も嫌になってきた。どうしたらいい?考える、考える。_____ああそうだ、簡単な方法があった。さっきまで、そればっかりやってたんだから、わかりやすい。


さっきまでと同じように、目に留まったものを全部斬ってしまえばいい。


そんな考えが頭の中に浮かんだ瞬間、また同じように力が湧いてきた。ああ、これだこれだ。腹に溜まった吐瀉物としゃぶつを、声をあげながら思い切り吐き出す感覚。

まず最初に、腕を縛っていた鎖を千切った。次に、腰を縛っていた布を千切った。


「えっ?」


近くにいた黒服がそんな抜けた声を出した。なんか不愉快だったので、鋭く手を振って裂いた。手が汚れるといけないから、記念品のように備えられていた剣を手に取った。


「お、おい、どうなってる!なぜ呪縛が_____」


さっきと同じだ。ギャーギャー叫ぶやつの口を無くせばうるさいのは止まる。

剣を一瞬で五振り。そしたら、近くにいた黒服の全員が血飛沫をあげて吹き飛んでいった。


「え?え?」


近くにいた兵士たちが呆然とした表情を浮かべている。それも不愉快に感じたので斬った。近くに備えられていたまん丸な石を投げたら、それが五人くらいの兵士の体を貫いていった。


「う、うわぁぁぁぁぁっっっっ!!!」


意味を持たない言葉が、一瞬にして広場中に満ちた。人は遥か彼方まで空間を満たしているが、恐怖心に満ちていて、これまで斬り捨ててきた魔物たちに比べれば簡単そうに思えた。

あとは、既にやったことの繰り返しだ。斬って、裂いて、殺しまくる。兵士たちがたくさんいたから、剣以外にも色んな武器があった。銃を撃ったり、槍を投げたり。大砲の弾を、自分で投げたりもした。

そこは都市の中にある場所だったから、兵士たちを平らげたさらにその先にも大勢の人間がいた。全員が恐怖心に満ちているか、あるいは発狂していた。その様子は、ちょっとだけ自分に似てたから、積極的に殺す気にならなかった。

別の方向を見ると、俺を縛った呪術師と同じ服を着た黒服と、同じ形の白いローブをまとった集団がいた。全員で何やら唱えごとをしていた。しばらくその様子を眺めていたら、赤だったり黄色だったりのレーザーが吹っ飛んできた。なんだこれは。

面白いから、避けながら撃たせ続けてみた。レーザーはそのまま建物は地面を簡単に抉っていく。かなり強力そうだった。どれくらい強いのかを知りたくて、剣で斬ってみたら、案外サクッと切れてしまった。剣の一振りでどうにかできてしまうレベルということだ。


「ば、化け物……」


あんまりちまちま撃ってきて面倒だったので、全員殺した。一人だけ生き残りがいて怯えていたが、不愉快だったので、その首を蹴飛ばした。

でも、それで終わりではなかったようだ。平になった兵士たちが転がる広場に、明らかに強い力を纏った者が何人か現れた。魔物と戦った時も、明らかに突出して強い力を纏った者がいたので、それと同じなのだろう。不思議なことに、目を凝らさずとも彼らから流れる色のついた蒸気のようなものが見えた。あれは何なのだろうか。気?オーラ?それとも魔力とか霊力とかか?

_____まぁ、どうてもいいことだが。


「これだから召喚なんてやめておけと言ったのに。オルティノスも愚かなことをしたな」

「やはりこの世界の戦いは量より質だな。帝国式の軍も、これで完全に崩壊してしまったよ」

「でもまぁ、おかげでようやく戦えるわけだが」


ゾロゾロと十人ほどの人間が現れる。男も女もいるし、老人もいれば子供のような者もいた。全員が普通の人間とは異なった、不思議な力を持っている。


「おい英雄さん、名前はなんていうんだ?」


理解できる言葉で質問が飛んでくる。人と会話をするのは久しぶりだったので、答えてみることにいた。


「……葉村瑛人だ」

「ふむふむ。名前は北西域の島国に似てる響きだな。異世界から来たんだって?」

「そうみたいだ」

「ははっ、なんだ普通に会話できるじゃん。良かった___よ!」


会話をしながらも、話しかけてきた男が殺意を滲ませているのは分かっていたので、一瞬で背後を取られて首を狙われても反応できた。


「ははっ、マジかよ。今の反応するのか」

「そんなに早くないな」


男は避けられても全く怯むことなくナイフを振るう。常人では目で追い切れないほどの速度でナイフが振られ、目の前の空気が裂ける。纏っていた布の一部が切れ端となり、空を舞った。


「シィッッッ!」


ナイフがさらに高速で動かされ、連続して何十回も振られる。凄まじい速さだが、何故か簡単に躱すことができた。ついでにナイフを握っていた腕を掴み、投げ飛ばした。男は投げ飛ばされても器用に地面に着地し、冷や汗を浮かべた。


