第7話 やられ損な社会

私たちは恐る恐る交番に入った。


そこにはNが口から泡を飛ばす勢いで、熱心に自分の受けた被害を警官に訴えていた。それを、呆れたような顔をして二人の警官は聞いていた。


「もう、常連でね~。」


一人の警官が中に入った私たちにそう言ってきた。聞けば、近所の住民と揉めては交番に駆け込んでくるとのことだった。


私はホッとした。


普通、片足を引きずり、シャツも破れて、顔から血を流していたら傷害でパクられてもおかしくない。


「あーーっ、こ、こ、こいつらですっ!」


Nは入ってきた私たちを見て、叫び声を上げた。


「まぁまぁ落ち着いて。」


手慣れた様子の警官がNをなだめて、しばらく話し合いをした。途中で笑いあって、Nと軽い冗談を言えるまでになった。


「じゃあ、双方とも落ち着いて話し合いをして下さい。」


残りの話はNの自宅でする事になった。警官がNの自宅まで付き添ってくれた。その間も、Nとは談笑しながら歩いていた。


「じゃあ、くれぐれも落ち着いて話し合いをして下さい。」


そう言って、警官は帰っていった。


「じゃあ、お茶でもいれますね。」


心配して帰りを待っていたNの母親が、お茶を出してくれた。


「ホンマ、おのれがギャーギャー騒がんかったら、こんな遅ならんかったんやで!」


お口の悪い私は、出されたお茶を飲みながら笑ってNに言った。事実、Nの家に行ってから2時間ほど経過していた。


「・・・・お・の・れ?」


Nはそう言って、首を傾げ、後にみるみる表情が変わっていった。顔は真っ赤になり、目が先ほど笑いあっていたのがウソのように、つり上がりキチガイの目そのものになっていった。


「ちょーーっと待って!ちょーーーっと待って!」


紅潮し、目がいってしまったNは立ち上がり奥に走っていった。


「ちょっと、アンタ!」


みゆちゃんからたしなめられたけど、言ってしまったものはしょうがない。そして、Nが勢いよく戻ってきた。


「ぜ、ぜんぶ、お、お、俺が悪いんだろ!」


手には包丁を持ち、自分の首に刃先を当てていた。私はNが、いつ包丁をこちらに向けても対応できるように、身構えながら立ち上がった。


「ポリ電話してっ!」


私が言った時は、すでにみゆちゃんが電話していた。


「おいっ!Nっ!お前、話し合いする言うたんちゃうんかいっ!」


私自身、刃物を持っている相手と対峙するのは初めてだったので興奮していた。


「うーーーっ!うーーーっ!うーーーっ!」


Nの目は、今日マックスでイッちまっていた。首に押し当てている包丁を持つ手が震えていた。事態は急変するかと思った時。


「はい、はい、落ち着いて。ほら、N、包丁しまいなさい。」


この状況にそぐわない、落ち着いた口調で、警官が現れた。まるで、いつもこうしているかのように、包丁を持っているNの側に行き、なだめるような口調で声をかけ、包丁を取り上げた。


「おい!これもうアカンやろ!銃刀法かなんかでパクれるやろ!」


「まあ、まあ、まあ、今日は帰んなさい。」


私の問いかけに、警官は帰るよう促した。


「いや、いや、いや、なんでパクらんの?俺ら刺されてたかもしれへんかったんやで!」


私が必死でそう言っても、警官は薄ら笑いを浮かべて、まあ、まあ、と繰り返すばかり。私は、段々、警官に腹が立ってきた。


「何、これ、俺らが実際に刺されんと、こいつパクれんわけ?」


「まぁ、そういう事やな。」


まだ、その警官は薄ら笑いを浮かべていた。


「あーーアホらしっ!帰ろ、帰ろっ!おいっ!Nっ!お前、次、ヤカラ言うてきたら殺るからなっ!」


私はNの方を見て、ドスを効かせて言った。この一件が効いたのか、NはKちゃんに何も言ってこなくなった。


しかし、今の世の中、こんな奴が野放しになっているんだから恐ろしい。そして、実際に刺されないと捕まえようとしない警察。


本当にやられ損だと思う。


そして、みゆちゃんとの関係も、だんだん深い付き合いに・・・


と同時に、お互い遠慮がなくなり自我が出てくる。そして、自分が発した“絶対に忘れちゃいけない”という言葉に苦しめられることになる。


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