休暇、旅の終点

 午前十一時十一分、再び東京駅の中に戻ってきた。来たばっかりなのにもう帰るということを改めて考えるとなんだかおかしくて、口角が上がってしまう。


 午前十一時十四分、切符を買った。“さばえ”が伝わらないことを完全に失念していた。三回ほど言ったのに、結局正しく聞き取ってもらえなかった。「福井県の鯖江市」でようやく伝わった。田舎はつらい。ちなみに、行きの経路では東海道新幹線を使ったが、帰りの経路では北陸新幹線を使う。同じ経路で帰っても良かったのだが、少し前に北陸新幹線が金沢まで伸びたこともあり、また違う景色を楽しみたいと思って、経路を変えて帰ることにした。


 午前十一時十七分、新幹線の発車時間が迫ってきている。急いでお昼ごはんを買わないといけない。目に入った駅弁屋で買うことにした。たくさん種類があったが、おすすめとしてピックアップされているウニの駅弁に目が留まった。


 午前十一時二十分、帰りの新幹線での幸せを手に入れた後、急いでホームに向かう。意外と迷わなかった。同じように、新幹線の表示と切符の表示を確認する。この新幹線で間違いなさそうだ。


 午前十一時二十一分、車内に入り、席に座ってテーブルに切符を置く。無意識に切符の文字が目に入り、それを読んでいた。そこには、“はくたか”の文字。私が今乗っている新幹線の名前なのだが……。ん? と、少し引っかかる。私が知っている“はくたか”は、特急の名前だからだ。不思議に思い、スマートフォンで検索をしてみる。どうやら、北陸新幹線が金沢まで伸びる際に“特急はくたか”は引退になったらしい。


 午前十一時二十二分、他のサイトを見ていると、さらに驚きの事実が発覚した。他に引退となった特急列車として“トワイライトエクスプレス”の名前が挙げられていた。幼稚園の頃に友達数人と、もちろん親の同伴で、駅の近くに電車を見に行ったことがある。色々な列車が駅に入るたびに、電車が好きな友達から列車の名前と、それがどこ行きのものかを教えてもらっていた。“トワイライトエクスプレス”が駅を通過する際、これにのったらほっかいどうまでいけるんやで、と教えてもらい、とてもわくわくしたことを思い出した。おおきくなったらこれにのってほっかいどうまでいきたい、なんてことも考えていたっけ。私は、いつの間にかそんなことも忘れてしまい、ただひたすら、置いて行かれないように、置いて行かれないようにと必死に毎日を過ごすようになっていた。そうしたらいつの間にか、やりたかったことも叶えられなくなってしまっていた。そして、今、やりたいことが叶っている。皮肉なことだ。


 午前十一時二十四分、そんな私の思い出とともに“はくたか”が発車した。スマートフォンを閉じ、先ほど買った幸せのウニ弁当を開ける。ウニを一つ、ご飯と一緒に取って口に入れる。口の中でとろけるウニの美味しさと先ほどまでの感傷が混ざり合って、眼の周りに何かがじわじわとあふれてくるような感覚を覚えた。喉のあたりも、ぎゅっと締め付けられるように感じる。一度、強く目を閉じる。ぱちぱちと何度か目の開閉を繰り返し、ウニを飲み込んだ。


 午後一時二十八分、どこかの駅に到着するというアナウンスで、目を覚ました。ウニ弁当を食べ終えた後、どうやらすぐに眠ってしまったらしい。今は、“いといがわ”という駅に停まっているらしい。あまり聞き慣れない地名だったので、スマートフォンで検索をかけてみる。新潟県の地名とのこと。ということは、もう長野は通過してしまったらしい。次回の旅行候補地として挙げていた場所だったので、ぜひとも風景を見てみたかったのだが、残念だ。でも、同じ中部地方の日本海に面した県ということで、新潟に行ってみても良いかもしれない。悩みどころだ。また、改めて計画を立てよう。


 午後一時四十分、車内販売のワゴンを見て、例の“シンカンセンスゴイカタイアイス”を、帰りにも食べようと考えていたことを思い出した。今度はバニラ味を購入したかったのだが、北陸新幹線限定の“加賀さつま芋”味があることが発覚し、“期間限定”や“新商品”の類いのキャッチコピーにすこぶる弱い私は、急遽そちらに予定を変更した。お腹を壊して明日本当に休まなければいけなくなる可能性も考慮して、今回はバニラの購入は見送ることにした。そして、やっぱり、固い。やっぱり、濃厚で滑らかだ。さすが、シンカンセンスゴイウマイアイスだ。


 午後二時五分、新高岡駅に着いた。富山に入ると、聞き覚えのある地名になってきた。この次の駅が終点の金沢だ。まだ新幹線が通っていないため、行きと同様、特急に乗り換える必要がある。


 午後二時十九分、金沢駅に到着した。帰りに利用する特急は“サンダーバード”。行きに使った“しらさぎ”、そして先ほど出てきた“はくたか”と三つセットで幼いころに名前を覚えた。そう言えば、“雷鳥”という特急もあったことを思い出した。それは確か、私が小学生の低学年くらいの時に引退をしていたはずだ。ラストランを見に行ったという電車好きのクラスメイトが、その時に買った記念ハンカチを自慢していた記憶がある。


 午後二時四十八分、サンダーバードが金沢駅を出発した。あと一時間ほどで、長かった往復の旅もおしまいだ。もうお菓子も全て食べてしまったので、これからしばらくは、新しく買ったお茶を時々飲みながら外の景色を眺め、そして時々ぬいぐるみの頭を撫でる時間が続くことになる。


 午後三時二十四分、芦原温泉駅に停まった。その名前を聞いて、やっと福井に戻ってきたと実感した。この次は福井駅、そして、鯖江駅だ。あと少しの間、だんだん見覚えの出てくる外の風景を楽しむことにした。


 午後三時四十四分、鯖江駅に到着。改札を出て、まず大きく伸びをする。さあ、ここからが勝負。急いで帰らないと、学校の人に姿を見られる可能性がある。ほとんどの人は部活があるだろうが、ごく一部、部活をやっていない人もいる。それに、今日学校には行ったものの、用事などがあるので部活を休む、という人もいるかもしれない。もしそれらの人の中に、私の顔を知る人がいたらまずい。特に、運悪くクラスメイトと鉢合わせでもしたら、仮病を使ったことがまたたく間にバレてしまうのは間違いないだろう。そうならないうちに、とっとと帰宅をしてしまいたい。駅のすぐ前の歩行者信号が青になったのを確認し、左右の確認も済ませると、ダッシュで信号を渡りきり、そのまま坂道を駆け上っていった。



 今日の私の“避行”は、どんなに仲の良い友達にも、先輩にも、後輩にも、もちろん先生にも、誰にも言わない。明日、私は、風邪が治った風を装って、何食わぬ顔で学校に行くのだ。私が今日、“避行”に走っているのは、私と、家族しか知らない。



 そんな、秘密の旅だ。

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避行少女、東京へゆく ねむねりす @nemuris

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