飲み会その2 【勇騎視点】
「……っぷはぁっ! くぅぅ、キンッキンに冷えてやがるっ! やっぱダラダラ怠けながら飲むビールは格別だなっ!」
乾杯の直後、すぐさまフェゴは喉を鳴らしながら一気にビールを流し込んだ。
また、そんなフェゴに負けないくらいの勢いで愛鏡ちゃんも一気にビールを飲み干していく。
「……ふぅ、働いた後のビールはやっぱり最高ですね」
あれ? そう言えば愛鏡ちゃんってまだ勇蘭達と同じくらいの年齢に見えるけど、酒なんて飲んでいいのだろうか?
あれか、童顔だから若く見えてるだけで実は俺より年上……とか?
ひとり取り残されながら……俺は恐る恐る口に含みビール特有の苦味に耐える。
くぅっ、カシスウーロンが恋しい……。
とても満足そうに再びビールを注ぎ始めるフェゴ。だけどそんな彼とは正反対に俺は真剣な面持ちで、最初から確信を付いてみる事にする。
「……なぁフェゴ。ひとつ聞いていいか?」
「ん、いいぜ。なんだい先生?」
「……どうすれば、この街の人達を元に戻して貰えるんだ?」
その俺の質問を嬉しそうに聞きながら、今度はゆっくりと味わうようにビールを飲み始めるフェゴ。
途中で一度グラスを置き、得意げにその口を開く。
「……なぁ先生。それに答えてやる前に一つ質問なんだが、いいかい?」
「……あぁ」
「……先生はさ? 今まで頑張って生きて来た中で、一度くらいはこう考えた事はないかい? ……あれ? 自分は今、何の為に頑張っているんだろう? 自分は一体、何の為に生きているんだろう? ってさ……?」
…………
……ん? なんだ、その哲学めいた質問は?
そんな事よりも俺は早くこの街の状態を解いて勇蘭達を追いかけたいんだけど。
だが、その質問に答えないときっと先には進ませて貰えないのだろう……とりあえず俺はポテトを摘みながら少し昔の事を振り返ってみる。
「……うーん、どうだろう?
「……へぇ。なら先生はちゃんと夢を見つけて、頑張ってその夢を掴めた側の人間なんだな」
「いや、まぁ上手くいかない事も多かったけどさ。特に最後は……」
「ん? 最後?」
「…………いや、何でもない」
俺は言葉を濁す。だけどフェゴはそんな俺の微かな変化から
「……なぁ先生? 先生もさ、もうそろそろいいんじゃないか?」
「……何が?」
「……オレはさ、常日頃からこう思ってるんだ。神様って奴は、常にこの世界の均衡を保つように動かしてるんじゃないかって。例えば……頭のいい奴と悪い奴、運動が出来る奴と出来ない奴、要領よく立ち回れる奴とそうでない奴、運のいい奴と悪い奴、綺麗な奴と醜い奴、金持ちの奴と貧乏な奴……そして、頑張って成功を掴める奴と、どれだけ頑張っても結果に繋がらない奴、って感じでさ? その比率が均等にバランス良く分かれてた方が、見栄えがいいからとかそんな理由でさ?」
「……いや、見栄えがいいからって、そんな……」
「まあまあ、仮にって話さ。でな? もしも仮に本当にそうなんだとして、そんな神様の勝手な都合でダメな人生の方に振り分けられちまった奴らが世界の半分いるとして、ならそんなどれだけ頑張っても結果に結びつかない……最後には悔しさと未練を残して死んでしまうような、そんなダメな奴らの人生に一体どんな意味があるんだろうな? ってオレは考えちゃうんだよ。……なぁ、先生はどう思う? そいつらの人生に、何か意味はあると思うかい?」
「……っ、そ、それは……」
フェゴからのその問いに、俺は言葉を詰まらせる。
そんな……報われない側の人生の意味なんて、俺は考えた事もなかった。
そして、そんな俺の人生もまた……結果だけ見ればその、
今まで父さんと二人で頑張って、多少なりとは悩んだり苦労したりしながらも、それでも頑張ってやって来た。
そして夢を叶え、運命の人と出会い、ちゃんと幸せを掴むことが出来たと、そう思っていたのに……なのに最後の最後にはその全てを無慈悲に奪われてしまった、報われなかった側の人間だったのだから。
……だとしたら、はたしてそんな俺の人生には……一体どんな意味があったと言うんだろうか?
「…………」
「……なぁ先生? 先生は今、あの召喚士ちゃんを助ける為に頑張って魔界へ行こうとしてるんだろ? でもさ、本当にちゃんと無事に助け出せると本気で思ってるのかい? おハゲちゃんに何とか勝てたくらいの先生のその力で、おハゲちゃんよりももっと強いお姫ちゃんを倒せるだなんて……本当に出来ると思っているのかい?」
……俺は、答えられない。
彼の言葉に何も言い返せない。反論できない。
実際問題、戦力的に見たらどう考えても彼の言う通りであり、俺が無事にドゥルを助け出せる確率はどう見積もってもかなり低いだろう。
フェゴはビールを飲みながらも更に続ける。
「それにな先生? 悪いけどオレ達の仲間にはそんなお姫ちゃんに
…………
……
……確かに、彼の言う通りなのかもしれない。
俺は元いた世界で全てを失い、生きる意味を失った……
なら、そんな奴がもう一度頑張った所で、また失敗するのは目に見えているんじゃないだろうか?
どれだけ頑張った所で、また全部失ってしまうだけなんじゃないだろうか?