「やれやれ、今の完全に取られてたな。殺せたろうに」

「……別に、いつでも殺せるし」


その言葉を合図に、男以外の人間も一斉に動き出す。俺を囲い込むようにして長い帯が周囲を囲い、呪術師が使っていたような紋様が空間に浮かぶ。面倒そうだったので、地面を強く踏んで震脚し、紋様を破壊した。紋様を作っていたのは幼い顔をした少女だった。


「なっ……!」


あの紋様の気持ち悪さは身に染みて理解している。厄介はものはすぐに排除すべきだ。それに、こんなことができる人間がただの非力な少女であるはずがない。躊躇う必要など、微塵も存在しない。

手刀で少女の四肢と首を刎ね飛ばし、帯を展開していた白髪の老人の元へと一瞬で駆けていき、その頭を拳で木っ端微塵に砕いた。咄嗟に力を集めて体を防御していたようだったが、俺の手はそれらを簡単に貫通した。やはり、武器なしで戦うとやや気分が悪い。老人が腰につけていた剣を手に取り、再び向かってくるものたちに剣を振るった。


「うおおおおおおっっっっっ!!!」


彼らは必死だった。一瞬にして同格の人間を殺されてしまえば、そうなるだろう。先ほどまで余裕の表情を浮かべていたナイフの男も、今は一切の余裕のない表情でこちらに向かってくる。

でも、もう遅い。動き始めるのも、動くのも、全部。

_____もう何もかもが。


手っ取り早いので、まずはナイフの男を剣で縦に真っ二つにした。

次に、槍で戦う白髪の初老の男を槍ごとバラバラに斬り捨てた。

次に、隅で何かを唱えている青い髪の幼い少年を蹴飛ばし、胴体に穴を開けた。

次に、鞭を振るう赤い髪の女の首を刎ね飛ばし、残った体を遠くに蹴り飛ばした。

次に、分厚い鎧を着込んだ男の鎧を拳で砕き、その胸を手で指し貫いた。

次に、細剣で突き技を放ってくる金髪の女の両腕を斬り飛ばし、首も刎ねた。

次に、大剣を振るう黒髪の男を後ろから斬り、上下に真っ二つにした。

次に、拳で殴りかかってくる男の拳を手で握りつぶし、頭も握りつぶした。


最後に一人残った黒髪の女はガクガクを体を震わせ、怯えている。


「あ……ああ……嘘よ…ハンス…起きてよ……」


どうやら、殺された人間の中に大切な人がいたのだろうか。膝をペタンと地につけたまま、ワナワナと震えている。

可哀想、という感情は湧いてこなかった。彼らも俺を殺そうとしたのだから、殺し返すのは当たり前だ。

女は俺に目を向けることなく震え続けていたが、段々とそれもうるさいと感じるようになったので、その首も刎ね飛ばした。

ドサリと倒れ込んだ女の胴体が身につけていた服には、何やら書物が入っていた。拾ってみると、それは地図であった。この国_____ビザント王国の地理に関する情報が載っていたのだ。


「……へぇ、こりゃ便利だ」


それを懐にしまう。服も、血を浴びて汚くなっていたので、転がっていた死体の服の中でも汚れていない部分を選んで剥ぎ取り身に纏った。

広場を歩く。死臭が満ちるその場から離れ、人がいなくなった街へと向かう。人はいなくなったが、漁れば食べ物は見つかるだろう。倦怠感が酷かったので、どこかで休息を取ろうと歩いた。街にはヒュー、という音とともに風が吹き渡り、それ以外の声など何も聞こえない。時折、カラスと思わしき鳥が羽ばたくのを見るのが精々だった。


ふと、歩いていたらガラス張りの店があった。ガラスには、自分の姿をよく写り込んでいる。

身に纏った布はボロボロで、家を出る時に身につけていたはずの制服の面影は全く残っていない。洗顔をしてクリームを塗ったはずの顔も泥や血糊ちのりが張り付いていて、おまけにクマが酷い。しっかり洗わないとダメそうだ。

そして_____これは自分でもびっくりしたのだが、髪が真っ白になっていた。髪を染めたことは一度もないし、真っ黒な髪だったはずだが、今はボサボサの白髪だった。


「ははっ、何だこりゃ」


そして、そんな風貌以上に、自分だと断言できるその姿が、とても恐ろしいものに感じられたのだ。もう一度、頭の中にこれまでの情景がフラッシュバックする。

肉を裂く感覚。肉を打つ感覚。血を浴びる感覚。血の匂いの感覚。全てが鮮明に刻まれている。


空を見上げると、雲が晴れて日光が差し込んでいた。思えば、久方ぶりの日差しだろうか。

俺は、日向となる場所を歩いていくことにした。




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