「先生は賢いからさ、本当はもうわかってるんだろう? そうさ、ダメな側の奴らがどれだけ頑張ったとしても、結局なんの意味もないし何も得られやしない。どれだけ頑張っても頑張っても、結局理不尽な目にあって全部失くしてしまう。だったらそんな『負け組側』のオレ達はさ、結局頑張るだけ無意味なんだよ。無駄なんだよ。だって頑張っても良い結果に繋がらないんだから。何の意味もないんだから。……だからな先生? 先生ももう、頑張らなくてもいいんじゃないか?」
「……え?」
「全部終わるまでさ? この街でのんびりと、それこそあの黒髪のお姫様といちゃついてる方が、よっぽど楽だし気持ちいいと思わないかい?」
「……星蘭さん、と?」
「あぁそうさ。レヴィちゃんから聞いたけど、先生あのお姫様の事が気になってるんだろ? 今ならオレの『怠惰オーラ』がこの街を包んでいるし、先生はあのお姫様の旦那の、あの『伝説の勇者』にそっくりなんだろ? そんな先生がちょっと優しく声をかければ、きっとすぐにでもお姫様、心も身体も開いてくれるぜ? ……だからな先生、もう休んじまおうぜ? な? 先生はもう充分頑張ったさ。必死に頑張って来た。だからさ? ここいらで休んだとしても、きっと誰も文句なんて言わないぜ?」
「……フェゴ……」
…………
……
……いいんだろうか?
本当に俺はもう、頑張らなくても……。
いや、そもそもこれ以上頑張ってどうするんだよ? フェゴの言う通り、所詮負け組側の俺がどれだけ頑張ったとしても、結局全部失ってしまうのだから。なんの意味も、ないのだから……。
だったらフェゴの言う通り、もうここらでゆっくり休んでもいいんじゃないか?
……確かに、星蘭さんの事はやっぱり気になる。
だって星蘭さんは、彼女と……
蘭子と同じ顔で……
同じ瞳で……
同じ声で……
同じ身体で……
全部、全部同じで……
全部、同じ…………
…………
……
……いや、違う。
……違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う、違うっっ!!
同じなんかじゃ、絶対にないっ!
だって……だってさ?
俺の知ってる蘭子は……
とっても人見知りで、恥ずかしがり屋で
しっかりしてるようで、意外とおっちょこちょいで
でも、とっても頑張り屋さんで
たまに泣き虫な所もあるけど
でも、俺といるととっても無邪気な笑顔を見せてくれて……
そんな、そんな俺の世界で一番可愛くて素敵な女性だったのだからっ。
……そうだ。俺は、俺はそんな蘭子だから……そんな蘭子だから、心の底から愛していたのだからっ。
蘭子とだから、全部楽しかったんだっ。
蘭子とだから、凄く幸せだったんだっ。
蘭子との間に出来た子供だから、すっごく嬉しかったんだっ。
そんな、そんな蘭子と勇蘭との幸せな未来の為だから……だから俺は絶対に、絶対に諦める訳にはいかないんだっ!
だから、俺はーーっ
俺は残っていたビールを一気に飲み干す。
そして顔を上げ、最後までやり通す覚悟を胸に、真っ直ぐとフェゴの瞳を見つめ返した。
「……ふぅ、悪いけどもう無駄だよ、フェゴ。これ以上あんたがどれだけ俺の心を惑わしたとしても、俺はもう迷わない。俺は、例え可能性が1パーセントしか無かったとしても、もう絶対に諦めない。俺は、俺の大切なものの為に最後の最後まで足掻いてみせる」
彼女達を、彼女達との未来を、取り戻す為にっ。
無言で俺の瞳を見つめ返すフェゴ。だけど俺はもう絶対に視線を下ろさない。
「あとそれからさ……さっきダメな側の奴らの人生に、負け組の奴らの人生に、意味なんて無いって言ってたけどさ? ……でも、それを決めるのはあんたじゃない。俺達の人生の意味なんてものは、全部俺達自身が決める事だっ」
「…………」
互いに視線を外さないまま、静寂が俺達を包み込む。
けれど先にその空気に耐えられなくなったのか、フェゴの方から両手を上げてこの重たい空気を変えてくれる。
「……はぁ、負けたよ先生。流石にこれ以上オレが何を言っても諦めてくれなさそうだしな。……降参だ」
「……フェゴ」
そう言ってフェゴは再びビールを注ぎ直し、更には俺のグラスにも注いでくれる。
俺はそのビールを見つめながら話を続ける。
「それで、街のみんなはどうやって元に戻るんだ?」
「ん? あぁ、そうだな。もう怠惰オーラは止めたから、明日の朝にはいつも通りだろうさ。特に副作用なんてものも無いから安心しな」
「……そっか」
ホッと胸をなで下ろす。
これで明日の朝には勇蘭達を追いかける事が出来そうだ。
あ、そう言えば……
「そうだ、愛鏡ちゃんも今日は本当にありがとう……って」
今日のお礼を告げようと隣を見てみると、愛鏡ちゃんはテーブルに突っ伏していて、可愛らしい寝顔で穏やかに寝息を立てていた。
最初の一杯で寝てしまうとは、本当に飲ませて大丈夫だったのだろうか……。
「……はは、けも耳ちゃんにはまだ早かったかな? さてと、先生はどうする? オレは今最高に気分がいいから、勿論まだまだ飲ませて貰うけどな?」
俺は少し考えるも、すぐさまビールの入ったグラスを掲げて見せる。
「……そうだな。俺も、もう少しだけ飲むとするよ」
昨日から本当に、色々とあり過ぎたから。
だからなのか少し感傷的な気分になった俺は、そのままフェゴと共に遅くまで飲み明かしたのだった。
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